歳上上司の美女と
「上がって」
「お邪魔します」
扉の前で一礼して入室する。
デイムから五分程徒歩で行ったところにあるマンション八階の右から二番目の部屋。
1LDKの一人暮らしには充分過ぎる程の家。
綺麗に掃除、整理整頓してあり散らかっている部分が見受けられない。
植物など自然の緑もまた見受けられる。ソファにクッション、他にも様々な家具が充実している。
女子大学生の溜まり場なのか椅子が四つ設けられている。その一角に借りてきた猫のようにぽつりと座り込み肩にかけていた荷物を足元へと降ろす。
「ご飯まだだよね?」
「は、はい」
「肩の力抜いていいわよ」
そんなこと言われたってこの状況じゃ肩の力を抜くことさえままならない。
冷蔵庫から具材を取り出してキッチンで包丁で食材を捌いていく橘さんの手伝いをしようと思ったが下手の横好きと思ったのでその場に待機する。
「ゆうやくん、男らしいとこあるじゃない。ほんと見惚れそうだったわ」
「だから、俺を何だと思ってるんですか」
「あんな技術どこでやったのよ」
声のトーンを変えて話題を変えてくる。
「元々柔道やってたんですよ」
実際、小学二年生から五年生まで柔道部の大人の集う場所に通っていた。
マッチョの中練習させられて夢でも出てくる悪夢になったくらいだから鮮明に覚えている。
「似合わないわね」
笑い声混じりの橘さんの声がキッチンの方からはっきりと聞こえる。
「やめてくださいよ」
橘さんの微笑むあとに俺も釣られるように続けて笑う。
ガスをきり皿に料理を盛り付けて食卓へ運ぶ橘さんとそれを待っている俺。なんか新婚夫婦プレイをしているようで高揚してしまう。
女子の部屋に入ったことなんて生まれて来てから生涯一生ないと思っていたが幸福にも一度きりだと思うが入ることができた。それも歳上の一人暮らしの女子大学生とは思わなかったけど。
今日のメインはコロッケ。コロッケは以外かも知れないが日本独自の食べ物なのである。
炊き立てのふっくりとしまた水分がまだ全て含めていない湯気を吐いているご飯。
健康を配慮して様々な具材が使われている水気のあるサラダ。濃厚な出汁がでている魚介スープ。
唾液腺から液が口内へ放出される。
バイトで疲れたためかお腹の空き方が半端なく早い。
「頂きます」「いただきます」
同時に合掌し、すぐにコロッケに箸を運び口へ持っていく。
噛んだ瞬間に内側からの甘みが一気に放出される。外側はサクサクの食感、中身はフワフワで一つ一つの具材が味を強調仕合いい具合に混合してハーモニーを奏でている。
とどっかのニュースでやっていた食レポを抜粋しました。
しかし、率直に美味しい。ご飯が進むように口に吸収されていく。
気づいた頃にはすでにご飯を一粒も残らず完食していた。あまりの食べっぷりに橘さんは驚愕していて失笑していた。
「すいません。つい。」
「いいのよ。嬉しいわ、料理なんて振る舞うことないから」
「そうなんですか。お代わりいいですか?」
「もちろん!」
橘さんにお椀を手渡して二杯目を受け取りまた箸を進める。
ものの僅か数分で完食してしまう。満腹感が芽生えてさすがにこれ以上はお腹に入りそうにも無いので食器をきちんと下げて再び合掌する。
食器を洗う橘さんのお手伝いをしながら会話を弾ませる。
「いいんですか?僕なんて家にあげて」
「いいのよ、そのもしよかったらだけど」
「はい」
食器を洗っていた橘さんの手が止まる。
一瞬の静寂の時間に気まづい空気がそっと通過していく。
ごくりと胃に勢い良く唾を送らせるように飲み込む。
「そ、の……泊まっていかない?」
「ふぇえ?」
腑抜けた声をあの授業以来初に発してしまった。
それも仕方ないことだ。想像して見てほしい。歳上の女子大学生の家にまで招待され泊まれと言われているそれに加えて美女であるのだ。
逆に橘さんは嫌じゃないのかと必然的に思ってしまう。
しかし、誘っている以上多分橘さんは覚悟ができているのだろう。
脳内の思考が錯乱して混乱してしまう。幸い自我は保てたままである。
俺の返事を切ない顔をしながら待っている橘さん。
そんな顔されたら断ろうにも断れない。いや、断ろうとは思っていないが。
「いいですけど、服とかないですよ」
「私の、ある……から」
一度は目を丸めて喜んだ感情を含んだ表情を露出したものの、今になって恥ずかしくなったのか頬が赤くなっている。
俺も恥ずかしいが橘さんの羞恥は相当なものじゃないのか。
てか、この状況こそがそもそも凄いのだが。歳上の女性とかなんか興奮する。いやそんな言っている場合じゃなくて。
風呂は?寝床は?様々な情報が錯乱し再び混乱する。
「最近、怖い映画友達と見ちゃって夜怖いのよ」
とてもよく共感できた。フラッシュバックしてもし目を開けたら居るのではないかとつい思ってしまう現象は確かに経験したことがある。
「なるほど。」
苦笑いをしながら返答をする。