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世界の支配者と十二人の巫女  作者: 国分志市
3/4

使命

楽しんでいってください。

 第一機殻【迅斬じんざん】の巫女、レイオン・リヴォルフの一日は鍛錬から始まる。

 ストレッチしてからのランニング。そして、目付役のカルドネス・レーラ(愛称はカル)との剣の稽古をする。

 カルは、レイオンが巫女になった5歳の時からの付き合いで、今も自分の側にいてくれる。レーラ一族はリヴォルフ一族と同じで貴族の家柄だ。カルは、青い髪に、灰色の瞳で髪を短く束ねている。顔つきは精悍でよく目つきが悪い、と言われている。体つきも騎士のような体つきで、何故騎士にならなかったのか疑問視する声もある。実際、レイオンでさえ口には出さないが、何故自分の補佐をずっとしてくれるのか分からない。ただ、少し心当たりはある。

「さあ、レイオン様。もう一本行きますよ」

 野太い声を出して、カルがレイオンに声をかける。

 しかし、カルとの長い付き合いで、レイオンは分かっている。

 カルは乙女だ。男が好きなわけではないが、化粧や女装、ぬいぐるみのような可愛いものが好きなど女の子よりも女の子なのだ。騎士にならなかった理由もこのあたりにあるのではないかとレイオンは思う。その一方で剣の扱いは、レイオンに引けをとらない。実際今日の試合も三回やって、一勝一敗一引け分けという感じだ。

 巫女には”権能けんのう”という不思議な能力が与えられている。【迅斬じんざん】の巫女、レイオンの”権能けんのう”は六本の剣を瞬時に複製し、それを自在に操る能力だ。

 そのため、巫女は普通の人間より戦闘能力があるが、もちろん稽古では”権能けんのう”は使用しない。だから、カルともギリギリの試合が出来るのだ。それでもレイオンは女だから、力も体力もカルの方が上だ。もし、自分が女じゃなければ普通の親友同士だったのだろうか。時々レイオンはそう思う。


 試合が終わると、いつもカルが作ってくれた弁当を食べる(こういうところも乙女なのだ)。特にサンドウィッチは毎回、中に入れる具を変えてくる。一度それをほめたら、思いのほか喜んで、それ以来張り切ってサンドウィッチを考えてきてくれる。今日は半機植物マシンプラントの木の実や葉をふんだんに使い、隠し味にミルクを使ったソースのサンドウィッチだった。やはり美味しい。

 逆にレイオンは家事が苦手だ。ある時、料理をしたら火事を起こしそうになった。それ以来、家事はカルに任せている。

「いつも弁当ありがとうな。カル」

 レイオンはいつも男のような口調で喋る。今では、誰もそれを指摘しないが、子供の頃はきつく起こられた。「女の子なのだから、女らしくしなさい!」と何度言われたか。しかし、レイオンがこの男社会で生きていくためには男のようにならなければいけないと思ったのだ。多分のその辺もカルは分かってくれている。

「いいえ。僕、いえ私にはこれくらいのことしか出来ませんから」

 いつもカルは、レイオンの前では萎縮しているように見える。

「最近、体の具合はどうですか?」

 このところ、レイオンは機殻シェルに魔力を与えると、疲労感を感じるようになった。歳を取った証拠なのだろうかと思っている。とはいえ、まだ19歳だが。その疲労感をカルに打ち明けると、心配して色々と体を気遣ってくれているのだ。

「大丈夫だ。いつも心配をかけてすまない」

 サンドウィッチをひとかじりしながら、答える。

「それより時間大丈夫ですか? 今日は会議ですよね?」

「…………! しまった! そうだった!! 行かなければ!!」

 大急ぎで弁当をかきこむ。

「そんな風に口にほうばると……」

「んっ! んーっ!!」

 レイオンはのどが詰まってしまった。

「ほらっ! レイオン! 水!!」

 カルが水を渡してくれる。

「ぷはっ! はー! すまない、カル……」

「レイオンは、昔からせっかちだからね」

 カルは苦笑している。レイオンは口にしなくてもいいが、気になったことを伝えることにした。

「カル。口調が敬語じゃなくなっているぞ」

 途端に、カルは青白い顔になった。

「申し訳ありません! レイオン様! お許しください」

「いつも言っているだろう。子供の頃のように敬語でなくてもいいと」

「いいえ。そういうわけにはいきません。私はレイオン様の付き人ですから。ほら会議始まりますよ」

「分かっている」

 子供の頃のような関係に戻れたら……。私はカルに何を求めているのだろう。

 

 【迅斬じんざん】は封建主義だ。つまり、王がいて、貴族がいて、騎士がいる。そして末端に平民がいる。そのピラミッドの中でレイオンのような巫女はどこに分類されるかと言えば、王より下で貴族より上。要するに特別待遇だ。

 レイオンは大急ぎで会議室に向かう。

「おや。レイオン様。走るなんてはしたないですよ」

 貴族会議に参加する一人。ゲンデバル・ラスハルト卿と会議室に向かう途中で鉢合わせしてしまった。このラスハルト卿は25歳でラスハルトの領主になった新進気鋭の貴族だ。現在、六エリアに分かれている領土の一つを任されているだけあって有能だ、という噂がある。容姿も端麗で身長も高く、肉付きも程よく、それでいて金髪の美青年という感じだ。

 実際、喋ってみると、気さくで明るく、会話も楽しい。

「すみません。ラスハルト卿。会議に遅れそうだったもので……」

 素直に謝ることにした。

「まあ、今回は見なかったことにしましょう」

 そう言ってニカッと笑った。こういうところもかわいい。レイオンは、少し赤面してしまった。

「で、では行きましょうか」

「はい。そうしましょう」

 そう言って会議室に向かうが、中々会話に困ってしまう。

「最近、ラスハルトの領内で子供のための学校を新たに新設しようかと思っているのです。」

 不意にラスハルト卿がそう切り出した。

「そうなんですか。どんな学校なのですか?」

 レイオンにも、礼儀はある。いつもは男言葉でも、正式な場では敬語を使う。

「どんな身分の子供でも、普通教育を受けられる学校です。最近、身分の格差が激しいと思いませんか? そういう時こそ、貴族が調整するべきなのです。今回の貴族会議で進言しようかと思っていて」

 いつもラスハルトが言う話は夢のようでキラキラしている。本当にそんな学校が出来ればなとレイオンは思う。しかし、貴族会議はそんなに簡単なものではない。ラスハルト以外の5貴族は百戦錬磨の猛者たちだ。全員が40を超えている。特に貴族の筆頭、レイオンの父、ハルス・リヴォルフは伝統を重んじるタイプで新しいことはまず考えない人だ。実際、レイオンも苦手だ。

「じつは、レイオン様にも援護射撃してもらいたくてこんな話をしました」

 ラスハルトは困ったように頭をかきながら笑う。

「分かりました。どこまで出来るかわかりませんが助力します」

「ありがとうございます」

 そう言ってラスハルトは今度は嬉しそうに笑った。


 貴族会議は【迅斬じんざん】の六領地の貴族と巫女、それから王が参加して1ヶ月に一度開かれる。議題は、税の使い道や地方の内乱など様々だ。

 今回もラスハルト領の内乱のことが議題に上がった。

「内乱は三ヶ月前から始まりました。内乱と言っても戦争になりそうなほどではありません。ただ食料があまり確保できない領民や税に反発する領民が少しもめているだけです。」

 ラスハルトは弁明する。

「しかし、実際に内乱が起きているのだから、それは鎮圧しなければならない。それはどう思っているのだね、ラスハルト卿」

 古参の貴族が口を出した。

「待ってください! 内乱はまだ導線に火がついたほどです! 今、鎮圧してしまえばかえって暴動が起きてしまいます!!」

「火が付いてしまっているのが問題なのだよ、ラスハルト卿。このままでは他の領民にも被害がおよぶかもしれない」

 別の貴族も重々しく、口を開く。皆、ラスハルト領の心配をしているわけではない。皆自分の領土に飛び火するのが怖いのだ。

「ま、まあよいではないか。とりあえずあと一ヶ月様子を見よう。なあ、ラスハルト卿」

 王が口を出した。王はラスハルトより二つ年下の28歳。一年前に先代の王がなくなり、即位した。優しく穏やかだが、その分主体性がなく、いつも誰かの同意を気にする傾向がある。しかし一応、王なので誰も口答えしないのだ。レイオンは内乱も王に対する不満から来ているのではないかと思う。しかも、王はラスハルトを何かと優遇する。歳が近いので話しやすいのだろうと思うが、かえってラスハルトを妬む輩が多いのではないだろうか。

「はい……。ありがとうございます」

 結局、内乱はあと一ヶ月待つことになった。

 それから、会議はスムーズに進んだのだが、

「これで議事は全てだ。ほかに何かある者はいるだろうか」

 議長のハリスが会議を終了しようとした時だった。

「あの……。一ついいでしょうか」

 ラスハルトが手を上げた。

 レイオンはドキッとした。この後の展開が予想できたからだ。

「なんだね。ラスハルト卿」

 ハリスが後を促した。

「実は領内に子供のための学校を作りたいんですけど、許可が欲しいんです」

「「はぁっ!?」」

 会議に出席している残りの5貴族のうち、4貴族が声を出した。因みに声を出さなかったのはハリスだ。レイオンでさえこのタイミングかと思った。

「先程の話聞いていなかったのかね。ラスハルト卿? 内乱の収束を一ヶ月待つのに何でこのタイミングで学校を建設しなければいけないんだね?」

「いや、でも……」

 ラスハルトはチラチラとレイオンを見てくる。どうやらアイサインを送っているようだ。このタイミングで私に援護をしろと言うのか!?

「……いいのではないでしょうか」

 急に話し始めたレイオンに全員が注目する。内心嫌な気持ちが渦巻いているがこの際、しょうがない。

「内乱の原因は身分格差にもあるのかと思います。であれば、今ここでラスハルト領に身分やしがらみのない学校を作ると領内に通達すればもしかしたら内乱も……」

「巫女殿は、黙っていてください」

 ハリスが静かに、だが有無を言わせない声音で言った。ハリスとは親子関係だが、公の場ではレイオンを「巫女殿」と呼び、あくまで一個人として接する。

「ラスハルト卿」

「はい」

「とりあえず一ヶ月待って内乱が収束したら考えよう。しかし、国の予算はすでに決まっている。ただ無闇に言っているのであるならば撤回しなさい。今、貴公の領に補助金を出している余裕は無い」

 ただ冷静に、冷徹にハリスは言った。ハリスは冷徹だが、それは国のためだ。娘であるレイオンには分かる。

「……はい、分かりました」

「では、今日の会議はここで終了とする。よいな?」

 皆が頷く。会議室は冷や水をかけられたかのようにしんと静まり返った。


「先程はすみませんでした。レイオン様にも悪いことをしました」

 ラスハルトが会議終了後に話しかけてきた。

「いえ。お気になさらずに父とは……リヴォルフ卿とはいつもあんな感じですから」

「でも……」

「大丈夫です。気にしていませんから」

 そう言って会議室を後にしようとした。

「巫女殿」

 ハリスが会議室を出ようとしたレイオンに声をかけた。

「……何でしょう。リヴォルフ卿」

「話があります。私の執務室に来てください」

 いつものようにレイオンの返事を待たずに先に会議室を出て行った。

 私に話……? 何の話か見当もつかなかった。

 父、ハリスは子供の頃からレイオンに厳しかった。当然かもしれない。リヴォルフ家は貴族の筆頭に当たる存在だ。それでいて、代々巫女を輩出してきた家系でもある。父は婿だからかなりの重圧が遭ったのではないかと思う。子供時代は、剣の稽古、身だしなみ、楽器、帝王学などそれぞれの専門の家庭教師をつけてもらい、色んな事を学習した。唯一、カルと一緒にいるときだけがせめてもの慰めだった。

 レイオンが5歳の時、巫女だった母が病気を患った。もう手遅れだった。そのため、死ぬ前に新しい巫女に力を移さなければならなかった。一人っ子だったためレイオンしか巫女になれる人物がいなかった。そしてレイオンは巫女になった。

 正直なところ母のことはほとんど覚えていない。ただ巫女として、妻として、そして母として幸せだったのだろうかと思う。もう全部手遅れだけど。

 父のことは、立派だと思う。婿なのに貴族筆頭としての責任を一人で背負い、一人娘をここまで育て上げたのだから。しかし、少し、ほんの少し愛情を見せて欲しかったと今でも思う。それ故ハリスとレイオンの関係はあまり上手くいっていない。


 色んなことを考えながら、父の執務室までやってきた。

 ここに来るまで、頭をフル回転して考えたが何故呼ばれたのか分からなかった。とにかくドアをノックしなければ。レイオンは緊張と混乱で何が何だか分からなくなっていた。

 ドアをノックして、

「レイオンです」

 と言った。

「どうぞ」

「どうぞ」って娘に言う台詞だろうか、と思いながら扉を開けた。

 父の執務室はいつも通り清潔でいて簡素だった。客人用のソファが二脚。そこにテーブルを挟んでハリス用のソファが一脚。それとは別の机と椅子。そこにハリスは座ってなにやら作業をしていた。そして書類棚しかなかった。ただ六貴族の執務室は簡易のキッチンがあり、そこに秘書がいた。

「お座りください、巫女殿。……おい、私と巫女殿にコーヒーを。それからしばらく二人きりにしてくれ」

「はい」

 客用のソファに座り、大人しくしていた。すると秘書からコーヒーをもらった。ハリスにもコーヒーが置かれる。それを見計らって、ハリスが自分用のソファに座る。それにしてもハリスの秘書は手際がいい。レイオンも好印象を持った。

 秘書が出て行くと、途端に父と娘に戻る。独特の親子だとは思うが。レイオンはコーヒーをすすった。

「私は、あまり世辞は好かん。だから単刀直入に言う。おまえ、ラスハルト卿と見合いをしないか?」

「ぶふっ!!」

 突然の話にコーヒーを吹き出してしまった。幸い、ハリスにはかからなかった。そのままハリスは続ける。

「相手はラスハルト領の領主。それでいてお前はリヴォルフ家の娘で巫女。悪い話ではあるまい?」

「ごほごほっ! ま、待ってください。父上! そうなったらラスハルト家はどうなのるのですか?」

 リヴォルフ家は代々女系家族で男はあまり生まれない。そのため、当主はすべて婿だ。だからレイオンもそれを前提にしたうえで言う。

「あっちは三人兄弟の長男。なら他の兄弟が当主になることも考えられるだろう。なによりあの男が嫌いじゃないだろう? 先程の学校の建設の件も知っていたようだしな」

「わかっていたのですか……」

 レイオンの言葉を無視して、ハリスは続ける。

「どうだ? お前が嫌じゃないなら進めるが。それともレーラ家の息子が気になるか?」

「カ、カルは関係ありません!!」

「それならばいい話だろう」

「父上はリヴォルフ家のことしか頭に無いのですね」

 リヴォルフ家の娘とラスハルト家の当主が結婚すれば、六貴族のパワーバランスは崩れるだろう。リヴォルフ家だけの政治が始まるかもしれない。ラスハルト家も甘い蜜をすすれるかもしれないが、実際そうなったらラスハルト家は隅に追いやられるかもしれない。

「私のことは私が決めます! 失礼します!!」

 扉を閉めて、すぐに後悔した。父上に口答えするなんて……!

 今まで仲はよくなかったが、自分が黙ることでどうにか均衡を保ってきた。しかし、それももう終わりだ。

「はぁ~~~~」

 長いため息のあと、とにかく帰ろうと思った瞬間だった。

『【迅斬じんざん】の広報室です。緊急事態です。全国民は家に戻り、そのまま家から出ないでください。繰り返します……』

 オーブから緊急の連絡が入った。何が起こったのかわからないが自分の家に戻ることにした。カルなら何か分かるかもしれない。

 レイオンの家は王宮の庭にある。巫女は【迅斬じんざん】で王より身分は低いが、貴族より上なので特別扱いされている。そのため、王宮の庭に家があるのだ。

「カル! 何があった!?」

 レイオンは家につくなりそう口にした。

「はい! 今しがた情報が入ってきました。どうやら第十二機殻【破炎】が覚醒したようです!!」

「なにぃっ!?」

 覚醒とはそのまま目が覚めることを指す。つまり何らかの原因で機殻シェルが目覚めたらしい。このままでは、他の機殻シェルに危害が及ぶかもしれない。

「ただ情報によると長い睡眠状態だったためにまだぼんやりしているそうでしばらくは、その状態が続くと考えられているそうです……」

「……どれくらいだ?」

「一週間ほどと考えられています」

「エアラは何をしている?」

「行方不明とのことです……」

 エアラは一年前に巫女になった新人だが、レイオンが会話してみたところ、普通の女の子だった。使命にまっすぐだった。そんな機殻シェルが目覚める状態になって何もしないわけが無い。

「続報入りました! 第五機殻【賢智けんち】にて謎の男とエアラ様が逃亡している模様! ……レイオン様に出撃命令が指示されました!」

 この世界は私が守らなければならない。それが巫女のリーダーであり、【迅斬じんざん】の巫女の務めだ。

 

「…………ねえ」

「これもいいな~。でもこっちも捨てがたいなぁ」

「…………ねぇってば!!」

「なんだよ。うるさいなぁ。今俺は忙しいの!」

 トゥリアはたしなめるようにエアラを叱る。

「だからさっきから何をしているの?」

「何って服選びだよ」

 それがどうしたと言わんばかりだ。

 いま、二人がいる場所……それはいわゆるコスプレ喫茶である。つまりコスプレをしながら食事をしたりオーブで写真を撮ったりする場所だ。

 元はと言えばエアラとトゥリアが【破炎はえん】から飛ばされ、第五機殻【賢智けんち】に飛ばされたことから始まる。

 エアラは、すぐに帰ろうとしたのだが、トゥリアがそれに異を唱えたのだ。

「腹が減ったから食事をしてから帰ろう」とトゥリアが言い始めた。

 それなら仕方ないと(この時点でエアラだけが帰るという選択肢もあったが、混乱しているエアラにはそれすら気付かなかったのだ)、どこかの店に入ろうとしたところ、ここがいいとトゥリアが言った場所が、コスプレ喫茶の店だった。

 もちろんこれはトゥリアの策略である。トゥリアはエアラの見ていないところでこっそりオーブのサーチ機能を使ってこの店を見つけたのだ。

 トゥリア曰く「エアラは顔がばれているのだから、変装した方がいい」とエアラをなだめた。

 しかし、トゥリアの欲望の方が優先されているのは事実である。

 それからはトゥリアの独壇場である。お茶とお菓子が出され、それを食べながら、衣装をあーでもない、こーでもないと選びながら、エアラに着せていたのである。

「だから何でこんなことしなくちゃいけないのよぉ!!」

 もう、エアラは泣き顔である。因みに今着ているのは、白衣に緋袴ひばかまの【水鏡すいきょう】と言う機殻シェルの巫女衣装だ。

「何、泣いてんだよ。せっかくの顔が台無しだぜ」

 トゥリアはこれでも慰めているつもりである。こういうところがもてないのだろうが。エアラはキッと、トゥリアを睨んで

「ばかぁっ!!」

 と盛大に平手打ちを食らわせた。


 それから十数分。

 やっと落ち着いたエアラとトゥリアは食事をしながら話している。

「いい? 事は重大なの。早く戻らないと……」

 エアラは他の人に聞こえないように小声で話す。

「結局、さっきの樹や透明な膜みたいなのはなんだったんだ?」

 一方、トゥリアはかまわず普通の声で話す。

「ちょっと、もう少し小声で話してよ! ……っていうかあの膜が見えたの? あんた何者?」

「普通の人には見えないのか?」

 トゥリアはここは素直に小声で話すことにした。

「……あの膜は、機殻シェルの中心、核って言えば、分かるかしら。あんたが触った樹……世界樹せかいじゅに魔力を与えて巫女は機殻シェルを眠らせているの。多分だけどあの世界樹を壊すことが出来れば、機殻シェルも死ぬと思うわ」

「へえ」

 トゥリアは飲み物をストローで吸いながら応える。

「へえって……。本当に分かってる? あんたみたいにあの膜に触れる人が何人も現れたら、悪用する人だって出てくるかもしれないのよ!」

 エアラは興奮しているのか料理に手を出さない。

「でもさ、俺だけが特別な可能性もあるだろ? 実際、あの膜を見た人は巫女以外にいないんだろ?」

「そうだけど……。まあ、いいわ。とにかく帰る方法を考えましょう。ここから【破炎はえん】のゲートは近いの?」

「そんなの自分で、調べればいいだろ? そういえばオーブは? どっかに隠しているのか?」

 そうトゥリアが言うと、不自然に顔をそらした。

「それはそのぉ。……えっとぉ」

 口調も先程とは違う。

「? なんだよ。もしかして、オーブが使えないとか?」

 トゥリアは冗談で言ったのだが、ビクっと体をのけぞらせ、そのまま下を見て、赤面している。

「はぁっ!? マジで? 今までそんな奴見たこと無いぞ!」

 思わず、声を荒げてしまった。

「しーっ! しょうがないでしょ! 使えないものは使えないんだから! ……とにかくこれからのことを……」

「なあ、聞いたか? 【破炎】が目覚めたんだってよ!」

「嘘だろ? 巫女がいるんだから大丈夫だって」

 通りすがりの客が噂している。

「かなりまずい。このままだと私たちがここにいることも気付かれてしまう。行くわよ!」

「えぇーっ、まだステーキ中途半端なのに……」

「そんなこと言っている場合じゃないでしょ! ほら早く……」

「ねえ、あそこにいるのってエアラ様じゃない?」

 また他の客が喋っているのが聞こえる。

「何でこんなところにいるんだろ。実はコスプレ好きとか?」

 ……なんか不名誉な噂も立っている気がする。

「とにかく行くわよ!!」

「へいへい」


 店から出ると、すぐに黒いスーツの男が現れた。たちまち二人を囲む。全員で五人だ。恐らく役人だろう。

「エアラ・ハース様ですね。事情を聞きたいのでついてきて欲しいのですが」

「事情を話している場合じゃないの!! 通して!」

 黒いスーツの男達は無表情で感情が分からない。

「それは出来ません。命令は絶対です」

「なあ、エアラ」

 トゥリアがエアラの耳に口を近づけた。先程とは違って小声だ。

「何よ」

 エアラも小声で答える。

「すぐに【破炎はえん】に行きたいよな?」

「当たり前でしょ」

「そうか。なら……!」

 いきなり伸縮自在の槍で憲兵に切りかかった。

「うおっ!?」

「ちょっと! 何してんのよ!?」

「ここは突破するしかねえって」

 なぜかトゥリアの言葉がストンと体に入ってきた。

「エアラ様! 私たちについてきてください!!」

 男達がエアラを連行しようとした時。

 エアラの手を取った憲兵がたちまち火が移った。

「うわぁ!?」

 憲兵たちはパニックになった。

「ごめんなさい。どうしても帰らなきゃいけないの!」

 そう言って、トゥリアとエアラは駆け出した。

 その後、男たちにに追われ始めた。しかし、二人は猛攻を独自の戦闘センスで逃げ切った。しかし、そこにレイオンが現れたのだ。


「何をしている、エアラ? 巫女の役目はどうした?」

 レイオンは、恐ろしい気迫をまとっている。

 汗があごから地面に落ちるのを感じながら、エアラは言った。

「通してください、レイオン様! 私は戻らなければいけないのです!」

「……その男は何だ? 何故一緒に逃げている?」

「あいつは……」

 エアラはトゥリアをかばおうとしている自分に気がついた。なぜ、あいつをかばおうとしているのだろう?

「何も答えぬのなら問答無用で行くぞ! エアラ!!」

 レイオンの気迫が重圧になってエアラに襲いかかってきた。

 レイオンは六本の剣を宙に浮かべて、そのうちの二本で攻撃してきた。残りの四本は防御用だ。巫女になった頃、エアラはレイオンと手合わせしたことがある。もちろん”権能けんのう”を使用しての戦いだ。その頃、まだ”権能けんのう”を上手く使えなかったエアラが一方的に負けた。

 しかし、今回は負けるわけにはいかない。

 エアラはまず攻撃用の二本の剣を爆発を起こして打ち返した。そのあと、そのまま距離を詰めた。

 そのとき、トゥリアが動くのが見えた。どうやら加勢しようとしているらしい。

「止めて! これは私の戦いよ!」

「でも……」

 それきり、トゥリアは加勢してこなかった。エアラの気持ちが伝わったのかもしれない。

 とにかくエアラはまっすぐにレイオンに向かっていった。レイオンは残った四本の内、また二本を撃ち出してきた。これも想定内だ。

 エアラは、また二本の剣を爆発を起こして、四散させた。そのままレイオンの懐に爆発を起こそうとした。

 ドカァン!

 実際に爆発は起こした。だが、

「こんな程度か、エアラ?」

 エアラが次に見たのは、四本の剣で防御しているレイオンの姿だった。レイオンは先程、エアラの攻撃を見切っていた。そのため、後方に跳び、直後に更に四本の剣を作成し、合計六本のうち、四本で防御したのだ。

 では、残りの二本はどこに行ったのか。エアラはすぐさま上を見た。二本の剣がエアラに向かって飛んでくるのが見えた。

 そのまま、エアラは斬られてしまった。盛大に血が噴き出た。

「く、ぁ……っ」

 どこから出ているのか分からない声を出して、エアラは倒れた。

 レイオンはそのままエアラに近づいた。

「待ってくれ!」

 エアラと一緒にいた男が話しかけてきた。

「レイオン、俺たちはもう投降する。だから、エアラを助けてくれ! 頼む!!」

 その途端だった。レイオンは自分の足から力が抜けていくのを感じた。そのまま転んでしまう。

 なんだ、これ……? この男を私は、恐れている…………?

「レイオン……?」

「まて、近づくなっ! 分かった! これ以上エアラに攻撃しない! それに見ろ!」

 トゥリアが見ると、エアラの傷口が少しずつ癒えているのが見えた。

「巫女は自己修復機能があるんだ。だからエアラは大丈夫だ。それより何があったのか教えてくれ。協力できるかもしれない」

 その頃には足の感覚が戻っていた。レイオンは胡坐をして座り直す。


 トゥリアは全てを話した。

「なるほどな。君には何か不思議な力が備わっているのかもしれない。とにかく、二人で【破炎はえん】に戻った方がいいかもしれないな。追手はこちらで別の情報を流しておこう」

「えっ、レイオンと一緒に?」

「エアラとだ! 君はふざけているのか、真面目なのか分からないな。それからレイオンさんと呼べ! 私は君より年上だ!」

「分かった、レイオンさん」

 そのとき、レイオンのオーブに通信が入った。

「カルか? どうした? …………何っ!?」

 レイオンは真剣な顔をして、、通話に夢中になっている。何が起きたのだろう。

「そうか、分かった」

 通話を切った、レイオンは呆然としていた。

「一体何があったんだ……?」

 レイオンがこちらを向いて、言った。

「いいニュースと悪いニュースどちらから聞きたい?」

「じゃあ……、いいニュースから」

「【破炎はえん】の民が避難を開始した。幾つかの機殻シェルが匿ってくれているらしい」

「じゃあ、悪いニュースは……?」

「第二機殻【圧鎚あっつい】が【破炎はえん】に戦争を起こした」

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