016
「ご主人様。今日は腰が軽いので朝のご奉仕を♡」
「駄目。止まらなくなるから」
「そうですね。面倒な仕事がありますね」
「ぐふっ!」
そう、ミスリルのレイピアと鞘を『妖刀刺し』の吸血で染めないといけないのだった。
おっさんに挨拶して、宿賃を100ルークに上げてから10日分を追加で支払う。「マジで値上げしやがった」と大いに笑っていた。朝食でまたも夜の蝶に出会い、フィーリアが楽しく報告をする。
「腰砕けちゃって、すごかったです♪」
夜の蝶の微笑みが妙に気恥ずかしい。やっぱり無言で食う。夜の蝶が飛び去ったらフィーリアが食べ始める。もうパターン化してるな。あっちも程々で切り上げてくれる話術もすごい。
○ ○ ○
「ご主人様、やっぱり無いです」
「すまん。間違った威力で放ったのが不味かった」
エンカウントして直ぐにレイピアで『妖刀刺し』したら、爆散した。レベルも8となりステータス補正もあるだろうが、ミスリルも良い素材だった。なお討伐証明の耳は散った。
「木刀と同レベルですか?」
「悩ましいけど、木刀の方が扱いやすい。「村正」は剣じゃなくて刀に適正があるからね。こうやって加減を間違える。にしても、ブレる。このレイピアは粗悪品か?」
「刀ですか? この街では聞きませんね。あと、貴族様の品にケチつけると後が怖いですよ」
「しゃーない。使うか。で、四文字職業に欲しい文字でもあるから、「刀鍛冶」は見つけたいな」
「いつか旅に出ますか? あ、お上手」
「加減と角度はこのくらいか。おぉ、吸血早っ。剣の体積に関係するのかな? 旅は悩むよ。この街でも結構な選択肢があるからね」
加減を覚えればレイピアと鞘の二刀流で交互に刺し殺す。今日はストーキングされてないし、順調順調。
「このダンジョン、ゴブリン減りましたか?」
「確かにな。それでも三文字職業になるまではゴブリンで上げるよ」
「はい」
ゲームでの経験値分配はパーティだと小数点以下は切り上げ。ゴブリンは経験値1で、俺らは分配すれば半分になるが切り上げで1ずつ貰っている計算になる。ゴブリンソードマンが経験値2の筈なので、結果的にノーマルゴブリンの方が美味しく感じる。
強くなればそんな細かい計算は不要だけどな。
「直ぐに一杯になりますね」
「俺のボックスに空きがないからな。すまん」
「いえ、私もわがままでボックスを1つしか使ってませんので」
「理由はあるだろ。気にしないさ」
「助かります」
後日、女の子用のエチケット小物が入ってると知った。
○ ○ ○
仕切り直しの2回目。昼食を挟んでの2回トライ。計4回で160匹。ゴブリンが少なくなったとはいえ、ライバルも少ないから歩けば出会える。
「一日で2400ルークとか中級冒険者並みですよ」
「多少贅沢しても良いだろうが、今日も?」
「上を知ると戻れませんよ。5ルーク定食です」
お気に入りの定宿近くの夜の蝶御用達の定食屋。量は控え目だが満足する味で定期的に定食のメニューも変わる。飽きないのがいい。
「レベル10が先か、剣が染まるのが先か」
「ゴブリンソードならもう染まって良い数ですね」
「淡く色付いたからそこまでかからないと思うが、面倒な」
ミスリルの逸品だと言うだけある。吸血で威力上昇する度にこっちが手加減しないと爆散する。6匹は無意味に殺した。
「明日には決着つけるぞ」
「はい。初めて二文字職がレベル上限になれます。ドキドキしますよ」
この日は特にイベントもなく平穏無事な一日を終えた。覚えてしまった夜の運動会が自重できないのが将来の不安でもあるがな。
○ ○ ○
この世界に来て7日目。環境の変化とはこうも時間を長く感じるのだと実感している。そう、まだ7日目なのにお嫁さん候補と恋人か。その辺の常識がないから、この世界での社会のルールを覚えなきゃな。
あの夜の蝶は居たり居なかったり。今日は居らず、フィーリアの食事も早い。サクッと終えたので、糧を得るためのダンジョンアタック。
40匹でギルドの支所に。往復も慣れてきた。会う度にあのギルドの買い取り職員さんの苦笑が気になる。値段交渉、難航してる? まあ、聞かないけどね。
「先にこっちか」
「綺麗な色ですね。ゴブリンソードとは違って上品です」
素材の差なのか、赤でも色味が違った。ミスリルは赤くはなったが自身の持ち色の白銀が負けていない。誰が見ても綺麗だと思える色と染まった。
「禍々しい色にならなくて良かったよ」
「貴族様が持つ品ですから、良い色が出て安心ですね」
「よし、投擲に切り替えるよ」
「はい」
程なくして俺もフィーリアも二文字職がレベル10となったが、今日はこのまま狩りを続けて160匹で切り上げた。
○ ○ ○
「おい、坊主。客だ」
食事を済ませて三文字職の相談をベッドでしようかとウキウキで帰ってきたら一気に落とされた。
「もしかして宿前に止めてある馬車の持ち主?」
「ああ、流石に立たせておくのはヤバい御方だから、坊主の部屋の隣だ」
「何で進捗知ってんのかな?」
「今日も隠密さんが居たのでしょうか?」
「本職は凄いな」
「待たせるなよ。行け」
渋々と階段を上がれば、部屋の前にあの執事が居た。
「お預けしていた剣を。主人の前でのアイテムボックス開閉は無礼にあたりますので」
「これを。完成しています」
主人か。って、連れ込み宿に何でこの街のトップが来てんの! 執事にミスリルの逸品を渡したら確認され、了承を貰えた。執事が綺麗な所作で扉をノックする。
「ヴィリューク様。ドライ様がお着きになりました」
「入れ」
開く扉が緊張感を高める。えー、マジで居んのかよ。兵士の格好したお嬢様でも十分なのに、貴族を隠さず来るってどうなの?
いや、ホント、この宿で会っていいのかよ!