1話
夏季大会、三年生にとって最後となる大会。
一度負ければ即引退となる残酷な大会でもある。
県大会準決勝、9回表 相手高校の攻撃が始まろうかというところ。
時刻は3時12分。
グランドに目をやれば陽炎によって芝と砂の境界が揺れて見えた。
すでに最も暑いであろう時間は過ぎただろうに、太陽はいまだにグランドを焦がして球児の体力を奪い続ける。
しかし、グランドに立つ選手の表情は誰一人として崩れない。
しっかりとした輪郭をもっていった。
バックスクリーンにある電光掲示板には1-2との表示がされる。
1点のビハインド。
初回に点を奪い合ってから試合は膠着した。
互いに何回もピンチを乗り切り、チャンスを潰しあい、試合時間はすでに二時間を優に超えていた。
スッと静かに左足が上げられて、高い位置からボールが投げおろされる。
身長193㎝、最速141kmをもマークするチームの頼れる三年生エースの古城はここまで力投を続けていた。
彼はもともと体が強くなかったため、100球位を目途にマウンドを降りるのが常だったが、今日は初回の2失点の後から鬼のような投球を続け、投球数は156球に達し、奪三振も15にまで伸ばしていた。
最終回の先頭打者がストレートに押されてセカンドフライを打ち上げた。
「よっしゃぁあ!!早くあと二つとるぞぉお!」
低い声がグランドに響いた。
打球を捕ったセカンドで主将の楠木は
ん?と怪訝な顔でマウンドのほうを見た。
古城と楠木の視線が黒土のグランドの上で交差する。
少しタイムラグが起こったのち、楠木が満足げな顔をして思いっきりエースにボールを投げ返す。
エースは主将からのボールを半歩下がりながらグラブで音を鳴らして受け取る。
その音と同時に
「集中して守り切るぞ、古城はバックを信じて投げればいいから」
と1-2と表示された電光掲示板のほうを向きながら楠木が声を上げ、
内野も外野も枯れたのどを酷使して今日一番の声を出す。
しかし相手もそう簡単にはツーアウト目を取らせてはくれない。
相手にとってもここでの1点の重みは同じなのだ。
ここで打席には三番の左打のバッターが入る。
初回に先制打を放った強打者だ。準々決勝では本塁打も放っており事前にした戦略ミーティングで監督が真っ先に名前を出したバッターでもある。
初球。キャッチャーはアウトコースに要求したものの、力みのせいかそれとも疲れからなのかインハイへとボールは抜けた。
相手打者の目線が上へと動く。
その視線の先、電光掲示板には146㎞の表示がうつった。
古城も少し遅れて首をくっと動かしてそれを確認すると、マッドな笑みをこぼした。
どうやら疲れではないようだ。
二球目今度はアウトローいっぱいに決まった。表示は145㎞。
どうやら先ほどの表示は誤計測でもなかったようだ。
相手打者もそんな気迫のこもった球を見て一瞬顔をしかめる。
しかしすぐにゆっくりとバットを回しはじめると胸の前で静かに止めて大きく吠えた。
三球目。甘いっ、、
心臓が縮まるようなコースからボールは落ち始めた。
バットはすでに止まれない位置にある。
これはもらった。
一瞬で緊張状態から心臓の締め付けが緩和される。
相手打者も意地でバットに当てる。
しかし打球は平凡な一塁ゴロ。
これは古城の勝ちだ。
守備陣だけでなく球場にいる人たちがみな思ったであろうその刹那。
ボールはイレギュラーした。
平凡だった打球は一塁手が必死で出したグローブをあざ笑うかのように、その横をはねていった。
打球はすぐに勢いを失い二塁手の楠木によって素手でつかみ取られる。
スタートを切っていたバッターランナーは一塁をすでに回っていたが、今度こそただの暴走でしかなかった。
いや、それよりも楠木のカバーが早かったのが原因だろう。
派手なプレーこそ無いが堅実で頼れる守備職人、それが楠木なのだから。
楠木がボールを掴み、二塁ベース上の遊撃手に投げるモーションをし始めたとき、またしても誰もが今度こそアウトだと確信した。
確信してしまった。
thanks