表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

第1話 ファフロツキーズ

 なろう作家としては、この機会を逃すわけにはいかない。

 異世界転移である。

 起きたらファンタジーによくあるような街にいた。


 鎧、獣人、カラフルな紙の色、西洋風の街並み。

 どう見たって現代日本ではない。


 考えてみれば、自分はなろうに登場する主人公的な境遇である。

 24歳高卒フリーター、彼女いない歴=年齢。

 人生詰んではいないが、恵まれているとも言えない。


 俺はなろう小説をよく読んでいた。

 作者として投稿したこともある。

 しかし思うように評価がつかず、そのうち創作をやめてしまった。


 一読者として、俺は異世界転移したらやりたいことがあった。

 知識チートでちやほやされたい、魔法とか撃ってみたい。

 マヨネーズはあるのか、冒険者ギルドは、そもそも言葉は通じるのか。

 でも何よりも自分の作った作品を、世に知らしめたい。


 そうこう考えているうちに、1人の少女が俺に話しかけてきた。

 耳が長い金髪碧眼。エルフというやつでは?


「あのう、すみません」


「は、は、はい、何でしょう!?」


 声が(うわ)()る。

 バイト以外で若い女子と話したのは久し振りだ。

 しかし異世界転移の(だい)()()、恐らくヒロインとの出会いだ。

 身を引き締めねばならない。


「もしかして【ファフロツキーズ】ですか?」


「え……」


 ファフロツキーズってあれだよな。

 その場にあるはずのないものが空から降る現象。

 魚とかカエルとかが大量に落ちてくるやつ。

 もしかして、と考えると少女が遠慮がちに質問を続ける。


「ファフロツキーズ、ええと、ここじゃない世界から来てますか?」


 やはりそうか。ファフロツキーズは彼らの指す意味で言う、異世界人らしい。

 しかしなぜ分かる、魔法か。

 そのまま疑問をぶつけると、耳の長い女の子は口元を緩めた。


「だってその恰好、目立ってますよ?」


 周囲と自分を見比べる。

 俺はストライプの寝間着、それと充電していたスマートフォン。

 周囲はラフな冒険者らしき格好や鎧、上質な服を着た商人か貴族。

 なるほど浮いている。


「やっぱり異世界の方って面白いですね。ついて着て下さい、異世界人専用の案内所があるんです。それとこの世界に魔法というものは存在しませんよ」


 ガーンだな。魔法がないなんて。

 魔法学校にも行ってみたかったのに。

 俺は少女の後を付いて行った。




「現在24歳。元居た世界への帰還の意思無し。高等教育を受けお店の売り子をして生活しており、そして……おお! 作家さんなんですね!」


 案内所に行くと文字が書けるかどうかを聞かれた。

 日本語が使えるのか不安だったが、問題なくことが運んだ。

 用紙とペン、インクを渡され、履歴書のようなものを書く。

 おまけにテストのようなものもあった。小学生レベルだが。

 それらが終わり30分ほど待つと、受付と称する可愛い女の子が出てきた。

 彼女は俺が書いた書類全てに目を通している。


「これならば引く手あまたですよ! 審査の結果、高度な知識を保有していることも分かりました。作家志望とのことですが、商人の弟子や家庭教師でもやっていけるでしょう」


「本当ですか? いやー嬉しいなあ」


 なるほど、そういうコースもあるのか。

 だがしかしまずは、なろう作家として作品チートをしてみたい。

 既に世に出ているあんな作品やこんな作品を真似して、天才作家と名を()せるのだ。


「久々に優秀な方が来てくれて嬉しいです。中には話の通じない方や、そもそも人型じゃない生き物までここには来ますから」


「そんなこともあるんですか。(ちな)みに俺と同じ地球の日本ってとこから来た人はいますか?」


「日本……ああ! あのミユちゃんとこの故郷ですね! <広塚(ひろつか)美優(みゆ)>という方は御存じですか?」


「広塚先輩が!? …………そうですか」


 広塚美優、俺の高校時代の先輩だ。

 俺が1年生のとき先輩が3年、演劇部どうし少なからず交流があった。


「お知り合いでしたか、でしたら話が早い。彼女に後見人として来てもらうよう、手続きいたしますね。ファフロツキーズって、結構孤独を感じちゃう方が多いんですよー。でも同郷のミユちゃんがいれば」


「止めて下さい」


 強い口調で断った。彼女は俺の憧れだ、情けない姿を見られたくなかった。

 語気の強さに受付も何かを感じ取ったのか、渋々否定を承諾した。


「もったいないなぁ。ミユちゃんはホントすごいのに。4年に一度開かれる劇の祭典、【アモロフォス】で優勝した劇団の主演女優でして……。地位も財政状態も後見人にピッタリなんですけどねぇ。実は、ミユちゃんも私が受付したんですよ。まさかあそこまで有名になるとは、私も鼻が高いです」


 受付が胸を張る。強調された豊満な胸を凝視すると、彼女は腕を組んで隠してしまった。

 受付は顔を赤らめ、話を続ける。


「それでですね! 彼女以外には現在、地球出身の方はいません。ミユちゃんのときも調べたので覚えてます。後見制度を拒否されるのであれば、異世界人の方には1年間の生活保障が付きますよ。1年の間にこちらの世界の常識を学んで頂いて、そのあとで私たちが身元保証人となり仕事を斡旋します」


「じゃあ1年間遊んだままってこともできるんですか?」


「一応できますが、保証期間中の1年間は生活審査があります。生活態度に問題があれば、紹介する仕事もそれ相応に」


 なるほど。少しは真面目に頑張らねば。

 しかし良いことを聞いた。

 先輩以外に地球出身がいないなら、チートも容易いのでは。


 しかしである。ふと考える。

 この異世界人に対する優遇、ひょっとして既に多くの異世界人がチートをしているんじゃなかろうか。

 だから異世界人を保護しているのでは。


「いやあ、当たりはずれも大きいんですよ。ミユちゃんみたいな役者や知識豊富な学者さんもいれば、暴れるだけの生物かどうかも怪しいものだったり。でも当たりが来た時の恩恵は大きいし、人道的にねぇ。だから各国でファフロツキーズの保護条約を作って、積極的に囲っているんですよ」


 利があるから助ける。だろうな。

 今までの異世界人さん、信用を重ねてくれてどうもありがとう。

 けど俺がやれる分のチートは残してほしい。


「では生活保障の手続きをしておきますねー、住居や金銭、物品は明日こちらで融通いたしますから、本日は私の部屋に泊まりに来てください」


 異世界って最高、改めてそう思った。




「うーん、ごめんなさい。私にはよくわかんないです」


 マジでか。

 俺は家に泊めてもらった後、受付にスマートフォンで色々な物語を読ませていた。

 有名な漫画や小説、なろうの好きな作品を自分が書いたと偽って。


「俺の世界では人気があったんだけどなぁ、話が難しかった?」


「そうですね、それもありましたし……」


 困り顔で意見を述べてくれる。

 正直な読者がありがたい。


「漫画、というものは読みにくいです。右から左? 上から下? セリフの順番も難しいなぁ、と」


 考えてみれば漫画の読み方は独特だ。

 俺たちは自然に流れを把握できるが、未経験者にとっては読むだけで、いっぱいいっぱいだろう。


「それと小説も。知らない言葉や読めない言葉がたくさんで、話が頭に入りません。ドーナツのような、って何ですか? (ざん)()したって、何をしてるんです?」


 そうか、文化や生活が異なれば通じない言葉も出てくる。

 それに彼女は先日俺を、()()()()()()()()()()()()と評した。

 言語教育レベルにも差異があるだろう。


「じゃあこの異世界に行く話はどうだ?」


「異世界に行く話は何度も聞いてるので……。この世界の方も飽きてるかと」


 やはりチートは簡単にはいかないようだ。

 有名な話を真似して売り出そうと思ったのだが。


「それに問題点がありまして」


 まだ問題があるのか。早くチートしたい。


「この世界では紙はそこそこ高級なんですよ。それに文字を読める人も少ないです。なので貴方が言ってる()()というのは難しいかと」


 マジでか、もう嫌だ。


「じゃあ俺は作家にはなれませんか」


「貴方が考えている作家には。ですが違う意味の作家にはなれます。私が考えていた作家というのは」


 彼女がこちらをまっすぐ見つめる。

 吸い込まれそうなほど大きな瞳だ。


()()()のことです。劇団で脚本を作る」


「劇作家」


 俺は間抜けに口を開けていた。




「昨日ミユちゃんのことは話しましたよね」


「ああ覚えてるよ、この世界ではすごく有名なんだって?」


「そうです、今一番有名です。それこそ一番偉い人より」


 そんなにすごいのか。

 彼女の才能は際立っていたが、よもやそこまでとは。


「私たちの世界では、演劇が一番の娯楽として親しまれているんです。劇場はどこにでもあるし、4年に1度の大会アモロフォスはこの世界の住民全員が注目します」


「へえ、大会ってことは劇を競い合うんですか?」


「はい。3回の予選を行い、選ばれた劇団だけが決勝の舞台に立ちます。1000組の中から3つだけ」


 1000組も劇団があるのか。

 しかもそれだけの規模で大会をやるってことは、相当に演劇が根付いてるんだな。


「優勝してMVPになったら、1つだけ願いを叶えることもできるんですよ。半年もすれば最初の予選が始まるので、ぜひ見てください」


 願いを叶えることができるのか。

 差し当たってかなえたい願いはないが、胸が躍る。


「決めました。俺、劇作家になります。そんで優勝してMVPもとってみせます」


「本当ですか!? 地球の方ってすごいんですね。ミユちゃんもそう言ってやり遂げたんですよ。優勝&MVP、応援するので頑張って下さい!」


 しかしさっきから気になっていたことがある。

 ミユちゃんって、時間の流れが一緒なら先輩は今年26では……?

 俺はそれ以上深く考えないようにした。




***********************************




 広塚美優は天才だった。

 数年おきに訪れる子役ブーム、彼女はその先頭を走っていた。

 ミユちゃんという呼びやすい下の名前で親しまれ、世間は彼女を持て(はや)す。


 俺の母親は()()()()()のファンだった。

 俺にミユちゃんのようになれと強制し、幼少期からミユちゃんと同じタレントスクールに通わされた。

 嫌いだった。彼女のことが。

 俺の母親の愛を奪い、役者として遥か高みにいる彼女。

 母親に振り向いてもらうため懸命に努力したが、何もかも及ばない。


 結局子役ブームが去った頃に彼女は引退し、俺は演技をやめた。

 そしてドラマや漫画に映画、小説といった作り物を見るのが好きになった。


 そして自分で小説を書き始めた高校1年、広塚美優に演劇部へ勧誘された。


 ――貴方、演技習ってたでしょう。


 ――なんでそう思うんです。


 俺は親に広塚美優と同じ学校へ通わされた。

 しかしせめてもの反抗で演劇に関わらず、文芸部員として高校生活を送っていた。

 入部して3か月のことである。羨望の的である彼女が、わざわざ1年の教室へ降りて部員をスカウトしに来た。

 その事実に教室は色めき立っていた。


 ――まず声が違うわね。大きくて通る声、よく鍛えられているわ。それに活舌。貴方、部活紹介の1人芝居で1回も言葉を嚙んでいない。


 やはりその道の専門家は、分かるものだ。

 俺は露骨に舌打ちをした。

 女は教室に来てから張り付けていた笑顔を保ったままだった。


 ――後はアドリブ。部活紹介で運動部が滑ってた時、貴方はそれを(いじ)りながらもフォローして笑いをとってた。明らかにその場の空気を把握して、喋る内容を変えてたじゃない。喋りが上手すぎた。


 文芸部の先輩に押し付けられたアレか。


 ――で、先輩は何で俺なんかを呼びに?


 女が顔を近づけ、耳打ちする。

 甘い匂いと耳にかかる息が、俺の思考を支配する。


 ――今年の1年男子は不作よ、私につられて(たか)った意地汚い(はえ)ばかり。


 ――は?


 俺は眉をしかめて先輩を睨んだ。

 当時、広塚美優の評判はすこぶる良かった。

 人気と実力がありながら(おご)らない、容姿端麗で才色兼備なパーフェクト超人。

 故にこの言葉遣いには面食らった。


 ――だから貴方みたいな優秀な子が欲しいの。一緒に最高の芝居をしましょう。


 自信満々に手を差し出す。

 自分の願いを断るはずがない、とでも考えているのだろう。

 俺は意趣返しに女の耳元で(ささや)く。

 先程甘い思考に取りつかれた、自分に対する苛立ちも込めて。


 ――でも先輩に集る男子が蠅なら、先輩はさしずめ死肉ですね。


 初めて憎たらしい女の表情が変わる。一瞬で笑顔を取り戻すあたりは流石だったが。


 ――貴方私のこと嫌いでしょう。


 ――大好きですよ、先輩。その甘ったるくて虫が(たか)りそうな匂いも含めて愛してます。


 努めてにこやかに返す。

 いい気味だ。たまらない。


 ――いいわ、演劇部に来なさい。丁度嫌いな相手とのラブシーンが練習したかったの。


 ――嫌です。俺にメリットがない。


 ――あら、そうかしら。


 女が口元を歪める。(しゃく)に障る笑顔だ。

 再び顔を近づけてくる。

 愉悦に満ちた眼差しが気持ち悪い。


 ――お母さん、私の大ファンでしょう。貴方と同じ苗字の熱心なファンが、私と同じスクールで子供に演技を習わせてるって言ってたわ。貴方の顔覚えてる。久し振りね、マザコンの坊や。


 目を見開き女を睨む。勝ち誇った顔で俺を見下していた。

 1勝1敗の痛み分けだ、と言った。


 ――入部してくれれば、お母さんに会ってあげる。今でも彼女、引退した私の信者だから喜ぶわね。この部活でやってる舞台に毎回来てるもの。貴方が望めば何回でも、お母さんに会ってあげる。


 ――くたばれ、淫売(いんばい)


 そう返すのが精一杯だった。

 結局俺は広塚美優の後輩となり、演劇部で脚本と演者を担当することとなる。






1週間の短期集中連載です。毎日1話ずつ投稿いたします。

始まったばかりの「絵空から落ちた流星」もどうか宜しくお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ