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第114話 優しい魔物

 勇気は独り、城の中を彷徨っていた。

 城の外に出たかったのだが、城は思った以上に広大で複雑な造りをしていて、出口を中々見つけることが出来ずにいた。


 勇気の足取りは重い。瞳はどこか遠くを眺めていて、踏み出す足に力は無い。


 シャドウハートから聞いた地球が滅んだという話が事実ならば、この城から出たところでどうしようもなかった。ここは全く別の世界だ。自分の居場所も理由も失い、勇気は生きる気力を失いかけていた。


「生き残ったのはぼくだけ? これからどうすればいいんだ…………」


 勇気は絶望していた。


 勇気はシャドウハートに頼まれた事を忘れたわけでは無かった。

 しかし最初から、彼女の王になって欲しいという願いが、まったくの無謀にしか考えられなかったのだ。


 ためしに勇気はふと立ち止まって、自身の手の平や身体などを観察してみた。しかし、変わったところは何もなかった。


 ―ハートさんはぼくに特別な力があると言ったけど、そうは全く思えないなぁ―


 いつもの自分の身体。運動部では無いため、筋肉のついていない軟弱な身体だ。

 勇気は自分でも、だらしない身体だと思っていた。弱そうだからいじめにも遭うのだろう。


 仮りにもし、なんらかの特別な力があったとしても、勇気は自分には王様なんて無理だと思っていた。

 なぜなら、心に勇気が無かったからだ。


 ―詳しくは知らないケド、王様が偉くて大勢を導く人だってことは知ってる。

 ぼくは心が弱い。優太にいじめられた時も、嫌われたくなくて抵抗出来なかった。どこかで昔の名前で呼び合っていた関係を期待していたんだ。

 だけどその弱さのせいで、理沙ちゃんを巻き込んでしまった。

 ぼくに嫌だと言える勇気があれば、優太とも……、理沙ちゃんも傷つけずに済んだかもしれないのに。

 こんな根性なしに、王になんてなれるハズがないんだ―


 しかし羽月理沙がいじめに巻き込まれた事で、勇気はやっと優太と向き合おうとしていた。やられるままだった自分とけじめをつけようとしていたのだ。


 だが、肝心の理沙も優太ももうどこにもいない。そう勇気は思っていた。


「はあ…………」


 勇気はため息をついた。


 その時、とぼとぼ歩いていた勇気はいつの間にか日の当たる場所に出て来たことに気が付いた。そこは城の中庭だった。勇気のいる渡り廊下からは、すぐに城の庭園に出られるようになっていた。ここから見える庭園はコケやシダで生い茂っていていて、ずっと先まで続いているようだった。



 白い石膏で作られた小さな池の近くで、小さな子供が二人、毛むくじゃらの毛玉のような生き物と遊んでいた。その内のがっしりとした体つきの男の子が勇気に気が付き声をかけた。


「お前!見ない奴だな! どこから来たんだ?」


 自分より一回りも小さいその男の子の声は、とても元気で大きな声だった。


「わわッ ええっと……ぼくは」


 勇気は声に驚いて言葉を返すのが少し遅れた。その隙にもう一人の耳の尖った女の子が、男の子に対しこう言った。


「あのさアルン。もしかしてこの子、ハート様が言ってた魔王様なんじゃないっ?」


「ええっコイツがぁ! そうか、確かにこの城に来るよそ者なんてそれしかないか!」


 するとアルンと呼ばれていた男の子は勇気に近づき、勇気の事を隅から隅まで観察した。そして満足するまで見終わると呆れた顔でこう言った。


「タムリン~。コイツだめだ。てんで弱そうだぞ。本当に魔王様なのか?」


「こらっ 弱そうなんて言ったらこの子が可哀そうでしょ!」


「はあ~やれやれ」


 アルンが離れていくと、今度はタムリンという女の子が近づいて来た。


「ごめんなさい! 私が魔王様だと勘違いしたせいで、あなたを傷つけちゃったわ。アルンには後できつく言っておくから」


「あ、ううん!いいんだ! ぜんぜん気にしてないから…………」


 子供はとても正直だ。お世辞や嘘なんて言わない。


 ―最初から分かっていたが、やっぱり自分には特別な力なんてなかった―


 相変わらず何もできず何にもなれない自分の非力を残念に思ったが、同時に世界がほろんでも変わらないでいる自分には安心していた。


 ぐうぅ…………


 その時、腹の虫もなった。


 それを聞いたアルンがこう言った。


「お前、腹減ってるのか? ならおれ達の秘密基地に来いよ! 城の食糧庫からくすねたクッキーがたくさんあるんだぜ」


「秘密基地? ぼくが行ってもいいの?」


「腹へってんだろ? 来いよ!」


 そう言ってアルンは手招きすると、城の広い中庭の奥の方へと走っていった。そこの半分森となった場所の大きな木の根元にアルン達が作った地下秘密基地は存在したのだ。


 勇気がどうしようか悩んでいると、タムリンがそれまで一緒に遊んでいた毛玉の生き物を手の平に乗せて歩いて来た。


「この子はジェリーよ。ふわふわなのよ。撫でてみて」


「う、うん」


 勇気は言われた通りそのピンクの毛玉に触れてみた。たしかに高級羽毛布団のようなとてもいい肌触りだった。ジェリーは勇気が撫でると気持ちよさそうに体を震わせていた。


「喜んでる!」


「きっとあなたが気に入ったのね! ねえあなたの名前は?」


「勇気アラタ」


「そう、よろしくねユーキ。行きましょう」


「…………うん!」


 そして勇気は二人と一匹の後を追いかけていったのだった。

ご拝読いただきありがとうございます!


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