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第108話 過去の絶望、希望へ未来

 そこには墓があった。そしてクレアはその墓の前で呆然と立ち尽くしていた。


 ユタ達は紋章の手がかりから突き止めたクレアの母親のいる唯一可能性のあるポイントまで、丸一日かかってたどり着いた。正確には夜遅くにその目的地にたどり着いたため、夜明けと共に周辺の捜索を開始していた。

 しかしそこにあったのは、何年も前から人の気配の無いやや大きめの屋敷と、丘の上にその屋敷を見下ろすように建てられていた墓群だけだった。


 カーダの話によれば他にも金のロケットに記されていた紋章の家は存在していたが、それらは東のアルターエンドにあるか数年以内に全員の死亡が確認されているらしい。



 墓の前に立ち尽くすクレアの瞳には光はなかった。


「あ…………っ……」


 ユタは彼女を慰めようとして言葉を振り絞ろうと努力したが、必死に探し求めていた母親が死んでいたと分かっていた時にかける言葉なんて見つからなかった。


 ユタは自分の不甲斐なさに情けなくなった。


 だがその時、カトラが突然駆けだしたと思うといきなりクレアに抱き着いた。

 クレアはいきなり抱き着かれて最初は驚いていたが、すぐに感情があふれ出し、カトラの胸に顔をうずめてわんわん泣き出した。


 その様子を見たネーダはユタにこう言った。


「…………行こう。ここはカトラにまかせるんだぞ。今はそっとしておこうよ」


「ああ、そうだな」


「うーん、やっぱり女の子同士って、こういう時通じるものがあるのかな」


 そしてユタとネーダの二人はその場から立ち去ろうと丘を下り始めた。

 しかし、二人の前から誰かがやって来る事に気が付いた。


「ん、誰か来るんだぞ」


「おーい! ごめーん! あたし寝坊しちゃってぇー!」


「ええっ カトラ? なんで前から来るんだぞ?」


 ユタ達の正面からやってきたのは、まぎれもなくカトラだった。


「お前……空間魔法とか使えたっけ?」


「はあ? そんなの使えるわけないじゃない。だから言ってるでしょ。寝坊したって」


「…………じゃあ、さっきのカトラは」


「んん? さっきから何言ってるのよ」


 ユタとネーダが丘の上を振り向くと、そこには羽の生えた怪物がクレアを絞め殺そうとしている光景があった。その怪物は、体は怪物だが顔はカトラの物だった。


「うわっ 大変だぞ!」


「あれは!サキュバスよッ 変身能力があって、騙し討ちが得意な奴! え、もしかしてあたしに化けてた?」


 クレアは拘束され上手く力が出せない。


「ギギッ!」


 サキュバスは口を大きく開き、牙をクレアの喉元へ突き刺そうとした。


 だがその前に、サキュバスの姿を見てすぐにテレポレアで飛んできたユタがその首を斬り落とした。魔物は切り落とされた首を残し、青い霧となって消えた。


「ゲホゲホっ」


「クレア! 大丈夫か」


「う、うん。ありがとう。また助けられちゃったねっ」


「ああ、気にすんなって。 また何度でも助けてやるからさ」


「ふふ、うん!」


 寝坊した本物のカトラも心配して駆け寄って来た。


「ごめんね。あたしが遅れなければこんなことにならなかったのに」


「ううん。気にしないで! カトラは悪くないよ」


 クレアは優しく許したが、ユタはカトラに日頃の鬱憤もあったので厳しくこう言った。


「いいやッ、お前はもっとしっかりした方がいい。確か前にもこうやって遅刻してきたじゃん」


「え。そうだったかしら? ていうか、なんかあんたに言われるとムカつくんですけど!」


「いや、俺は事実しか言ってないゼ」


「ほうほう、あんちゃんこのあたしと殺る気でっかな」




「…………そうだぞ!!!」


 突然、ネーダが大きな声でそう叫んだ。

 喧嘩をしそうになっていたユタとカトラもひと時その事を忘れ、ネーダに注目した。


「ネーダ。何がそうなんだよ」


 ユタが聞くとネーダは死んだサキュバスの首を指さした。


「この魔物、カトラそっくりに変身してただろ。

 クレアのお母さんも実は死んでなくて、魔物がそっくりに化けて死んだのを勘違いしたんだぞ!だから……クレアのお母さんもきっとまだどこかで生きてるんだよ!」


 ネーダは嬉しそうにそう言った。だがネーダの言う事は明らかに間違っていた。


 身体を構成する物質の大半が魔力霧(アニマ)と魔力の化合物である魔物は、死ぬと中心にある本体から切ったりして分かれた部位以外を残し、魔力霧(アニマ)の霧になって消える。動物や人間のように、全身の死体が残ることはほぼないのだ。

 それにだ。今サキュバスに襲われたからといってクレアの母のところにもサキュバスが現れたと考えるのは楽観的すぎた。


「ネーダ……そんなことはあり得ないんだよ」


「でも……! ひぐっ そうでもないとっ ……あんまりなんだぞ。」


「ネーダ」


 いつの間にかネーダは鼻をすすりながら泣いていた。

 この場所にたどり着くまで多くの困難があった。だが結末がこんな悲劇になるとはだれも予想していなかっただろう。みんながクレアの母との再会を信じていたのだから。


「ネーダっ 私は大丈夫だよ!」


「ぐす クレア」


「本当の事を知れただけで充分だよ。それにもともと私はお母さんなんて存在も知らなかったんだし、私にはおじいさんもいるし、今はみんなもいるから! だから、ぜんぜん大丈夫だよ」


「クレア、ボク……」


 そう言ったクレアはネーダを気遣うように優しい顔で微笑んでいた。けど無理をしているのがユタの目にも分かった。


「さ、みんな帰ろう。ここまで付き合ってくれてありがとうね。そうだ。次はユタの故郷を探す番だよね。もちろん私も手伝うよっ」


 クレアはくるりと回り背を向けながらそう言った。クレアの震える声を聞くと、ユタはわざとらしくこう言った。


「あー……ごめん! さっき俺嘘ついた」


「ええ? 嘘ってなんなのさ」


「ネーダの話だよ。俺が間違ってた。確かに魔物がクレアの母親に変身してた可能性があるかもしれなくもなくもなくもないかも」


「……ううん。もうい…」


「そうだよね! ボクもそう思ってたんだぞ! みんなでもっと探せば見つかるハズだぞ」


「あんた達が馬鹿っていうのは分かったけど、もっと探すていうのは賛成よ!あたしも手伝うわよ。友達としてね」


「「お前には馬鹿って言われたくないよ!」」


 ユタとネーダはそろってカトラをこづいた。


「それで、どうなんだぞ?」


「うん。みんなありがとう! でも、もういいんだ」


「クレア…………」


「嬉しいけど、もう分かってるから。それにみんなに迷惑はかけたくないし」


「そんな! 迷惑なんておもってないぞ」


 しかしクレアはかたくなに首を縦に振ろうとしなかった。クレアは自分の目で墓を見たことで、実母の死を強く実感してしまったのだ。



 その時、誰かが丘の上に登って来た。また誰かのドッペルゲンガーというわけではないようで、腰の曲がった老人だという事が近づいてきて分かった。


「なんの騒ぎですか。ここは大切な方々の眠る場所なんです」


「す、すみません。今帰るので……」


「クレア! いいの?」


 老人はこう言った。


「帰るんならいいですけど。ん……うお!魔物!」


 老人は地面に転がっていたサキュバスの首を見て腰を抜かした。


「もーう。おじいさんだいじょーぶ? たてる?」


 転んでしまった老人にカトラが手を差し伸べた。


「おお、お姉さん助かるよ。ん……うぎゃあ!魔物と同じ顔! 助けて!」


「はあ? 失礼なジジイねぇ!」


 ネーダが老人に落ちている首がサキュバスの物だと説明すると、老人は落ち着きを取り戻した。


 ユタは老人が転んだ瞬間、気になるものを見つけていた。


「あのさじいさん。さっき少し見えたんだけど、その服の柄をよく見せてくれよ」


「ああ、これですか」


 老人が上着のすそをめくると、シャツに描かれていた翼の生えた獣の紋章が姿を現した。

 クレアはそれを見て驚いた。


「……ロケットと同じだ」


「ああ。じいさん、頼む。この墓の事について教えてほしいんだよ」


「ん……別に構わないですよ」


 すると老人はユタ達に過去の真実を語り出した。

 クレアは最初、これ以上の現実を知る事に抵抗があるようだったが、老人の話を聞くうちに目の色が変わっていった。


「私はロアケルといって、昔はこの丘から見えるあの屋敷に使えていた執事でした。ご主人様はとてもいい方たちで毎日楽しく過ごせていました。しかし10年ほど前、運命の日がきました。

 その時すでに魔王軍は帝国の各地の進行を始めていましたが、ついにこのお屋敷にも魔物の群れが襲って来たのです。」


「私は偶然遠くに買い出しに出かけていたので無事でしたが、急いで帰ってみたら城には誰も残っておりませんでした。

 唯一の生き残りから聞いた話だと、ご主人様は身を挺して魔物から子供を守ったそうですが、最後は無念にも子供を城の窓から堀に投げ込んだそうです。後日隅々まで捜索しましたが、その子供も見つからず……。ここは無念の死を迎えたご主人様が穏やかな心で眠っていただいる場所なのです。そして二人のアニマがもう一度地上に戻ってこられるように、私はたまにこうして祈りをささげにやってきているのですよ」


「そうだったんだ……………………ッ」


「ですからなるべく静かにしていただきたいのですが」


「あ、そうだねっ ごめんねおじいさん。お話聞かせてくれてありがとう!じゃあ私たち行くから、じゃあね!」


「おいクレア」


 クレアはそう言うと、ユタの手を引っ張って墓の前から立ち去ろうとした。あわててカトラとネーダも二人の後をついていき丘を下り始めた。


 ユタはクレアにこう言った。


「さっき話に出て来たじいさんのご主人様の子供って、もしかして……クレアの事じゃないのかよ」


「うん。そうかもね」


「だったら、名乗りでなくていいのか」


「いいんだー。言っても信じてもらえるか分からないしっ。それに、もうスッキリしちゃったもん!」


「そうか」


 クレアはこう言った。


「私はいらなくなって捨てられた子供じゃなかったんだ。とっても大事にされてた。それだけで幸せだよ」


「クレア、良かったな」


「うん!」


 遠くの空をにんまり眺めながら下っていたクレアには、もうこの地には何の未練もなく二度と訪れる気もなかった。しかしユタはいつかクレアを連れてもう一度ここに来ようと考えていた。今度はちゃんと花でも携えて。

※連載中なので本編ページの上部や下部にある「ブックマークに追加」から、ブックマークをよろしくお願いいたします。またいいねもお願いします。作者への応援や執筆の励みになります。


次から新章です。

話は続きます。


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