第5話 会心の一手
「幾つかアイデアがあります」
先輩に話しかける。残り1週間で脚本を作り、劇を仕上げる。
そのためのアイデアを相談していた。
「1つはTV番組形式。料理やスポーツの対決、討論会に大道芸。問題は決勝へ上れるほど、クオリティを高められるか」
「コメディ寄りになるでしょうしね。由緒ある大会だから、コメディはウケが悪いわ」
「海辺のスポーツ対決とかなら<ガリヴァー旅行記>のセットを使い回せていいんですけど。準決勝ともなると、舞台道具や演出効果にまで採点が入りますもんね」
彼女は料理を作っている。
脚本ができるまでの間、俺は先輩の家に泊めてもらうことになった。
創作に専念してもらいたいらしく、俺の身の回りの世話を全てやってくれている。
「もう1つは無言劇。知っての通り、セリフなしに動きだけで進行します。でも流石に前衛的すぎますね」
「この世界の人間が受け入れられるかどうか。それに1週間だと、私以外に完璧に演じられる人がいない。貴方でも無理でしょう?」
料理を作る手を止め振り返る。素朴な薄桃色のエプロンが似合っていた。
「はい。せめて1か月は欲しいです。3つ目はナレーションや歌を大量に挟むもの。ただし劇が重たくなりますし、下手するとヒーローショーやミュージカルみたいな作品になります」
肉の焼ける良いにおいがする。
この世界の食事は不思議なことに、地球の料理とレベルが変わらない。
むしろ先輩が死んで1人暮らしをしていた頃より、かなり美味しいものを食べている。
「最後の1つは、俺たちが学生時代にやった劇を、再演すること」
ピタリと2人の動きが止まった。
俺は気づかないふりをして言葉を続ける。
「俺たちがやった入れ替わりもの<岬と美咲>。あれなら先輩も」
「ごめんなさい」
先輩が頭を下げた。珍しいこともあるものだ。
だからこそ、あの土下座が胸に刺さったのだが。
「私が書いた決勝の脚本がそれだったの。もう1度演じたいと思って勝手に使わせてもらってたわ。だからもうそれは使えない。本当にごめんなさい」
手詰まりか。他にも種々様々の工夫を考えた。
百物語にするとか、短い劇をつなぎ合わせオムニバスにするとか。
だが脚本を作れても、道具を作るにも演じるにも時間が足りない。
決勝に進出するには、今ある舞台道具でやり繰りせねばならない。
実力のある演者も限られる。
せめてカンペが使えれば。舞台の影や正面から台詞を指示してもらえる。
しかし、そうしてしまえば当然の如く評価は下がる。
何か打開策はないか。煮詰まっていたその時だった。
玄関の呼び鈴が鳴った。
1通の手紙が届いた。受付嬢のエマからだ。
俺と先輩は受け取った手紙をすぐに読み始めた。
『突然のお手紙すみません。地球の手紙の作法が分からないので、礼を失していたらごめんなさい。修羅場を迎えているであろうと思って、手紙での連絡をさせてもらいます。
劇団ハルカの盗作の件聞きました。ミユちゃんと悠真くんのファンとして、非常に心苦しいです。なので私にも出来ることがないか、一生懸命考えました。案内役の伝手を使えば、3日で衣装や道具はあらかた手配出来ると思います。他にも協力できることがあれば、遠慮なく仰ってください。』
「……短い手紙だけど、心遣いが伝わってくるわね」
そう話していたように聞こえた。
聞こえた、というのは彼女の言葉が耳に届かなかったからだ。
俺は今、一筋の光明を見出していた。
「手紙を中心にストーリーを進めるんです」
18世紀から西洋において、書簡体小説というものが流行った。
手紙のやり取りにより、間接的にストーリ-が進んでいく形式である。
<若きウェルテルの悩み>や<あしながおじさん>が有名だろう。
カンペが出せないなら劇上で台本を読めばいい。
手紙の朗読という形で進行すれば、台詞を覚える必要もない。
後は演者を大量にして、1人1人の台詞量を分散すれば。
「問題はストーリーをどうするかですね」
結局のところ、そこに行き着く。
手紙が中心の物語と決めたはいいが、考えることは山のようにある。
舞台設定をどうするか。
演者を増やしても観客を混乱させないためには。
手紙を読んでいる間の地味な絵面、飽きさせないためには。
「私なら3日で台詞を覚えてみせる」
心強い一言だった。
俺のこみ上げた不安を一蹴してしまう。
「だから、私を中心に物語を作って。それ以外のことは、全部私たちでするから」
出来上がった料理が机上に運ばれた。焼いただけの無骨なステーキだ。
口に入れると、甘い肉汁が広がった。
「ありがとうございます。絶対に1週間で、最高の脚本を書いてみせます」
ストーリーを考える時間だけではない。
手紙は最悪後回しでいいが、脚本を手書きで書かねばならない。
2時間の劇だと大体、400字詰めの原稿用紙100枚くらいか。
3日はひたすら書くだけになるな。手直しする時間もない。
明日までに俺は、最高の脚本を作らねばならない。
準決勝前日の俺は、先輩の家で泥のように眠っていた。
それまでろくに睡眠をとっておらず、脚本と手紙を仕上げた後は団員に丸投げした。
役者として舞台に上がる気力もない。
故に舞台袖から先輩たちを見守ることになる。
初めて異世界で披露するオリジナルの脚本、1週間の突貫舞台。
自分の手で作った作品を評価されるのは怖い。
だが諦めるわけにはいかなかった。
準決勝当日、舞台が始まる。
『何これ……未来の私からの手紙?』
広塚先輩が主人公として舞台に立つ。始まりは2通の手紙からだ。
『もう1通は……過去の私からの手紙ね。こっちは文字にも見覚えがあるけど、どうして家に……』
封が切られ、俺が夜なべして書いた中身が晒される。
先輩の朗読が始まった。
『過去の私へ。これは未来の貴方が書いた手紙です。未来の私はとても不幸です。なので私が幸せになるために、これから起こる出来事を書いていきます。あとは貴方の自由にしてください。
この手紙を読んでいる貴方は、黒の部屋着に白い下着を履いています。靴下は左右がそろっていません。』
先輩が手紙を放り投げ、一回りしながら服装を確認する。
外見は内容に全て沿っていた。
『貴方はその日、彼氏にランチをごちそうしてもらいます。2人で甘口のカレーを頼みます。しかし店員が注文を間違えたのか、辛口のカレーが2つ届きます。貴方が文句を言おうとすると、彼氏に諫められて結局辛口を食べるはめになってしまう。険悪な空気を抱えたまま、その日のデートは上手くいきませんでした』
朗読は途中で未来の主人公の声に移り変わる。
未来の主人公はリファが演じていた。
演者は増やしても、登場人物は増やさない。
そのために1人の女性の生涯を描いた。
年齢によって表現者は変われど、演じる役は同じだ。
手紙の情景に合わせて、役者たちが舞台を動き回る。
『何これ……。何がどうなってるのよ!?』
未来からの手紙には現在の主人公に起こる出来事が、1週間分記されている。
最初は内容を疑っていた主人公も出来事を体験し、次第に信じ始める。
未来からの主人公の願いはお決まりの、過去を修正して未来の自分を変えろ、だ。
『10ねんごのワタシへ。10ねんごのワタシはカッコイイおよめさんになっているとおもいます。すきな人もきらいな人もおもいやれる、カッコイイおとなでいてください』
過去からの手紙は、自身に眩しい希望を押し付ける。
過去の主人公の声もリファが演じていた。
『こんな手紙書いたかしら。……耳に痛いわね』
顔をしかめる主人公、現在と過去の理想とのギャップに苛立つ。
『すごい、本当に値上がりした! 買い占めておいて正解だったわ!』
『今の私なら、何だって手に入れられる……!』
次第に手紙に依存する主人公。
未来からの手紙は彼女に多くのものを与えてくれる。
得た知識を利用して成功を築いていく。
富を、地位を、名誉を手に入れる。
『10ねんごのワタシはウソつきになっていませんか? さいきんワタシはウソをつきました。とてもしんぱいです。』
過去の自分は未来の自分に問い続ける。
なりたい自分になれたか、何をしているのか。
無邪気さに心を乱され、途中で読むことを止める。
『過去の私は役に立たないわね……。読む価値もない』
過去の手紙を読まなくなる。
価値がないと決めつけ、傷つくことから遠ざかる。
『今まで友人でいてくれてありがとう。でも貴方は10年もすれば病気で死ぬわ。付き合う時間が勿体ない』
『私たち別れましょう。未来ではどうせ、貴方と別れてるんだもの。さよなら』
しかし友人や恋人など、大切に思っていたはずのものを切り捨ててしまう。
周囲の人々は彼女から離れていった。
『どうしてよ!? 何で手紙と違うことが起こるのよ!?』
歪が生まれる。
未来からの手紙の内容が、整合しなくなる。
それでもなお手紙に頼り続ける彼女。齟齬は無くなることなく、落ちぶれていった。
『どうして、手紙の通りに動いただけなのに……』
何もかも失った主人公。
未来からくる手紙も読まなくなる。
ひたすら未来の自分を責め続ける。
そのときだった。
突き放した友人に意図せず感謝される。
10年後に病気で死ぬと言われ医者に診てもらった、病巣が見つかり助かった。
これからも関係を続けていきたい。
振ったはずの恋人。別れる際にこれまでの不満をすべてぶつけていた。
これまで我慢させて申し訳なかった。
言われたことを直すから、もう1度チャンスが欲しい。
『今までの私が、馬鹿みたいじゃない……』
今の自分が捨てたものが戻ってくる。
未来から得た知識で、多くを手に入れ、失った。
未来から得た知識で、今あるものを手放さずに済んだ。
久々に未来からの手紙を読んでみる。
『今の私は幸せだ。もう手紙を寄越すことはないだろう』
ここで彼女は、自分の幸せが富や地位、名誉に無かったことに気づく。
未来の自分は途中でわざと失敗へ誘導したのだ。
そして最後。
今までずっと送られ続けていた過去の手紙を読む。
『10ねんごのワタシへ。今日はじめて、トモダチとけんかしました。ワタシは今、トモダチをだいじにしてますか? たくさんの人にあいされる、ステキなワタシであることをねがっています』
先輩が号泣して崩れ落ちた。
リファ演じる未来の主人公がそれを見つめる。
『大事なことを知っていても、大事なものは分からないのよ』
物語の幕が閉じる。
あふれんばかりの喝采が舞台を包んだ。
この世界で初めて自分自身の、オリジナルの脚本を認められた。
数日後、劇団センニチコウとハルカの決勝進出が決まった。
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先輩の葬式には多くの人が参列していた。
俺は母と2人で葬儀場を訪れた。
テレビで見たことのある顔がインタビューを受けている。
彼女は良い子でしたと涙ぐんでいた。
――クソが。
この中の人間のどれだけが彼女の死を心から悲しんでいる?
仮にそうだとしても、彼女の死をどれだけが覚えていられる?
下手な演技で泣く奴ら、先輩の死を食い物にする蠅共、本当にイライラした。
――本当に死んじゃったんだねぇ、ミユちゃん。
母が呟く。先輩が死んでから母は、魂が抜けたようになっていた。
――もう生きる意味が見つからないよ。
俺は茫然として母を見つめた。
隣には俺がいるのに。傍にい続けたのは俺なのに。
彼女の放った輝きは俺の母の目を焼いていた。
それからの母はすっかり呆けてしまった。
学校を中退し、アルバイトと母の介護で人生を潰した。
脚本など書く暇はない。ましてや役者になるなんて。
――どこか別の世界に行きたいな。
それを叶えてくれたのが、異世界小説だった。
日々の合間に少しづつ読み進める。
主人公たちは異世界で思うが儘に活躍している。
自分の作品を投稿したいと考えるまでに、時間はかからなかった。
介護とバイトの合間を縫いながら、小説を書き進める。
更新が遅いせいか、中々評価は得られない。
それでも、短い話をそのままに投稿できるのは大きな魅力だった。
しかし次第に評価を求めるようになる。
何故こんな小説が俺より上なんだ?
どうして評価が付かないんだ?
人の作品を真似始める。それでも評価は思うように上がらない。
しばらくすると投稿にも疲れ果てた。
俺はただ他人の投稿を延々と追いかけるようになっていた。
Twitterでの温かい御支援誠にありがとうございます。
しかしなろうもTwitterも積極的な利用は初めてですので、礼を失した行為があれば申し訳ありません。
明後日完結予定です。「絵空から落ちた流星」も宜しくお願い申し上げます。