第116話 天国と地獄
勇気はアルンとタムリンに感謝していた。
いきなり異世界に飛ばされ孤独で不安だった勇気は、二人のおかげで今日まで毎日楽しく過ごせた。だから勇気は、彼らの為に少しでも力になりたいと思ったのだ。
厨房に盗みに入った日の翌日、三人と一匹は城の中庭の端に集合した。勇気の提案した城の外の世界への冒険に行くためだ。
城はとても高い城壁に囲まれていた。庭の中の森を抜け今いる端までやって来て、その城壁のすぐ真下から眺めても、城壁の天辺を見ることは出来なかった。
前々から他の場所を冒険したいと思っていたアルンは城の外に出かけるこの日を待ち遠しくしていたが、最初は外出に反対していたタムリンもピクニック用の果物やパンを詰め込んだ籠をちゃっかり用意していた。
「おれ早く外いきてーよ! ユーキ、まだか?」
「そうね、早くしないとハート様に見つかっちゃうかも。もう行きましょ!」
二人は勇気を急かした。
「そうだね。じゃあ僕の身体に掴まって」
「それはいいけど……どうやってこの壁を超える気なんだ? おれ達を担いで飛ぶ気か?!」
「それもいいけど、まあ見ててよ! 空間転移!テレポレア!」
すると勇気は転移の呪文を唱え始めた。勇気たちの周りに魔力が集まっていき、魔法の発動と同時に彼らの姿が一瞬で消え去った。
発動の瞬間、勇気は自分で使った魔力よりも多くの魔力が呪文に注がれていた気がしたが、その時は特に気にしていなかった。転移は無事に成功していたからだ。
「すげえ! お前空間呪文も使えるのか! やるなぁ!」
「えへへ……そんなことないよ」
「うわぁ! 二人とも見てッ」
勇気たちが転移したのは森の中にある花畑の中だった。色とりどりの花が咲き乱れる原っぱの絨毯がそこにはあった。
「すげえ!!! こんなところに来れるなんて、ありがとな!ユーキ!」
「う、うん」
勇気はこんな花畑なんて知らなかった。テレポレアで飛ぼうとしたのは全く別の場所だった。この時、さっきの魔法が魔力暴走を起こしたのだと気が付いた。
しかし二人の喜ぶ様を見て、勇気はそんなことはどうでも良くなった。
「えいっ」
「うわっ やったなー?」
勇気がアルンを花畑の中に押し倒すと、負けじとアルンも押し返してきた。
「ちょっと!暴れたらお花たちが可哀そうでしょ! もうっ…………楽しそう! 私も入れてよッ」
そう言うとタムリンは持っていた籠を置き、代わりに花をちぎって二人に投げつけた。
「ぶっ 口に入った」
「アハハ」
「タムリン!やったな! お返しだ」
三人はそうしてしばらく、花畑の中で花に囲まれながら戯れていた。ジェリーは籠から出ると、花の蜜を吹いながら三人の遊ぶ様子を眺めていた。
たくさん遊んで疲れた三人はタムリンの持ってきた果物やパンで昼食を取る事にした。
勇気は水の魔法も使えた。勇気が木の椀に魔法の水をつぎ、三人と一匹で椀を回して喉を潤した。
「あー楽しかった!」
「本当に! ユーキありがとう!来てよかったわ」
「いや。僕なんか、大したことしてないよ……」
勇気は二人からお礼を言われた事が照れ臭かった事もあり、そのように謙遜する言い方をした。
だがそれを聞くと、アルンは勇気の肩を強くつかみこう言った。
「ユーキ! なあお前はすごい奴だ。どんな魔法だって使える。だからもっと自信持てよ」
「う、うん。そうかな…………?」
それを聞くとタムリンもアルンに賛同するように頷いた。
「ユ―キならきっと立派な魔王様になれるわ!」
勇気以外のみんなが勇気の事を信じていた。
「でも……魔王になったら、こんな風に遊べなくなっちゃうんじゃないかな?」
シャドウハートの件もあり余り魔王に興味のなかった勇気はそう言った。するとアルンはこう言った。
「大丈夫だ!おれ達はどんな事になっても、ずっと親友だぜ!」
「え? うん!!!」
勇気は今まで一番大きく頷いた。
その時、タムリンは森の方からやって来る人影に気が付いた。
「待って、誰か来るみたいよ。ハート様たちかしら。気づかれちゃったのかも」
「え、まずいぜ」
「待って、違うと思う。だってアイツのキノコ頭だったら遠くからでも分かるもん。僕ちょっと見てくる」
そう言うと勇気は立ち上がり森から来た三人の人影に近づいていった。
ある程度近づくと彼らが城に使える兵士だと分かった。ただし勇気のいたシャドウハートの城の兵士では無かった。
彼らの鎧には青い線が入っていて見知った兵士の鎧とは装飾も違っていた。またシャドウハートの兵士のように尖った耳も角も生えていなかったからだ。彼らは人間だったのだ。
この世界に来て初めて見る人間の存在に勇気は歓喜した。
「おーい!」
勇気は手を振りながら兵士たちの元へ駆け寄った。すると兵士はこちらに気づいた。そして勇気と、その後ろにいたアルン達の姿を見ると血相を変えてそれぞれが剣を抜いた。
「ば、抜刀!!!」
「ま、魔物だっ まもの!」
「お、落ち着け貴様らッ 規定通りに、やるんだ! 絶対にしくじるんじゃないぞ!」
「隊長! 一匹こちらに向かって走ってきます!」
「何っ ん、あれは人間だ! 確保!!!」
兵士たちは勇気が近づくと何やら慌ただしくしていた。そしてあっという間に、勇気は彼らに捕らえられてしまった。
「いきなり何するんだ! 離してよ!」
「大人しくしてろ!」
勇気は兵士の一人に腕力で拘束されてしまった。そして残りの二人が剣を抜き、絶妙な距離を取りながらアルン達を取り囲んでいた。
アルンとタムリンは顔面蒼白でブルブルと震えていた。
優しいタムリンならまだしも、やんちゃなアルンまでが兵士に無抵抗でいる事に勇気は不思議に思った。
―いつものアルンならば、相手が剣を持っているとしても弱腰の兵士二人くらいどうにかしてタムリンを守ろうとすると思うのに―
すると隊長と呼ばれていた初老の兵士がアルン達にこう言った。彼もまた怯えているようだった。
「私はデルンの城に仕える兵士である。狂暴なゴブリンとノームめっ!
どうやって壁を越えたか知らんが、ここはデリアの街の北の森だ。人間の領土だと分かっているのか?」
―え、人間領土だって?何のことだ?―
「知らなかったんだよ! まさかここが人間領土だったんだなんて……お願いだっ 見逃してくれよ!」
アルンは必死に兵士たち懇願した。だがしかし、兵士の返答は残酷な物だった。
「兵士としてみすみす民に危害を与える可能性のある魔物を見逃すわけにはいかない。だが王命に従い貴様らに猶予を与える。我が王に感謝するんだな……おい、準備はいいか」
「はい!」
するともう一人の兵士は時計のような物を取りだした。勇気は胸騒ぎを感じながら彼らの動向を見守っていた。
「これから5秒数える。その間に魔物領へ即刻帰還せよ! さもなくば貴様らを処刑する! よし、やれ!」
隊長の合図とともに時計を持った兵士がカウントを開始した。
訳の分からないまま一秒が過ぎた。
―この人達は何を言ってるんだ? 処刑って? アルン達を殺すってことか?!―
言葉で理解できても状況は未だ呑み込めない。3秒が過ぎた。
遠くでアルンとタムリンが何かを必死に叫んでいる。
「ユーキ!早く!」
「早く来て!」
しかし勇気は兵士の一人にがっちり身体を拘束されて動くことが出来なかった。
そして勇気が自分の為すべきことに気が付き、やっと二人の元へ駆けつけようと動き出した時には、既に5秒の時が過ぎていた。
「去る気はないか。敵対の意思ありと確認。これより第8小隊は魔物との戦闘態勢に入る」
「了解!」
そう返事をした後、兵士はようやく勇気を解放した。そして先ほどまで勇気を拘束していた兵士も剣を抜きアルン達の元へ向かった。
勇気が最後に聞いたアルンの言葉はこうだ。
「おまえ、何してくれたんだよ!」
その直後、花畑に魔物特有の青い鮮血が飛び散った。
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