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顔の良さが生命線の男達

完璧な貴公子と呼ばれる男の初恋は成就するか

作者: 東條

 滑らかにペンを走らせる指先のなんとうつくしいことか。

 短く切り揃えられた爪は淡い桜貝のようで、嗚呼、この方はこんな所まで完璧に整っているのかと感嘆せずにはいられなかった。執務机で書類を捌く姿はほとんど毎日拝見しているというのに。


 頼まれていた資料を急ぎ集めてきたソフィアのこぼした僅かな溜め息。その小さな音を拾ったクロードはついと顔を上げた。



「ああ、ソフィアか」


「お探しの資料をお持ちしました」


「ご苦労様。ここに置いてくれるかい」



 紙の束をサッと脇に避けたクロードの視線は、すでに次の書類へ移っていた。

 ソフィアは指定された場所に資料を置きながら、さりげなく机上のティーカップへと目を向ける。植物と所々に小鳥が描かれたそれは、クロード愛用の品だ。侯爵家次男という身分に加え、類い稀なる美貌に強大な魔力、異例の若さで昇進した手腕から完璧な貴公子と名高い男が使うに相応しい繊細な意匠が施されている。とはいえ、支給品の味気ない無地のカップであってもこの方が使えば絵になるのだから世の中の男達はやってられないだろうなと勝手に同情しつつ、ソフィアは手早くお代わりを用意した。

 目をすがめて一瞥したクロードは、軽く黙礼した後、手を止めることなく近頃お決まりの言葉を発した。



「そろそろ結婚しようか」


「しません。それよりこちらにもサインをお願いします」



 にべなく断られたクロードだったが、まあそうだろうなと小さく肩を竦めるに留めた。それから手渡された書類に目を走らせつつ、右の隅の席で同じく執務に従事していた部下へと声を掛ける。



「レオナルド。区切りの良いところで、今日はもう演習場へ行っておいで」


「よろしいのですか?!」


「剣術大会は三日後だろう。後は私とダグで処理しておくから」



 不意に巻き込まれたダグラスから漏れた声は、元気よく立ち上がったレオナルドの音に搔き消され、誰の耳にも届かない。



「有難うございます!流石は我らが副団長!!」



 余談だが、宮廷魔術師の長たる魔術師団長は数代前よりお飾りの名誉職となっており、現在も名ばかり公爵が任命されていた。

 つまり、事実上のトップはクロードであった。



「その代わり、無様な姿を試合で晒さないように」


「勿論にございます!では早速!」


「健闘を祈っているよ」



 そうして、慌ただしく身支度を整えたレオナルドは、風のように去っていった。



「半々でよろしいでしょうか」



 苦々しげに口を開いたのは指名のあったダグラス。

 華やかな面々が集う宮廷魔術師において、珍しくほっとさせるような容貌の彼は、クロード自ら引き上げた腹心のひとりである。



「まあまあ、私が七割やろう」


「今更お気遣い頂かなくとも結構です」


「そうかい?君のように優秀な部下のいる私は幸せ者だね、いつも有難う」



 これまでずっと曇り空だったというのに、丁度切れ間に差し掛かったのだろうか。クロードが微笑んだ途端、背後から光が差し込み、虹のような光の輪が生まれた。輝くホワイトブロンドと相俟って、まるで天上の一時を切り取ったかのように美しい。



「……やっぱり全部オレがやります」



 ダグラス様、それ、いつものパターンです。


 ソフィアは目頭が熱くなった。








 ◇◆◇◆◇





 明くる日のこと。




「おや……君、結婚したのかい」



 執務室にて提出された長期休暇届け。その取得理由欄には『結婚の挨拶』と書かれ、行先も彼の故郷となっていた。

 こくりと頷いたユエインは就任と同時に在宅勤務をしているツワモノで、王宮には月に一、二度程しか顔を出さない。有給の申請さえ初めてである。



「お相手はずっと同居していた子かな」



 再び、こくり。



「何かお祝いの品を渡さなくてはね」



 これには横にふるふる。どうやらお気遣いなくと思っている、らしい。ユエインは滅多に口を利かない男である。



「急に結婚なんて、もしかして子どもでもデキたか?」


「えっ!ユエイン、そうなのか?!」



 ユエインは再びふるふると首を振ってそれに答えた。

 茶化すように声を掛けたのがロベルト。次いで、真に受けて驚きの声を上げたのがレオナルドだった。

 この扱いの難しい後輩を弟のように可愛がっている二人だ。先月も納品が終わるや否や帰ろうとするユエインを捕まえ、食事に連れ出していた。



「何も聞いてないから焦ったわ~」


「酔った勢いで手を出したとかじゃなくて良かった」



 安堵の息を吐いた二人に、ユエインは酷く心外だとでも言いたげに顔をしかめた。



「五年前から手は出してます」


「は」


「え」



 なんだって?

 恐らく、全員の心がひとつになった。



「……聞き間違いか?今、五年前から手を出してるとかなんとか聞こえた気がしたんだが」



 恐る恐る口にしたロベルトの勇気は、力強く肯定したユエインの前に砕け散った。



「ウソだろ……五年前って、ユエインいくつだよ」


「いや、まあ、ギリギリ……なし?」


「怖い怖い怖い」



 震える諸先輩方を尻目に当の本人はむすっとした態度を隠しもしない。



「村じゃもう一人前の年だし、僕だって手を握るくらい毎晩できます」



 ふんすと鼻息荒く告げたユエインとは対照的に、他の面々はピシリと固まった。

 その中で、いち早く動き出したのはソフィアであった。そっとクロードに近寄り耳打ちする。



「ユエイン君は地方の学び舎を飛び級で卒業後、ご存知の通り、王立魔術学園も一年という異例の早さでスキップしています」


「となると」


「はい、恐らくそういった教養を身につける暇はなかったかと」



 なんということだ。

 百年に一人の天才を急に可哀相な生き物のように見る部下達。それらをクロードは目で制しつつ、最もらしい、威厳のある姿勢へと居直った。



「ユエイン。来月から一ヶ月の長期休暇だが、許可する。そして課題……いや、任務を与えよう」



 きょとんと目を瞬かせたユエインは小さく首を傾げた。

 休暇なのに任務とは、これ如何に。



「ご両親に夫婦の在り方についてしっかりと教わるように」


「夫婦のありかた」


「あー、営みと聞くと分かりやすいかもしれない」


「いとなみ」



 全く分かっていない様子に、クロードは心配になってきた。

 大丈夫か、これ。キャベツ畑だとかコウノトリだとか、いわゆるな話をされて帰ってこないか。

 眉間を揉み、長く細い息を吐いたクロードは、覚悟を決める。



「帰還後の報告次第では私が補足しよう」



 言い終えるや、パチパチと拍手が巻き起こった。もはや戦場から帰還した英雄の気分である。


 実際にしたことは、問題の先送りであったが。






 無事にユエインを送り出した後、クロードは目を閉じ、暫しじっとしていた。脳内では今後のあらゆる可能性をシミュレートしている。

 できることならご両親の指導で解決してもらいたいところだが、恐らく難しいだろう。こういった勘はよく当たるクチだ。

 頭の痛い問題に思わず大きな溜め息を溢したところで、芳醇な香りがクロードの鼻腔を擽った。



「お疲れ様でした」



 絶妙のタイミングでティーカップを差し出すソフィア。

 一口味わえば、熱い紅茶が身に染みる。ほうっと息を吐き、クロードはようやく身体中が弛緩するのを実感した。



「結婚しようか」


「しません」



 堪らず求婚するも、相変わらずのつれない返事。

 常ならばここで引き下がるクロードだが、今回は部下の結婚に当てられたのだろうか。つい、言葉を重ねてしまった。



「どうしても駄目かい。自分で言うのもなんだが、優良物件という自負はあるのだけれど」



 瞬きひとつしたソフィアは、困ったように視線を逸らした後、回転の早い彼女にしては珍しく考え込んでいる様子だった。薄々察してはいたが、どうやら本気にされていなかったらしい。

 耳をそばだてる気配をそこかしこに感じながら、クロードはじっと返答を待った。



 ソフィアは考える。

 女官として王宮に上がって、宮廷魔術師団付きになって。始めは飛び交う専門用語に訳も分からず駆け回るばかりであったが、合間を縫って文献を読み漁り、なんとか会話についていけるようになった。そこから活躍の場が広がってトントン拍子に昇進を果たし、今や副団長付きの秘書のような立場。内外共にクロードの右腕として認知されている今、結婚して仕事をやめるつもりは全くない。


 確かにこの方となら仕事をやめる必要はなさそうだけれど、果たして。


 ソフィアの父は騎士であり、弟もそうである。筋骨隆々とはまさにそれ。あんなに可愛らしかった弟も、いまや立派な筋肉で覆われている。

 その反動なのか、見た目はどちらかといえばすらっとした、たおやかな美形が好ましい。そう、フランチェスコ作、パルモーン像のような。休日には美術館へ赴き、お気に入りの石膏像を眺めるのがソフィアの趣味だ。

 その点で言うならば、なるほど、クロードは理想の容姿と言えるだろう。


 しかし、ソフィアの理想の結婚相手は、なんと父なのであった。

 仕事は堅実にこなし寡黙で真面目。おまけに不器用で口下手。そんな父が、大きな体を縮こまらせて、一生懸命選び抜いたプレゼントを所在なさげに母へ渡すいじらしさたるや。ソフィアは思い出すだけで身悶えてしまう。

 あんな風に一途に真摯に思われるならば、結婚も有りかもしれない。

 今日まで夢中になって仕事にのめり込んできたソフィアだが、結婚はもういいかなとうっすら思い始めていたし、家族も良い人がいなければ無理にする必要はないとソフィアの意思を尊重してくれている。そんな彼女があえて結婚するならば、少なくとも理想は父なのであった。


 そう考えると、確かにクロードはもの凄く仕事ができるし抜群に顔が良い。けれど、口は上手いし、これまで伝え聞いた武勇伝─────特に華麗なる女性遍歴については、誠実かどうか首を傾げざるを得なかった。美形は石膏像を眺めれば事足りるものであるし。


 つまり、総合すると、以下の結論に至るのであった。



「一生口を開かないのであれば一考の余地あり、といったところでしょうか」







 ◇◆◇◆◇





 見事に撃沈した。

 それはもう、見事に。


 あれから、機械的に手を動かし急ぎの書類を片付けたクロードは、気晴らしにと演習場へ足を運んだ。そして全ての的を滅茶滅茶に破壊した後、すっかり元に戻したのであった。

 使う前よりも綺麗に。クロードのポリシーのひとつである。


 たまたま居合わせた者は一連の流れに震え上がった。壊すのも大変だが、それ以上に、的を復元する魔術はとんでもなく負担の掛かる作業だからだ。



「ひっさしぶりに副団長が魔術使ったところ見ましたけど、やっぱすごいですね」



 飄々と声を掛けてきたのはロベルトだった。後ろにはレオナルドが続く。



「君達だってその気になればできるだろう」


「そうかもしれませんが、これ程速く!正確に!は、なかなかできません」



 両手をブンブン振りながら力説するレオナルド。

 それを受け、クロードは少しだけささくれ立った気持ちが凪いでいくのを感じた。素直に礼を口にする。


 その後は二人と共に鍛練することとし、久しぶりに気持ちの良い汗を流した。



「そういえば、副団長はいつからあのようなお気持ちを抱かれていたのでしょうか」



 ぽつり、ふと思い立ったように呟くレオナルド。



「たしかに副団長なら選び放題なのに、って疑問に思ってました」



 そわそわとロベルトも続く。始めはうわっという顔をしたものの、好奇心を抑えられなかったようだ。

 これまでであれば一蹴するような質問であったが、今日に限ってクロードは、誰かに聞いてもらうのもたまには良いかなという気分になっていた。自棄になっていたとも言う。




「切っ掛けは八年前のパーティーなのだけれど」


「えっ、意外と前から…ッ!」



 ロベルトは驚くレオナルドの尻をつねって黙らせた。

 興が削がれてやめられたらどうしてくれる。



「切っ掛けだからね。それで、新年に恒例のパーティーがあるだろう」


「王宮のデカいホールで毎年開かれるアレですか」


「そうそう、君達が大抵面倒に思って欠席してるアレ。それに出席していたんだが、飲み合わせが悪かったのか……どうにも気分が悪くなってしまってね」


「副団長、あまりお酒は嗜まれませんしね」



 真実はどうにかお近づきになれないか画策した輩に次から次へと飲まされたのであるが、まあいい。



「それで手洗い場か休憩室に駆け込もうとしたら、辿り着く前に限界が来てしまって」


「おおう、なんだか展開が読めてきました!そこで優しく介抱してくれたってやつですね!」


「そうだったらままある話で記憶にも残らなかっただろうね」


「うわーっ、流石は我らが副団長!いてっ!」



 ロベルトは今度こそ黙らせるために尻を蹴り上げてやった。

 頼む、最後まで聞きたいんだ。いまや演習場にいる者全員が固唾を呑んで見守っている。


 幸いにも、クロードは気にする素振りも見せず言葉を続けた。



「通りがかったソフィアは確かに優しく洗面台まで連れていってくれたよ。けれど、なかなか行動に移せない私に痺れを切らしたのか、強引に口をこじ開けた上で指を突っ込んできて」


「えっ」


「私としたことが、そりゃあもう盛大に吐き散らかしたさ」


「うわあ……」



 想像するだけでも凄い現場だ。流石、副団長の右腕と呼ばれる女は胆が座っている。

 そもそも、副団長も酔って吐くとかするんだな……と、なんとなく妙な空気にもなった。



「あっ、では、そんな副団長を目にしても態度の変わらなかった女として興味を惹き付けたということでしょうか?!」


「いや、思い切り私を『無能』という目で見ていたよ。それが忘れられなくて」




 そっちか!!!!!


 皆の心がひとつになった瞬間だった。




「散々称賛を浴びてきた身としては非常に新鮮でね」



 思い出したのだろうか、くすりと笑うクロードは実に艶かしい。聞き耳を立てていた殆どの者が天を仰ぐか地に伏した。



「はじめは自分の後ろに虫でもいたのかと疑ったよ」



 ああ、あの冷たい目だな……と、一同は簡単に想像できてしまう。それこそ便所の虫を見つけたみたいな。

 何人かは思うところがあったのか、グッと呻いて苦しそうに胸を押さえた。



「さて、後日どんな女性なのかと調べてみたら、なかなかに骨がありそうじゃないか。丁度手の足りない時期だったし、引き抜いてみた訳さ」


「それで骨抜きにされてしまった、と」


「うん、まあそんなところかな」



 魔術に関する知識など素人には難解だろうに。必死に勉強して食らい付こうとする姿勢に、クロードは当初から好感を持っていた。今では先回りして資料等を準備していることもあるほど博識だ。


 それに、あの目が堪らない。

 期待、羨望、媚びへつらう視線にばかり晒されてきたからだろうか。そんな趣味はなかった筈だが、時たまあの夜のように、まるで使えない物を見る目を向けられると背筋がゾクゾクしてしまう。

 また、普段はキリリとした眼差しが、僅かに弛む瞬間も良い。段取りが上手くいった時であったり、何気なく口にした菓子がお気に召した時であったり。こちらも釣られて微笑みそうになってしまう。

 それから、俯いている時に限って、こっそり見つめてくる際のハチミツを溶かしたようなとろんとした目。気が付いていないとでも思っているのだろうか。彼女自身が用意してくれるティーカップの水面には毎度しっかりと映っているというのに。瞬きの間しかない見られないそれをこっそりと眺めるのが、クロードの密かな楽しみであった。




「それに普段は合間にすぐ飲めるよう、わざとぬるい茶を淹れるのに、今日のような時に限って熱々の、しかも好きな銘柄を淹れてくれるんだ。なんなんだいあの気遣いは。これで惚れ直さない訳がないね」



 パチリと片目を瞑れば方々から熱い吐息が漏れ聞こえる。関心のない相手はこれだというのに、肝心のソフィアには冷たい視線を向けられた上で「さっさと仕事してください」と言われるに違いない。

 容易に想像できてしまったクロードは肩を落とした。


 やれ、ソフィアに好いてもらうにはどうしたら良いのだろうか、と頭を捻る。己の魅力とはなんだろう。

 これまでの経験から鑑みるに容姿、地位、名誉、財産……嫌な予感にクロードの頬を一筋の汗が伝った。

 ひとまず容姿は合格として、地位や名誉に興味はなさそうだった。というより、ソフィアは王宮で活躍する女性の第一人者として決して小さくない評価を得ている。資産も同様で、かなりの額を自らの手で稼ぎだしている筈だ。早々に詰んだ。


 こうしてよくよく考えてみると、いかに生まれに付随した魅力のお陰で大した苦もなく生きてこられたのか。自慢ではないが、これまで挫折というものを味わったことのない人生だった。魔力が多いことだって、日常生活においてはなんの役にも立たない。容姿だって、魔力量に比例すると言われており、宮廷魔術師になるような者は殆ど整っている。

 クロードは少しばかり落ち込んだ。


 私はなんとからっぽな人間なのか。



「いやいやいやいや、そんなことはありませんって」


「普通は大した苦もなくってレベルじゃないですからね、貴方の業務量」


「副団長がからっぽな人間だとするなら、我々下々の人間はどうしたら」



 どこからか声に出してしまっていたらしい。必死な様子の部下達に申し訳なさが募る。



「そうは言っても先程の反応を見ると、ね」



 その瞬間、ソフィアの台詞が一言一句違えずにリフレインし、クロードは地味にダメージを負った。



「……なんというか、副団長も人間だったんですね」



 聞き捨てならない言葉にクロードは眉をひそめた。

 それを正面から受けてしまったレオナルドは、ぴゃっと小さく飛び上がったかと思えば慌てて己の失言を訂正し始める。



「惚れた女の言動に一喜一憂する副団長は、人間味があって親しみが湧きます!オルフィーノ女史も好感を持つのではないでしょうか!」



 ちなみに、オルフィーノとはソフィアの家名である。

 名前を口にすると倍のノルマを課されるため、皆、自然と『オルフィーノ女史』や『オルフィーノ嬢』と呼んでいた。暗黙の了解というやつだ。



「ほら、自慢のご尊顔は女史のお眼鏡にかなっているようですし」


「もっと押したらいけると思います!」



 やいのやいのやいの。

 いつの間にやら演習場にいた全員が集まっていた。そして、かつてない団結力で背中を押されたクロードは、みるみる自信を取り戻していった。


 やるしかない。


 まるで魔王城へ赴く勇者の如く、クロードは力強く足を踏み出したのだった。








 執務室へ戻ると、素早くペンを動かすダグラスと書類の整理をしているソフィアの二人きり。

 ソフィアは新しく持ち込まれたものの仕分けを行っていた。緊急度や時系列順に並び替えてあるだけで、その後の効率は段違いになる。内容を理解していないとできないわりに地味な作業だが、嫌な顔ひとつせず、当たり前のように行っているソフィアにクロードは胸が苦しくなった。


 ほんの少しばかり立ち止まってソフィアを見つめていただけだというのに、その様を見るや席を立ち、意味深な視線ひとつ残して執務室を後にしたダグラスの観察眼には舌を巻く。なんと優秀な部下に恵まれたのだろうかと、クロードはそっと感謝した。



「ソフィア、少し話をしても良いかな」



 作業の手を止め、後れ毛を耳に掛けながら了承の意を示したソフィア。



「やはり私と結婚してくれないかい」



 例の目でソフィアは答える。



「しませんよ。だって、一生お話しないなんて無理でしょう」


「そうだけど、私なら……私なら?」



 有り難くこのチャンスを活かそうとしたまでは良かった。

 が、なんと言葉が続かない。

 クロードは、ここで、本当に己の顔しか有効打がないことに気が付き愕然とした。


 勢いに任せ来てしまったが、先程も顔面は嫌われてないようなのでとにかく押せ!という思春期もビックリな結論だったような。

 会議では喧しい大臣や古狸共をやり込める頼もしい口はカラカラに乾き、情けないことに掠れた音を漏らすのみ。酷い眩暈もする。

 クロードがなけなしの矜持でどうにかへたりこみたい衝動に耐えて俯いていると、ソフィアから心配の声が上がった。

 なんて残酷な。しかし、嬉しい。いやいや、やはりとてもつらい。

 結局、どのような表情を浮かべているのか確かめたい欲が勝ったクロードは、観念したようにノロノロと顔を上げた。


 おや?


 ここでクロードの中にひとつの仮説が湧き上がった。

 そしてその仮説を立証すべく、ソフィアの両手首を勢いよく握り込んだ。殆ど反射的な行動であった。



「?!クロード、様……なにを」


「もしかして、ソフィア。君って私の顔が凄く凄く好きなのかい」



 顔を赤らめたソフィアは、それでも冷静な声色であった。



「そのお顔を嫌いと言う者がいるならば、是非会ってみたいものですね」


「そうではなくて。その、個人の嗜好として、とてつもなく好きなのではないかと思ってね」



 グッと引き寄せ覗き込むように問い掛ければ、ソフィアの脈拍は一気に高まり、まさに正解を引き当てたようだった。


 これだ、これしかない。


 急に視界が開け、思考が冴え渡る感覚を取り戻したクロードは、今が勝機とばかりに畳み掛ける。



「結婚すれば好きなだけこの顔を見つめていられるよ」


「うっ」


「朝起きて横を見たとき、無防備な状態でなお美しさを保っている男がどれだけいると思う?おはようからおやすみまで私は美しい」


「ううっ」



 ほんのり色付いていたソフィアの頬が、今や薔薇色に染まっていた。




 ソフィアはうつくしいものに弱い。

 そして、目の前の男は恐ろしく美しい生き物だった。


 絶妙なバランスで配置されたパーツの素晴らしさは言うに及ばず。特に、睫毛はけぶるように長く、呼吸に合わせて薄く上下する喉仏は酷く艶っぽい。目映いホワイトプラチナの髪に黄金の瞳の組み合わせはあまりに神々しく、やや薄めの唇から僅かに薄紅色の舌が見え隠れするお陰で、ようやく生身の人間なのだと認識できる有り様だった。

 そう、あのパルモーン像だって、クロードをモデルにしたのではと噂されていたではないか。ソフィアは今の今まで忘れていた。



「どうか頷いてはくれないかい。もうずっと、君に恋い焦がれているんだ」



 ソフィアの理想は父である。

 一途で不器用で、跪いて愛を請うてくれそうな男性。

 つまりはそういうことである。

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