第126話 追憶の中で
翌日、優太は自分の高校に向かった。屋上に隕石が落ちたあとを確かめるために。
しかし屋上はどこも壊れていなかった。
―初めて死んだあの日、確かに隕石が俺を潰したはずなのに―
優太の心は今にも壊れてしまいそうだった。
「はぁはぁはぁっッ」
呼吸するのも辛い。
―嘘だ。今までのが全部嘘なんて、嘘だ―
その時、屋上に誰かが入ってきた。
「あれ、生徒会長じゃないですか。こんなところで何をしてるんですか?もうすぐ授業が始まってしまいますよ」
それは生徒会に属する一般生徒の一人だった。
「…………はい、私も行こうと思ったところなんです。山田さん、教えてくれてありがとうございます」
「あっはい!生徒会長のお役に立てたなら私もうれしいです」
富士見優太は生徒会長としての紳士的な対応をした。
また、点数稼ぎの毎日が始まるのか……。
授業はとても退屈だ。授業中はほぼ自習に割り当てている。
俺は天才だ。あんなに長い間、異世界で遊び歩いていたのにも関わらず、まったく成績が落ちてる様子は無い。
優太はぼんやりと窓を眺める。空の青さは地球もツヴァイガーデンも変わらない。
―まあ、よかったじゃないか。最初はこの世界に帰りたくて仕方なかったんだから。それが叶ったんだけだ―
なにか、大事なものを忘れている気もするけれど……。
〈リンゴ―ン〉
終礼の鐘がなった。各々の生徒たちは、それぞれ帰宅の支度や部活動やらの準備を始める。
と思ったら、その中の幾人かが優太の元へ集まって来た。
「会長、あの勉強で教えて欲しいところがあるんですが」
「えっ ……もちろんいいですよ。ここに書いてある方程式を使うんですよ」
「あ、そうだったのね。ありがとうございます。やっぱり頼りになりますね」
「おーい優太。この後暇だったらゲーセン行かないか」
「すみません。この後は用事があるんです」
「そっか、忙しいもんな。頑張れよ」
「すみません、また誘ってください」
「あの、富士見会長……コレ!受け取ってください」
「これは………」
「私が作った手作りケーキです。食べてください」
「ありがとう。頂きます」
「やった!」
?
―なにかおかしい。だが、優秀な俺がみんなから慕われているのはごく自然な事だと思う―
その後、優太は生徒会の定例会議に出席した。馬鹿どもが余計な反論をする事もなかったので、会議もいつも以上に順調に進行したと思う。
なので優太は気持ちよく自宅に帰宅したが、家では父親が優太の事を待っていた。
「親父…ブっ」
優太の父セイゴは玄関に現れるやいなや優太の顔面を殴りつけた。
「うわっやばーウケルーw」
父のとなりでは若い女がスマホで動画を撮っていた。
「優太ぁ、弱っちいな! 勉強ばっかしてるせいだぞ。少しは反撃してみろ。ほい」
「…………ッ」
―ちくしょうっ こんな奴のせいで俺は―
(殺してしまえ。今のお前なら容易いことだろう)
―うるさいうるさいうるさいッ―
優太はしばらくの間、無抵抗に殴られ続けた。
やがて、殴ることに飽きたのか、セイゴは女を連れて部屋の奥へと消えていった。そして何かを探し回る
音が聞こえ、戻って来たセイゴの手には優太の財布が握られていた。
「甘いなあ。金を隠すならもっと分からない場所に隠せ。じゃあな、次来るときまでまた稼いどけ」
そう言うと、セイゴは再び家を留守にした。
ちなみに優太は手に入れた金をしっかり金庫にしまって、さらに見つからない場所に隠したハズだった。なのにセイゴはいつも優太の金を見つけてしまうのだ。
玄関で横たわったまま、優太は自分の胸の内から黒い感情が沸き上がるのを感じていた。なぜだかとても久しぶりに味わうものだ。これが俺の日常だというのに。
最高にイラついた優太は、スマホを取りだすとある番号に電話をかけた。連絡先の名前は、犬飼(子分)と記してある。
「……ああ、そうだ。今からだ。拉致って連れてこい。やるぞ」
数時間後
優太の持つ隠れ家の一つに、子分が勇気アラタを連れて来た。
既に子分から数発殴られていたようで、勇気は弱々しくこう言った。
「その顔、もしかしてまたお父さんに殴られたの?」
「黙れっ ……また憂さ晴らしに付き合ってもらうゼ」
「ふっ、優太はお父さんが生きてるんだから、もっと仲良くすればいいのになぁ」
「ああ? あいかわらずムカつくなぁ!」
「ぐふっ か、顔はやめてね。おばさんが心配するからさ。ぐっ」
優太は夢中で勇気を殴り続けた。父親にされた事と同じように。
―なんてムカつくやつなんだ。いつもはビビってるだけなのにこんな挑発をしてくるなんて。コイツをイジメててこんなにムカついたのは初めてだ―
怒りのままに優太は殴り続けた。そしていつの間にか、優太は力の加減が出来なくなっていた。
「おい、ヤバいだろ。そろそろやめないと死んじまうぞ?」
「あ゛あ゛?」
どろり。
その時、ようやく手の中の生暖かい感触に気が付いた。自分が殴っていたモノはいつの間にか、力なくぐったりとしていた。
しかし血のせいか?ソレの顔は黒く汚れてよく見ることが出来ない。
すると、死にかけていたソレは、優太に囁くようにこう言った。
「誓いの石碑で待ってるよ」
「はぁ? …………えっ 何だって!?今、何て言ったんだ」
優太が気づいたときには、ソレの姿は跡形もなく消失していた。
さっきまでソレがあった場所には、強大な魔力の一部と魔王の能力によるアニマの残滓が優太には見えないが僅かに残っていた。
「オイ! 勇気は?! 勇気はどこに消えたんだ」
「は、何言ってんだよ優太。ここにはオレとお前の二人しかいないだろ」
「なに? そんなはずは……ほら見ろ」
優太は証拠として勇気を殴りまくった血だらけの拳を子分に見せようとした。しかし、拳にはめられたグローブには返り血は一滴も付着していなかった。
「ふ、大丈夫かお前」
子分は嘲笑うように優太にそう言った。
だがそんな事は優太にとってもはや些細な事だ。明らかに何かがおかしい。確かに自分は、さっきこの手で勇気のことをしこたま殴っていたはずなのに……
その時、優太は何か大事な事に気づいたような気がした。
「俺、こんなことしてていいんだっけ」
こんなところで、こんな奴とつるんで勇気をいじめるのが俺の今するべきことだっけ。
何かもっと大切な事を忘れているような……。
だが結局、その日は答えを見つけることができなかった。
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