ビターレモン
ほろ苦い柑橘の香りに、心臓がきゅうと締め付けられる。
君が纏うそれは香水でも柔軟剤でもない、ヘアワックスの匂いらしい。
「ビターレモン。」
君はいつでも髪を綺麗に整えていて、私は無造作にはねた毛束ばかり見つめていた。
「好きだね、それ。苦くない?」
彼は私が手に取ったストロング缶を奪って買い物カゴに放り込んだ。
「苦いからいいんじゃん。やっぱり子供だねー。」
ビー玉のように透き通った目を直視できなくて、今日も不規則に遊ばれた毛先へ視線を動かす。
うるせえと肩をぶつけてくる彼からまた、ほろ苦いレモンの匂いがして息が止まった。
なんなんだろうね、私達ってさ。
そう言葉にしたら君はまた甘ったるい台詞で誤魔化すんだろうな。
本当はお酒なんて大して好きじゃない。
でも私達はこのストロング缶とB級映画を理由にしか、会えないんだって分かってる。
だからこれからも私は君の一番の仲良しだって嘘をつくし、年上の君を子供扱いして余裕なふりしてるよ。
君が車内で流す音楽、私には良さが一個も分からないけれど、
その恥ずかしくなるような歌詞とかメロディーが頭から離れないの。
いつか私が結婚できたら、
この日々と今は好きで好きでたまらない君が、痛くてダサかった過去って思えるんだろうな。
大人のくせに卑怯な君を、私だけは肯定してあげる。
「ねえアイス食べるでしょ。」彼が笑った。
君の目尻の皺が曲線を描いてる、まるで檸檬みたいに。
いっそのことこのまま、この夜ごと爆発しちゃえばいい。