第128話 境界線を越えて
まだ全ての記憶を思いだしたわけではない。しかし、少なくとも自分が何者なのかは理解できた。
カツカツ……
ユタは学校の屋上へ続く外階段を登っていた。その足取りはとても慎重で、表情には緊張の色が浮かんでいた。
思いだした記憶によると、およそ三年前、俺は異世界ツヴァイガーデンに転移していた。
最初にたどり着いた場所は迷いの森というゴブリンの住処で、そこでは今まで自分が勇気にしてきた暴力とは比にならないような残虐な目に遭う事になった。
その後なんとか森を抜け出し、冒険者として世界中を旅している途中だったのだ。
恐ろしいゴブリン達の事を思いだすと再び身震いした。
するとユタは懐から何かを取りだそうとした。だがその探し物は見つからなかった。
こういう時、弱い自分に勇気を与えてくれるアイテムがあった気がしたのだ。
いつもそばにいてくれる仲間も俺にはいた。
―それをとりもどす必要があるんだ―
この世界は偽物だ。少なくとも今の記憶を持つ自分にとっては。
だが、それを確かめる堅実な方法は存在しない。常人からしてみれば、世界を疑うなどというのは、愚か者の行いだからだ。
そもそも、未だに自分の中の異世界の記憶が本物だという証拠は全くない。想像力の生み出した妄想だという可能性もぜんぜんある。何せゴブリンを倒したあの火の魔法も、あの一度きりで使えなくなってしまったのだから。
だがしかし、全うでない方法でならそれを確実に証明することができる。
というのも、とりもどした記憶の中で、自分について分かった事がもう一つあったのだ。
それは、俺が不死身だということ。
ユタは屋上につくと、端まで歩き、安全のためにつけられた塀を乗り越えた。
一歩でも足を踏み出せば、そのまま身体は数十メートル下へ自由落下を始めるだろう。
「ハハ、こわっ」
ほんとにここから飛び降りなきゃいけない?だけどやるしかない。
シナナイ事、それを確かめるには死んでみるしかないのだから。
「ふぅー この世界は幻覚なんだ。俺はシナナイ。だから大丈夫だ……」
飛び込む勇気を出すために、ユタは自己暗示をかけた。
だが空中へ飛び出した直後、とても強い恐怖と後悔の念に襲われた。
(もし本当に死んでしまったら、誰か悲しんでくれる人はいるのかな)
ブチ
数秒後
ユタは学校の屋上から落ちて全身の穴から血を出してつぶれた。
「キャー!」
「誰か落ちたぞ」
「あれ、もしかして生徒会長じゃないか」
「うそ、どうして………」
異変に気づいた生徒がどんどん集まって来る。大勢の生徒がスマホを持って自分の姿を撮影していた。
やがてユタの意識は途切れた。
(うぐっ うぅぅ)
(うわぁぁんっ ママァー)
最初に聞こえて来たのは、大勢の子供たちが悲しそうに泣く声だ。目の前には魔力の檻の中に孤児の子供たちが捕らわれていた。
ユタは一度死んでいた。だが地球では二度と復活する事は無かった。なぜなら地球などという物は、そもそもとっくの昔に無くなっているのだから。
檻の外には羽に目玉のある蝶々の魔物が人間のような足で立っていた。蝶々の魔物は二つの目玉でこっちをぎょろりと睨んでいる。
ユタがさっきまでいた仮初の地球は、魔物が作りだした精神結界だった。だがユタが自分のキャラを使用した(自殺した)ことで、結界の秘密は破られ外に出ることが出来たのだ。
だが結界を破ったと言っても完全に解放されたわけではない。子供たちは檻の中だし、外の景色は魔法の壁で遮られて見る事ができない。どうやらここは、まだ奴の支配する魔法空間の中のようだ。
しかしユタを記憶を完全に取り戻した。ユタは首から下げていた銀のロケットを取りだすと、留め具を外し蓋を開ける。その中には大事な仲間たちとの思いでの写真が収められていた。
「……許さん。よくも俺からクレアやネーダとの思い出を奪ってくれたな。このクソ魔物。さあ、消し炭になる覚悟はできてるんだろうな」
「ギギギ、馬鹿め!気づいてないのか? オレ様が支配するこの空間は貴様の思考を妨害する魔力で満ちているんだ。よって貴様は呪文を自由に扱うことが出来ない。精神結界から抜け出していい気になってるようだが、今の非力な貴様など敵ではない。もう一度とじこめてくれる」
「たしかに。精神力が制限されてるみたいだ。装備も元に戻ってないし、空間魔法も発動できない」
「ギギギ、その通りだ。覚悟するのは貴様のほうだ」
「いや、お前だよ! ……俺のキャラは問題なく発動した。つまり頭で考えるのではなく、魂に直接イメージを刻まれた魔法なら発動可能ってわけだ」
「は? 何をいってる」
……オォ……ポォオオ………
正面に突き出した右腕の先に魔力がどんどん集まっていく。超高濃度に圧縮された魔力は、周りの魔法空間をゆがませるほどだった。
「ギギギ、聞いてない。聞いてない」
魔力のエネルギーが青い光を放っていた。ユタが攻撃の矛先を定めると蝶々の魔物は焦りながら羽をみっともなくばたつかせた。
「イクスブレイブ」
ユタは式句を唱えた。そして魔物が消滅した次の瞬間、あたりは激しい光に包まれた。
気が付くと、周りの景色がソルドのスラム街に戻っていた。ミュウモに案内されて来た例の小路だ。
「はぁ、よかったー」
それを見たユタはほっとして胸をなでおろした。すぐ側には結界に囚われていた孤児たちも一緒にいる。どうやら魔物が死んで全員無事出てこれたようだ。
「あっ ユタ?!」
そう言って駆け寄って来たのはクレアだ。後からネーダも走って来ていた。結界が破れた衝撃はクレアたちにも伝わり、そのおかげでユタの帰還にいち早く気づくことが出来たのだ。
「ユタっ! よかった、無事だったんだね! はー……よかった。私もネーダも、とっても心配したんだからね」
「ごめん心配かけて。ってどうしたんだ、その目の隈」
「え? なんのこと」
するとその時、ミュウモがやってきてこう言った。
「クレア達はこの三日間ほとんど寝ずにユタの事を探し続けてたんだよ」
「そ、そうだったんだ」
ユタの体感だと精神世界で一月ほど過ごしていたと思っていた。だがそれは結界に操作された影響だった。
―それにしても、こんなパンダみたいになるまで探し回ってくれてたのか―
「ユタ。ありがとう。みんなを助けてくれたんだね」
ミュウモは涙を流してユタにお礼を言った。子供たちはみんな気持ちよさそうに眠っていた。見たところ身体にどこも異常は無さそうだ。
「さすがだぞ。まさか一人で害を解決してたなんて」
「ああ、多分原因はコイツだな」
そういうとユタは手の中にあった魔道具をみんなに見せた。
それは微睡の香という見た目に美しい金属の魔道具で、蝶々の金細工があしらわれていた。
「このものすごく弱い結界を創る魔道具が、大災害の害の影響で暴走してたって事なんだぞ?」
「ああ。たぶんな」
閉じ込められていた精神結界から脱出した時、ユタの手の中にはいつのまにかこの魔道具があった。
「とにかく、これで一つ目の調査は終わったんだねっ」
「うん。もう人がとつぜん消えるなんて事は起きないと思うよ」
「そっか!へへへ、一件落着だねっ ……ところでさー」
「うん?」
「その頭、どうしたの? 髪の毛の色、おかしいよ」
「へ?」
クレアに言われて、ユタは急いで自分の髪の毛を確認した。すると髪の毛の半分ほどが金髪から元の黒色に戻っていたのだった。
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