第117話 魔王狂誕
「うわあああああん」
「動くな!女ゴブリン!」
「わ、私ゴブリンじゃないわッ」
「うるさい! しねえ!」
「きゃあああ!」
逃げ惑うタムリンを剣を持った二人の兵士が追いかけまわしていた。アルンは既にこと切れていて、兵士の一人がちょうど心臓に剣を突き刺し止めを差すところだった。
「あはは、何だコイツ!全然抵抗してこないぞ。 魔物って初めて見たんですが、弱っちいですね」
「気を抜くな。噂じゃ魔物は毒を持ってるらしいぞ」
「それは危険ですね。早く駆除した方がいいですね」
二人はタムリンから反撃を受けないように、遠くから剣で少しずつ傷を与えていた。しかしタムリンはしくしくと泣くだけで、兵士に対して反撃の意思など最初から持ち合わせてはいなかった。
「ひぐっ やめてよ……」
「うん、泣いてるのか?」
「ぐすん」
「魔物のくせに泣くんじゃねーよ。まるで兵士である俺たちが悪者みたいじゃないか!」
「きゃああああ!」
兵士の一人はタムリンを蹴り飛ばした。彼女は悲痛な叫びをあげて地面に転がった。
勇気はたまらず飛び出すと、タムリンの前に立ちふさがり兵士たちに土下座した。
「お願いです。もうやめてください! タムリンは、僕の友達なんです!」
「そうか、君は洗脳されてるんだな! 暴れ出すといけない。おい、この少年も拘束しろ」
「違う! 本当に友達なんです!」
「大丈夫だ。あとで修道院に連れて行ってあげよう。そこで治療を受けるといい」
勇気はさっきの兵士に再び捕まってしまった。しかも今度は縄で手を縛られより強く拘束された。
「そろそろ終わらせよう」
「ひっ」
「や、やめろ!」
ザシュ…………ブシュウゥー
タムリンの腹が大きく裂け中身が顕わになった。
「あ、あっーーー!」
タムリンは慌てて裂けた腹を抑えて漏れ出た中身をかき戻そうとしていた。しかし彼女の大事な物は手の隙間からドンドンこぼれ落ちて行った。
「あっはっはっは」
「こいつ馬鹿だなぁ」
タムリンの必死な様子を見て二人の兵士は笑っていた。
そしてあっという間にタムリンの中の大事な物は全てこぼれ落ち、中身のない空っぽの人形となった。
「ふう、任務完了!」
兵士はそう言うと、タムリンの死体から耳を切り取った。同じようにもう一人の兵士がアルンの死体から耳を切り取っていた。
「たしかこうするんですよね」
「ああ、討伐証明ってやつだな」
戦場で兵士が敵の首級を取るのと同様に、冒険者ギルドを中心に魔物の身体の一部をはぎ取り成果とする習慣があった。しかしとある理由で、この後すぐにその習慣は無くなることになる。
「ぼうず、もう大丈夫だぞ」
兵士の一人が明るい調子で勇気に語りかけた。兵士の手には青い血にまみれたロングソードと、アルンから剥ぎ取った耳が握られていた。
兵士は地面にしゃがみこんでいた勇気に再度呼びかけた。しかし反応は全くなかった。
「どうした。おい、血を見てビビったのか?」
「子供だから仕方ないだろう。洗脳もされてたみたいだし、早く修道院に連れて行こう」
タムリンを殺した兵士たちも勇気のいる場所に集まって来た。
…………勇気は虚無を見つめていた。目の前で起きたことが信じられなかったのだ。
「おい、大丈夫か」
そう言い兵士の一人が全く動く様子のない勇気の肩に触れようとした。
「ッ 触るな!」
勇気は激しく拒絶し兵士の手をふり払った。
するとその時、兵士の手から何かが落っこちた。それは親友の身体の一部だった。そして勇気は自分の手を見た。手には兵士の手を振り払った時についた青い血がべっとり付着していた。
「う、うぅ……あ゛あ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア ア !!!!!!!!!!」
発狂した勇気は喉が裂けるような声で叫びながら、所かまわず暴走した魔力の波動をまき散らした。
「う、なんだこいつ!」
「この魔力、ただの子供じゃなかったのか?!」
兵士たちはその場で魔力の衝撃によって吹き飛ばされないように踏ん張り続ける事で精一杯だった。
勇気はその場で浮遊をすると、兵士たちをぶち殺すための式句を唱えた。勇気は兵士たちが生きている事が許せなかったのだ。
「死ね。突華岩石」
まずは近くにいた一人に狙いを定めると、鋭い岩の槍を発射した。槍は兵士の腹部に突き刺さると槍先が体内で炸裂し、兵士は木っ端みじんに散らばった。
目の前で仲間があっという間に殺されて兵士たちは慌てふためいていた。
「このガキ、殺しやがったぞ!」
「まさか魔物の仲間だったのか」
残った二人の兵士は勇気に対する警戒度を高めた。だが既に、勇気は次の呪文を詠唱していた。
…………獰猛なる爪牙、我が血の慟哭を捧げし子よ……
…………輝ける闇の恩寵よ、わが手に宿れ……!!!
「極大呪文: 撃滅霊魔獰斧!!!!!」
式句の詠唱完了と同時に、勇気の右腕には万物を斬り裂く魔の巨爪が顕現した。
そして勇気は巨爪を兵士へ振り下ろした。兵士は小さな剣でそれを受け止めようと試みたが、プチっという音をたて一瞬で虫のように潰された。
「ひ、ひぃい! 助けてくれぇ!」
最後に残った兵士は勇気に恐怖し戦意を無くすと、剣を手放しその場から逃走しようとした。しかし勇気は逃げる兵士の背中から爪を突き刺し、兵士を絶命させた。
兵士が死んだ後も、勇気は涙を流しながら、兵士の身体を右腕の巨爪で斬り裂き続けた。
「このッ この! みんなの仇だ! 死ね!」
勇気はただがむしゃらに、死んだアルンとタムリンの為に兵士を殺そうと魔法を使った。きっとコイツらを殺せば、アルン達も少しは喜ぶと思ったのだ。
だがそれは間違っていた。死体は喜びなどしないからだ。
時間と共に徐々に頭が冷静さを取り戻すと、ふと勇気は爪を動かすのを止めた。
―こんな風に死体を切り刻んでも、何の意味もない。もうアルンもタムリンも……蘇りはしないんだ―
勇気は自分が同じ過ちを繰り返した事に気が付いた。また大事な人を失った。
そして勇気の頭の中に、アルンの最後の言葉が強く響いた。
(「お前、何してくれたんだよ」)
―…っ もしかして、ぜんぶ僕のせい?―
勇気の身体はブルブルと震え出した。身体が現実を拒絶していた。
優太からいじめられていなければ、理沙ちゃんはあんな目に遭わなかった。
城の外に出ようなんて言い出さなければ、二人は死ななくて済んだ。
「全部ぼくのせいだったんだ……もう、死のう」
勇気は自死を決意した。
だが、自分の首を撃滅霊魔獰斧でかき切ろうとした時、いきなり勇気の呪文は解除された。振り返ると背後にはシャドウ・ハートの姿があった。
「お迎えにあがりました。我が主」
「……………………」
僕は死ぬことすらデキナイ。
勇気は無気力に立ち上がると、シャドウハートの開いた時空の扉をくぐり抜け城へと帰還した。
扉の向こうは、勇気が初めてこの世界にやって来た時と同じ場所である城の大広間に繋がっていた。
「ようやく思い出しましたか?」
シャドウハートは自分を無視して大広間から出ていこうとする勇気に対しそう言った。
「…………何を?」
勇気は気だるげに答えた。今は誰かと話す気分ではなく一刻も早くひとりになりたかったのだ。
「人間の、愚かさをです」
「なんだって」
勇気はシャドウハートの思いもよらぬ言葉を聞いて振り返った。続けて彼女はこう言った。
「勇気様は分かっていたハズですの。人間という種の持つ愚かさと狂暴性を。弱者を虐げる人間や弱者をいたぶり悦に浸る人間の醜さに、あなた様も身に覚えがあるでしょう?勇気様はお友達が目の前で無残に殺されて、許せなかったでしょう!?」
「うん! 許せない!」
勇気は二度も大きく頷いた。
そしてシャドウハートはとつぜん勇気に近づくと優しく抱擁した。
「悪いのはあなたをいじめていた優太やあの国の兵士のような人間ですの。だから勇気様が自分を責める必要はないのです」
「……うん。そうだね」
「はい。あなたは何も、悪くないのです」
勇気はシャドウハートに頭を撫でられているうちに、だんだんと心地よい気分になっていた。自分に起こった辛いこともすべて忘れられるようだった。
「勇気様は邪悪な人間たちによって、二度もご友人を失われた」
「アルン、タムリン…………理沙ちゃん」
「これ以上、悲劇を繰り返さない為にどうしたらいいか分かりますか?」
「…………分からない。僕はどうすればいいの?」
するとシャドウハートは今までより語気を強めてこう言った。
「抵抗しなさい。あなたは今まで、元の世界でいじめられていた時も反撃しようとしなかった。それがいけないですの。反撃の意思を見せつけ、こちらにも力があることを示すのです」
「反撃?」
「そうです。そうしなければ、弱者は永遠に弱者のままですの」
するとシャドウハートは魔法で遠くの映像を投影し勇気に見せた。そこにはたくさんの」鎧姿の人間たちが集まっている様子が映っていた。その鎧には青い線の装飾があり勇気は見覚えがあった。
「これをご覧ください。彼らはご友人をぶち殺したデリアの国の兵士たちですの。人間は魔法大戦の時に創った不戦の契りという魔法で、人種同士での戦争が出来ない縛りがあります。なのに、あんなに必死に訓練して……一体なにを殺すために剣を振ってるんでしょうね?」
兵士たちは仲間と共に汗を流しながら訓練に励んでいた。映像からは時々仲間と談笑するような笑い声も聞こえて来た。
勇気の頭の中に再びアルンとタムリンが斬り殺された時の光景がフラッシュバックした。頭痛を感じ頭を抑える。
「憎くないですか? 許せなくないですか??」
「ゆ、許せない…………アルンもタムリンも死んだのにっ なんでアイツらは生きてるんだ!」
「ええ、そうでしょう。ならば報復しましょう! あなたは正しい」
シャドウハートは勇気に一振りの剣を差し出した。
「人間は常に暴力に飢えています。そのうち奴らはこの城にも攻めて来て、城で穏やかに暮らしている罪なき魔物達も殺して回るでしょう。つまりこちらが害される前に対策する。これはれっきとした正当防衛ですの。あなたは悪くありません」
「僕は……悪くない」
勇気は剣に手を伸ばした。その直剣は特徴的なひし形の束を持ち、鏡のように磨かれた刀身は見るものの心さえ映し出すようだった。
「それこそが魔王の証です。あなたの能力を最大まで引き出せるよう魔法が込められています」
「そして…………」
シャドウハートが合図すると、それまで二人しかいなかった大広間に十数人の強力な魔物が出現した。
「この者たちは私が選んだ先鋭ですの。あなた様の手足となり、弱者が虐げられることのない平等な新世界の創造をお手伝いする駒です」
大広間に集まった強力な魔物達は、後に勇気の魂を操る力とシャドウハートの改造手術により魔軍団長として生まれ変わることになる。
「魔王よ、戦う勇気はおありですか?」
「ああ」
すると勇気は歩き出し、玉座に腰かけた。
「今日から、僕が王だ」
その後、勇気は魔王としてデリアに入り、兵士や住民を含め街の人間をすべて駆除した。兵士たちがアルンやタムリンに行ったのと同じやり方で。
それが魔王軍最初の侵攻となった。
シャドウハートは勇気の力を借り、魔物全体に改造魔法を施した。魔物という種はさらなる腕力と魔力、狂暴性を手に入れ、人間との戦いを優位に始めることが出来た。
だが代償として、力の弱い魔物は理性を失い、死によって肉体をも失うようになった。
魔物が死ぬと魂だけが空を巡り、石室へと帰るのだ。
次から新章です。時間も元に戻ります。
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