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村長は魔王様!  作者: マカロニ男爵
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魔王様と少女の願い

「見よ、この畑を!、悪魔の呪いによって地はひび割れ枯れ果ててしまった!」


 まるで日照りにでもあったかのようにひび割れを起こした畑。

 作物も無残に枯れ果てたそれを指し示しながら、神父は声高に叫ぶ。

 その声を聞く農民たちは一様に殺気立ち、神父の傍らに居る手枷をはめられた少女に視線を向ける。


「さあ、悪魔の子よ!、今すぐ悔い改め、罪を認め、この畑を戻すが良い!」

「わ、私じゃない!、私はそんな事は出来ません!!」

「神の前で嘘を吐く不心得者に罰を与える、皆の者よ石を投じよ!」


 神父の言葉と共に石と農民達の罵声が一斉に少女に襲いかかる。


「この悪魔め!」

「この畑だけが枯れた!、俺の畑だけが!」

「死んでしまえ!」


「くっ…ぅぁ……」


 違う!違う!と声に出したくても石がぶつかる痛みと衝撃で声も出せない。

 声を出しても届かない、信じてくれない。

 この神父様が来てから、不作がずっと続くようになってから何度も繰り返される懺悔と称した行為。


 エリックさんは信じてくれた…だけどそんなエリックさんも何処かに行ってしまった。

 前には私に優しくしてくれた人もいた、その半分は皆と同じようになってしまい

 もう半分はやっぱりどこかに行ってしまった…


 私を守ってくれた人はどこかに行ってしまう


 もう、誰も私を信じてはくれない、誰も必要としてくれない…


 やっぱり私は生まれてきちゃダメだったの?


 お父さんは、お母さんを「悪魔と浮気した売女」と呼び出て言った。

 お母さんは「お前なんか生まれてこなければよかった」と私を捨てた。


 農奴になってからは色々仕事を押し付けられた。

 でも、それは嬉しかった。

 仕事をしていれば、何か役に立っていられれば必要なんだって信じられるから。

 お母さんの最後の言葉を忘れられるから…


 でもやっぱり…私はいらない子なのかな?

 やっぱり、『生まれてきてはいけなかった』のかな?



(ひでぇ事しやがる…守りに行くべきか?)

 ギルドから派遣された冒険者は判断に悩んでいた。

 確かに保護対象は危険に晒されてるが、ここで下手に手を出したら農民達が暴走しかねない。

 それ程までに彼等は殺気立ってる、いくらなんでもこの数相手に少女を守り切れるものじゃない。


(懺悔?、布教?、ふざけるな…これは煽動、洗脳の類だろうが!)

 神父がこの行為を繰り返している意味が理解できる冒険者は心の中で吐き捨てた。


 普通、子供に石を投げるなど良心が咎められる、それが薄気味悪い半魔であってもだ。

 神父は『悪魔』『呪い』という言葉を使い不作による不安を煽り、農民達に石を投げる『罪』を行わせる。

『罪』を犯した農民達を神父は許し、それが正しいのだと『免罪』を与える。


 農民達はそれが正しいと言う『免罪』をかたくなに信じる。

『免罪』を否定するなら、自身が子供に石を投げつけただけの『悪』である事を肯定する事になるからだ。


 繰り返し『罪』を重ね、繰り返し『免罪』を与えこれを許す。

 繰り返されるほどに強固になる信心は、目を背けてる罪の重さと比例する。

 これを信仰と称するのならば、なんと悍ましいことなのだろうか。


 歯軋りをしながら状況を見守る冒険者、少女は倒れこみ動かなくなっても石が止むことはない。


(これ以上はまずい、ええいっ、放っておけるか!)

「ま…」


 制止に入ろうと飛び出す体制を構えた冒険者を追い抜く異様な影に思わず言葉が止まった。


「な、なんじゃありゃ!?」




(もう、痛みも分からなくなっちゃった…死んじゃうのかな?、私…)


 あれほど感じていた痛みも曖昧になっていく…

 一種の安らぎにも感じるその感覚に死を意識する少女。


(やだ)

(…やだ、いやだ、いやだ!…こんな死にた方なんてしたくないっ!)

(要らないなんていやだよ…さみしいよ…神様…)

(神様、どうか私を必要として(いばしょを)ください!)


 何かに縋るように動かないはずの身体を動かし手を伸ばす。

 生まれてからずっと疎まれながらも不平を言わず懸命に生き抜いてきた少女。

 その今際の際に祈るように手を伸ばす、心から搾り出すかのように最後の願いをのせて…


 そして、その手は優しく握り返された――


「どうか私に付いて来てくれないか、君が必要なんだ」

「…え?」


 少女は耳を疑った、まるで自分の願いを聞き遂げたかの用に自分を必要としてくれる人が現れたのだ。


(…天使様?)


 否、少女は気が付く、まだ自分は現世に居ると。

 光の膜を隔ててざわめく農民達と慌てふためく神父様…ここは先程まで居た場所だ。

 身体も痛みを感じなくなったわけじゃない、治されたのだ、一瞬の内に。


「え?、ええっ!?」

「それで労働条件なのだが…」

「リヨン、勧誘は後にしましょう?、まずはアテムト男爵と教皇派の神父の方をどうにかしなくちゃ」

「いや、そっちはパティの仕事だろ?、私にとってはそんな木っ端役人と三流ペテン師よりこの子が大事だ。」

「確かに国の貴族の不祥事だから私の仕事だが……」

「リヨンさん、この状況でいきなり勧誘してもアンナちゃん困るだけだと」

「え、エリックさん!?」


 居なくなったはずの自分を最後まで信じてくれたエリックさん。

 そして領主様や神父様より自分を必要としてくれる謎の天使(仮)さん。

 他にも何やら、やんごとなき女性騎士様に、優しげな女性と馬車。

 馬車?、いやその優しそうな女性が馬車を引いてるから、人車?


 あまりにも突然過ぎる状況に理解が追いつかない少女…アンナは困惑する。

 だが、困惑してるのは外野も一緒だ。

 光の膜ことシールド魔法の反対側では禿げたオッサンがエリックを睨んで叫ぶ。


「こ、小僧…一体何を、一体何を連れて来たーッ!!?」


「…えーーと。」


 エリックは悩む、これは難しい質問だ。

 何を連れてきた?、色んなとんでもない物を連れてきてしまった。


 先ずは公女様、王族である。

 それが馬車から馬に乗って出てきたのだからとんでもない。


 あと古龍(エルダードラゴン)、この人はまだ馬車でお茶を飲んでいる。


 そして馬の代わりに馬車を引いてここまで来たサシャさん(非常識生物)

 馬一頭と人四人を乗せた王家の大型馬車を引っ張ってなお、たったの1時間でここに到着した驚異の騎獣(おとめ)

 とんでもなさならこの人が一番な気もするけど…やっぱり代表するならこうかな?


「魔王様、かな?」

「ふ、ふざけるなーーー!!」


 エリックの回答に激昂する禿オヤジことアテムト男爵。

 エリックはエリックなりに、この非常識な仲間達を頑張って紹介したのだから努力は認めて欲しい。


「ぐ、美食街道グルメロードの『暴食女王(ベルゼビュート)』に『城塞崩し』だと!?」

「いかにも!」

「ちょっと、私の事を城塞崩しって呼ぶの止めてよ、あれは事故単なるよ!」

(本当に壊しちゃったんだ、城塞を…)


 神父が言う自らの異名を嫌がるサシャに対してリヨンは胸を張って嬉しそうに答える。


 この異名は教皇派が悪魔の子扱いしてる半魔であるリヨンの功績を少しでも咎めようと

 神話に出てくる大悪魔の名前をあてがった物で教皇派が好んで使う異名であるのだが…

 当のリヨンは、この異名だけが唯一魔王っぽい異名なので、呼ばれるとむしろ嬉しいのだ。


 因みに城塞を崩した事故は、蹴飛ばしたアイアンゴーレムがうっかり当たっちゃったと言うもの。

 うっかりだから仕方ないね!

 城塞があった都市の領主様も許してくれたよ!、引き笑いしながら。


「き、貴様等…引退したはずでは!?」

「冒険者辞めても、別に生きてるんで…」

「そりゃ、出てくる時は出てくるわよね」

「と言うか、元々冒険者らしい行動とってなかったしな」

「それもそうね!」

「「ハッハッハ」」


 等と気楽に笑う美食街道(グルメロード)の二人に対して苦虫を噛み潰しておかわりもしたような表情を浮かべる神父。


 教皇派が彼女らに布教活動を邪魔されたのは一度や二度ではないからだ。


「り、リヨンって…あの『聖女』のリヨン様?」

「聖女ではない」

「じゃ、じゃあ『英雄』のリヨン様?」

「英雄でもない、真の魔王様だ!」

「ま、まおーさま?」


 エリックさんもそんな事を言っていた、どうして魔王様なのだろう?

 私はリヨン様を知っている、ううん、半魔だったら誰でも知っている…


 半魔でありながら、飢えに苦しむ貧民に多くの知恵を授け救い、豊穣神ファリス様の神殿から『聖女』の称号を授かった凄い人。


 半魔でありながら、東部三国同盟による連盟で『英雄勲章』が授与された大英雄パーティーのリーダーだった人。


 その活躍は同じ半魔に生まれた者達の希望だったから。


(そんな人が私を必要としてくれた?)


「ウオッホン!」


 ワザとらしく咳払いをして注目を集めようとしたのはパトリシア。

 王族なのに、余りに個性的な人達に注目が集まって目立てなかった不遇の公女様だ。


「お、おお!、パ、パトリシア様、これは一体どう言うことで!?」

「どういう事だとはこちらのセリフだアテムト男爵!、此度は貴様の不義を誅しにまいった!」

「そ、そんな!?、な、何のことでございましょか!?、私めにはサッパリ!」

「では、この裏帳簿は一体何だ?」

「な…」


 視察に来たと言っていた騎士達が持ってきたのは隠していた裏帳簿。

 それを管理してた執事も連行してきたのを見て、男爵の顔からサーっと血の気が引いていく。


「お、お許し下さい姫様!、わ、私めは男爵様の命令で無理やり!」

「な、何を言うか、貴様!」


 昨日まで乗り気で悪巧みに付き合っていただろ、コイツだって懐に金を入れてた筈だ。


「本国からそちらに送ったはずの工事費と、こちらの工事費用が合わぬ…抜いた金はどこへやった?」

「な、なんの事でしょうか?」

「シラを切っても無駄だ」


 パトリシアの合図と共に騎士達は何人か連行してくる、偽装の工事を行い口止め料を支払った業者だ。


(な、何故だ!?、何時の間にこんな情報が漏洩してる!?、視察に来たのは今朝なのだぞ!?)

「こ、このような者達は知りませぬ…」

「この書類の筆跡と印章が貴様の者ではないと?」

「あわ、あわわわ…」


 バレないように細心の注意を払っているつもりだった。

 そして調査に来る様子も今朝まではなかった…密偵?、内通者?

 常識の範囲では理解できない生命体(サシャ)の存在を知らぬ男爵はパニックに陥る。


「お、横領!?、領主様が!?」

「こ、工事って確か水門のアレの事だよな?」

「え?、じゃ、じゃあ不作の理由って…」


 ざわざわと農民達が騒ぎ始める、そう畑から水気がなくなり作物が枯れたのなら…

 最初に疑うべきはまず水源なのだ。


 そんな基本的な事は分かっていたにも関わらず今まで気がつかなかった…

 いや、気がつかないように誘導されていたのだ。


 農民達に現実と一緒に目を背けていた『罪』が脳裏に浮かぶ。


「ま、待ってくだせぇ姫様!、不作はこの半魔のガキのしわざなはずです!!」

「そ、そうでございます!、ふ、不正はあったかもしれませんが、不作はこのガキが!」

「神父様もそう仰っておりました!」

「え、ええぇ!?」


 そして『罪』から逃げ、『免罪』にすがる農民達。

 自分達の過ちなど今更認められない、認めてしまえば今までの行為が全て許されなくなる。


 信仰という名の中毒(あまえ)は既に深く農民達を蝕んでいる。

 この洗脳状態にも近い民を見て、パトリシアは戸惑ったが…


「そんな訳無いだろ、馬鹿かお前ら?」


 空気を読まずリヨンはバッサリと切り捨てた。


「な、何を言ってます、聖女様!、お、同じ半魔だからって庇うなど!」

「聖女じゃない…と言うか私が聖女扱いな時点で矛盾してるだろ!」

「え、えっと、そ、それは…それは…」


 農民達だってリヨンの事は知っている。

 そもそも難民だった自分達がこの領を開拓して食っていけるようになったのもリヨンの功績だ。

 でも半魔は呪いで不作を招く、でも半魔が自分達を救っている。

 それは『矛盾』、口に出せば出すほど気がついてしまう、自分達がおかしいことに…

 そして『罪』に怯え農民達は口を閉ざした。


「そもそもだ、新教派の教会があるラサメ領では豊作だぞ?、新教派は迫害される半魔を保護しているのに…」

「え、えっとですね…それは…し、神父様!?」

(ええい、わ、私に振るな!)


 こっそり逃げ出そうとしていた神父に農民達の視線が一斉に突き刺さる。

『免罪』と言う(あまえ)をもたらしてくれた神父に『罪』から逃れようと縋ったのだ。


「い、異端共は悪魔の子を保護している、そ、それ故にですな…その、呪いから逃れられるのだ!」

「となると、お前はわざわざ半魔に石をぶつけて呪いを引き出そうとした事になるぞ?」

「…あ、い、いや、違う!、異端共には何時か神の裁きが下るのだ!」

「豊作だぞ?、むしろ神に愛されてないか?」

「…そ、それも半魔の仕業だ、人を堕落させるために豊作に…」

「すごいな半魔、豊作も呼べるのか…一体どこの神様なのだそれ?」

「あ、悪魔!、悪魔の力なのだ!、神では断じてない!」

「神でも悪魔でも、そんな強大な存在に石を投げたら危ないであろう?」

「…え、えっと…そ、その……か、神の加護によって守られているから大丈夫だ!」

「ふーん、じゃあその神の加護とやらで不作の呪いを消したらどうだ?」

「そ、それは…それは出来ない」

「ほう、『出来ない』と言ってしまうのか…この後の予定では神が救うのではなかったのか?」

「あ、悪魔の子さえ取り除けば…」

「へー、悪魔の子に負けちゃう神の加護な神父よ、この不作は水門直せば水が巡って解消されるんだが、神の加護ってそんな事も出来ないのか?」

「…うぐ、ぐぬぬぬ…」


 どんどんボロが出て苦しくなる神父の言葉、ただ『悪魔』だ『神』だと連呼しても説得力がない。

 そんな神父を呆れながらも追い詰めるリヨン。


 半魔にそんな能力はないし、不作の理由だってハッキリしている。

 なにせこの不作は布教の為に作られた不作、原因さえ分かっていれば解消するのは簡単だ。


 この手の洗脳には只管に現実を矛盾を叩きつける解除できる。

 解除されない、解除も受け入れられない状態になってる事もあるがそんな時は…


「神父、貴様が民衆を惑わしこの子を虐待させたのだ…貴様などに神の使徒を名乗る資格はあるのか?」

「な、何を言う」

「…そ、そうだ!、神父様が石を投げろと!」

「わ、私達はそうすれば不作が消えると騙されて!」

「神父…いや、こいつ、コイツが悪いんだ!」

「な、み、皆の者、何を言う!?」


『罪』を受け入れられないのなら、『罪』を責任者に擦り付けさせればいい。

『免罪』の毒に溺れ切った中毒者(ジャンキー)達は直ぐにそれに乗っかってしまう。

 これで良いのかとも思うが、正直、こんな奴ら面倒は見切れない。

 そういった事はもっとマトモな…ちゃんとした神職者に任せよう。


(やれやれ…ん?)

 そんな連中に少し嫌気が差したリヨンの袖がちょんちょんと引っ張られる。


「あ、あの…えっと…魔王様?」

「おお、アンリか、どうした?」

「私はこの人達とは…私にはここに居場所がありません…」


 冷めた目で罪を擦り付け合う農民と神父を一瞥した後、アンリはリヨンを見据える。


「魔王様は、私を必要としてくれますか?」

「ああ、もちろんだとも!」


 アンリ・レオンハルト


 あらゆる面で義母リヨンを支え、人魔共存に最も貢献したと言われる忠臣にして最愛の娘。

 その少女と魔王はこうして出会ったのだ。

うーん、勧善懲悪って難しい…

アンリに人界を見限られる為に消化不良な感じになっちゃった気がします。

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