第6話 脚本勝負
「お前ら全員にシナリオを作ってもらう」
決勝進出決定後、劇団で座長が宣言した。
前回の劇を始める前に予め相談されていたことだ。
「前の舞台は悠真に大きな負担をかけてしまった。だから劇団全員でシナリオを持ち寄り、相談して決勝の脚本を作る。期限は1週間、実際に書かずとも口頭でアイデアを出してくれれば、俺が形にする」
最初は、心配してもらわずとも大丈夫だと断るつもりだった。
しかし万が一、脚本が思いつかない可能性を考え同意した。
決勝に通用するオリジナル作品。
最高の作品を作り上げたい。
「美優と悠真が来るまでは俺が脚本を書いてたんだ。前の阿保みたいな状況じゃねぇ限り、少しばかりはやれるぜ。」
座長はそう言って俺の肩を叩く。
もしもの時はお願いします、と返事をする。
だが俺は、決勝の大舞台を譲る気はなかった。
決勝は1月半後だった。
準備していた脚本は劇団ハルカに使われ、新しいものを準備しなければならない。
前回は何とか間に合わせたが、今回はどうするか。
デスゲームもの、刺激が強すぎる。探偵ものでさえ風俗の乱れを生ずると指摘があった。
ギャンブル勝負、地球とこの世界とじゃあ遊戯のルールが違う。観客も理解できない。
戦争記、兵法を知っているからリアリティは出る。が、演者が足りない。
「やっぱ制限があると、途端に創作って難しくなるな」
締切や予算に文化、教養。創造の壁は厚い。
言語が同じであることは幾分か楽だが。
さらに言えば前前回よりはましだ。
「まさかこの歳になって、部活じみた催しをする羽目になるとは」
部活といえば決勝の脚本。
俺と先輩が高校生の時に演じた<岬と美咲>。
本来はあれが決勝に使われるはずだった。
俺は腕を広げて仰向けになる。
「先輩の相手役って誰だったんだろう」
決勝で演じるはずだったタイトル。
先輩と団員の誰かが練習を重ねていたかもしれない。
そう考えると胸が締め付けられた。
「あまり練習はしてなかったわ、満足いく相手役がいなかったの。」
先輩が顔を覗き込んでいた。
今、俺は自室にいたはずだが。
「住居侵入罪って知ってますか」
「この世界にそんな法律はないでしょう。言っておくけど、一応何回もノックはしたわよ。でも返事がないから不安になったの」
あっけらかんと答える。
「先輩はシナリオ決めてるんですか」
「そうね」
先輩の手が俺の頬を挟んだ。
冷たくて気持ちいい。体が熱くなるが。
「どうしてもやりたいお話があるの。主演は私と、後輩君よ」
だろうな、と考えてしまう。
俺も今更、先輩以外の人間を主役に持ってくるつもりはない。
異世界人に目立つ役を攫われる、この世界の住民は可哀そうだが。
「じゃあ、私帰る」
要件は? 何もないのに来たというのか。
「顔を見たら満足しちゃった。サヨナラ」
扉が閉まる音がした。
やりたい役。今まで俺は脚本書きとしての視点から、物語を考えていた。
だが先輩に倣って、役者として演じたい作品を作ってみてもいいかもしれない。
やりたい役。先輩の恋人役。
悲恋じゃなくて、ハッピーエンドで。
俺は思いついた物語を綴り始める。
今まで生きてきた中で一番筆が進んだ。
「まだシナリオを話し合う段階だよな? なのに悠真、何でお前は既に脚本を完成させているんだ」
座長が頭をひねる。
言い方こそ乱暴だが、怒ってはいないようだった。
「まだ手直しは必要ですけど。皆さんはこの脚本、どう思われますか?」
先輩をちらりと見る。
座長の朗読が終わり、先輩も中身を確認した。
彼女にどう思われるかが最も気がかりだった。
「……私がやりたかった話と同じじゃない」
「自分で考えた作品より、現実の方が面白いかもってのは残念ですけどね」
全力で先輩に向けてドヤる。
以心伝心ですねと言うと、ウザいと返された。
座長が大声で呼びかける。
「個人的には概ね、これで問題ないと思う。元より1か月半しか残されてねぇんだ。準備が早いに越したことはない。もっといいアイデアがあるって奴は手を挙げてくれ」
誰もいなかった。
決勝の脚本と配役が決まる。
決勝にはこれまでにない観客が押し寄せていた。
世界遺産のコロッセオが収容人数5万人だっけ?
会場の規模はそのぐらいありそうだ。
決勝に進出したのは、うちが所属する劇団センニチコウと盗作を行った劇団ハルカ、もう1つはこの世界でそれなりに有名な劇座だった。
公演は3日にかけて行われ、前回の評価が低かった順に劇を行う。俺たちは最後だった。
最後は観客全員に多数決をとり、劇団の頂点とMVPを決定する。
「泣いても笑ってもこれが最後だ。連覇、狙いに行くぞ!」
おう、と掛け声が上がる。
座長からの発破を受けて最後の劇が始まった。
『もしかしてファフロツキーズですか?』
最初にこの世界へやってきたとき、リファは俺にそう話しかけてくれた。
戸惑う俺に言い方を変えて尋ねる。
『ファフロツキーズ、ええと、ここじゃない世界から来てますか?』
リファの役を演じるのはリファ本人だ。
俺と先輩は、俺がこの世界に来てからの出来事を劇にすることを決めていた。
『だってその恰好、目立ってますよ?』
この世界で初日以来使っていない、ストライプの寝間着を着用している。
手入れをしていないのに目立った汚れはなかった。
『現在24歳。元居た世界への帰還の意思無し。高等教育を受けお店の売り子をして生活しており、そして……おお! 作家さんなんですね!』
受付役も本人に任せた。
演技は俺や先輩、座長、リファほどではないが堂に入っている。
『広塚美優という方は御存じですか?』
このセリフで客の反応が変わる。
ノンフィクションということに気が付いたらしい。
『決めました。俺、劇作家になります。そんで優勝してMVPもとってみせます』
場面が移り変わる。
観客から拍手が沸いた。
『貴方を迎えに来たのだけれど』
先輩と初めて出会うシーンだ。
突然の登場には本当に驚いた。
『ファフロツキーズの脚本家って、アンタのことかい』
『何でしょう、座長』
劇団との面通し、リファとの再会。
そしてインプロの結果、俺は団員として認められた。
『見てくれ。タイトルは<ガリヴァー旅行記>』
客席がざわつく。
劇団ハルカは決勝でも<ガリヴァー旅行記>をアレンジした劇を行っていた。
<ジキル博士とハイド氏>を少しだけ演じ、場面が切り替わる。
『しかし思い切ったことをするな、こんな脚本見たことねぇ』
探偵ものの脚本を見せた時のことだ。
劇団でも評価が賛否両論に分かれた。
『決まりだな。次の予選は2か月後となる。今回は一段と脚本が難しい。気を引き締めていこう』
そして再び、少しだけ劇の内容を見せる。
俺と先輩が部屋でくつろぐ。
リファが部屋へ駆け込んで来た。
『大変なんです。<ガリヴァー旅行記>の公演が2回戦で既に、行われていました。脚本が流出していたみたいです』
場面転換の時間を長めにとった。観客が大きく沸き立つ。
この後のことが少し怖い。
劇が再開すると場は波を打ったように静まり返った。
『恥を忍んで頼みがある。1週間で上手いこと脚本を作っちゃくれねぇか。向こうの世界の作品のパクリでも何でもいい。お前らは盗作なんかしたくねえだろうが、この通りだ』
『本当は、今までの作品もパクリだったんです。1週間で出来る脚本なんて存在しない』
罪の告白だ。観客は許してくれるだろうか。
もしかすると盗作を許さず、ハルカでもセンニチコウでもない劇団に票が集まるかもしれない。
しかし俺はこの懺悔を脚本から外したくなかった。
『貴方ならできると信じてる。どうかお願いします。3回戦の脚本を書いて下さい』
先輩が俺に頭を下げる。
ここは元々演じる予定はなかった。
しかし彼女が、やらせなければ本番に無理やり差し込むと言い張り追加した。
『突然のお手紙すみません。地球の手紙の作法が分からないので、礼を失していたらごめんなさい』
受付嬢のエマからの手紙だ。本人に読ませている。
この手法は異世界にも根付くのだろうか。
『手紙を中心にストーリーを進めるんです』
現実では先輩だけに話した言葉だった。
しかし時間省略のために、劇団員に向かって喋ったことにしている。
そして準決勝の舞台を一部再演した。
『お前ら全員にシナリオを作ってもらう』
座長の宣言。個人的には、団員とのシナリオ勝負だった。
『どうしてもやりたいお話があるの。主演は私と、後輩君よ』
先輩が俺に笑いかける。そんなに可愛く言ってたっけ。
『……私がやりたかった話と同じじゃない』
『自分で考えた作品より、現実の方が面白いかもってのは残念ですけどね』
そして場面は当日本番直前になる。
俺と先輩は決心を語り合う。
団員がそれぞれに熱い思いを口にする。
突如座長が団員を舞台中心に集めた。脚本にはない動きだ。
『泣いても笑ってもこれが最後だ。連覇、狙いに行くぞ!』
なるほど。そういうことか。おう、と応える。
座長のアドリブで劇は終わった。
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生意気な男の子だった。
いつも私に突っかかってきて、そのくせいつも私に負ける。
妙に馴れ馴れしい彼の母親含めて、苦手だった。
芸能界は悪鬼羅刹の住まう世界だ。
ましてや、演技で競い合う役者の世界であれば特に。
大人も子供も、自分という役を演じている。
本音を窺えたと思えるのは極稀だ。
それすらも演技かもしれないが。
子役を目指す子供たちは、正面から悪意をぶつけることが少ない。
それが自分にとって利益にならないことを、周りの大人に教育されるからだ。
だから最初は感情を剥き出しにしていても、やがて笑顔を張り付けるようになる。
しかしその男の子は違った。練習で失敗すると本気で悔しがり私をねめつける。
そして次は負けないと言わんばかりに、奮起して特訓に励む。
子役の頂点である私に、何年も敵意を露わにしていた。
とうとう気になって私から話しかけた。
――私のこと、嫌い?
にこやかに、可愛く。
誰にでも褒められる仕草で。
――どうしてそんなに人に好かれる演技が上手いの?
見透かされた。
自分よりも未熟な年下の男の子に。
顔が熱くなる。
――嫌いだし、いいなと思ってる。
――何で。
――うん。お母さんは僕よりも、ミユちゃんの方が可愛いっていうから。
そうか、お母さんは。
事情を察した。この子は私に愛情を奪われたのだ。
だからそれを奪い返すために必死で競り合っているのか。
気づいたら、私はその男の子を心の中で応援するようになっていた。
演技に疲れていた私はその子が自分を超えてくれることを祈った。
しかしその時は来ず、私は演技を止め引退する決心をした。
――止めないで、お願い。
男の子が私に縋りつく。可愛らしい泣き顔だ。
嗜虐心が首をもたげる。
――私のこと笑顔で、好きって言えたらいいよ。止めないで上げる。
からかい半分、今思い返せば本気だった部分もあった。
もしこの時本彼がそうしてくれたら。
私の人生は変わっただろうか。
――死んじまえ。
死んだ後では分からないか。