第106話 兄とおとうと
「兄様! ボクね、ユタ達と色んなところを冒険したんだぞ!」
「へえー! そうなのかい?」
カーダは楽しそうにネーダの話に耳を傾けていた。
二人はさっきまで会議をしていたテントの中に居た。カーダの用事が終わり、久々の兄弟ふたりの会話を楽しんでいるところだった。
「フォレストモアで冒険者になってから、たくさん魔物を退治したし、困ってる人もたくさん助けたんだぞ」
「そうかあ、ネーダはえらいね」
そうやってカーダに褒められると、ネーダは嬉しそうに照れながら頭をかいた。
「えへへ! あとさ、一番最初の頃に強い魔物がたくさんフォレストモアに攻めて来た事があったんだよ」
「あっ 噂で聞いたことがあるよ。大丈夫だったのかい」
「うん! そりゃあ強い敵だらけで大変だったけどさ、魔物たちの中でその時覚醒したイレギュラーもボクとユタで倒したんだぞ!」
「ええ!? それは本当にすごいね!」
「えっへん! その時にユタ達とも仲良くなって、一緒に冒険団をすることになったんだー」
「そうか。 ……いい仲間に会えたんだね」
「うん!」
ネーダは大きくうなずいた。
「あとさあとさ! その後はB級冒険者になるための試験を受けたんだぞ」
「うんうん。それで?」
「えっと~ あ、聞いてよ! 試験官のパユって人が無茶苦茶こわいんだぞ。いっつも何考えてるか分かんないのに、怒るとスゴイ目が怖いんだぞぉ」
「パユ? もしかして竜のアギトのパユかい? かなりの風魔法の使い手だって聞いてるけど」
「うう……スゴイ事は確かなんだけど、その分怖さもすごいんだぞ」
「ハハハ」
「それで、その後どうなったんだい?」
「えっとね、ボク達はフォレストモアよりずっと寒いボントルべってとこに行ったんだぞ」
「へえ、ボントルべ…………ね」
「それでね! あっ」
「ん、どうしたんだい」
「あー……えっと」
そのときネーダは、ボントルべであった出来事を思い出していた。
うっかりゾディアックを倒した事までカーダに話してしまいそうになっていたネーダは、あわてて言葉をのみこむと言いつくろった。
「えっと…… うん! ちゃんとB級になれたよ! 楽勝だったよ」
「そうなんだ。うん、さすがだね!」
そう言うとカーダは再びネーダの頭を撫でた。
「えへへ、兄様。そんなに褒められると照れるんだぞ」
「ううん。ネーダはそれだけ頑張ったんだよ。だからちゃんと褒めさせて欲しいな」
「兄様……! 分かった。もっと褒めてなんだぞ」
「よし。よくやったな。強くなったね、ネーダ」
「えへへ えっへへ」
そして少しだけ時間が経った後、ユタとクレアとカトラの三人がネーダのいるテントの中に入ってきた。
「言われた通りみんな来たけど、二人でまだ話してるのかよ。出直そうか?」
「ううん、ありがとう。 もうネーダとは充分話せたから大丈夫だよ。みんな、入ってきて」
それを聞くとネーダは駄々をこねるようにこう言った。
「ええーボクまだ兄様とおしゃべりしたいんだぞ」
「それはボクもさ。けどみんなとも話したい事があるんだよ」
「そうか。じゃあ仕方ないんだぞ」
そう言われてネーダは素直に従った。
カーダはユタ達が全員テントに入るとテントの防音結界を作動させた。
「万が一の場合に備えて、結界を張ったよ」
「ふーん、こういう結界もあるのか」
「さて、じゃあ聞いてもいいかい」
「ああ。話ってなんなんだよ」
そしてカーダはユタ達に尋ねた。
「君たちはどうしてムーン帝国に来てしまったんだい。ここが今どういう状況なのかは、もう知っているよね」
「兄様に会いに来たんだぞ」
「でもそれだけじゃないだろう。……何か、大事な理由があるんじゃないかなと思ったんだけど」
その通りだ。
ユタ達がムーン帝国まで行こうと思ったのには、クレアの故郷を探し母親と再会させるという大事な目的があったのだ。
「あの、実は……」
クレアはカーダにその事を打ち明けようとした。カーダなら自分より帝国の事情に詳しいと思ったからだ。もしかしたら母親のてがかりも何か分かるかもしれない。
だがその時、テントの幕が開き誰かが中に入ってきた。帝国軍隊長のジーホーンだ。
「ジーホーン隊長。何か火急な用でしょうか」
「そうではないが」
「それなら時を改めてもらえませんか。今は彼らと大事な話があるので」
それを聞くとジーホーンは表情を曇らせた。
「帝国軍隊長の私の話より大事な話だと? こんなガキどもの会話がそれほど重要とは思えんがな。団長。おかしな行動は帝国への反抗の意思とみなされる可能性がありますぞ」
「…………分かりました。話を聞かせてください」
「うむ。それでいいのだ」
ユタはその時点でもジーホーンの事を随分横暴な奴だと思っていたが、その後に聞いた話もさらに呆れるものだった。
ジーホーンはどうやらカーダを利用しこの地に新たな国家を作る気なのだった。つまり反乱だ。ユタ達がその場にいる事など忘れ、ジーホーンはカーダを必死に口説いていた。正直ユタには、ジーホーンがかなり間抜けに見えた。
「今の皇帝はダメだ。魔物程度に怯えている始末っ。その点あなたならふさわしい。あなたが王にならば強い国になるハズなのだ」
「ジーホーン隊長。その話は以前にもお断りしたハズです。私にはそんな資格もないし革命など起こす気もない。もうやめてほしいとも言ったハズだ」
「大丈夫ですよ。この私が政治を治めます。あなたは民衆の象徴になってくれればいい」
「…………」
カーダも途中から呆れてものが言えなくなっていた。
「とにかくお断りします。今日のところは帰ってもらえませんか」
「ちっ。仕方あるまい。だがまた聞かせてもらうぞ」
ジーホーンが去った後、カーダはガラにもなくため息をついた。
同じようにその場にいたユタ達もジーホーンに話を邪魔され少なからず怒っていた。
「ムカ。腹立つわーなんなのアイツ?」
カトラはテントの外を睨みつけながらそう言った。
「うん。珍しく気が合うな」
するとユタはそっと収納魔法を起動した。同時に物体転移も使うと、収納魔法の中に蓄えてる大量の水をどこかに転移させはじめた。
―ちょっとした悪戯も、たまにはいいだろ。これでアイツのズボンがびしゃびしゃになって笑いものになるところが見られないのは残念だけどな!―
ユタはこっそりとほくそ笑んだ。
「あんなのに絡まれて…………あんたも色々大変なのね」
「ははは ボクは大丈夫だよ。それより話の続きをしようよ」
「そうね、いつまでもくだらない事で怒っていても仕方ないわ …………それで何の話をしてたんだっけ」
「俺たちが帝国に来た理由だろ」
悪戯を終え、満足したユタはそう答えた。
テントの外ではジーホーンが大騒ぎしていたが、防音結界のせいで何も聞こえない。
「カーダさん。私のお母さんの故郷を探してるんです」
クレアは今までの事情をカーダに伝えた。そして形見である金のロケットに記された紋章が手がかりだったと知ると、カーダは一冊の本を取りだした。
「えっと、この中にその紋章は書いてあるかい」
本の中には多くの家紋が記されていた。どうやら帝国の名のある家の名前が記された本のようだった。
クレアはしばらく本とにらめっこを続けていた。
「あ…………あった」
「えっ 本当!」
それを聞いてまず真っ先にネーダがクレアの横から本を覗きこんだ。するとそこにはロケットにあったものと同じ羽の生えた獣の紋章が記されていた。
それをみるとカーダは少し考えてからこう言った。
「この紋章の家はいくつかあるんだ。一部はアルターエンドにあるから行けないんだけど、こっち側にも多くあるからどこかに君の故郷があるかもしれないよ」
「そうなの?」
「ああ、明日また来てくれるかい。それまでに故郷の場所を見つけておくよ」
それを聞いたクレアは、今までの辛い事が全部無に帰すかのようにパッと笑顔になった。
「よかったな!クレア!」
「うんっ」
ご拝読いただきありがとうございます!
もしよろしければブクマや評価、感想やいいねなどいただけるととても励みになります!
この先もよろしくお願いいたします。




