第107話 乙女チック?な展開
翌朝、元の世界だとまだ四時半くらいだろうか。まだ日も昇っていない時間だったが、まだ眠っていたユタは突然クレアに起こされた。
「んん…………クレア? なんだってんだよこんな朝早くに」
「着いてきて。ユタだけに話したい事があるの」
「え?」
寝ぼけ眼をさすりながらユタは就寝用のテントから出ていくクレアの姿を見た。
―なんだろう。前にもこんな事があった気がするけど―
ユタは一種の既視感を覚えながらも、言われた通り軽く身支度を整え、テントの外に出た。
自分だけに話す事とはなんだろう。ユタはふと昔読んだ少女漫画のワンシーンを思いだした。美少女が自分の思いを伝えるシーンだ。ユタは顔を赤くさせると、頭の中に浮かんだ邪心を払うようにユタは咄嗟に首を横に振った。
「いやいや、そんな夢のような乙女チック展開があるハズないだろ」
クレアは少し離れた場所でユタが現れるのを待っていた。
「こっちだよ。ついてきて」
「あ、おいッ」
ユタの姿を見るとクレアはそのまま走り出した。かと言って引き離すわけではなく、ユタを案内するように近づいては離れ、離れては立ち止まるのだ。
「しょうがないなー」
ユタは後をついて行くことにした。こんな風に焦らすなんて可愛いとは思うがあまりらしくない。よっぽど大事な事なのだろうか。それとも言いずらい内容なのか。
朝早い時間だというのに、戦闘拠点にいる冒険者達の中には忙しく動き回っている者も少なくなかった。しかし、ルミナスシティと呼ばれる避難民たちが作りあげた即席市街区域に入ると、人気もなくなり静かな空間がそこにはあった。
二人は縦列に並んで歩いていた。
「なあ、まだ歩くのかよ」
「うんっ もう少し先だよ」
「そうか……」
それだけ話すとクレアはまた前を向いたまま黙々と歩き始めた。クレアから話かけてくる様子はない。
何も話さないままも気まずいと思い、ユタから話しかけた。
「そ、そういえば 今日やっと会えるんだな」
「……えっ」
「もうとっくに、カーダがクレアの母さんの居場所を特定しているハズだよ。カーダに場所を聞いたらすぐにでも会いに行こう!」
「…うん。そうだねっ」
するとクレアは続けてこう言った。
「最初はさー。ほんとにただ、私のお母さんがどんな人なのかなって気になっただけなんだ。でも旅の中で会った他のみんなにとってもお母さんていう存在は大事で……、私ももうすぐ会えるって分かったらすごくどきどきしてるんだっ」
「そうか。きっとクレアのお母さんもクレアに会えたら嬉しいと思うよ」
「うん。だといいなー」
そうして歩いている間に、二人はいつの間にかルミナスシティからも離れ、放棄された村にやってきていた。
「おいおい、流石にまだなのかよ。これ以上離れると戻れなくなるゼ」
「うん、そうだね…………この辺りでいいかな。こっちだよ!」
「え、クレア?!」
するとクレアはいきなりユタの手をひっぱり、空き家になった家の馬屋の中へと連れ込んだ。中に居たハズの馬は逃げ出しており、薄暗く、床に藁が散乱していた。
「いてて、なんだってんだよ…………え!? ク、クレア???」
ユタは正面を見て驚いた。目の前に立っていたクレアの服がはだけていたからだ。いつも着ている白いシャツのボタンが外れ、乳が顕わになっている。
「ユ―タっ 私、とっても感謝してるんだよー? ユタがいなかったら、ここまで来れなかったもん。だから、その、お礼がしたいんだっ」
「えっ? はっ? ク、クレア?! どうしたんだよ?」
「えいっ」
「うわ」
クレアはユタを藁の上に押し倒した。そのままユタの上にまたがると、クレアはボタンをすべて外し腰までずり下げた。
ドクドク ドクドク
ユタは心臓の鼓動が鳴りやまなかった。
―なんでいきなりこんな事になってんだ?!? そりゃ嫌かと言われれば……嫌じゃないですけど!―
ユタと同じように、クレアも頬を赤らめ緊張を隠せないでいた。だがそれでも、クレアは行為を止めようとする気はなかった。
「へへへっ……」
「クレア、いいのかよ!」
「え? うんっ! だって、私ユタの事好きなんだよ」
「あ……」
そう言うとクレアは、またがったまま上体を倒しユタの顔にキスをしようとした。ユタもそれを受け入れるつもりだった。だがクレアの顔が近づいてきた時、ユタはある事に気づきとっさに手を伸ばした。
「お前、誰なんだ?」
「…………ふぇ?」
ユタはぞっとして、額に嫌な汗が流れる。自分の上にまたがっている半裸の女は俺の全く知らない奴だ!そう直感したからだ。
外見も雰囲気もまさにクレアそのものだった。しかしユタにクレアが近づいた時に感じた匂いと体温が、ユタの認識している本物とはまるで異なっていたのだ。
それは以前に長い間、本物のクレアと抱き合っていた事のあるユタだから分かる違いであった。
「おいっ 答えろ!」
「……………………そんな事ないよー。私クレアだよー。」
「そんな見え透いた演技はもう通じないぞ。ぶった切られないうちに、さっさとそこをどくんだな」
「それは無理だよー。だって、もう手遅れなんですもの」
するとそのクレアのような物はユタに無理やり口づけをしてきた。
「むぐぐ、おいっ やめろ!」
口づけされた瞬間にユタの脳からは異常な量のドーパミンが分泌された。身の危険を感じたユタは何とか逃げ出そうと心みるが、強い力で羽交い締めにされて抜け出す事ができない。
クレアの偽物が肌をユタに密着させてくる度、ユタはだんだんと快楽に飲まれしまい意識がぼーっと薄くなっていくようだった。
「あっ……あっ……」
―くそっ この力、人間じゃない。さては魔物か?―
ここは魔王の領地のすぐ近くだ。氷の城でゾディアックの秘密を知った俺を消しに来た魔王の刺客という可能性も十分にありえる。
だがだんだんと考える力もなくなり、イクスブレイブによる自爆特攻を考え始めた時、馬屋の外から聞きなれた声で自分を呼ぶ声がした。
「ユタ!こんなところにいたー!」
「あッ クレア か?」
馬屋の外からクレアがひょこっと顔を出した。
「ユタ、何やってんのさー。こんなところで、一人で。」
「え゛っ 一人だって?」
ユタはあわててまわりを確認したが、馬屋の中には偽物によって服を半分ぬがされた自分以外には誰もいなかった。
「ユタ……なんか汚いし臭いよ? 大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ……」
「ところで、なんで裸になってるの?」
「え、あー……」
ユタがどう説明すべきか言いよどんでいると、クレアは何かを察してこう言った。
「…………あ。 ユタってあいかわらず変態さんだねっ」
「そ、そうじゃないんだよ」
「ふーん、いいけどさー。今日は私のお母さんに会いに行く大事な日なんだよっ ちゃんと綺麗にしてから来てよね。じゃ、まってるから」
そう言うとクレアは足取り軽く去っていった。
「はあ、なんだってんだよ! 一体!」
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