第100話 闇の尖兵
黒煙が立ち昇っている。ここまでくればチニイの野生の嗅覚を頼らずとも火事の様子は分かった。
火の元はまだ見えないが、煙の様子からそこまで火は燃え広がっていないようだった。
しかし、火が森に燃え広がる事よりも、もっと大変な事が起こっていた。
「ん、何かきこえるんだぞ」
ネーダが耳をすますと、その声はどんどん大きくなっているようだった。
「きゃぁあああああ!!!」
「ひぃぃ、やめてっ!!!」
悲鳴だ。森の奥から悲鳴が聞こえてきたのだ。
悲痛な叫び声が聞こえるとクレアはすぐに煙の中へ飛び込もうとしたので、ユタは慌ててクレアを止めた。
「まだ炎の中に取り残されてる人がいるんだよっ はやく助けなきゃ!」
「それは分かってる。けど煙の中を進むのは危険だ! ここで待っててよ。俺が空間転移で様子を見てくるから」
そう言うとユタはクレアの前に出た。そして収納魔法からハンカチを取り出し口を覆った。煙を吸わないためだ。
「分かった。気をつけて……」
「ああ。うん、大丈夫だよ。 じゃあ行ってくる」
そう言ってユタが式句を唱えようとした時、いきなり目の前の草むらがガサガサと動いた。ユタは腰の剣に手をかけ、他のみんなもそれぞれ警戒を強めた。
「みんな、気をつけるんだぞ! 何か近づいてくる」
そう言った次の瞬間、目の前の草むらから黒い影が飛び出してきた。
それは衣服の一部が黒く焦げていた若い女だった。炎で焦げているが服装からして冒険者のような普段から危険に身を置く職業の人ではなさそうだ。
「人だぞ。すごいボロボロだ!」
「てっきり放火した魔物が襲って来たのかと思ったわ」
カトラは剣から手を離した。女は弱り切っていて、それでも必死に何かから逃げて来たようだった。また服だけでなく、腕や顔の一部を火傷しているようだった。
「た、助けてえええ!!!」
「あなた大丈夫? 今、手当してあげるからっ」
「た、助けて…………」
クレアはそう言うとその女に駆け寄った。近づくと、女の身体には火傷の他にも無視できない出血の跡があるようだった。
「ユタ。包帯だしてっ 」
「あ、ああ!」
ユタは収納魔法から布の包帯を出してクレアに渡した。クレアは包帯を受け取ると出血した傷に巻き付けて止血した。そして傷ついた女にエルレギアの回復呪文をかけた。
エルレギアの回復呪文は身体強化の応用で、対象者の生命力をあげて治癒するものだ。だからあらゆる怪我にバランスよく効果があった。
「う、うう…………」
「大丈夫? けどもう安心だよ! 火はここまで来ないから!」
「違うの! アイツが、アイツが来るの……っ」
「ッ……! クレア気をつけて! 魔物よ!!」
カトラの声で振り返ったクレアは、背後の森からもう一つの影が現れるのを目にした。
それの姿は飢えた子供のように細く黒い体に一対の翼、手足の爪は鋭く伸びていて先端には動物の血がこびりついていた。まさしく伝承に出てくるような悪魔の姿そのものだった。
「きひひ」
悪魔は手に細い槍を持ちふわふわと宙に浮かびながらこちらに近づいてきた。
「やっぱり魔物のしわざだったのね! 気をつけて、あれは下級悪魔よ。 コイツらは魔物の中でも狡猾で残虐性が高いの」
「魔物の中でも? それってゴブリンとかより酷いってことかよ」
「ええ、そうなるわね。ゴミよゴミ」
「そうか。それは最高だな。倒しがいがありそうだゼ」
四人は武器を取り戦闘態勢に入る。
「た、助けて」
森から逃げて来た女は追いかけて来た下級悪魔の姿を見ると、怯えて地面をはいずりクレアの後ろに隠れようとした。その様子を見て下級悪魔は歓喜の笑みを浮かべた。
そして下級悪魔は左手に炎を出現させた。撃滅火炎の炎だ。
「そうはさせないぞ! やぁーッ」
ネーダは素早く飛び出すとアルカイトの剣で下級悪魔の左手を切り落とした。
「ぐぎぎッ」
腕を斬り落とされ下級悪魔の呪文は中断された。そしてうめき声をあげながら怯んで後退する。そしてそれをユタは読んでいた。
「とどめだ!」
事前に下級悪魔の背後に転移していたユタはネーダの攻撃に連動するように斬撃をくらわした。
暴力の剣で背中を貫かれた悪魔は、あっという間に魔力霧となって消滅していった。
「突然出て来たからビビったぞ。でもコンビネーションが上手く決まったな!」
「いや、この程度の相手だったら、ネーダだけでも倒せただろ」
二人は剣を鞘にしまうと互いにこぶしを突き合せ、勝利の喜びを分かち合った。
その様子を見た逃げて来た女は、ユタ達が冒険者だと分かるとこう言った。
「あのッ 助けてくれてありがとう……」
「うん! ボク達は冒険者だから、困ってる人を助けるのは当たり前なんだぞ!」
「冒険者。やっぱりそうなんですね。 強い人たち、お願いですッ私たちを助けて! 仲間がまだ、悪魔達に掴まってるの!」
「ええ!それは本当!?」
女はこの森の近くの村に住んでいたが、悪魔の群れが村を襲撃したらしい。多くの村人は別々に捉えられ、女も必死で逃げて来たのだという。
話を聞いて四人は顔を見合わせた。そして頷き合った。見過ごすわけにはいかない。
「よし、行こう」
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