S001
「父上、ようやく「村正」に就けました!」
私の妾の娘、クリューナルは少し静粛さに欠けるな。私の愛したあいつによく似たものだ。私が公務に耽っているのにこいつは!
「して、どのくらいかかった」
「半日ずっと祈り続けました!」
ドライと名乗った少年の情報と推測は正しかったか。神隠しの少年。バグ職の一部に意味をもたらした。この有益性は、世の中の1割から2割を占めるバグ体質の人々の希望であるな。有益に使おうぞ。
コンコン。
ふむ。頼んでおいた礼金の試算ができたか。かなりの額になろうとも私の情報として手に入れる。少年には悪いが、こちらには権力があるのでな。波及は速やかになろう。くくっ。私も出世か。しかし、日を越すほどの仕事であっただろうか?
「入れ」
「し、失礼します」
何だ? 焦燥しきっているではないか。そんなにも高額であったか? 実際にあの赤いレイピアは大金をつぎ込んでも惜しくない。形見である分、余計に価値が高いであろう。
「聞こう。座ってよい」
「はっ!」
「父上、私は巡回に行って参ります!」
「嫁入り前だ。気を付けろ」
「人生を剣に捧げます。では」
全く、愛する娘であるから側に置いておきたい気はするが、あいつの孫も見たいのは仕方がない欲求だろう。両方を得るのは難しいものだ。
「……よろしいでしょうか?」
「ふむ。すまんな。して、いくらだ?」
「全財産でも足りません」
「ん? もう一度言え。聞こえなかった」
「誠に申し訳ございません! いくら計算しても、全財産で計算しても、足りませんでした!」
「なっ!?」
詳しく話し始めた。
形見のレイピアはいい。高いが許容範囲だ。
「村正」のスキルはかなりの私財が飛ぶが、なんとかなった。
問題は転職方法の伝授だ。国家規模の数字が出た。いや、国も支払えば傾く。払えるのかも怪しいとも思う。他国をも巻き込む数字であるだろう。それほどの数字であった。
「既に伝えただけで借金奴隷落ちした者が多数います。隠密も我欲を抑えられなかった者は奴隷落ちです。所有者はドライ。現時点で奴隷落ちしていないものは一部です。利用を考えた瞬間に奴隷落ちの額です。この数字に間違いはないでしょ……「ドサッ」」
伝えたことで緊張が解けたか。身を乗り出して伝えたまま、床へと倒れ混んでしまった。いや、倒れたいのは私だ。払うと宣言してしまったのだ。少年が強く望んでいないから奴隷落ちしていないだけだ。
元本には利子がかかる。利子の一部でも支払えないほどに資産がなければ借金奴隷に落ちる。私はギリギリで落ちていないだけだ。無茶苦茶我欲で使おうとしてたからな。
「至急、「交渉人」と「公証人」を集めろ! 手段は問わん!」
「は、はいぃ!」
焦燥した体に鞭を打ってすまん。利子の設定と支払期日の設定を「交渉人」にさせ、それを確定させる「公証人」。これで王都までの日程は稼げるであろう。
「誰かおらぬか?」
「ご主人様、私で宜しいですか?」
「よい。誰を使ってもよいからクリューナルを呼び戻せ」
「はい。承りました」
私はどんな手を使っても奴隷には落ちん! 必ずやこの地位を守って見せる!
○ ○ ○
一分一秒が惜しいが、無意味に伝播はできん。関わった外部の者へは借金の額とこの件についての口止めを支払う。痛い出費であるが必要である。
「王都は懐かしいですね」
「あ、ああ、そうだな」
「このレイピアを自慢したいです」
こんなに余裕なのは真実を話していないからだ。口止めだけはしているがこの一件の重さも知って欲しいものだ。胃が痛い。
道中の5日は満足に眠ることは出来なかった。
○ ○ ○
こんな時にうるさい貴族が面会に来る。仕方がない。利益は割れるが、私の領地は特別バグ体質が集まる。せいぜい財布になってもらおう。
謁見まで3日もかかった。その間に種は十分に蒔いた。謁見で対応してくれればよし。そうでないなら数で補うのだ。新職業の情報は誰でも欲する。赤いレイピアで一発だ。それほどこれには魅力がある。
なっ!? 謁見が王太子だと? 日がないのに王が自ら受けてくれれば王国全土を巻き込めたのに!
「ファースト卿よ。父上が公務の練習にと私が遣わされた。用件を聞こう」
「これは国家規模に相当する重大案件であります。王との謁見は叶わぬのでしょうか?」
「なお良い。大きな仕事を父上は私にと望んでおられる。申してみよ」
これ以上は無礼。仕方がない。数で勝負か。
「ご報告は新職業についてです。王国で有益に使っていただきたく参上しました。この情報には相当な私財を賭けております故……」
「よい。このウェンベルズ・ルークの名に置いて王家が負担しよう」
「ありがとうございます!」
よし! 間接的にだが王家が噛んだ。
「……という形で、バグ職業の一部にはスキルが存在すると言うことです」
「回りくどいな」
「ご観覧の皆様もこの有益性に気付かれたでしょう。意図してスキルのあるバグ職業に今まで無価値であったバグ体質の人間を使えるのです」
「して、この情報に以下ほどの価値がある?」
「はい。私の私財では足りませんでした」
「「「なっ!?」」」
くっくっく。驚いておるな。私もだ。王家の所有権のある貴族位が担保なのだ。協力しなければこの王国は崩壊して地位を失うぞ。聞いた以上は知らぬでは済まない。
思い付けばノーコストの情報と言うものは怖いものである。知的財産権は存在する。聞いて利用すれば罪だ。知らずに自力で導けば罪はない。ここの全ての者が聞いた。王太子は王家で負担すると宣言した。もう戻れんぞ。
「ふむ。ならば金額を示せ」
「はい。この書類にまとめております」
「財務卿よ。見よ」
「はっ!」
おー、国の財務を担う者が真っ青だ。実際に価値を見出だせばそれだけ価値は上がるのだ。自領を出る前より上がってしまった。ここでまた見積もれば更に価値は跳ね上がるだろう。
「ウェンベルズ王太子。これは我が国では支払えません」
「「「!!!」」」
驚愕が過ぎると声も出んよな。私もだ。王太子には重すぎるな。だから王にお願いしたい案件であったのだ。
「その者の首を切れ! ……ぐっ。ぎゃあああぁぁぁ!!!」
「治療班を呼べ! 王太子が!」
「「「はっ!」」」
遅い。もう王太子は支払い拒否により奴隷に落ち、そのまま主人への反逆者となった。奴隷に落ちれば、後は神のみぞ知る領域だ。
「…………死んでおります」
「箝口令を敷く! この件は王に進言する。それまで口外を許さぬ。誓え!」
「「「はっ!」」」
財務卿が仕切って閉幕となったな。私はどう転ぶだろうか?
せめて、子供達は守りたいものだな。