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【一日目夜】車内 その②

「やっぱりおるなぁ。パパラッチにしたら機動に欠ける車種やけど、ティアラはんはファンも多いし一概に当てはめられへんわ。どないする?」

けるならそれでいいわ。いちいち気にしてられないし、車を降りてくる度胸もないようだし。もししつこいようならウィザードの所で一芝居うちましょう。ナイト様にお願いをして一晩泊めてもらったあと、エントランスでお別れするの。素敵でしょう?」

「女友達の所へ泊りがけで遊びに行っただけならネタにもならへんわな。それにナイトはんのこと嗅ぎまわり始めたら他のメンバーも黙ってへんやろうし好都合や。一報入れとくわ」


 ハクはスマホを取り出し、ウィザード宛てのメッセージを作成する。簡潔に用件だけをまとめ、送信ボタンを押す。ものの数秒でスマホが震えた。了承を告げる極めて簡素な返事だ。


「OKやって。念の為遠回りで行こか」

「道は任せるわ。アタシはその間休むから助手席黙らせておいて。もしくはもう発車していいわよ」

「今すぐ発車しろ言わんあたり、優しい姫はんやなぁ」

「優しくするつもりなんてないわ。アンタがナイト様へどう口添えしたのかは知らないけれど、ドロップを正規メンバーとして扱えってお達しでしょ。ナイト様の決定なら従うわ。アタシ個人は気に入ってないわよ」

「ホンマ、正直で好きやわ」


 カラカラとした笑いがかえって耳にまとわりつく。ティアラは煩わし気に髪をなびかせはねのけた。


「そういうアンタは捻くれすぎだし胡散臭い。普段からロクな事考えてないでしょ」

「えー、そんなことあらへんよ。胡散臭い? どのへんやろーなー」

「その下手な関西弁とか。聞いててイライラする」

「それはもう仕方ないやんけ。ワイかて元々そっちの地方やないし、ナイトはんが面白半分に命令したからやっとるだけや。情報撹乱かくらんの大義名分様様やな。加入時からのたわむれなんやし慣れてくれてええんとちゃう?」


 ナイトの名を出せば追撃の手が弱まるのをハクは理解していた。それはティアラも自覚していることであり、だからこそ煙に巻こうとするその態度が気に入らない。腹立たしさを前面に押し出した声で別方面からの攻撃的なアプローチを試みる。


「次にドロップの教育方針。本人へちゃんと説明もせず正規メンバーにさせようなんて詐欺もいいとこだわ」

「ちゃんとあれこれ世話焼いとるで。一般常識から多岐にわたる専門知識の範囲で優先順位つけて効率的かつ着々と。全員必修の読唇術がとりあえず終わってハンドサイン教え始めとる。対人格闘技やら薬物耐性やらのフィジカル面も抜かりないで。なにより他のメンバーには無い個性を伸ばす育成を心がけて――」

「経過報告も塾のうたい文句も結構よ。正規メンバーになる為の条件はたった二つ。簡単に替えが利かない強みがあること。そしてナイト様に思考をいじられても喜んで受け入れられる人間であることだわ。あの新人にそこまでの覚悟があるように見えないけれど?」


 はぐらかされるくらいならばと明確な武器を向けた。

 それでもハクの顔色は変わらない。本物の銃口を向けられたとしても今のように飄々ひょうひょうとした顔でいるだろう。これは玩具の銃ではないかと笑い、取り合わない。仮に本物であっても撃つつもりはないだろうと高をくくって笑うはずだ。


「ほーん。初耳やわ。ワイは喜んだことあらへんよ。そないにマゾちゃうわ」

「だったら自分の意志で標準語喋ってみなさいよ。ここにナイト様もいないし、私も聞かなかったことにしてあげるから」

「ティアラはんが録音せえへんとも限らんしその手には乗らんで。命令違反バレてナイトはんのご機嫌損ねて契約破棄でもされたらかなわへんもん。ええか、ワイのこの喋り方は忠誠の証なんや。こうして喋っとる間はナイトはんの言うこと何でも従いまっせいう意思表示っちゅうこと。こないなことまでせんと信用してもらえんのやわ。ワイの願い叶えてくれるちゅーなら思考でも命でも喜んで差し出すんやけどなぁ。ナイトはんがワイみたいなのをもう一人おってもええ言うからちゃんとドロップも育成してるし、忠義に厚いってワイみたい奴のことを言うんやで?」


 あぁ、思考が歪んでいるとティアラは悟る。本人がどこまで認識しているかは別としてもう十分に矛盾を貫いていた。


 言葉を縛られる不自由さはどれほどの苦しみだろう。自身の心は自分の言葉でしか説明できない。借り物の言葉では複雑な感情の機微まで表現できないのだ。

 他人の台詞を借りてプロポーズをしても、自身の愛は伝わらない。愛しているという同じ言葉でも自分で選んだからこそ自分の心の全てをこめられるのだ。ハクにはそれが出来ない。いびつに加工された言葉を重ね、どうにか自分の心を形どる。すでに自分では心の在り処を見失っていても、周囲に不信感を抱かれてもなおそれしか許されないのだ。ナイトがそう望んだ為に。


 ティアラは無意味な追及を止めた。手の平に残った同情をハクの代わりにドロップへ。せめての手向たむけに哀しい童話めいた散文を添えて。


「タッチの差だろうが、アンタの後輩にならなくてよかったわ。なんて可哀想なのかしら。ドロップ、ドロップ――……。名前からして不幸だもの。甘くてきらきらしてて、墜ちて砕けるドロップだなんて。甘い想いをするのはドロップを利用した人だけよ、本人ではないの。一番おいしい想いをするのは誰かしらね」

「そりゃナイトはんやろ。にしてもえらい皮肉やな。ただ手元にあるだけで価値のあるティアラと比べたらそれこそ可哀想やわ」

「アンタそんなに腹黒いのに、なんでハクなわけ?」

「ナイトはんの遊び心」


 これみよがしに白い歯を見せつけて笑う。


 実のところ、コードネームに深い意味は無い。ナイトが即興で考えた物が大半だ。それを理解していてもメンバーは意味を見出したがる。自分にしかない唯一無二が正規メンバーの条件の一つならば、同じく唯一無二であるコードネームへ願いをこめたくなるのだろう。


 言葉遊びも一先ひとまずの区切りを迎えたところで、ドロップが走って帰ってくるのが見えた。


「お待たせいたしやした!」


 車のドアを閉めるやいなや、ハクへプラスチック容器に入ったコーヒーを手渡し、戦利品の袋を漁る。ガサガサと騒がしい音が情緒を叩き出し、容赦ない現実を呼び込んだ。


「ハクさんはここのコンビニコーヒー好きだったと思うんでLサイズのアイス選んできたっスよ。あとコレ! 黒い雷神ガムっス。最近威力上がったらしいんで効くといいっスね!」

「おーなかなかええやん。おおきに」

「姫……っじゃない! ティアラさんは好きなメーカーとか分かんなかったんでミネラルウォーターと炭酸水の両方を買って来たっス。いらないのは俺が飲むんでどっちが――」


 両手に一本ずつペットボトルを持ち、後ろを覗き込もうとした時点で素早く上体を反らして天を仰ぐ。あたかも運手席側から銃で眉間を撃ち抜かれたかのようであった。ただし、傷ついたのは眉間ではなく助手席側の窓と衝突した後頭部だ。

 比較的付き合いの長いハクでもここまでの奇行は見たことがなかった。なるべく呆れた感情を見せないように努めて冷静にツッコミを入れる。


「何しとんの?」

「いえ……俺、まだ顔見ていい許可もらってなくて……とっさに」

「律義やなぁ。ティアラはん、さすがにもうええんとちゃう?」


 カーテンの端をつまんでそっと視線を交わす。ハクの見る限りでは拒絶の意志を感じられなかった。ナイトからの通達の効果もあるのだろうが、自身のファンを無下にするつもりもないのだろう。敵意を緩めるようにティアラが小さな深呼吸をした。


「アンタ達一般人の視線って不躾すぎて不快なの。だから姫華ではなくティアラとして見るなら許してあげる」

「了解っス!」


 意気揚々にドロップは振り返り、二本のペットボトルを差し出す。わずかな光に照らし出されたラベルを確認し、ティアラは両手を伸ばした。ドロップの右手とそこに握られているペットボトルを優しく包み込む。柔い花を手折たおるようなしなやかさであった。


「このメーカー好きなの。忘れないで」

「あ、はぃっ――!?」


 包み込まれた手がキュッと締め付けられ、互いの体温が重なるところからじんわりと馴染む。とどめを刺すようにティアラがウィンクを一つした。

 するりとペットボトルが抜き取られ、ティアラの両手が離れる。それでもなお、ドロップの右手はその場で微動だにしなかった。いや、よく見ると小刻みに震えているのだが自分の意志では動かせないようだ。

 瞬間的に紅潮と硬直をしたドロップを見て、ティアラは鼻で笑う。


「分かりやすいわね」


 その一言で硬直が解けたらしい。

 熱を逃がすように右手と首を激しく振り乱した。


「あ、その、これは!!」


 弁解しようにも上手くいかないらしく、無意味な行動を繰り返す。

 終始無言に徹していたハクがようやく助け舟を出すことにした。半ば強制的に助手席へ着席させ、乱れたカーテンを引き直す。それからおどけた口調でティアラを咎めた。


「自分から姫華として見るな言うとるのに、アイドル対応するの反則やん」

「ちょっとからかっただけよ。色仕掛けに耐性ないと情報屋失格なんだし、ちゃんと教育しておきなさい」悪びれもせず言い放ち、ハクを納得させる。

「せやなぁ。ちゅうわけでドロップ、性欲に勝てへんなら去勢しかあらへんで」

「ひぃ!?」


 朱に染まっていた表情から一転、青紫色へと変色した。そんなドロップへ面倒見の良い先輩はセールスマンのような口調でさらに追い打ちをかける。


「従業員割の利く腕利きの医者もおるしな。保険適用外やけど多少は経費でいけるんとちゃう?」

「ハクさんそれだけはマジで勘弁して下さいっス!」

「ほな出発するで。シートベルトせぇー」

「ハクさーん……」


 ドロップを取り残したまま、二人は粛々とシートベルトを装着する。

 エンジンが唸りをあげたところでようやくドロップも指示に従った。左手に持ったままのペットボトルをレジ袋へ戻し、代わりに自分用のエナジードリンクを引っ張りだす。袋の中にはまだ煙草や菓子が入っているのだが一先ずの所、袋ごと足元へ転がした。

 車が駐車場を静かに去り、車通りの少ない道へと走り出す。

 バックミラー越しに件のワンボックスカーが動くのを確認しつつ、素知らぬふりで前を向き直した。


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