第101話 下級悪魔
「きひひひ…………」
「居たッ 空間転移!」
「きひっ!」
ユタは木の上に隠れていた下級悪魔を見つけると、こっそりと近づき一瞬で仕留めた。
「これで6匹目か」
「きっとまだ潜んでいるんだぞ」
村人が捕らえられているという場所に向かう道中で、すでにユタ達は複数の下級悪魔と遭遇していた。だが集落にはもっとたくさんの悪魔たちが襲撃したのだと言う。
森から逃げて来た少女―リーナは怪我をしていてさらに身体中火傷だらけだった。それでもユタ達について来ると言った。
「あんたひどい怪我じゃないのよ。クレアに癒してもらったっていっても、まだ完全に治ったわけじゃないのよ」
「そうだよっ リーナちゃんは休んでて! 私たちがきっと、あなたの仲間を助けてくるから」
しかしリーナは首を横に振ってこう言った。
「いえ、私に案内させて ください……。家族が捕まってるの」
「…………分かったわ。でも、絶対に離れないでね」
カトラにそう言うと、リーナはこくりと頷いた。
森の火事は自然発火が原因ではなかった。悪魔達が森に火を放ち、隠れた村人をいぶりだそうとしていたのだ。
森の様ざまな場所には悪魔の炎に焼かれたと思われる人の死体が転がっていた。それらを見かける度にユタは嫌な気分になった。日頃から死体を見慣れている(自分の死体)ユタはその程度で済んだ。しかしクレアは顔色が真っ青になっていて、リーナは知り合いの死体を見つけると吐いていた。
「大丈夫かクレア」
「う、うん……」
ユタは気分の悪くなったクレアを気遣った。
「それにしても酷いな。残虐だ」
「そうね。でも悪魔がこんなに沢山に出現するなんて、どういう事なのかしら……」
するとカトラの言葉を聞いたリーナがなぜか意外そうな顔をしてこう言った。
「え、何を言ってるの? 魔王軍が攻めてきてるからに決まってるわ」
「は? ま、魔王軍?!この悪魔たちが魔王軍なのか?? という事は、ここはもうムーン帝国かよ」
「そう、ですよ……ここはムーン帝国の西、ルルドリアですけど?」
「げ、嘘でしょ。よりによって帝国?? 今一番危険な場所じゃないのよ。なんでそんな危険な場所に転移したのよ!」
リーナの話を聞くと、カトラはユタの耳元で小鳥のようにうるさく文句を言いだしたが、ユタにはカトラの声なんて全く耳に入っていなかった。
―なんてこった。あの時、結晶の転移呪文は俺たちをムーン帝国に飛ばしていたのか! どおりで見た事のない土地だと思った……―
ユタと同じく、クレアもその事実に驚いていた。
「ええ?? ここがムーン帝国だったの!!!」
クレアはさっきまで吐きそうだったにも関わらず、驚き思わず大きな声でそう言っていた。
無理もない。俺たちの旅の目標はムーン帝国にあるクレアの故郷に行く事だった。だが帝国に行くだけでもとてつもない苦労があった。実にここまで100話分の時間がかかった。それがいつの間にか達成していたのだから、叫びたくもなる。
「そっか、ここが。ムーン帝国。私のお母さんの故郷……」
クレアは感慨深げに遠くを見つめてそう言った。しかしこんな状況のせいか、あまり嬉しそうではなかった。それどころか周りの惨状を見てやや深刻そうだ。
「クレア、帝国はまだ全部侵略されたわけじゃないんだろ。きっと大丈夫だって!リーナの依頼を解決したら、探しに行こうゼ」
「そうだぞ! 帝国にはお兄様がいるからね。きっとクレアのお母さんの事も守ってくれてるよ!」
「うん。そうだね。二人ともありがとう!」
「クレア~、元気出しなさい? そんな暗い調子じゃ、下級悪魔みたいな雑魚にも負けるわよぉ。まあ、あたしがちゃんとフォローするから心配ないね」
「うん……。へへへ、ありがとう」
みんなから励まされクレアは少し本来の明るさを取り戻した。
「あの、大丈夫ですか? さっきから何の話を……」
リーナは四人の話を聞いて不思議に思うとそう尋ねた.
「あ、ううん! 気にしないでっ それよりリーナちゃん。村の仲間が捕まってる場所はこの先でいんだよね」
「うん。あと少しだと思う。逃げる時、たくさん悪魔が集まってたから」
「分かった。いそごっ」
そしてユタ達はさらに森を奥へと進んだ。
やがて森のはずれで崩れた瓦礫の塊を見つけた。それは悪魔の集団に襲われたリーナの村のなれの果てだった。村にある家々からはところどころ黒煙が立ち昇っていた。
悪魔によって破壊された村を見ると、ユタ達は腹の内から怒りが湧いてきた。村は無残に破壊されていたのもそうだが、逃げ惑う村人をいたぶって殺した痕跡が残っていたからだ。
「これは……残酷な光景ね」
「ひどい!許せないんだぞ!」
「けど悪魔どもはどこだ? 姿が見えないゼ」
ユタは辺りを見渡したが、さっき倒した下級悪魔の姿はどこにも見当たらなかった。もちろん生きている人間の姿も見えなかった。
「おいリーナ。他の村人が捕まってるのは、本当にここで合ってるのか?」
「そうだと思う。私が見た時にはたくさん居ましたけど……」
「じゃあもう逃げてしまったのかな」
「いや! ちょっと待つんだぞ!」
ネーダが何かに気づいてユタ達にそう言った。ネーダの兜からはシマシマリスのチニイがひょこっと顔を出していた。
「チニイが向こう側が騒がしいって言ってるぞ。リーナ、あっちには何があるんだぞ」
「向こう側は…………村の教会があります」
「きっとそこだ! そこにみんな掴まってるんだぞ」
「ほ、本当ですか!?」
リーナが尋ねるとチニイもこくりと頷いていた。
「おいおい、蛇は怖いくせに悪魔は平気なのかよ」
「ああ~、そうみたいなんだぞ。でもチニイの嗅覚は頼りにしていいんだぞ」
「まあ、分かってるけどさ」
何とも不安定なコンパスだな。そう思ってユタがチニイの方を見ると、チニイはまたケッと舌打ちのような事をユタにしか見えないようにしてきた。相変わらず可愛くないやつだ。
「場所が分かったなら乗り込むわよ。くれぐれも慎重にね」
「ああ、そうだな」
そうしてユタ達が教会へ向かおうとすると、リーナが四人を呼び止めた。
「あの……私も! 連れてってください」
「ダメよ。ここから先は危険すぎるわ」
「教会まで案内します」
「そのくらいならあたし達だけでも充分よ。ここで待ってなさい」
「そんな…………でもッ ううっ うう…………ママ……」
リーナは不安と悲しみでその場ですすり泣きはじめた。
母の名前を呼びながら悲しみにくれる彼女の姿を見るうちに、クレアは生みの親を探してここまで旅してきた自分とリーナの姿を重ねて見てしまった。
「ねえ、連れていってあげちゃダメかな?」
「クレア…、ダメよ。一般人には危険すぎるわ。それに下級悪魔より強い魔物が待ち受けているはずよ」
悪魔は人間のように社会性のある魔物であり、強い力のある魔物が群れを統率していた。魔王軍という組織の中でも悪魔の性質は変わらなかった。
教会に行けば恐ろしい魔物が待ち構えている。だがその事を聞いてもクレアは意思を変えなかった。
「でも、早くお母さんに会わせてあげたいよっ」
「ク、クレアさん……!」
「ねっだよねっ 大丈夫!私がリーナを守るから危険じゃないよっ だから……お願い!」
するとクレアの強い思いが伝わったのか、ついにカトラも観念した。
「はあ。分かったわ。じゃあついてきていいけど、後ろにいるのよ!」
「あ、はい! ありがとうございます!」
リーナはそういうと勢いよくカトラに頭を下げていた。
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