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最終話 ファフロツキーズをもう一度

 1つだけ願いを叶えられるとしたら。

 誰でも1度は考えたことがあるだろう。

 今、手の届く場所にその絵空事はあった。


 演目が終わり劇団センニチコウは優勝、俺はMVPとなった。

 これで俺は1つだけ願いを叶えられる。

 その日の夜、町全体が1つとなる祝勝会が行われた。


 だが手放しで喜んではいない。

 話を聞かなければならない人間がいる。

 俺は祝勝会の喧騒を抜けて、彼女の元へと向かった。


 先輩は1人(たたず)んでいた。

 今俺も彼女も、この世界のビッグスターのはずだ。

 しかし人に囲まれることなく、容易に彼女に会えた。

 彼女も俺が来ることを分かっていたようだ。


「MVPおめでとう」


 打楽器の律動が腹に響く。

 喧騒は絶えず耳に届く。

 しかしその中でも先輩の声はよく通った。


「何を願うのかしら」


 彼女は手にワインの入ったグラスを携えていた。

 いつだったかこの世界で、先輩は酔いつぶれていた。

 酒は強くないのに飲むのが好きなのだろうか。

 唇にグラスを運ぶ仕草を見て大人になったと感じる。


「先輩、今までありがとうございました」


「突然どうしたの」


「全部分かっていたんです」


 ああ、そうだ。違和感は最初からあった。

 この世界は基本、大目に見ても西洋中世レベルの文化。

 製紙技術も識字率も、物語の構成力、ジャンルの発達も。


 この世界の住民は、異世界から来たものをファフロツキーズと呼んでいた。

 だがファフロツキーズという言葉は()()()()1()0()0()()()()()()()()()

 食育が為されていないのに、()()()()()()()


 俺に優しすぎる環境。明らかな作為があった。

 それをもたらしたのは少なくとも、俺のいた時代に近い地球を知る人間のはずだ。

 となると答えは1つだ。


「この世界は全部、美優先輩が作ったんですね」


 この世界で何度目かの、悪戯めいた微笑みを見た。



「いつから気づいてたの」


 先輩が不敵に笑う。


「初めて出会う前から」


 優しく作りすぎたかしら、と口元を抑えた。

 仕草のどこにも驚きは見られない。


「そうよ。私が作ったの。4年前の願いで、『私の脚本通りに世界を動かして』と願ったわ」


「やっぱりそうでしたか。でも詰めが甘いです。やっぱり先輩は、脚本を作るのは苦手ですね」


 いつの間にか周りには何もなくなっていた。

 人も音も、建物さえも。


「でも途中からは、出来る限り真剣にやりましたよ。先輩が不満そうでしたから」


 ばれてた、とはにかむ。

 彼女は俺の脚本を、俺と演じるためにこの世界を用意したのであろう。

 だが自分の物語を作る気力もなく、その場しのぎで先輩の好きそうな話を脚本に選んでいた。


「本当は決勝の舞台で全部ばらす予定だったし、脚本を盗まれる、なんてことも想定してなかったわ。けど中々オリジナルのお話を作ってくれないから、途中で替えちゃった」


 やっぱり。

 センニチコウの好敵手であろう劇団ハルカの公演が、準決勝直前で噂になって耳に届いたのもおかしい。

 あれはやむを得ない、急な変更だったのだろうと予測していた。


「この世界にはいつから」


 聞けなかった問をする。


「私が死んでから。起きたらいつの間にかこの世界にいたの。そして劇団に入って、優勝してMVPをとって、願いを叶えてもらったわ」


 なるほどな。というか天才かよ。

 知らない世界でいきなり頂点に立つとか。


「勝手に呼んでごめんなさい。でも、どうしても約束を叶えたかった。もう1度貴方の脚本で、貴方と舞台に立ちたかった」


「……俺も同じですよ。ずっと会いたいと思ってた。だから一緒に帰りましょう。俺の願いで、先輩も一緒に地球に連れていきます」


 先輩は下を向いている。

 手を引くと指先が震えていた。

 目には涙が溜まっていた。


「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。願いを叶えることは、できないの。今までの結果は、全部脚本通りだから。私たちは特別枠。劇も3回戦までで、優勝は、私たちでも、ハルカでもない、決勝の、もう1つの、劇団なの」


 先輩の言葉が途切れ途切れになる。

 嗚咽で上手く喋れていない。

 初めてありのままらしき姿を目の当たりにした。


 実はあるいはそうかもしれないとも考えていた。

 先輩の作った世界なら願いを叶える権利すらないと。


「じゃあ4年後まで待ちます。そこで絶対優勝して、先輩と帰ります」


「それもダメ。今夜、貴方は、1人で、帰ることに、なってるの。もう、ずっと、会ってないから、気持ちも、冷めてると」


「変更は出来ないんですか」


「貴方の知らない、制限が」


 先輩が少しずつ落ち着きを取り戻した。

 見られたくない姿だから、どこかに行ってほしいと頼まれる。

 俺は先輩の指さした方へ向かった。

 景色はいつの間にか、祝勝会の喧騒に戻っていた。




「ここにいたのか。悠真」


 座長が話しかけてきた。

 周りにはハルカとセンニチコウのメンバー、受付のエマもいた。


「全部先輩から聞きました。巻き込んでしまって、申し訳ありません」


 俺は皆に頭を下げる。

 座長が俺の頭を優しくなでた。


「大丈夫だ。去年うちが優勝できたのも、美優のおかげだ。1度くらいどうってことないさ。それにハルカもセンニチコウも、本来1つの劇団なんだよ。お前がうちに来なかったとき、ハルカを進めてもらう手筈になってた」


「そうだったんですか」


 空気が重い。

 双方別れの気配を感じているのだ。

 エマが俺に話しかけてきた。


「あと数分ほどで、悠真さんの帰還が始まります。お疲れ様でした」


「ありがとう。サインは要らなかったら捨ててくれ」


「いえ、演技も脚本も凄くて、ファンになったのは本当でした。……一生大切にします」


 エマが泣き始めた。見ると他の団員にも泣いている奴がいる。

 本当に優しい世界で、得難い居場所だった。

 座長が俺に握手を求める。


「お前といる間、色々と勉強にさせてもらった。達者でな。向こうでも頑張ってくれ」


 センニチコウの団員たちが俺に握手やハグを求める。

 俺を騙すための付き合いだったが、良好な関係だった。

 後ろから肩を叩かれる。

 振り向くと俺の頬に、指が突き刺さった。


「何してるんですか、先輩」


「別れの挨拶とお願いよ。……4年後もう1度願いを叶えるわ。だから向こうで、待っててほしいの」


「……何年でも待ちますよ。好きです、先輩。居場所を作って待ってます。」


 場が静まり返った。茶化すような雰囲気はなかった。

 しかしリファが前に出てきて、俺たちの間に割って入る。


「ミユちゃんは願いで向こうの世界へ行くらしいですけど、私は違います。悠真さんに、こちらの世界へ来てもらいます。何年かかろうと、貴方が何をしてようと、絶対に呼び戻します。貴方もミユちゃんも大好きですから」


 マジかよ。あの告白本気だったのか。

 断るのも野暮ったいと感じ、そうなったらよろしくと返事を濁した。


「じゃあ元気で」


 先輩たちと言い合って、急に眠気が訪れた。


 ――サヨナラの挨拶をして、それから殺してくださるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに。


 不意にこの言葉が思い起こされた。

 ああ、そうだ。坂口安吾だ。

<夜長姫と耳男>だっけか。


 長い夢だったな。

 目を開けると、俺は自分のベッドにいた。




 ***********************************




 元の世界に戻ってきたとき、不思議なことに時間は経過していなかった。

 俺はいつも通りに母の世話をし、バイトに向かっていた。

 10日経って母が死んだ。くも膜下出血だった。

 家に母以外おらず、発見が遅れたせいで。


 葬儀が終わると急に1人の時間が出来た。

 俺はシナリオをひたすら書き溜めた。

 そして片っ端からシナリオ公募コンクールへ投稿し、その中の1つの賞に引っかかった。


 4年経ち、俺は脚本書きを本業とするようになった。

 筆の速さが幸いしてか、それなりに食っていけている。


 4年。最後の帰還で、地球と異世界の時間軸が繋がっていないことが分かった。

 しかしそれでも期待してしまう。

 もうすぐ先輩が帰ってくるんじゃないかと。


 変化が起こったのは突然だった。

 広塚美優のドラマ主演決定。CDデビュー。

 いつの間にか広塚美優は()()()()()()()()()()()

 

 しかし俺への連絡はない。会いに来る気配も。

 4年の間に思いが冷めたのだろうか。

 それとも向こうの世界のことを忘れてしまったのだろうか。

 不安におびえる日々が続いた。


「ここにいたのね、後輩君」


 ある日先輩は突然に俺の部屋の中にいた。


「何故ここにいるんですか、美優先輩」


「あら、貴方を迎えに来たのだけれど」


 懐かしいやり取りだ。


「先輩はファフロツキーズって覚えてますか」


「覚えてるわよ。私がつけた名前だもの」


「何で連絡しなかったんですか」


「忙しくて。やった覚えのない仕事や、会った覚えのない人にあいさつされたり。それでミスばかりしてたら、休みをもらったの」


「お疲れ様でした。それと優勝おめでとうございます」


 彼女は何も言わず片手でVサインを作った。

 そして床に無防備に寝転んだ。


「休みが明けるまで暇ね。何をしようかしら」


「じゃあ結婚しませんか。指輪とか見に行きましょう」


「いいわね。ウエディングドレスも着てみたいわ」


「分かりました。お金はこっちから出させてください。丁度ドラマの脚本が決まったんで。先輩、主演いかがです?」


「相手役による。貴方だったらやってみたい」


それには監督の許可を得ないと、と俺は苦笑した。

先ずは完結にあたり、ここまで読んでくださった読者の方々やTwitterで作品をリツイート、いいねしてくれたなろう作家の方々に感謝申し上げます。本当に嬉しい限りでした。支援してくださった作者の方々の作品は、いつか拝読に伺います。なろうもTwitterも初心者ですので、至らない点があればご容赦願います。


また9月1日から「すばらしきアッシュ」にてご活躍の獣炎槍・魔真神街 様の文体をお借りして「ゲームで壁に体擦りつけながら移動しないで下さい。すげー痛いです」を連載します。文体拝借の許可は頂いております。興味を持たれた方はご覧ください。


「絵空から落ちた流星」も宜しくお願い申し上げます。


一気に書き上げたので、誤字脱字のご指摘を頂ければ幸いです。自分の文章を読み直すことが苦手なので……

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