第110話 滅びゆく混沌
カトラがパーティから脱退し、結局カーダの冒険者依頼は小さな旅人の三人だけで受ける事になった。
「それで、兄様がボク達に頼みたいことってなんなんだぞ?」
四人は再び防音結界のあるテントの中にいた。
「うん。その前に、今この世界で起きている異常現象について話しておきたいんだ」
「異常現象? 地震とか竜巻の事かよ」
「ううん、違うよ。この世界が滅びゆく混沌と呼ばれている理由。大変動の事だよ」
大変動とはこのツヴァイガーデンのみに存在する特異な現象だった。
世界の理を何度も大きく変化さえ、魔法のような利益をもたらせば同時に魔物のような害悪をもたらしてきた。
そのようなギャンブル的な可能性を秘めている不安定な世界だからこそ、滅びゆく混沌などと呼ばれていたのだ。
「でも、それがどうかしたの? おじいさんに聞いたけど、大変動って何千年に一度あるかないかなんでしょ? 私たちに関係ないじゃん」
クレアはそう言った。するとカーダは真剣な顔で一言だけこう言った。
「百年前」
「え?」
「この前起きた大変動だよ。そしてその時に魔王が現れたという事が分かっている」
「魔王……」
クレアにとって魔王はもはやただの世界の脅威ではない。肉親の仇であった。
しかしどうする事も出来ない相手に、クレアの心境は複雑だった。
「百年前に大変動が起こったことは一般にはあまり知らされなかったんだ。魔王の出現の他に世界に分かりやすい理の変化が起きなかったからね」
「そうだったのか。魔王とそんな関係があったなんて知らなかったんだぞ」
クレアとネーダは初めて聞いた世界の真実に驚いていた。
しかしこの世界の常識にまだ疎いところがあるユタは二人ほどの衝撃はなかった。だが分からないと思われるのは嫌だったので、適当に驚いているふりをしていた。
しかし突然クレアがユタの横腹をつついてきたので、ユタはくすぐったくなって身体をビクンとくねらせた。
「い、いきなりなんだよ」
「ねえ、ユタ」
「うん」
「そういえばさ、ユタも本当は百年前の人間だったよね」
「は? ……ああ! そ、そうだったな」
ユタが転移後に過ごした迷いの森では、三年の年月が森の外だと百年過ぎる。森に時差があると知っていたクレアは、ユタを百年前に森に迷った人間だと勘違いしたのだ。
「ユタは百年前の大変動の事、なんか覚えてないの?」
「いや、俺には分からないよ。ごめん」
「ううん、いいんだよっ でもそっか。ユタなら何か分かると思ったのになー」
本当は異世界からやって来たのだが、その事はまだクレア達には秘密にしていた。
いきなりそんなことを言われても理解されるとは思えなかったし、今の関係を壊したくないと思っていたからだ。
話は肝は大変動というツヴァイガーデン特有の異常現象だという事が分かった。
ユタは自分がこの世界に来た時に起こったという百年前の大変動の事が気になっていた。
―もしかしたら俺の異世界転移と何か関係があるのか―
カーダは前提となる大変動に関する知識をみんなに共有し終えると、一呼吸いれて三人にこう言った。
「それでここからが本題なんだけどその大変動がまた起こりそうなんだよね」
恐ろしい災害が間近に迫っている。それだけでも驚きだが彼の話の矛盾に三人は驚いた。
「どういうことなんだぞ? 大変動はさっき百年前に起きたばかりって自分で言ってたんだぞ」
「百年前におきたんなら、次は少なくとも900年後くらい先なんじゃないのさー」
大変動とは本来滅多に怒らないハズ。
しかしカーダは首を横に振ってこう言った。
「だんだん周期が狭まってるみたいなんだよ。凶流星ってのがあってね、それを観測することでいつ大変動が起きるのかおおよそ分かるんだ」
「じゃあ、次にその大変動が起きるのは一体いつなんだよ」
「うーん……」
するとカーダは困ったような顔でこういった。
「それがさ。一年以内にはまた起きそうなんだよね。大変動」
「「えええええええっ」」
三人は一斉に大声で驚いた後、しばらく何も話せなかった。事態はかなり深刻だ。大変動のもたらす災害の具合によっては、世界が終わってしまう可能性もあるのだ。
「……ヤバくね」
「ヤバいんだぞ。」
人間たちには魔王軍との戦いもある。大変動でまた魔王のような最悪な魔物が現れたら取り返しがつかないだろう。
「で、でもさ! いい事も起こるかもしれないんでしょ。そう暗く考えることないんじゃない」
「そう、そうなんだぞ! クレア良いことゆう~」
しかしカーダは否定した。
「残念だけど、それは多分ない」
「えッどうしてなんだぞ」
「……ずっとそうだったからだよ」
ここ数百年の古い記録によると、だんだんと大変動の周期は短くなっており、最後に無属性魔法が世界にもたらされた時から、世界には害しか与えられなくなったそうだ。その理由は不明だ。
「世界にもたらされた害って、なんだってんだよ?」
ユタはおそるおそる尋ねた。するとカーダは答えた。
「ああ、ボクも全部把握してるわけじゃない。でも有名なのは、今もツヴァイガーデンの各地で眠っている三害と呼ばれるドラゴンたちだね」
「ドラゴンか……」
「大昔の魔法大戦の時に、人の魔法使いが一度目覚めさせたせいで、一夜で国がほろんだという話がある」
「へ、へえー…」
最近は魔王軍の悪魔などとも戦ったりしたが、フォレストモアで冒険者稼業に勤しんでいた時は比較的平和な毎日を過ごせていた。だが地球にいた頃よりもずっと楽しく、平和だと思っていたこの世界にも恐ろしい滅びの芽が潜んでいたのだった。
カーダは言った。
「だからボク達は、一年後にもたらされる害に備えなければならない。どんな害がもたらされても、滅びから逃れられるようにしなくてはいけないんだよ。魔王軍との戦いに負けないためにもね」
「そんなッ でもどうすればいいんだぞ?? 備えるって言ってもどんな害が来るか分からないんじゃ無理だぞ」
「うん。確かに次に来る害が何なのかは分からない。けどまだ出来る事はある。これを見て」
するとカーダは、三つの印が書かれた地図を取りだした。その地図は王国と帝国、それ以外の全てを含めたツヴァイガーデンの世界地図だった。
「へえー、私世界地図なんて初めてみたかも」
「俺もだよ」
ユタが初めてみた世界地図からは、グロリランド王国とムーン帝国の北側には大きな山脈があり、南には海を挟んで別の大陸があると分かった。元の世界の地図よりも精度が高くないため、詳しい地形などは分からない。
「カーダ。それでこの地図が何なんだよ」
「うん。この地図の印は世界各地にある害の起こった場所を指しているんだよ」
「さっき言ってた奴か」
印の場所はグロリランド王国だけじゃなく世界中に点在しているようだった。
「うん、そうだね。そして何故か、凶流星が観測されてから再び異常現象が活発化したという報告が上がってきているんだ。みんなにはその原因を調査して来て欲しいんだ。もしかしたら一年後の害に繋がる何かが分かるかもしれない」
「ふーん、まあやる事は分かった」
「調査ならボクたちにまかせるんだぞ! きっと兄様の役に立つ手がかりを見つけてみせる!」
ネーダは自信たっぷりに胸をどんと叩いてみせた。
だがクレアは少しおどおどとしながらカーダにこう尋ねた。
「あのさー、私たちがドラゴンと戦ったりはしない? ちょっと怖いなぁ」
「もちろんだよ。そんな危険な事はしなくていいし、三害なんて戦ってもらっちゃこっちが困るさ」
「そっか…それならいいよ。他の国かー、なんだかわくわくするなっ へへへ」
クレアもクエストを受けることに納得したようだった。
きっと長い旅になるだろう。
危険な事も待っているだろうが、新しい大陸など未知なる世界を見られることに、ユタも心なしかワクワクしていた。
「俺もいいゼ。それで、最初はどこに向かえばいいんだ」
するとカーダは地図の一か所を指さした。
「うん。まずはグロリランド王国の王都ノルデリアに向かってほしい。そこでは人が消えてるそうだ」
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