第1話 ファフロツキーズ
なろう作家としては、この機会を逃すわけにはいかない。
異世界転移である。
起きたらファンタジーによくあるような街にいた。
鎧、獣人、カラフルな紙の色、西洋風の街並み。
どう見たって現代日本ではない。
考えてみれば、自分はなろうに登場する主人公的な境遇である。
24歳高卒フリーター、彼女いない歴=年齢。
人生詰んではいないが、恵まれているとも言えない。
俺はなろう小説をよく読んでいた。
作者として投稿したこともある。
しかし思うように評価がつかず、そのうち創作をやめてしまった。
一読者として、俺は異世界転移したらやりたいことがあった。
知識チートでちやほやされたい、魔法とか撃ってみたい。
マヨネーズはあるのか、冒険者ギルドは、そもそも言葉は通じるのか。
でも何よりも自分の作った作品を、世に知らしめたい。
そうこう考えているうちに、1人の少女が俺に話しかけてきた。
耳が長い金髪碧眼。エルフというやつでは?
「あのう、すみません」
「は、は、はい、何でしょう!?」
声が上擦る。
バイト以外で若い女子と話したのは久し振りだ。
しかし異世界転移の醍醐味、恐らくヒロインとの出会いだ。
身を引き締めねばならない。
「もしかして【ファフロツキーズ】ですか?」
「え……」
ファフロツキーズってあれだよな。
その場にあるはずのないものが空から降る現象。
魚とかカエルとかが大量に落ちてくるやつ。
もしかして、と考えると少女が遠慮がちに質問を続ける。
「ファフロツキーズ、ええと、ここじゃない世界から来てますか?」
やはりそうか。ファフロツキーズは彼らの指す意味で言う、異世界人らしい。
しかしなぜ分かる、魔法か。
そのまま疑問をぶつけると、耳の長い女の子は口元を緩めた。
「だってその恰好、目立ってますよ?」
周囲と自分を見比べる。
俺はストライプの寝間着、それと充電していたスマートフォン。
周囲はラフな冒険者らしき格好や鎧、上質な服を着た商人か貴族。
なるほど浮いている。
「やっぱり異世界の方って面白いですね。ついて着て下さい、異世界人専用の案内所があるんです。それとこの世界に魔法というものは存在しませんよ」
ガーンだな。魔法がないなんて。
魔法学校にも行ってみたかったのに。
俺は少女の後を付いて行った。
「現在24歳。元居た世界への帰還の意思無し。高等教育を受けお店の売り子をして生活しており、そして……おお! 作家さんなんですね!」
案内所に行くと文字が書けるかどうかを聞かれた。
日本語が使えるのか不安だったが、問題なくことが運んだ。
用紙とペン、インクを渡され、履歴書のようなものを書く。
おまけにテストのようなものもあった。小学生レベルだが。
それらが終わり30分ほど待つと、受付と称する可愛い女の子が出てきた。
彼女は俺が書いた書類全てに目を通している。
「これならば引く手あまたですよ! 審査の結果、高度な知識を保有していることも分かりました。作家志望とのことですが、商人の弟子や家庭教師でもやっていけるでしょう」
「本当ですか? いやー嬉しいなあ」
なるほど、そういうコースもあるのか。
だがしかしまずは、なろう作家として作品チートをしてみたい。
既に世に出ているあんな作品やこんな作品を真似して、天才作家と名を馳せるのだ。
「久々に優秀な方が来てくれて嬉しいです。中には話の通じない方や、そもそも人型じゃない生き物までここには来ますから」
「そんなこともあるんですか。因みに俺と同じ地球の日本ってとこから来た人はいますか?」
「日本……ああ! あのミユちゃんとこの故郷ですね! <広塚美優>という方は御存じですか?」
「広塚先輩が!? …………そうですか」
広塚美優、俺の高校時代の先輩だ。
俺が1年生のとき先輩が3年、演劇部どうし少なからず交流があった。
「お知り合いでしたか、でしたら話が早い。彼女に後見人として来てもらうよう、手続きいたしますね。ファフロツキーズって、結構孤独を感じちゃう方が多いんですよー。でも同郷のミユちゃんがいれば」
「止めて下さい」
強い口調で断った。彼女は俺の憧れだ、情けない姿を見られたくなかった。
語気の強さに受付も何かを感じ取ったのか、渋々否定を承諾した。
「もったいないなぁ。ミユちゃんはホントすごいのに。4年に一度開かれる劇の祭典、【アモロフォス】で優勝した劇団の主演女優でして……。地位も財政状態も後見人にピッタリなんですけどねぇ。実は、ミユちゃんも私が受付したんですよ。まさかあそこまで有名になるとは、私も鼻が高いです」
受付が胸を張る。強調された豊満な胸を凝視すると、彼女は腕を組んで隠してしまった。
受付は顔を赤らめ、話を続ける。
「それでですね! 彼女以外には現在、地球出身の方はいません。ミユちゃんのときも調べたので覚えてます。後見制度を拒否されるのであれば、異世界人の方には1年間の生活保障が付きますよ。1年の間にこちらの世界の常識を学んで頂いて、そのあとで私たちが身元保証人となり仕事を斡旋します」
「じゃあ1年間遊んだままってこともできるんですか?」
「一応できますが、保証期間中の1年間は生活審査があります。生活態度に問題があれば、紹介する仕事もそれ相応に」
なるほど。少しは真面目に頑張らねば。
しかし良いことを聞いた。
先輩以外に地球出身がいないなら、チートも容易いのでは。
しかしである。ふと考える。
この異世界人に対する優遇、ひょっとして既に多くの異世界人がチートをしているんじゃなかろうか。
だから異世界人を保護しているのでは。
「いやあ、当たりはずれも大きいんですよ。ミユちゃんみたいな役者や知識豊富な学者さんもいれば、暴れるだけの生物かどうかも怪しいものだったり。でも当たりが来た時の恩恵は大きいし、人道的にねぇ。だから各国でファフロツキーズの保護条約を作って、積極的に囲っているんですよ」
利があるから助ける。だろうな。
今までの異世界人さん、信用を重ねてくれてどうもありがとう。
けど俺がやれる分のチートは残してほしい。
「では生活保障の手続きをしておきますねー、住居や金銭、物品は明日こちらで融通いたしますから、本日は私の部屋に泊まりに来てください」
異世界って最高、改めてそう思った。
「うーん、ごめんなさい。私にはよくわかんないです」
マジでか。
俺は家に泊めてもらった後、受付にスマートフォンで色々な物語を読ませていた。
有名な漫画や小説、なろうの好きな作品を自分が書いたと偽って。
「俺の世界では人気があったんだけどなぁ、話が難しかった?」
「そうですね、それもありましたし……」
困り顔で意見を述べてくれる。
正直な読者がありがたい。
「漫画、というものは読みにくいです。右から左? 上から下? セリフの順番も難しいなぁ、と」
考えてみれば漫画の読み方は独特だ。
俺たちは自然に流れを把握できるが、未経験者にとっては読むだけで、いっぱいいっぱいだろう。
「それと小説も。知らない言葉や読めない言葉がたくさんで、話が頭に入りません。ドーナツのような、って何ですか? 懺悔したって、何をしてるんです?」
そうか、文化や生活が異なれば通じない言葉も出てくる。
それに彼女は先日俺を、高度な知識を保有していると評した。
言語教育レベルにも差異があるだろう。
「じゃあこの異世界に行く話はどうだ?」
「異世界に行く話は何度も聞いてるので……。この世界の方も飽きてるかと」
やはりチートは簡単にはいかないようだ。
有名な話を真似して売り出そうと思ったのだが。
「それに問題点がありまして」
まだ問題があるのか。早くチートしたい。
「この世界では紙はそこそこ高級なんですよ。それに文字を読める人も少ないです。なので貴方が言ってる出版というのは難しいかと」
マジでか、もう嫌だ。
「じゃあ俺は作家にはなれませんか」
「貴方が考えている作家には。ですが違う意味の作家にはなれます。私が考えていた作家というのは」
彼女がこちらをまっすぐ見つめる。
吸い込まれそうなほど大きな瞳だ。
「劇作家のことです。劇団で脚本を作る」
「劇作家」
俺は間抜けに口を開けていた。
「昨日ミユちゃんのことは話しましたよね」
「ああ覚えてるよ、この世界ではすごく有名なんだって?」
「そうです、今一番有名です。それこそ一番偉い人より」
そんなにすごいのか。
彼女の才能は際立っていたが、よもやそこまでとは。
「私たちの世界では、演劇が一番の娯楽として親しまれているんです。劇場はどこにでもあるし、4年に1度の大会アモロフォスはこの世界の住民全員が注目します」
「へえ、大会ってことは劇を競い合うんですか?」
「はい。3回の予選を行い、選ばれた劇団だけが決勝の舞台に立ちます。1000組の中から3つだけ」
1000組も劇団があるのか。
しかもそれだけの規模で大会をやるってことは、相当に演劇が根付いてるんだな。
「優勝してMVPになったら、1つだけ願いを叶えることもできるんですよ。半年もすれば最初の予選が始まるので、ぜひ見てください」
願いを叶えることができるのか。
差し当たってかなえたい願いはないが、胸が躍る。
「決めました。俺、劇作家になります。そんで優勝してMVPもとってみせます」
「本当ですか!? 地球の方ってすごいんですね。ミユちゃんもそう言ってやり遂げたんですよ。優勝&MVP、応援するので頑張って下さい!」
しかしさっきから気になっていたことがある。
ミユちゃんって、時間の流れが一緒なら先輩は今年26では……?
俺はそれ以上深く考えないようにした。
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広塚美優は天才だった。
数年おきに訪れる子役ブーム、彼女はその先頭を走っていた。
ミユちゃんという呼びやすい下の名前で親しまれ、世間は彼女を持て囃す。
俺の母親はミユちゃんのファンだった。
俺にミユちゃんのようになれと強制し、幼少期からミユちゃんと同じタレントスクールに通わされた。
嫌いだった。彼女のことが。
俺の母親の愛を奪い、役者として遥か高みにいる彼女。
母親に振り向いてもらうため懸命に努力したが、何もかも及ばない。
結局子役ブームが去った頃に彼女は引退し、俺は演技をやめた。
そしてドラマや漫画に映画、小説といった作り物を見るのが好きになった。
そして自分で小説を書き始めた高校1年、広塚美優に演劇部へ勧誘された。
――貴方、演技習ってたでしょう。
――なんでそう思うんです。
俺は親に広塚美優と同じ学校へ通わされた。
しかしせめてもの反抗で演劇に関わらず、文芸部員として高校生活を送っていた。
入部して3か月のことである。羨望の的である彼女が、わざわざ1年の教室へ降りて部員をスカウトしに来た。
その事実に教室は色めき立っていた。
――まず声が違うわね。大きくて通る声、よく鍛えられているわ。それに活舌。貴方、部活紹介の1人芝居で1回も言葉を嚙んでいない。
やはりその道の専門家は、分かるものだ。
俺は露骨に舌打ちをした。
女は教室に来てから張り付けていた笑顔を保ったままだった。
――後はアドリブ。部活紹介で運動部が滑ってた時、貴方はそれを弄りながらもフォローして笑いをとってた。明らかにその場の空気を把握して、喋る内容を変えてたじゃない。喋りが上手すぎた。
文芸部の先輩に押し付けられたアレか。
――で、先輩は何で俺なんかを呼びに?
女が顔を近づけ、耳打ちする。
甘い匂いと耳にかかる息が、俺の思考を支配する。
――今年の1年男子は不作よ、私につられて集った意地汚い蠅ばかり。
――は?
俺は眉をしかめて先輩を睨んだ。
当時、広塚美優の評判はすこぶる良かった。
人気と実力がありながら驕らない、容姿端麗で才色兼備なパーフェクト超人。
故にこの言葉遣いには面食らった。
――だから貴方みたいな優秀な子が欲しいの。一緒に最高の芝居をしましょう。
自信満々に手を差し出す。
自分の願いを断るはずがない、とでも考えているのだろう。
俺は意趣返しに女の耳元で囁く。
先程甘い思考に取りつかれた、自分に対する苛立ちも込めて。
――でも先輩に集る男子が蠅なら、先輩はさしずめ死肉ですね。
初めて憎たらしい女の表情が変わる。一瞬で笑顔を取り戻すあたりは流石だったが。
――貴方私のこと嫌いでしょう。
――大好きですよ、先輩。その甘ったるくて虫が集りそうな匂いも含めて愛してます。
努めてにこやかに返す。
いい気味だ。たまらない。
――いいわ、演劇部に来なさい。丁度嫌いな相手とのラブシーンが練習したかったの。
――嫌です。俺にメリットがない。
――あら、そうかしら。
女が口元を歪める。癪に障る笑顔だ。
再び顔を近づけてくる。
愉悦に満ちた眼差しが気持ち悪い。
――お母さん、私の大ファンでしょう。貴方と同じ苗字の熱心なファンが、私と同じスクールで子供に演技を習わせてるって言ってたわ。貴方の顔覚えてる。久し振りね、マザコンの坊や。
目を見開き女を睨む。勝ち誇った顔で俺を見下していた。
1勝1敗の痛み分けだ、と言った。
――入部してくれれば、お母さんに会ってあげる。今でも彼女、引退した私の信者だから喜ぶわね。この部活でやってる舞台に毎回来てるもの。貴方が望めば何回でも、お母さんに会ってあげる。
――くたばれ、淫売。
そう返すのが精一杯だった。
結局俺は広塚美優の後輩となり、演劇部で脚本と演者を担当することとなる。
1週間の短期集中連載です。毎日1話ずつ投稿いたします。
始まったばかりの「絵空から落ちた流星」もどうか宜しくお願い申し上げます。