泊まり①
蛍光灯の電気も消灯されテレビ画面の光量だけが部屋を照らす空間で俺の右腕に必死に縋る橘さん。
ホラー映画を見ていて怯えた表情を露出しいざ幽霊やなんやら出た瞬間顔を俺の右腕に沈めるその姿は本当にリア充のそれとなんら変化ない。
清々しい気分で映画を視聴することができた。
ホラー映画は友達と何度も見に行っていてそれ上俺自体それほど怖いとは思わないので苦手意識は無い。
この状況、天国と言っても過言ではない。縋って来る度ナイアガラの滝のように鼻血が出そうになる。
「きゃーゆうやくん」
どうぞ、僕の右腕いや胸に飛び込んでおいで
僕にはご褒美の限りです
「橘さん、びびり過ぎじゃないですか?」
「怖がりなのよ」
ははっと苦笑いで返答して再び橘さんからテレビに目を移らせる。口を尖らせて目を俯かせるその表情を見ていると切なく心臓が締め付けられるそんな感覚に襲われたからである。
それからも二時間ほど長時間に渡ってその状況は続いて俺の鋼のメンタルはズタボロにされ性欲が開花していた。
「見終わりましたね」
丸めていた緩んだ背中を背伸びして伸長する。
「そう、ね」
ソファに縋るような格好をしながら顔を青ざめさせて落胆している。
「私、先お風呂入るのだけれど、その、一緒に居てくれない」
「さすがに、それは」
理性が崩壊して野獣になりかけないので万力の力で耐えきる。
「洗面所にいて」
「まあ、それくらいなら」
えぇ、これ脈あるっすよね?モテ期到来しました。
「ゆうやくん、居る?」
「いますよ」
ふぅと感嘆する声と水滴が浴槽に溜まった水に落ちる音が聞こえ心臓が高鳴っている。
シャワーをつけて体を洗う橘さん。俺がこの場にして襲うっていう可能性があるかもしれないのによく体を洗えるものだ。
それほど信頼があるという事なのか。その信頼を裏切るわけないっていうか襲う勇気ないし。
扉の方を振り返れば椅子に座りシャワーのお湯を受ける橘さんの背中が見受けられる。
エロい。
すぐに正面に向いて深呼吸をして理性の壁を再び再構築する。
また浴槽に入り直し三回程居るかどうかの確認を催促してくる。その震えた切ない声は声優の演技をしている声のようで可愛かった。
「その、もう上がるから」
「ラジャー」
敬礼のポーズをしてリビングへと戻る。
橘さんの私服を見るのは何気に初めてなのだ。いつもスーツでバイトに来ているため見たことが本当にない。
ドライヤーで髪を乾かす音が鮮明に耳に入ってくる。
「待たせたわね」
ピンクのワンカラーシンプルの秋冬向けの可愛いパジャマ。右胸に鮮明に施されたロゴが高級感を醸し出している。
さすがと言うべき程の似合い。橘さんの為に作られたと言っても過言ではない。
夜に学生が家にいない状況は不味いが、俺は幸い一人暮らしの身。第一志望の地元の公立高校に落ちてしまい第二志望であった家から離れた私立の高校に通っているという訳である。
生活費も侮れなくバイトをしている俺だがご覧の通り全てをラノベに使っているような人柄である。
今月もピンチでもやし生活になっていたので橘さんの料理は最高の味わいであった。
妹も来年、俺の通学している高校に志願すると言っていたので俺の家で二人暮しになるかもしれない。妹は口が厳しく会話しようとしたら暴言で大抵返答してくる。
お兄ちゃん大変だけど頑張ってます。
帰省したいが千葉から滋賀県までの三時間かけて帰るのもしんどいので帰省するのは大事な日だけにしている。
母も父も仕事で忙しく家に帰ってくるのも夜遅いので妹も一人暮らしと何ら変わりがないのだが。
「いえ、そんな」
「次いいわよ」
「はい!」
不自然に肩の力が入ってしまう。
「洗面所居てあげようか?」
「いえ、そんな迷惑ですし」
「そう」
少し残念そうに俯いて椅子に腰をかけ微笑む橘さん。
予定通り洗面所で脱衣してのだがどうしたものか。袋もないし何処に置いていいのかも分からないので綺麗に畳んで積み重ねて入浴する。
これが橘さんの出汁。あっ間違えた。橘さんの入ったお風呂か。
いつもは一人で寂しく静かな世界で風呂に入っているが今は橘さんの居るお陰か孤独感が薄れて久しぶりにゆっくりとした時間に覆われている。
温かい。
家事やなんやらで急かされるいつもとは違いのんびりとした時間を味わえる。
髪と体を洗ってしっかりお湯で体を綺麗に流し、再び浴槽に浸かる。
その後、数分浸かってのぼせそうになったところでようやく風呂から上がる。
「ゆうやくん、ここに服置いとくか……」
「あっ」
扉を開けたら丁度のタイミングで橘さんが服を両手で崩さないように慎重に持ってきているのと偶然会ってしまった。
紅潮して焦った様子である。服をその場に落として両目手で覆うように隠して「ごめんなさいー」と言って去っていってしまった。
まじやったわ。
罪悪感を感じつつ服を拾い着ていく。女性用であるがサイズはピッタリである。ちょっと胸の部分が寂しい気もするが、昔の頃のだろうか。
純色の黒のパーカーとズボン。パンツと下着は仕方ないので自分のを二度使う。
橘さんの洗剤の匂いが染み付いた服を着ているので甘い香りが鼻に無意識に入って来る。
ずっと匂ってたい甘いショコラのような匂い。
脱衣して積んでいた服を両手で均衡を保ちつつ持ち上げリビングへと足を運ぶ。
紅潮していてこちらを直視できない橘さんがソファに体育座りをしてすっと存在を薄めていた。
服を自分の鞄の隣に置いて橘さんの隣に座り込む。
「ごめんなさい」
必死に謝るが別にそこまで怒っているわけではむしろラッキーである。
ラッキーかどうかは知らないが。
「いいですよ、橘さんなら」
「えっ」
驚愕の表情を浮かべて勢いよく振り返るのが少しツボにハマってしまい思わず失笑してしまう。
ぷくーとフグのように両頬を膨らませてそっぽを向く橘さんに謝罪の言葉を零す。
「ごめんなさい、つい面白くて」
「そうやって大人をからかうじゃない」
「は、はい」
指摘のお言葉を心でしっかりと受け止めると急に失笑してしまう。
「私以外にはね」
その微笑む表情と言動に心打たれてしまう。脈も心拍数も長距離走を走った後のように高鳴り早まる。
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