第113話 滅亡
少女が何を言っているのか、勇気にはさっぱり理解できなかった。あまりにも突拍子もない話だったので、勇気はたまらず聞き返した。
「え……どういうこと? ぼくが、なんだって?」
「主です。私はあなたに王になって欲しくて、この城にお呼びしたのですの」
「王? えっと、演劇か何かかなぁ。だけどぼく、あんまりお芝居とかは得意じゃないんだよ」
勇気は少女の派手な恰好とこの城という特異な舞台から、自分が何かの芝居の配役に誘われているのかと解釈した。
「他の人……例えば演劇部員とかさ、誘ってみたらどうかなぁ」
「いいえ、あなたでなければダメです。……私はずっと、勇気様の存在を心待ちにしておりましたのです」
「え、ぼくじゃなきゃ? どうしてなんだ」
少女のしごく真面目な様子から、ただの演劇勧誘などではない事を勇気は察した。
少女は白目のほとんどない真っ黒な瞳で勇気のことをじっと見つめていた。やがて跪いた姿勢から立ち上がると、勇気に現状を説明するためのデモンストレーションを始めた。
「勇気様、いくつかあなたにとって驚かれることをお話しなければなりません。覚悟はいいですの?」
「う、うん……!」
「では」
すると、少女は突然ブツブツと何かを呟き始めた。そして少女が右手を天に掲げると、突然その手は激しい赤光は放ち始めた。
「うわぁ、何の光だぁ?!」
「……エトフュルグヴァンフレム!」
少女は式句を唱えると、手に宿った赤光を地面に向かって投げつけた。すると地面から炎を立ち昇り、そこから美しい火の鳥が誕生した。火の鳥は空中を旋回した後、少女の近くに舞い降りた。
「す、すごい。今のは何?あの鳥は本当に燃えているの?」
「あの鳥自体が火で出来ています。私が魔法で生み出しました」
「ま、まほう?!? そんな馬鹿な! 魔法なんてありえないよ」
「ここは魔法の存在する世界ツヴァイガーデン。これがこの世界の日常ですの。それに失礼ながら、勇気様はもう既に、魔法のようにありえない現象に身に覚えがあるのでは?」
「え?まさかそんな。…………もしかして、あの扉の事?」
勇気はこの城に来る前にいた霧に包まれた不思議な空間でのことを思いだしていた。そこでは頭の中で想うだけで扉が出現した。
たしかにあんな不思議な事は魔法としか説明できない。
「あの霧に包まれた場所はアニマの石室といって、あそこから出てこられた勇気様にも特別な魔法の力があるのですよ」
「え?ぼくに?」
勇気がそう聞き返すと、少女は勇気の顔を見て嬉しそうに微笑みながらこう言った。
くるりとした黒目がキラキラと輝いていた。
「勇気様は選ばれた存在ですの。混沌の極みといえるであるアニマの石室の中で、あのように自由に動けるのがその証拠,。あの空間には無量大数個に近い魂が彷徨っていて、常人では自我が溶かされてしまうのですが、あなたの能力はそれさえ無効にしてしまう。まさに精神世界の王。新世界を統べる魔の王にふさわしい力なのです!さあ、どうかお願いですの! 王となり、争いのない平和な世界を共につくってください!」
「ちょ、ちょっと待って!」
いきなりとんでもない話を聞かされて、勇気は理解が追いつていなかった。そして中でも一番気になることがあった。
「じゃあここは、異世界ってこと? 確かぼくは学校で隕石に潰されて…………理沙ちゃんは?! あの後どうなったの?」
「あの後とは…………」
「い、隕石がたくさん振って来た後だよ!」
「あのサイズの隕石が落ちてきたら惑星の寿命も無くなります。勇気様のおられた地球は、もうありません」
「そんな……………………他の人は? 一緒にいた理沙ちゃんは?」
「残念ながら他の人間はみんな死にました。私の力では勇気様おひとりしかお救いできなかったのです」
「……………………」
それを聞いた勇気は目の前が真っ暗になるような気がした。
地球は滅びていて自分が唯一の生き残り。
そんなSFの設定みたいな話を普通なら信じられるはずは無かったが、ついさっきシャドウハートの生み出した火の鳥を見てしまった為、勇気はその与太話を信じるしかなかった。
勇気は地球で最後に言葉を交わした時の事を思いだしていた。
―これから変わるって、ぼくが理沙ちゃんを守るって、誓ったばかりなのにな―
言葉を失い絶望する勇気に対し、少女―シャドウハート―はこう言った。
「あなたの世界は滅んでしまいました。そして実は、今いるこの世界ツヴァイガーデンにも将来恐ろしい滅びが待っています。
しかし勇気様には絶望を希望に変え、だれもが平穏に生きられる世界をつくる力があります。なのでどうか、我々の王になってください。そして導いてください」
「…………ぼくには、そんなの無理だよっ!」
すると勇気はシャドウハートに背を向けその場から立ち去ろうとした。その時勇気は一刻も早くひとりになりたかったのだ。
「待って!」
「……助けてくれたことはありがとう。でも、ぼくに王様なんて…………、出来るハズがないよ!」
そう言い切ると勇気は駆けだした。そして広間の大扉を開け外に出ていった。
勇気が立ち去った後もシャドウハートは落ち着いていた。彼女にとっては勇気のこの行動は予想の範疇だったのだ。
―大丈夫です。勇気様。あなたはお優しい方だ。きっとこの世界をしれば、必ず引き受けてくださる。その時こそ、私の宿願が叶うときだわ―
しばらく勇気の出ていった大扉を見た後、シャドウハートは転移の呪文を使いどこかへ消え去った。
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