第111話 蒼のレコンキスタ
ここは帝国南部シルリア。そこの雑多な市場では毎日多くの人が日々の生活の品や食料を求めて集まっていた。
屋台だけでなく店の前の地面に品物が並べてあるので通りは非常にせまい。
マーケットではいびつな形の果物や魔物の臓物のような物まで取引されており、そこら中から怒号が聞こえて来るようだ。
元々シルリアンマーケットは治安の悪さで有名だったが、最近小悪党集団が居ついたと噂になりさらに拍車がかかっていた。
「待てコノヤロー!!! この盗人がぁッ」
「へへんッ 捕まるかってんだウスノロ!」
屋台から鶏を盗んだ少年が、鉈を持った店主から逃げ回っていた。少年は市場に並んでいる品物を蹴散らしながら逃亡しているので、さわぎはどんどん大きくなっていった。
「おいダンク! こっちだ、早くしやがれ」
「ボス!」
細い路地の影から少年に向かってローブを深く被った男が手招きした。ダンクと呼ばれた少年はすぐに方向転換し、男のいる路地に入り込む。
「仲間がいたのかっ 逃げ切れると思ってるのか」
追いかけて来た店主も方向を変え少年の入った路地に入ろうとした。
だがその時、男が式句を唱えた。
「超氷傑」
すると店主の足元がたちまち凍りついた。その上に乗った店主は、足を滑らせて盛大に転んでしまった。
「うおおっ」
「今だ! にげろ」
「おい待てー!」
氷の魔法で足止めしているうちに、男と少年はその場から逃走した。
そして二人は裏町のとある路地まで走って来たところで、店主を完全にまいたと判断した。
「ははっ やったね」
「まったく。あぶねぇマネしやがる」
そう言うと男は着ていたローブのフードを外した。すると男の蒼みがかった銀髪があらわになった。
男の名はジオと言い、かつてユタ達と共に魔軍団長キプラヌスを倒した間柄だった。
ジオはユタ達と分かれた後、故郷のシルリアの険しい山の上でかつて失った妹ソアとのかけがえのない時間を共に過ごした。
穏やかな時の後、ジオは自分と同じ悲しみを無くすためにも、戦いの果てに知り得たゾディアックの弱点であるMAG進化技法をひそかに広めはじめた。そしてそれと同時に、魔王軍に憎しみや恨みを持つものを中心とした対抗勢力を形成しようとしていた。
「オレがいなかったら、きっとあの店主はダンクの手を切り落としてたぜ」
「でも結局ジオが助けてくれたじゃないか。さっすがボス」
「バカ。もっと慎重にやれってんだ」
ジオと話しているダンクという少年は帝国の北側からの難民で、故郷の村を丸ごと悪魔に焼かれていた。
「でもボス。食い物も金ももっと集めないと。ゾディアックも倒せないよ」
「そりゃあそうだけど…………。その前に怪我しちまったら意味ないだろ。焦らずいこうぜ」
「うん!分かったよ! ボスのそういうとこ好きだな」
そして二人は盗んだ鶏をもって盗賊団の隠れ家に向かった。
だがジオは、自分たちの背後に、いつの間にか誰かが立っていることに気づいた。
「誰だ!」
ジオは瞬時に振り向き、後ろにいた謎の人物にむかって氷傑を撃った。しかし氷の魔法は謎の人物に当たる前に、見えない魔法の壁に当たり砕け散った。
「魔法障壁か……」
「そのとおり」
謎の人物は長身で、身体中を黒いビニールのような表面がつやつやした布に覆い隠されていた。顔には一つ目の書かれた面をつけており、正面で腕を組んでこちらを見ていた。
ジオは面の男の危険性を感じ取ると、ダルクに対し逃げるように言った。ダルクは頷くと、垣根を飛び越え、近くにある盗賊団の拠点に向かって走り出した。
「むだですよ」
「何っ?」
「殺すので」
「貴様……どこのどいつだ!」
「…………殺し屋」
「っ!!! なんだって?!」
―ついに魔王の追っ手が来たってわけか―
すると面の男は二つの呪文の詠唱を同時に始めた。そんなことは口が二つでもないと不可能なのだが、実際に面の男はやってみせた。同時に詠唱することで、複合呪文の戦闘におけるタイムロスを大幅に削減しているのだ。
面の男の両側に水の魔力と土の魔力が集まり小さな魔法陣を形成された。そして複数の音声が重なり、人語には聞こえない詠唱を終えると面の男は式句を唱えた。
二重万水×撃滅岩石……
「複合呪文:テオフォールン」
ジオは足元に異変を感じ咄嗟に後ろに飛びのいた。
ドゴッ
その直後、先ほどまでジオの立っていた場所に大きな穴ができた。間一髪落下をまぬがれたが、その穴は深いところまで陥没しているようだった。
「あぶねええっ 何しやがる」
「お前ころす」
「やる気なわけか。だったらオレも容赦はしないぜ」
ジオは面の男にむかって腕を伸ばし式句を唱えた。今度は様子みの下級呪文ではなく、魔力を込め殺す気で呪文を放った。
「突華氷傑!」
氷の槍は面の男に向かって真っすぐ飛んで行った。
キィン
しかしまたも見えない壁に阻まれ、魔法の槍が届くことはなかった。
「なんて硬い盾だ。キプラヌスと同じ方法で防ぎやがる!」
ジオが攻めあぐねていると、面の男は今度は三つの呪文の詠唱を同時に始めた。炎と水と雷の属性を操り、三つの魔力を同時に高めている。
三つの呪文もの詠唱を同時に行っているため、面の男の言葉は世にも奇妙な物になっていた。
(「p**#X4*?@*おV……」)
「まずいっ あんな魔法をぶつけられたら、オレだけじゃなくこの辺り一帯が吹き飛んじまう!」
危機を感じたジオをがむしゃらに呪文を撃ちだした。しかしそのことごとくが、魔力障壁によって阻まれてしまった。
超火炎×超万水×超雷霆……
「複合呪文:エクスプロ―ジョン!!!」
面の男は高めた三つの属性魔力を中心で結合させた。すると反発する属性同士が激しく反応しあい、魔力が一気に膨張しだした。すなわち大爆発だ。
面の男は複合呪文を発動させ終わると、転移の魔法結晶を使いさっさとその場から消え去っていった。
「やろうーーー!!!」
ジオは目の前に浮かぶ魔力球を前に怒りを込めてそう叫んだ。
「み、みんな! ここから逃げろ! 爆発するぞぉ!!!」
異変を知り、近くにいた人間は慌てて逃げ出した。
ジオは氷の呪文で魔力球の周りに壁を築きはじめた。無駄だと分かっていたが最後のあがきだった。
「ちくしょー!爆発する!」
ビ、ビ、ビビ、ビビビビビ…………キューンッ!
だが爆発の直前、ジオの前に突然どこからともなく人影が出現したと思うとそいつは呪文を発動した。
「イクスブレイブ!」
まばゆい光の魔力光線が爆発の衝撃ごとすべてをかき消してしまった。
「ふー、危ないところだったな。感謝しろ」
「あ、あんたは?」
ジオは目の前の幼女に向かって尋ねた。
「オレ様か。愚か者め。人に名を聞く時はまず自分から名乗るのが礼儀なのじゃ」
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