第118話 べリスゼンの街
一年後に起こる災厄に備えるべく、ユタと仲間たちは過去に起こった大変動の痕跡の調査へと旅立った。
最初の目的地は王都ノルデリア。その道中に立ち寄った街べリスゼンで、ユタ達は冒険者として魔物の討伐依頼を受けていた。
「っらあああ! くそゴブリン死ねえええ」
「グガガ」
おたけびを上げながらユタは目の前の魔物に向かって剣を振り下ろした。すると魔物につけられた斬撃痕から青い血が噴き出した。
「ユタってば、なんだよその掛け声は。無茶苦茶なんだぞ」
「う、うるさいなぁ。別にいいだろ」
「ハハハ ユタってさー たまに子供っぽいよね」
となりで同じように、魔物を剣で退治していた少年のような見た目の少女がそう言った。
鉄の兜を深く被りオーバーオールの上にマントを羽織っている彼女の名はネーダ・グラディウスといい、これでも有名な魔法剣士の銘家の出身らしく現在は家出中だ。
目の前の魔物は普通のゴブリンよりも少し大きいサイズで、どうやらホブゴブリンという別の種類の魔物のようだった。しかし知性や狂暴性は大して変わっていないようで、王都に続く道で馬車などを襲っているので退治してほしいという依頼を受けてここまでやって来たのだ。
「あはは ネーダこそ子供じゃないか。おい俺が肩車でもしてやろうか」
「余計なお世話だ!」
ネーダとホブゴブリンとの体格差は凄まじく、身体の小さなネーダはホブゴブリンの急所の頭まで剣を届かせることが出来ずにいた。
「ちび!」
「むぅ! ……チニイ、出番だぞ」
ネーダは兜を少し持ち上げた。
すると兜の中からシマシマリスのチニイが勢いよく飛び出し、ユタに襲い掛かった。
「きゅいぃ」
「うわヤメロ! 噛むんじゃねーッ」
「ハハハ、いいぞー ユタがボクを馬鹿にするからいけないんだぞ」
ユタが一度振り落としてもチニイは再びユタの身体をよじ登ってきた。
「チニイやめろ! クソっなんだってんだよ」
ネーダの命令とは関係なしにチニイは嬉々としてユタに襲い掛かっていた。雄であるチニイは基本的にユタの事が気に食わなかったのだ。
「ネーダ! いい加減やめさせろよぉ」
「ハハ 分かったよ、チニイもう戻っていいよ」
「っ 危ないネーダ!」
すっかり油断していた二人は、目の前にいたホブゴブリンの攻撃に気が付かなかった。ネーダの頭上にホブゴブリンの持つ大きなこん棒が振り降ろされようとしていた。
だがその時、突然二人の背後から猛烈な勢いで砲撃が飛んできたかと思うと、ホブゴブリンの心臓を貫いて絶命させた。
「二人とも。ちゃんとしなきゃダメだよっ」
「「ご、ごめんなさい」」
砲撃の正体は超宿霊をかけたクレアが、そこら辺に落ちていた石ころを投擲した結果だった。
ホブゴブリンを見事仕留めた彼女は、艶やかな白金の髪をたなびかせながら可愛らしく微笑んでいた。
クレアの怪力は最近になってさらに力を増していたのだ。それを見たユタとネーダの二人は恐怖で身震いした。チニイは生命の危機を察知し、即座にネーダの兜の中へともどっていった。
三人はホブゴブリンの群れを討伐し終えるとべリスゼンの街へと戻った。このべリスゼンの街は、近くのエル湖から採れる魚と野菜が名物だ。魚と野菜はフォレストモアにも輸出され、大市場を通し国中で流通していた。
一応、首都ノルデリア、フォレストモアに次ぐ第三の都市となっていたが、べリスゼンは中世ヨーロッパの田舎町のような牧歌的で非常にゆっくりとした時間の流れる街だった。
冒険者依頼の受注と報告を行うギルド職員は、この街では宿屋と兼職となっていた。
小さな旅人の代表としてネーダが冒険者依頼の完了を報告をした。
「ありがとうございました。あの有名な小さな旅人の皆さんなら確かでしょうが、後で職員を確認に行かせますね」
「うん。分かったんだぞ」
冒険者がある程度の規模の討伐依頼などを終えると、その場所にギルド職員がクエストの成否を確認に行くことになっていたのだ。
「この街に冒険者は少ないので助かりました」
「そうなのか? じゃあボクたちが居て良かったね」
ネーダは報酬の銀貨の入った袋を受け取るとそれをもってユタ達の元へ戻って来た。
「これで何か美味しいものでも食べようよ」
「そうだな。ざっと銀貨20枚か。宿の分を引いても多少いいものが食べれそうだ」
するとそれを聞いたクレアがこういった。
「だったらさー、ここに来る途中で見かけた食堂に入ろっ 美味しそうな焼き魚のいい匂いがしてきたんだよねぇ」
「それはいいけど。あんまり食べ過ぎるなよ? デブになっても知らねーからな」
「ああ! ユタ~。女の子にそんなこと言っちゃいけないんだよっ ぷん!」
「じゃあ聞くけど。どのくらい食べる気だったんだ?」
「別にそんなにだよ? 食堂のメニューを一通り味見してみるだけ……だよ」
それを聞くとユタは呆れてため息をついた。クレアはあっさり言っていたが、通りすがりの食堂の料理を全品食べつくす気なのだ。
彼女は腕力に伴い食欲も増加していた。初対面の時の華憐な清楚キャライメージはどこに行ったんだ。
ユタはクレアを説得し、クレアに5品だけ頼むことを許可した。そもそも店の料理全品なんか頼んだらさすがに破産してしまう。
そしてユタ達は食堂に向かおうとしたのだが、誰かが追いかけてきて三人を大声で呼び止めた。
「ねえ、あれってさっきのギルドの人でしょ。何かあるのかな」
「ホントだ。どうしたんだぞ?」
ギルド職員は宿を出た三人を走って追いかけて来たようで、息も絶え絶えであった。
「どうしたんだぞ?」
「はぁ、はぁ……、実はもう一つお願いしたい事がありまして」
「うん、いいよ。冒険者は困っている人を助けなきゃだからね!」
「あ、ありがとうございます!」
「うんうん! ボクに感謝しろよぉ」
ネーダはすっかり職員からの依頼を受ける気でいたが、そこでユタがすかさず口を挟んだ。
「いや待てよ。まずはその冒険者依頼の内容とやらを聞かせろよ。
俺達は王都に行く途中なんだ。だから逆方向のクエストとかは無理だと思う」
「それもそうなんだぞ! それで、ボク達にどんなことをしてほしいの?」
するとギルド職員はこう言った。
「その点については大丈夫です!場所はこの街の中ですから」
「ええ?そうなの? じゃあ魔物討伐とかじゃあないかー」
「…………いえ、お願いしたいのはゴブリンの討伐なのです」
「「ええ??」」
三人は状況が呑み込めずに首を傾げた。
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