第120話 キルシュの秘密(1)
べリスゼンの廃墟を調べてもゴブリンの手がかりは見つからなかったため、この日、三人はそれぞれ分かれて調査を行う事にした。
クレアとネーダは街の人々や冒険者に対し聞き込みを行うようだった。他に街の中でゴブリンのような怪しい魔物を見た物がいないか聞いて回るそうだ。
一方、ユタはというと、二人には適当に調べておくと嘘をついて昨日のうちに気づいた剣の秘密を調べる為、こっそりキルシュの魔道具屋に向かっていた。
キルシュの魔道具は全国に系列店がある。詳しい場所は知らなかったが、王国第三の都市であれば街の中のどこかで営業していてもおかしくない。
最初、ユタは街の中を適当に歩き回った。歩いていればそのうち見つかるだろうと思ったのだ。だがその考えは甘かった。
しばらく街を歩いていると、遠くからフォレストモで見た魔道具屋と似た屋根を見つけた気がしたのだが、その屋根はすぐに見失ってしまった。そしてそれ以降は魔道具屋らしいものを見つける事が出来ずにいた。
「おかしいな。そろそろ街を一周しそうだぞ」
これだけ探してもない。という事はこの街にはないのかもしれない。
そう思いユタは諦めかけたが、ふとカトラに連れられ、初めてフォレストモアのキルシュの魔道具屋を訪れた時のことを思いだした…………。
カトラの案内で魔道具屋までたどり着いたのだが、その道中におかしなことがあったのだ。
「いーい、ちゃんと離れずについて来るのよ」
「おい、なんで曲がるんだよ。あそこに見えてる建物じゃないのかよ」
真っすぐ進めばもう魔道具屋にたどり着くというのに、カトラは何故か十字路を右折し来た道を戻ろうとしていた。
「つべこべ言わず、黙ってついてきなさいっての!」
「け、けど。もう同じ所を何度も回ってるよな?おかしいだろ」
「はぁー。魔法の店なんだから普通に入れるわけないじゃないの。とにかく、あたしのいう事を聞いてればいいのよ」
あの時はカトラが何を言っているのかさっぱりだったが、冒険を通して様々な経験を積んだユタは、ようやくあの時の言葉を理解する事が出来た。
「そうか、アレは結界だったんだ。きっと魔道具屋には決まったルートじゃないと店の中に入れないような魔法がかけられていたんだ」
―きっと最初に見かけたあの屋根が魔道具屋だったんだ。店の周りに結界が張られていたせいで、俺はたどり着けなかった―
とすると残された問題は結界を抜けるための道順を知らないという事だが、ユタはそれを解決する超法規的手段を持っていた。ずばり、転移魔法だ。
そしてユタは何とか再び屋根の見えるところまでたどり着くと、テレポレアの式句を唱え魔道具屋の中へ直接ワープした。
魔道具屋の内装はフォレストモアとほとんど変わらず、狭い店内の中に珍しい魔法の道具やポーション、武器や防具や所狭しとと置かれていた。
ユタ以外の客はおらずキルシュの姿も見えなかったが、すぐに店の奥から分厚い鍛冶職人の姿をしてゴーグルで顔を隠した背の低い男が現れた。
「…………良く見つけられたもンダラ」
男はユタを見つけると無愛想にそう言った。
男の恰好はフォレストモアで出会ったキルシュとそっくりだった。しかし肌の露出は一切なく中身まで同じかは判別できそうにない。
この街だけでなく、他の街にいっても魔道具屋に入れば同じようなキルシュが現れるらしい。
ある時カトラは、魔道具屋の似かよった店員について、声を似ている人間を集めて接客対応をさせる事で店のブランドイメージを高める作戦だろうと自信満々に語っていた。
―接客させるならこんなおっさんじゃなくて、可愛い女の子にすればよかったのに……―
まあ、キルシュの店の営業戦略なんか知った事ではない。
ユタは例のボロ小屋で拾った剣を取りだすと、キルシュのいるカウンターへと近づいていった。
「やあ……、お前に聞きたい事があって来たんだけど……」
「分かってる。おれの作った暴力の黒剣の文句を言いに来たんだろ。
あれは今までで一番の駄作だった。だがな、悪いが返品は受け付けてないンダラ。帰ってくれ」
「は? 違うって。勝手に決めつけんなよ」
「だったらその剣はナンダラ。おれのが気に食わなくて、別の得物に挿げ替えたんじゃないのか」
キルシュは少し声を荒げながら、ユタの持っていた鉄の剣を指さしてそう言った。
暴力の黒剣は、使う時以外はユタの収納魔法の中にしまってある。
「これは拾ったんだ。もしかしてお前が作ったんじゃないかと思って持ってきたんだよ」
「あ゛? なんだと」
ユタが廃屋で拾った剣を手渡すと、キルシュはしばらく険しい顔(と予測)で剣をじっと眺めていた。そして彼はこういった。
「これを、どこで手に入れた?」
「べリスゼンの街外れの廃屋だよ。俺たち、ギルド職員の人にそこでゴブリンが出るって話を聞いて調査に出かけたんだ。そしたら小屋の一つに大量に剣があって……、やっぱりコレはお前が作った物なのか?」
「…………まあな」
キルシュはその鉄の剣を、店にある展示用の台座の一つに立てかけた。そしてキルシュはこう言った。
「あそこにはもう近づくな」
「どうしてだよ」
最初、キルシュは理由を話そうとはしなかったが、しぶしぶとそれを語り出した。
「あの小屋は…………おれが、剣の保管庫として使っているんだ」
「あんな雑にかよ?! あれじゃ野ざらしと同じだ」
「別に。農民ばっかで年中平和ぼけなこの街には、剣を盗もうと考える奴なんていやしないンダラ。お前以外にはな。それに一本や二本盗られても構わない」
「そんなもんか?」
「とにかく、もう近づくな! あそこはおれの私有地だ。ほら帰れ!」
「はあ? せっかく届けてやったのに……。もう、分かったよ」
キルシュは強い口調と手で払うような仕草で、ユタを店から追い出そうとした。しかしユタはまだキルシュに聞きたい事があった。
「あのさ、もう一つ聞きたいんだけど」
「客じゃない奴に話す事は無いな」
「分かったよ……じゃあそこの。マンドラゴラポーション一つくれ」
「チッ、毎度あり」
「……なんだってんだよ」
ユタは購入した相場よりだいぶ強気な価格設定のポーションを自分のストレージにしまうと、改めてキルシュに尋ねた。それは剣のたくさん置かれたボロ小屋の近くであったゴブリンの目撃情報についてだった。
「キルシュは見た事ないか? 私有地なら何か知ってるだろう」
「ああ、知ってる」
「本当か?!」
「たぶんそれは、おれだ」
「はぁ?? どういう事だよ? ちゃんと説明しろよ」
ユタは意味が分からずキルシュに問いただした。するとキルシュは少し悲しそうな声でこう言った。
「ああ……。こんな見た目をしてるから分からないと思うが、昔あった事故が原因でな、おれの本当の姿はとっても醜いんだ。だからそれを見た街の奴らが、魔物と見間違えたんだろうよ」
「そうだったのか。なんか、聞いて悪かったな」
「フン、いまさら気にしていない」
「それはおれだ。なんていうから、本当にゴブリンなのかと一瞬思ったよ」
「あ゛あ゛……。悪い冗談だ」
店を出たユタは知り得た情報を整理した。
街の中で目撃された不審な人影というのは、作業服を脱いだキルシュの姿だったのだ。その姿が余りにも醜いため、魔物と見間違えられたらしい。つまりゴブリンなど最初からいなかったのだ。
ユタはキルシュの名誉のためにこの事実を黙っておく事にした。素顔が魔物のようだと知られれば彼の商売や生活にも影響がでるやもしれない。
クレア達には適当に理由を考えデタラメを報告するつもりだ。
「これで、この冒険者依頼も完了だな。あとはどういい訳するか考えないと……」
ユタはうーんと頭をひねらせながら宿への帰り道を辿りはじめた。
少しだけ、キルシュの証言に疑問点も感じていた。それは剣の保管庫とするには、街はずれのボロ小屋は店から遠すぎた事だ。
しかし何度もいうが、ユタにとってキルシュの店の経営方針などどうでもよかった。それにキルシュが嘘をついていた様子もない。なので余計なことはこれ以上考えないようにした。
ご拝読いただきありがとうございます!
もしよろしければブクマや評価、感想やいいねなどいただけるととても励みになります!
この先もよろしくお願いいたします。