出会い
もう四月になり学年も昇格して高校二年になった。
どうしてだ。幸運値が上がって恋愛運にも恵まれたはずなのにこの三ヶ月一向に出会いが無いじゃないか。
神め。末代まで恨んでやる。
思わず憤怒の感情が高ぶって学校の机を台パンしそうになるが万力の力で耐え抜く。生憎の授業中だ、今机を叩くような真似すると視線を集めることは間違いない。
窓際の席の一番最後列である。風通しがいいが、まだ四月。日光の温かさを含んだ冷気が窓から俺に襲い掛かるように吹く。
夏はこの席は特等席とクラスメート全員から注目度が急上昇するのだが、今は寒気が入ってくるせいかあまり人気度はない。
右手で頬杖をついて窓の外の光景を眺める。晴天の下に映えるグラウンド。野球部が整備したはずなのに点々と見える足跡。
いつも見慣れているはずの光景なのに言葉を失い呆気を取られてしまう。
「おい、柏木聞いているのか?」
「ふぁ、ふぁい!」
唐突に社会の教師の太い声で名を呼ばれ、その場に勢い良く直立し驚愕のあまり変な声を発してしまった。
くすくすと失笑するクラスメート。徹也達は馬鹿を見るように面白可笑しく爆笑している。
緊張の影響でか胃が上に上がるような感覚を味わう。羞恥感が込み上げてきて必然的に紅潮する。
急に呼ぶんじゃねーよ。
頬を赤く染め上げたまま、椅子に座り直す。
「おい、ゆうや。さっきのなんだよ、ふぁいって」
「おい、やめろ」
二限の授業が終了し、十分休憩に突入された途端徹也が接近してきて爆笑してくる。それに対して徹也に苦笑いを返しながら返答する。
弱点特攻されて心にまた痛みを味わう。しかし、こんな何気ないやり取りがあるのも徹也のお陰であるのだ。
ぐたぐたと会話していると三限開始のチャイムが校内中に鳴り響く。
生徒は一斉に自分の席に着席して、授業準備をしつつ教師を待機する。
◆
数学IIの授業、つまり四限の授業が終了したところで疲労した身体を癒す時間。昼食の時間へと突入する。
生憎、今日は母が寝坊した為、弁当を持ち合わせていない。購買部に行きパンを購入するか食堂で食事を取るしかないのだが、食堂は混雑しているので購買部に行くことに決定する。
徹也に一言告げ、購買部へ駆けていく。
一分一秒が勝負。毎回購買部には大勢の敵と呼べる人々が押しかけている。どれだけ先に購買部に到達するかが鍵になってくるのだ。
高速で駆けて来たせいか幸いまだ人はそんなに集まっていなかったので、自分の口にしたいパンを選択することが出来た。
パンの入った紙袋を手に取りすぐ様にその場から退散する。
その瞬間、三年生が俊足で購買部に駆けてくる。購買部から一番遠い場所あるため三年生は来るのに割と時間がかかるのだ。
この時間に購入するのは最悪。ラグビー部や野球部のがたいの良いマッチョ共に挟まれてミンチにされてしまうからである。
感嘆しつつ、購買部から前方に目を移した瞬間だった。体に衝撃が走って地面に尻もちを付いてしまう。
「いてててて、」
重い瞼を開くとそこには一人の美少女が尻もちをついていた。
チューリップを思わせるような澄んだ橙色の肩にかかる軽めの頭髪に白原のように白い肌。
どこをとっても容姿端麗と呼べる。
街中を歩いたら間違いないなく男性の目を盗んでしまうくらいである。
「ごめん、不注意でぶつかっちゃって」
「いえいえ、私こそ。あっ」
何かを察したのか、唖然と口を開いたまま硬直してしまった。
「私のメロンパン」
彼女の指先は俺の尻臀に向けられていた。指先を追うように確認すると白い紙袋を潰している。目を潤わせつつ、どうしようと焦燥感に駈られる彼女。
自分の購入したパンが入っている紙袋を差し出す。
「すまん、これどうぞ。」
これが今脳内で考えた最善の選択であった。
「ありがとう」と一言俺に告げると紙袋を有難く受け取りその場から去っていった。
「お前、パンは?」
「通り魔に盗まれた」
また爆笑する徹也とその周辺にいる友達。可哀想に思ったのか、自分達の弁当の中からおかずを取り出し分けてくれる。
なんて良心的な行いなんだ。
感謝の意を見せつつ、美味しく味わう。