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今日のごはん

作者: 物書太郎


僕のモーニングルーティーン。目覚ましを止める。ベッドメイクをする。顔を洗う。一杯の水を飲む。そして__


「Hey,アメクサ、今日の朝ごはんは?」


AIアシスタントに朝食を決めてもらう。アメクサは僕の生活習慣や栄養バランス、冷蔵庫に入ってる食材に僕の好み、それから今日の天気やらなんやらから総合的に考えて、最適な朝食を決めてくれる。もちろん、彼(彼女?)が決めてくれるのは朝食だけじゃなく、頼みさえすれば毎食、最適な献立を僕に教えてくれる。要するにアメクサさえいれば、『今日の晩ご飯はなににしようかなぁ』なんていう悩みからは解放されるっていうわけだ。


「はい、今朝はチーズオムレツとコンソメスープとトースト、それからデザートにブルーベリー入りヨーグルトにしましょう」


当然僕は現代社会を生きるビジネスパーソンだから、朝からこんな食事を自分で用意する時間なんてあるわけがない。このメニューが最適たるゆえんは、僕が朝食をアメクサに聞かずとも、リビングのテーブルにはこれらが用意されていることにある。事前に設定しておけば、アラームに合わせてこういうこともできるってわけだ。愛しのロボットアームは別売りだけどね。


「今日の天気は全国的に良く晴れるでしょう」


席に着くと自動でニュース番組がつく。食べ終われば食器を片付けるのも自動。今日のトータルコーディネートを決めてもらって、外に出る。確かに良く晴れていて気持ちの良い日だ。青空に向かって思いっきり拳を突き出して、僕は軽快に歩き出す。




____まてよ。こんな日に本当に会社に行くべきなんだろうか。どこかの公園を紅葉でも見ながらぶらぶらと散歩するのはどうだろう。のんびりと渓流釣りは?商店街で食べ歩きなんていうのも悪くない。


「Hey,アメクサ、今日会社に行かなくてもいいかな?」


家から出てしばらく経ったところだけど、スマートウォッチにもアメクサは標準搭載されている。これで外出時の急な悩みでもバッチリ最適な答えが分かる。


「はい、今年の有給休暇は残りわずかなので、あまり突発的に使うのはお勧めできません」


そうか、確かにそうだ。やっぱりアメクサは便利だな。危うく年末用の有給を使ってしまうところだった。人間なんてのは欲にはめっぽう弱いんだから、AIにビシッと言ってもらった方がよっぽど良い生き方ができるんだ。そうじゃなかったら僕なんか、朝起きて仕事に行って、帰って寝ての規則正しい生活なんか到底できやしない。





ところで、僕の仕事はこの素晴らしいアメクサを売ることだ。正確に言えば家電量販店のスマート家電フロア担当だけど、主力商品はアメクサ。だから僕は常日頃からユーザーとしてアメクサを使うことで、より身近な目線からのセールスポイントを探してる。


「あの、ちょっといいかしら」


そう話しかけてきたのは、ちょっと小柄な70代くらいの女性だ。僕は優秀なコーディネーターが決めた小綺麗な装いで、いかにも頼れる感じの店員だから、フロアで迷った獲物はまず真っ先に僕に声をかけてくる。向こうから話しかけてくれる客は大抵何かしらを買うつもりだから、こっちは仕事が楽でいい。


「はい、どうされましたか?」


100点満点のビジネススマイル。どうやら何世代か前のAIデバイスを最新型へ買い替えに来たようだ。僕はいつものセールストークでアメクサを勧める。女性はなるほど、といった風で真剣に僕の話に耳を傾けてくれる。これほどやりやすい仕事はそうそうない、と内心僕は小躍りしていた。


「____さらに、このアメクサには献立を決めてくれる機能もありまして、私も今朝アメクサに決めてもらった朝食を食べてきたんです」


「あら、それは便利ねぇ」


そんな女性の褒め言葉とは裏腹に、僕はとても嫌な予感がした。それまでは説明に満足そうに、うんうんと頷いて聞いていた彼女が、口を少しへの字に曲げ、呟くようにそう言ったからだ。接客で身についた相手の表情や態度を見る、いわば空気を読むスキルを、僕は少しだけ恨んだ。僕が彼女の些細な変化に気づかずに話し続けていれば、ずっとこっちのフィールドで戦えていたはずだ。次はこんなジャブではなく、もっと重いストレートが飛んでくるぞ。


「でも、私、朝食はみそ汁とごはんって決めてるんです。それに旦那は私の作った料理が一番好きだって言ってくれるの。AIなんかで満足できるかしら」


「左様でございますか、でしたら_」


「それに、旦那が作ってくれる料理も好きだから。ちょっと不格好だけど、私のことを手伝いたいって言ってこの頃はよく作ってくれるんです。機械は便利だけど、旦那みたいに私のことを想ってご飯を作ってくれるわけじゃないし」


「でしたら、献立を提案する機能を使わないことも可能です」


「___そうね、そうだわ。いいえ、ごめんなさい。せっかく店員さんには丁寧に説明してもらったのだけど、やっぱり今のままでも十分すぎるくらいだわ。だから、やっぱり買わないことにします」


そう言うと、彼女は僕に深々と頭を下げ、踵を返すとすたすたと去って行ってしまった。


__女心と秋の空。KO負けのグロッキーな僕の頭は、なぜ逆転負けしたのかを考えることを放棄し、一つの慣用句を弾き出した。こうなった理由をアメクサに聞きたいくらいだけど、彼女の言う通り、アメクサにはニンゲンの気持ちは分からない。だけど、だからこそ、アメクサだったら彼女のターンが始まるきっかけさえ与えなかっただろうな。きっとそれがセールスマンとしての僕の最適解だったんだ。








鉛のように重い足の疲れをシャワーで流して、一息つく。あれからは、あの失敗が尾を引いて、声が上ずったり舌を噛んだりで、もうグダグダだった。一回のミスをクールに割り切れないようじゃ、一流の販売員としては失格だな。


「Hey,アメクサ、今日の夜ごはんは?」


別に聞かなくても用意されているんだけど、いつもの癖で僕はそう聞いた。


「はい、今夜は栗ご飯と揚げだし豆腐とれんこんのきんぴらとナスのみそ汁にしましょう」


いいね。秋の味覚と和食か。僕は一人暮らしだから、疲れて帰ってきた今日みたいな夜は特に、こんな凝った贅沢な食事には本来ありつけない。機械様々だ。


食卓に座ると、例のように僕の好きなバラエティ番組が自動でつく。だけど、どうも今日はそんな気分じゃない。テレビを消すのも煩わしくて、ぼーっと虚空を睨んだ。


うん、うまい。甘い栗が口の中でほろりと崩れる。豆腐はよく水分がとれていて、濃い豆腐の旨味が舌の上にずっしりと残る。きんぴらは少し薄めの味付けで、れんこんの香りと胡麻の香りが鼻に抜ける。なによりシャキシャキとした食感が食事全体の良いアクセントだ。みそ汁はとろけるようなナスの舌触りの後、味噌と出汁の旨味がスーッと口の中から消えていく___。


うまい。うまいじゃないか。確かにAIは僕のことを考えてこれを作ったわけじゃない。だけど、料理はサイエンスだ。気持ちがこもってなくたって、最適な方法で作れば誰が作っても最高にうまいんだ。それがたとえ機械だとしても。コンビニだって、チェーンのファミレスだって、みんなみんな工場で作ってるけど、誰もかれもそれにお金を払うじゃないか。これは機械の作る料理にも価値があるって証明だろう?


「すみません、よくわかりません」


はっとして、スピーカーの点滅しているランプを見る。どうやら熱くなって最後の方の言葉が思わず口に出ていたらしい。いつも最適解をくれるマシンは、今夜は何も教えてくれないようだ。


窓の外からはつがいを探す鈴虫の声がいつまでも、いつまでも聴こえていた。

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