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第2話 虚ろな成功

「ここにいたのね、後輩君」


 異世界転移から3か月が経過していた。

 受付から紹介された物件で1人暮らしをしていたある日のこと。

 買い物から帰ってくると、広塚美優と受付が俺の部屋にいた。


「何故ここにいるんですか、美優先輩」


 普通こういうのって、もっと劇的な再開をするのでは。

 いつの間にか自宅にいましたってなんだよ。


「あら、貴方を迎えに来たのだけれど」


「ごめんなさい! 実はミユちゃんと一緒の世界出身だってのは職員の間でも話題になってて……。誰かが守秘義務を破っちゃったみたいです。それでその話を聞きつけたみたいで……」


 俺は頭を掻いて溜息した。

 先輩は俺の部屋を()(しつけ)に見回す。

 窓から漏れる光が彼女の黒髪を照らし出して散らばった。


「それにしても凄い本の数ね、300冊はあるわ。これだけ揃えるのは大変だったでしょう。」


「食費とか抑えてたんで。それに空いてる時間は図書館でずっと本を読んでたら、司書の人と仲良くなって本を貸してくれるようになったんです。半分は借り物ですよ」


 この世界において紙は貴重だが、本や図書館が存在しないわけではなかった。

 人気を得た演劇の脚本は紙面化されており、図書館が保管している。

 俺はこの世界での演劇の人気傾向を探るべく、ひたすら脚本を読んでいた。

 その途中で宗教、文化、歴史、制度、常識など、作品を作るうえでは欠かせない要素も学んだ。


「ちゃんと努力してるのね、偉いわ。貴方の実力ならすぐにトップを狙えるでしょう。ぜひ、うちの劇団<センニチコウ>で脚本を書いてちょうだい」


 こうなったら美優先輩は諦めない。

 幼いころから天才子役としてチヤホヤされていたため、かなり強情だ。

 自分の意見を何が何でも通そうとする。


「それは別にいいですけど、劇団の人は大丈夫ですか? いきなり異世界人を入れるなんて抵抗があるんじゃ」


「それは大丈夫ですよ」


 受付が話に割って入る。


「センニチコウは元々無名の()()劇団だったんです。けれどミユちゃんが入って脚本と主演を始めてから、今ではこの世界1番の人気劇団になったんですよ」


「私だけの力じゃないわ、受付さんのおかげでもあるし。……でもミユちゃんは止めて頂戴、私もう26よ」


 やっぱり26か。見た目だけなら女子高生でも通じそうだが。

 そしてやはり、俺の世界とこの世界の時の流れは同じらしい。


「えー。可愛いからいいじゃないですか。ミユちゃん、ミユちゃん!」


 受付が先輩に抱きつく。

 美優先輩は顔を赤らめて、気まずそうにしていた。

 非常にあざと可愛い26歳である。


 しかしこれが美優先輩の演技であることを俺は知っている。

 彼女は常に周囲の人間から好かれるよう、演技をしながら生活していた。

 顔色だって自在に操れることも把握済みだ。


「それでうちの劇団に来てくれるの。3か月後にアモロフォスがあるから、早く練習したいの。今日にでも貴方を紹介したいわ」


 仕方がない、と俺は諦めた。

 本当は美優先輩と勝負してみたかったんだが。

 しかし彼女がいるなら、優勝は確実だろう。


「いいですよ。その代わりに、脚本も配役も全て俺に任せること。先輩を脇役にするのも俺を主役にするのも、全部俺が決めます」


「嫌よ」


 左様か。ぶっちゃけ分かってた。

 これは次のお願いを通すために、あえて大きく吹っ掛けたのだ。


「じゃあせめて俺に重要な役を担当させて下さい。俺は優勝とMVP、両方狙ってるんで」


「それならいいわ。けれど、他の劇団員が認めたらね。脚本も演技も、まずは受け入れられないと話にならないわ」


 まあ脚本の方は心配ないでしょうけど、と先輩は笑った。

 口元を手で隠しながら笑う仕草は、優雅で(あで)やかだった。




 センニチコウは、俺を歓迎しなかった。

 当たり前だ。見ず知らずの人間が、俺に仕切らせろと(のたま)うのだから。

 座長を名乗る男が、俺に話しかける。


「ファフロツキーズの脚本家って、アンタのことかい」


 座長は敵意を隠さず俺に話しかける。

 しかし見たところ年も若くない。40~50のくたびれたおっさんだ。

 配役が限られそうだ。


「確かに肌艶がいい、化粧も映えそうだ。」


 そう言って俺をじろじろと眺める。

 この世界の国民の健康状態は優れているとは言えない。

 栄養状態も衛生管理も、断然地球が(まさ)っている。

 故に俺はこの世界の人間よりも、上質な肉体を持っていた。


「だが演技はどうかな。向こうでちょっとは(かじ)ってたらしいが、本職に勝てるほど甘くねぇ」


 座長が美優先輩と誰かの名前を呼ぶ。

 呼ばれた子は最初に俺を案内してくれた耳長の少女だった。


「何でしょう、座長」


「ちょっとこいつを揉んでやる。おい若造! これから美優と<リファ>にまじって演技しな! そいつでてめぇを追い出すかどうか決めてやる!」


 呼ばれた2人に視線をやると各々ルーティンに取り掛かっていた。

 リファは目を閉じ胸で十字を切る。

 先輩は手の平に人と書いて飲み込んでいる。

 インプロか。久々だな。

 俺は2人の動きを観察し、僅かな動きの気配も逃さぬよう構えた。


「『お逃げ下さい』を美優から、『さようなら、お父様』で劇は終了だ。それじゃあ勝手にやってくれ」


 3人だけの劇が始まる。




『お逃げ下さい! 敵はすぐそこに……!』


 先輩が肩を抑えて倒れこむ。演ずるは負傷した兵士か。

 まずは自分の役を決めなければならない。


『お父様、早く逃げましょう! この国はもうお(しま)いよ。急がないと殺される……!』


 リファが俺の枠を形作る。情報を整理する。

 先輩は俺の部下、俺たちを逃がそうとしている。

 リファは娘、国と俺たちは危機的状況にある。

 更に言えば俺とリファは命を狙われる身分にあるようだ。


 さて、どう演じる。娘を見捨てて我先に逃げ出す、愚鈍な領主か。

 はたまた敵に勇敢に立ち向かう、英雄足らんとする王か。

 しかし最初に実力を見せつけるならば、と俺は自身の役を定めた。


『静まれぃ!!! 者ども!!!』


 あらん限りの声量を出す。

 俺を観察していた団員の動きが止まる。

 好奇的な視線から、射抜くような目に変わった。


『この国は終いだと誰が決めた。王たる俺はここにいる。後継も、部下も、城もまだ生きている。ならば終わってなどおらん!』


 こちらには優れた肉体と、豊富な知識の下地がある。

 地球で培った演技のノウハウや、多くの物語に登場する魅力的なキャラクターの引き出し。

 客を惹きつけるに十分な素養だ。


『しかし王よ! 城は燃え、部下は大勢死んでいます! 最早猶予はありません、殿は私が務めます! ですからどうか、命だけは!』


『ならぬ!!!』


 本能寺の変に立つ織田信長をイメージ、トレースしている。

 本物はここまで勇敢か知らないが。

 キャラクターデザインが定まっていれば、次のセリフも自然と出てくる。

 特に織田信長のような()(れつ)な人間性は分かりやすい。


『敵前逃亡は打ち首ぞ! 王たる俺が守らずして何とする!』


 美優が視線でリファに助けを求める。

 動作と表情の一つ一つが真に迫っている。

 セリフを発さずとも存在感を放ち、役を伝える技術。

 俺には真似できない。


『お父様、もういいわ。王国はもうお終いなの。だから法律も無くなったわ。』


『だから何だ!!!』


 俺は3か月間、脚本だけ磨いていたわけじゃない。

 衰えた肉体を引き締めるため、様々な運動を行った。

 たかが3か月の付け焼刃と侮るなかれ。


『私の国だ、私の城だ……それをどうして、(こぼ)し落とすことができようか』


 人体を研究し効率化されたトレーニング技術は偉大だ。

 発音、活舌、声量アップの最新技術。

 この世界の住民における3か月間の練習とは雲泥(うんでい)の差だ。


『お父様……』


 また、この世界の役者は鍛錬(たんれん)で無理に大声を出し喉を傷めてしまう。

 無理な肉体への負荷で体を壊してしまうことも。

 しかし喉に負荷をかけない発声方法、練習後の正しいケアも知っている。

 リスクの少ない肉体を鍛えぬく鍛錬だ。


 美優が苦悶の表情を浮かべる。

 そして分かりやすくリファへ合図をする。

 美優が後ろから俺を羽交(はが)()めにした。


『何をする!? 無礼であるぞ、離さぬか!』


 持てる力全てを出し切って振りほどこうとする。

 しかし美優は食らいつく。

 こういった過激な動きにもついていけるのが、美優の強みだ。


『お父様、お覚悟を』


 リファが鬼気(きき)(せま)る顔で、架空のナイフを手に俺に近づく。

 俺はビクリと体を動かし、動きを止めた。


『待て、お前は乱心している。ナイフを置け』


『ごめんなさい、ごめんなさいお父様』


『王よお覚悟を』


 リファが駆け出し、俺の胸にナイフを突き立てた。


『何故だ、なぜ……』


『お父様、最初に私のこと名前でもなく娘でもなく、後継と呼んだわ。それが全てよ』


 リファもやるな。最初のセリフを拾うとは。

 俺は膝から崩れ落ちる。

 臭い芝居だが、この世界の演劇は分かりやすい記号化された動きで進行していた。

 床に伏した俺の頭上から、リファの声が聞こえた。


『さようなら、お父様』




「おう合格だ!」


 座長は豪快に笑いながら俺の肩を叩いた。


「散々ビビらせちまってすまねぇ! 団員にも徹底して言ってたんだ。絶対に歓迎はするなと。舞台の上でも()(しゅく)しねえ金玉持ってるか試したかったんだ!」


「何となく気づいてましたけどね。皆さん目に、好奇の色が混じってました」


「おっと本当か? 裏方ならいいが、役者ならたっぷり(しご)いてやらなきゃあな。ここでそいつらを指さしてくれ」


「止めて下さいよ、これから仲良くしたいのに」


 場が和らいだ。この世界はとことん異邦人に優しくしてくれる。

 しかし、と部屋の隅にいる男を見つめる。

 彼だけは現在も俺に厳しい視線を向けていた。

 あれが演技なら大したものだが、と俺は男から目をそらした。




「ところで脚本はありますか? そっちも見せてもらいたいんですが」


 リファが尋ねる。

 俺は3か月の研究の末に選んだ、地球の有名な作品を脚本におこした。

 生活費を切り詰めて用紙も揃えた。


「見てくれ。タイトルは<ガリヴァー旅行記>」


 先輩が驚きの表情で俺を見つめる。

 先輩の前でオリジナルの作品に挑まないことを、申し訳なく思った。

 団長が脚本を威風堂々と朗読する。この人も出来る人だ、声で分かる。

 朗読しているのは字が読めない団員への配慮だろう。

 1時間半ほどの時間をかけて、脚本を読み終えた。


「ほう、主人公が色んな島を冒険して……巨人の島!? 小人の島!? やはりファフロツキーズはスケールが違うな」


 この世界の演劇を研究して分かったことがある。

 まずこの世界の住民は、難しい話を好まない。

 デス〇ートや進撃の〇人などのような複雑な話を理解する読解力がない。

 現代人のように国語を通して読解力を上げるなど、言語教育が住民に行き届いていないためであろう。

 故に島をめぐりそこで様々な事件に巻き込まれるという、分かりやすい題材を選んだのだ。


 皆満足そうな顔をしており俺は嬉しくなった。

 これが自分の作品だったら、と後ろめたい気持ちに目を背けて。

 リファが拳を握り締め熱っぽく語る。


「本当に面白かったです。この作品風刺も込められてますよね? 分かりやすくも深い内容、何という傑作でしょう。座長、勿論採用されますよね?」


「ああ。しかし舞台道具に時間がかかるな。決勝に使う脚本は決まっているから、これは最後の予選に取っておこう。ほかにも作品はあるか?」


「はい。<ジキル博士とハイド氏>というものが」


 もう1つの脚本を手渡す。こちらも話は割合単純だ。

 主人公は善良な医師ジキルの友人である。

 ある日主人公は、ジキルの周辺をうろつく(しゅう)(あく)なハイドという男を(いぶか)しむ。

 その途中でジキルとハイドをめぐる様々な謎が生まれ、最後に主人公はジキルとハイドが同一人物であることを知る話だ。


「こちらも素晴らしいな、最後の最後で何もかもひっくり返される。それに、これなら医者に言えばある程度道具も揃えられる。新しくやるだけの価値はあるな。野郎ども、1回戦はこれで決まりだ! 文句はあるか!」


 座長が叫ぶ。場が静まり返った。

 どうやら賛成してくれるらしい。


「ジキルとハイドは女でも行けるな。美優、リファ! お前ら行けるか。主人公はお望み通り脚本のこいつに任せる。美優は脚本を聞いていなかったが、大丈夫か?」


 リファは飛び上がって喜んだ。

 どちらの役でも完ぺきに演じ切ると、気を上げている。


 先輩は座長の朗読の間どこかへ行っていた。

 そして両作品とも終わるころになると戻ってきた。


「私はいいわ、もう読ませてもらったもの」


 彼女は優しい嘘をついた。

 これが盗作だなどと一言も口にしなかった。

 俺は先輩の表情が気になって、素直に喜べなかった。

 異世界チートを望んでいたはずなのに。




 ***********************************




 入部してすぐ、俺の脚本が採用された。

 大会に向けて全演劇部員が脚本を書き、提出することが義務づけられていた。

 やる気を出すのが癪だったので、当時有名だった映画を露骨にパクった。


 高校生の男女の体が入れ替わり恋に落ちる、そんな物語だ。


 ――これにしましょう。


 広塚美優の鶴の一声で脚本は決定した。

 他の部員は不満気だったが、誰も口に出すことはなかった。

 俺を除いて。


 ――それパクりですよ、やめましょう。


 ――あら、確かに脚本は見たことがあるけど。


 面白いでしょう、と俺に問い(ただ)す。

 アンタは脚本を馬鹿にしてる、と突き放した。


 ――でもこれを持ってきたのは他でもない貴方よ。後輩君。


 俺は怒りで歯をきしませた。

 一々ウザったくて()(よう)がない。


 ――分かりました、じゃあ脚本を書き直して持ってきます。それでいいでしょう。


 ――ええ、いいわ。でもね……()()()()()()()()()()()()


 そして俺は言葉通りに脚本を書き直す。

 ヒロインを演じるであろう女が、こっぴどく振られる話に変更して。

 広塚美優は編纂(へんさん)された物語を見て、配役を決めようと言い出した。

 部員たちがヒロインは先輩で決定だ、と(はや)し立てる。


 ――じゃあ入れ替わる男の子を決めましょう。できれば、私の声真似が得意な人がいいわ。最後のシーン入れ替わった2人が、それぞれ自分の声を出すの。刺激的じゃない?


 部員たちが一斉に俺に注目した。

 普段から俺は、先輩の声を真似して馬鹿にしていた。

 内心先輩をねたむ女子からは、かなり評判が良かった。


 ――あら、全会一致ね。それじゃあ大会に向けて頑張りましょう。


 嵌められた、と思った。

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