第102話 英雄の登場
ユタ達は教会のすぐ側まで近づいていた。
教会と呼ばれていた四角い石の塔は、かなり昔からこの地に存在した。がらんとした大きな部屋が一つあるだけの簡素な作りの建造物だ。しかしその教会も、悪魔の襲撃を受け壁が壊れていた。
ユタ達はその壊れた壁から中をそっと覗き込んだ。
「ユタ、あれを見るんだぞ!」
「ああ、うようよ居るな」
教会の中にはまだ10体以上の悪魔が隠れていた。悪魔たちは塔の中をうろついたり背中の羽で飛び回ったりしていたが、悪魔たちが塔の奥をずっと気にしている事に気が付いた。
「アイツらは何しているんだよ……」
ユタは様子のおかしい悪魔の方を向いた。
悪魔たちは塔の奥の壁を見るとニヤニヤと笑っていた。そこには壁に張りつけにされた村人が悪魔たちに弄ばれていた。
さらに耳をすますと、何度も悪魔に槍で刺された村人の苦しむうめき声が聞こえて来た。
「……ほら、言った通りでしょ。悪魔ってのは本当に最悪なのよ」
「ああ。そうみたいだ。 じゃあ、さっそく突っ込むかよ?」
ユタはそう言うとベルトに差していた剣に手をかけた。側にいたネーダも、悪魔たちの所業を見ると落ち着かない様子だった。
「早く助け出そう! もう間に合わないかもしれないけど……でもあんなの見てられないんだぞ!!」
「ちょっと待ってッ 無策に突っこんでもダメよ。村人を人質に取られないうちに一気に制圧しなきゃ。それにあの数を何とかしないと……」
するとカトラの話を聞いたユタはこう言った。
「それなら、まずクレアとカトラが同時に呪文を放ってくれ。その隙に俺とネーダが教会の中に突入して残った魔物を始末する。これでどうだ?」
「そうね、それが確実ね」
「うん、分かった。任せてっ」
クレアとカトラは教会の穴の前に並んで立った。
「掴まってる人たちに魔法を当てないようにしないと……」
「だったら追尾の呪文ね。冠詞はラジャス。クレア、呪文は覚えてるわよね」
「うん。使えるよっ 威力は抑えめでいいよね」
そうして二人は同時に呪文を唱えた。
超追尾旋風…………
×
超追尾火炎…………
「「複合呪文:ペネトレイトレッド!!!」」
同時に発動した二つの呪文は、魔物の急所に向かって真っすぐ飛んでいく炎の矢に変化した。
「きひっ??」
悪魔達は突然飛んできた炎の矢に驚いていた。何匹かは心臓を矢に貫かれて消えていった。
「いくぞ!ネーダ!」
「オッケー!」
「よし、超空間転移!」
悪魔達が慌てふためくその隙に、ユタとネーダが塔の中に侵入した。そして素早く下級悪魔を処理していく。
5…4…3、2……
悪魔の数はどんどん減っていった。今のところ掴まっている村人を人質にするような素振りは見せてこない。
「よし、アイツらで最後なんだぞ」
「ぎぎっ」
今のユタ達にとって、下級悪魔単体はもはや脅威ではない。あっという間に群れを蹴散らすと、最後の一匹に目掛けて剣を構えて突撃した。
だがその時、予想外の事が起きた。
炎と青い霧が充満する塔の中で、ただ茫然と立ち尽くす少女の姿を、ユタは視界の端に捉えた。
「あ、あぁぁ……ママーーー!!!」
「なッ なんでここに……?!」
リーナは壁に張りつけにされていた一人の人間を見ていた。悪魔に何度も槍で刺されたせいでもはや男か女かも分からない程傷ついていたが、それがリーナの母親だった。
クレアとカトラもいつの間にかリーナが塔の中に入っていた事に驚いた。
「私たちの後ろに居たハズなのに! どうして?!」
「きっとあたし達が悪魔の相手をしている内にそっと抜け出したのね。あれだけ入るなって言ったのに!」
するとリーナの声に反応して、母親の頭が少し動いた。
「・・・」
「ママ?」
しかし既に母親に意識は無かった。その事に気づかず、リーナは自分の母親に近づこうとした。
だがその直後、リーナの背後に突然黒い影は出現した。
「リーナ! 危ないんだぞ!」
「へ?」
「ウゴクナ!コノオンナヲコロスゾ!」
「あッ しまった!」
片言の人語でそう言ってきたのは下級悪魔よりも二回りも大きい上級悪魔だった。
上級悪魔はリーナの首元に自分の鋭い鉤爪を押し当てていた。
「た、助けて…… 助けてー!」
「ダマレ!ワメクナ!」
「きゃあッ!」
上級悪魔は助けを呼ぶリーナに対し闇の呪文を放った。攻撃を受けたリーナは目を開けたまま気絶した。
「おいっ やめろ!」
そう言ってユタが剣を抜き上級悪魔に斬りかかろうとした。しかし上級悪魔は気絶したリーナを盾のように扱い、さらに彼女の首元により深く爪をたてた。
「チカヅクナ!」
「ッ、クソッ!」
人質をとられたユタ達は迂闊に近づけなくなってしまった。
「ブキヲステロ。サモナイト」
「クソッ あんな奴、ぜんぜん強くないのにッ」
「ユタ落ち着くんだぞ。リーナまで殺すつもりか?」
「でもッ つー………… クソ!」
ユタはイラつきながら剣を地面に投げつけた。
「オマエモダ。アト、カクレテルヤツ。デロ!」
ネーダ達は悪魔の言う通りにした。ネーダは剣を捨て、クレアとカトラは塔の中に入った。人質を取られては、魔物とはいえ従うしかない。
上級悪魔は四人を見た後、考える素振りをしてからため息をついていた。
「ウーン、タッタヨンヒキ! テシタドモハミンナヤラレテシマッタ!」
「ふ、ふん! あんな雑魚どもどうって事なかったわよ。あんたもすぐに魔力霧に変えてやるわよ!」
カトラがそう言うと上級悪魔はギロリとこちらを睨んできた。
「ダマレ! 深淵」
上級悪魔は式句を唱え、手から禍々しい魔力球を飛ばしてきた。
「うわっ 避けるんだぞ!」
ユタ達は左右にばらけて魔法を躱した。
「助かったよネーダ。 でもさっきのあれは? 聞いたこと無い呪文だったぞ?」
悪魔の魔法が着弾した地面は存在感が薄くなるような表面の色がやや薄まっているような気がした。だがそれ以外に破壊されている形跡は見られない。
するとカトラが答えた。
「闇属性の呪文よ。当たっちゃダメよ。攻撃力はないけど、病気になったり身体に力が入らなくなるらしいわ」
「状態異常攻撃ってわけか…………厄介だな」
元の世界のゲームの中でも、絡め手を使ってくる敵は手ごわいと相場が決まっている。ただここはゲームの世界ではないから、用意された攻略法などはなかった。
「やっぱり、近づいて斬るしかないんだぞ!」
ネーダはそう言うと、一度捨てた剣を拾おうと駆けだした。
「だ、ダメだよっ リーナちゃんが捕まってるんだよ」
「あ、そうだった……」
クレアに言われてネーダは途中で立ち止まった。
その様子を見ていた上級悪魔は不気味に笑いだすと自身の身体を変形し始めた。
「ソウダ。コノオンナガイルカラ、オマエラハコウゲキデキナイ」
上級悪魔は腹部の辺りから体の一部をツルのような形にしてたくさん伸ばした。そしてそのツルでリーナを巻き取ると、自身の身体に引き込むようにがっちり抑え込んでしまった。
これで完全に正面から攻撃する事は出来なくなった。どんな攻撃も確実にリーナを巻き込んでしまうだろう。
「そんなっ どうしよう!」
「ヤバい。ヤバいんだぞ!」
剣が無くても一応呪文で攻撃はできる。しかし呪文による攻撃では繊細な攻撃が出来ず、リーナまで巻き込んでしまう。
そうこうしているうちに上級悪魔はさらに変形を開始した。背中から翼が生えて来た。
「このままじゃ逃げられちゃうよっ そうだ!私とカトラでさっきの奴使おうよ! あの炎の矢ならきっと当たるよ」
「いや無理よ。ペネトレイトレッドはそんなに強い呪文じゃないもの。またリーナを盾代わりに使われておしまいだわ。でも他に方法は……」
「ユタ! ボクをテレポレアで飛ばしてくれ! 背中から雷霆で攻撃してみる!」
「いや、だったらもっといい考えがある…………」
奴は一応上位の魔物だ。バルバトスで仕留めきれるかは分からない。でも確実に仕留められる呪文を俺は一つ知っている。
上級悪魔は背中の翼を大きく羽ばたかせた。上級悪魔が少しだけ浮き上がる。
「みんな、俺に何かあったら、あとの事はよろしく…………」
「え、ユタ?」
ポォォ……
最大威力を出すわけじゃない。そんなの使ってしまったら、クレア達ごと吹っ飛ばしてしまう。
最低威力だ。魔力を調整しろ。
ォォ…… ォォ……オオ………
ユタの左手に魔力の光が集まりだす。最低魔力量だとしても、チャージしている間も片方の手で支えていないとよろめいてしまいそうな衝撃だ。
「え? それなんなのさ?!」
「ちょっと! あんた何する気なのよ!」
「いくゼ。イクスブレイブ!」
だが式句を唱え、悪魔の背後に飛び上がろうとした瞬間、いきなりユタ達の上空を人影が飛び越えた。そしてその人影は真っすぐ上級悪魔に向かっていくと、二刀の剣を取りだし空中で鮮やかに上級悪魔を斬り裂いた。
バランスを崩した上級悪魔はそのまま塔の元いた場所に落っこちて来た。
「ダレダ!オレサマ二コウゲキシヤガッテ!ヒトジチガイルンダゾ!」
二刀の剣士は空中から鮮やかに着地を決めると、悪魔の事など気にも留めず爽やかな笑顔でこう言った。
「遅れてゴメンね! もう、大丈夫だよ!」
その視線は悪魔の腹部に向けられていた。
「アイツ、何者? どっから現れたのよ」
「クンクン……この匂い。まさか、兄様?!」
「え、兄様って、お前の? ってことはあれが勇者カーダかよ」
「へえ、なんか思った感じと違ったなー。もっと強そうだとおもったよ。でも優しそうー」
「む」
せっかくユタが新呪文で決めようと言うときに現れて出番を奪われた事も気に食わないが、クレアの言葉を聞いてユタはさらにカーダが嫌になった。
「オマエモ、ブキステロ」
「…………いいよ?」
そう言うとカーダは持っていた剣を二本とも悪魔の方に放り投げてしまった。
「ええっ なんで捨てちゃうの?!」
「心配しなくても平気だよ。兄様は最強なんだ」
ネーダの言う通り、カーダの表情には余裕が見えた。
「ステタナ。コレデオマエモ…………ウッ ナンダ!!」
「二重光」
カーダが式句を唱えると塔の中はまぶしい光で包まれた。ユタ達も目を開けていられないほどだ。
カーダは悪魔が目をふさいでいるうちに走って一気に距離を詰めた。
「刀剣召喚!」
「ぐっ ゴフッ」
次にユタが目を開けると、カーダは魔法剣で上級悪魔の腹を突き刺していた。
「…………あいつ、人質ごとやりやがった」
「人質なんて、ボクの前じゃ意味ないんだよ」
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