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ある平凡な転生令嬢の話

ある平凡な転生令嬢の悩み

作者: 東野たぬき

異世界転生して低位貴族の令嬢になったけど、いざデートを前に緊張しまくるだけの話。

 やっとこの日が来たな、とあまりの緊張に少し頭が痛む。

 このまま体調不良を理由に一日寝込んでしまいたいが、それはできない。


 今日は婚約者との初デートの日。

 ()という人間にとって、初の出来事(イベント)の日なのだから。



 カロル・ダヤン子爵令嬢――今の私の名前と身分だ。

 所謂『ええ~~!? 気がついたら異世界に転生しちゃってる~~!?』という状況に陥った事に気付いて早6年、今年で9歳。

 前世の記憶がチラつくお陰で実年齢よりちょっと大人びて見られる以外に特徴もなく、無事にJRPG風中世ファンタジー世界の生活に馴染みきって人生を過ごしている。


 で。


 デート。

 私は物心ついてすぐ前世の記憶を思い出した。

 今の世界で初めて触れた魔法や貴族社会のマナーを覚えるので精一杯でチートなんてものとは一切縁はないけれど、成人して社会経験もあったらしい記憶のおかげで『小利口で大人びたご令嬢』として両親や使用人、最近は領民にまで可愛がられる恵まれた人生を送っている。

 評判の元である前世の記憶は殆ど朧げで昨日見た夢の方がまだはっきりと思い出せるくらいになりつつあるから、今が人生の最高潮で今後はの(カロル)の頑張り次第だというのは常に心に置いておきたい所存です。


 うん。で。


 デート。

 私には前世で成人して社会経験もあった。

 あったはずなんだけれども、朧げで昨日見た夢の方がまだはっきりと思い出せるくらいの薄い記憶とはいえ、今の私よりも年長者の人生のどこを漁っても見当たらないのだ。

 その、デートというやつの記憶が。全くさっぱり一切。


 チートもなければデートもない。

 誰が上手いことを言えと。

 ていうか大して上手くはないな!


 ああ私の自意識と主観が(カロル)で定まっていてよかった。下手に前世の記憶や自我が主観のままだったら『小学校中学年の子でさえデートできるのに』なんて悲しみで立てなくなっていたに違いない。


 うん。で。まあ。


 デート。

 お相手のポール・パキエは伯爵家の三男坊で、婚約してから3年が経つ。

 これまでは互いの家で遊んだりお茶会をしたり――あ、合同での勉強会なんかもあったな。あの時は『カロルは計算が早いね、すごい』なんてキラキラした目で見つめられて――全て両家どちらかの親同伴でしか会ったことは無い。


 どちらも領地は大きくないし、場所も隣りで収穫できる農作物も大きな違いはないものだから競争するより提携し合って経営を続けてきた。婚姻を結ぶのこそ五代前に我が家(うち)が爵位を賜って独立してから初めてだけれど、これまでも親戚同然のお付き合いをしていたから今更感が強い。

 他家の親戚関係をきっちり覚えることが必須の筈の社交界でも私達の話を聞いて『あ、そこって親戚じゃなかったんだっけ』と膝を打つ方が殆どだったとか。


 だから、畏まる必要ってないんじゃないかと、思うの。


 ポールは(カロル)と同じ年齢だけれど、歳相応のお子様であって、同年代より多少は老成してる私からみたら可愛いものよ。

 確かに? 確かに馬に乗る時には身体を支えてくれたり、子供同士の交流会で変に絡まれた時には助けてくれたり、頼りになるのは解ってるの。

 ああ、そう言えばこの前お気に入りのハンカチを風に持っていかれた時には、直ぐに駆け出して取ってきてくれて、格好良かったわ……。


 いや。うん。で。まあ。


 デート。

 幾らポールが頼りになって、格好良かったとしても! 私が多少大人びていたとしても!

 私達はまだ9歳なの。畏まる必要って無いんじゃないかと思うの。親はいないけど護衛はついてくるから二人きりって訳でもないし。

 行き先だってうちの領地内の、町中(まちなか)を回るだけ。

 将来ダヤン子爵家(うち)に婿入りする訳だから、今からきちんと見て回りたいってポールの提案で……『特別なところじゃなくてごめん』ってそんなの気にしなくて良いのに、本当に優しいのよね……。


 いや。うん。で。まあ。だから。


 長々と語ってしまったけど、結局のところ人生初のデートなんて言ったって劇的なものだなんてことはないのだ。

 ちょっとだけ小利口な令嬢という私の評判は、せめて社交界デビューくらいまでは保ち続けていたいと思うし。

 (カロル)として生きて9年、前の人生は……本当に何年生きたっけな……確実に9年の倍じゃ効かないくらいは生きてた筈なのに思い出せない程朧げで、元から持ち合わせのない分野(デート)に挑戦するにしても、頑張ればそれなりに失敗もなく良い思い出に出来ると信じている。


「カロル、とっても可愛いわよ」


 精一杯めかし込んだ私を見てお母様が褒めてくれる。

 心から嬉しそうなその笑顔に、私を整えて(プロデュースして)くれた侍女の顔にも達成感と喜びが浮かぶ。


「ポール様もお嬢様にもっと夢中になりますよ!」


 あー、人生初のデートってことで、ちょっとくらいは期待をしてもいいのかもしれない。

 分厚い親の欲目フィルターがかかっての感想だって理解してるけど、ポールがいつも通りの反応しかしてくれないなら……特別褒めてくれないなら、拗ねるかもしれない。

 褒められたらちょっとくらい調子に乗ってしまって、年頃になって黒歴史化するレベルのことは、ちょっと、あるかも。

 ケンカした場合はどうかな、腹は立つだろうけど泣いたり怒ったりはせずに仲直りできる。かな。


 ……うん、理想通りじゃなくっても大丈夫。

 これまで私を可愛いと言って、大切にしてくれたポールと重ねた3年間(これまで)があるんだもの。


 私はカロル・ダヤン子爵令嬢。

 それ以外の“私”には、今更変われない。


 私の大好きな婚約者(ポール)ご自慢の少し大人びたお利口さんの婚約者()を目指して、努力する。

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