魔王様と料理人
「ただいま、無事帰ってきました!」
「おかえり、怪我はなかった?」
「うむ、回復の必要すらなかったぞ」
「…って、あれ?」
ゴブリン退治から帰ったエリック達をサシャは出迎えてくれた。
有難いがおかしい、サシャはエリックの故郷に調査に行っていたのでは?
エリックの故郷はここから馬で丸一日かかるのだが、まだ半日しか経っていないのだ。
「あ、準備の為にまだ出発してなかったんですね」
「あら?、調査の事?、もう終わってるし、証拠も騎士団に渡したから明日にはお偉いさんが来ると思うわ」
「ええっ!?、ぼ、僕の故郷まで馬でも丸一日はかかりますよ!?」
「馬で一日ですか、となるとサシャさんなら1時間ぐらいでしょうか?」
「いや、馬で一日は休憩やら食事の時間も含んでいる、サシャなら30分と言ったところだろう」
「あ…なるほど、流石は美食街道、そんなに早い騎獣をお持ちでしたか」
きっと、馬よりもずっと早い…幻獣のようなものを所有しているのだろうと結論付けたエリック。
それに苦笑いを返すペイロンとリヨン。
彼らは知っている…単純にサシャが馬よりもずっと早いだけだと。
「ふむふむ、10体全ての撃破、確かに確認したわ」
「報酬は一体につき銀貨五枚、殲滅成功で銀貨50枚、合計で銀貨100枚になるわ」
「あ、ありがとうございます…じゃあリヨンさんとペイロンさんとで分けて…」
「私達は戦ってませんから」
「前にも言ったが新人から仕事を奪うのはマナー違反、その金は受け取ることはできないな」
「で、でも逃げた二体はペイロンさんでしたし、それに色々ご指導を…」
「あれはサービスだと言ったでしょう?」
「後輩の指導なんかで金は取れんよ、少年も成長したら後輩の面倒を見てやればいい、そうやって冒険者同士でスキルを高め合っていくものなのだよ、この業界は」
「…分かりました、そして改めてありがとうございまた!」
これ以上はこの二人のプライドを傷付けそうだと思い、ありがたく全額を頂くエリック。
自分にも後輩が出来た時は精一杯親切にしよう、そう心に誓いながら…
因みにこの世界の銀貨はおよそ1000円程度の価値で、今回の報酬は10万円程度の価値になる。
新人が半日で稼ぐには大金のように思えるが、本来なら新人だと4~5名で当たる任務である。
人数分で割ればだいたいそんな物であろう、命もかかってるし常に仕事が順調に行くわけでもない。
それでも、何のコネも学もない者からしたら破格の収入ではある、あるのだが…
「こうやって金貨10枚集めるって…相当厳しかったんですね」
「そうよ、日々の生活費や装備、その他準備の費用を考えると新人にはきついわね」
「今回みたいな幸運はそうはないでしょうし、一人で続けたら命も危ないですしね…」
仕事を終え、実際に体験して自分の無謀さをまた実感したエリック。
銀貨100枚で金貨一枚分の価値であるが、ではこれを10回繰り返せばすぐに貯まるというものじゃない。
何せ上級者二人の指導があっても、実際には2匹逃がして失敗してたのだ。
これを一人でやったら?、きっと無理だ、次の失敗では命を落としたって不思議ではない。
仲間がいれば安全性も上がるが取り分が減る、それに常にこんなスムーズに仕事が終わる方が珍しいだろう。
それに加えて日々の生活費や装備、消耗品などの出費も考えれば…
もう2つか3つ、ランクが上の冒険者に成長しなければなかなか貯められそうにはない。
(1年以上はかかるな…やっぱ領主様は僕を追い出したかっただけなんだ…)
冒険者ならばすぐに貯まるだろうなどという口車に乗ってしまった自分の愚を改めて実感する。
「まぁ、何にせよ初任務お疲れ様!、さてお金も入ったし、あの子の代金はリヨン持ちだし、今日はパーっと行ってみる?」
実際の所、領主の不正は明らかなので代金の支払いは必要かは疑問ではあるが…
農奴と言う『保有物』として扱われてる身分の者を国外に連れ出すことを考えるとやっぱり必要になるかもしれない。
しかし、そうだとしても支払うのはリヨンだ。
出費の予定も消えたのだから初仕事成功を祝って豪華な夕食などをとってもいいかもしれないが…
「ごめんなさい、何時も通りでお願いします…確かに僕の初仕事はこれでしたが…あの子の問題には僕なんかじゃ力になれてませんけど、それでもお祝いは全部解決してからにしたいです!」
「そっか、じゃあお祝いは明日まとめてパーっと行きましょうか!」
「明日!?、一日で終わらせるつもりですか!?」
「そうよ?」
サシャはキョトンとしながらそう答えた。
全ての準備が終わった今、明日でカタが付くことになんの疑問を持つのだろうと…
たった半日で本当にそこまで話が進んでるとは思えないと言う一般人の感覚にピンとこないようだ。
「報告したらもう騎士団が動いちゃってるし、明日の朝には先行隊が到着してるんじゃない?」
「もうそんな事に!?」
「その迅速な行軍…お偉いさんってパティか?」
「そうそう、騎士団に行ったらパトリシア様が駆けつけてきて…」
「パティは美食街道担当なのか?、騎士団行くと直ぐ出てくるな」
「っ!!?」
エリックは唖然とした、リヨンが愛称で呼ぶパトリシアとはこの国の公爵位…すなわち王族なのだ。
王位継承権第四位、パトリシア・ダル・グルンゲルド。
嘗てリヨンをうっかり拉致しちゃった将軍の孫娘に辺り、将としての武勇も誉れ高い第三騎士団団長。
難民対策で『レオンハルト式即席開墾法』取り入れた張本人でもあり、国民からの人気が非常に高い。
「お、王族が出てきちゃった!?」
「パティはフットワーク軽いからな」
「そもそも男爵とは言え領主を廃そうってんだから来るでしょ、王族ぐらい」
(うわっ、ケロッと返された!、もう完全に僕如きが及ぶ世界じゃないじゃん!?)
たった一日でとんでもない状況に発展してる事に慄くエリックとは対照的にケロリとしてるリヨン達。
美食街道にとってみれば王族が出てくる事とか割とよくある事なのだ。
「しゅ、収入も入ったし明日の晩餐ぐらい僕が出そうって思ってたけど、王族が出てきちゃう事態じゃ流石に…」
「パティが居なくてもそれはやめた方がいい、少年の支払い能力を超えている」
「え?」
「食べるのよ…私もだけどリヨンは特にね…それにペイロンさんも本来は体長20mはあろうかという古龍だしね、食べる量は一般人のそれではないわ」
「少年、覚えておいたほうがいい…魔力の回復にはカロリーを使うのだ、腕力だろうが魔力だろが強い力を持つ者ほどそれを補うエネルギーは必要だ」
この世界の魔力は体内に宿る魔力と、自然界に存在する魔力であるマナの二種類が存在する。
術者が魔法を使い魔力を消耗するとマナを体内に取り込み自身の魔力として吸収するのだが…
この吸収時にカロリーを使う、故に飢餓状態だと魔力も回復できなくなるのだ。
「そ、そうだったんですか…魔術師も魔力が強いエルフ族も細い人が多いから少食などだと…」
「カロリーの消費手段が多いから細いんだ、魔力を超回復させて魔力が増えても筋肉は付かないからな」
「な、なるほど…でもエルフ族は果物とか野菜とかを食べてて肉はあまり食べないと聞きましたが…」
「ええ、人里ではね、森の中だったらめっちゃ肉食うわよ、あいつら」
「ええっ!?」
「エルフ達は人間の間で定着してる自分達のイメージを気に入ってるから、普段は猫被ってるけど、森の中とか仲間達だけだと焼肉パーティーすごい好きだってレムの奴が言ってたよな」
「猫かぶってるの!?」
「だって、種族レベルであんなに弓も得意なのよ?、狩りとかしまっくてるに決まってるじゃない」
「獲物が豊富だから森に住んでるんだよな、エルフ達って…」
「え、エルフのイメージが崩れていく…」
なんか女子高生が女子高の中と外では全然違う的なエルフ族の裏事情が暴露されていく。
因みにレムもエルフ族なのだが、彼女は開き直ったエルフなので普段からめっちゃ肉を食べている。
この世界のエルフは肉食系なのだ、食欲的な意味で。
「さ、サシャさん…やめて、これ以上やめて……」
「あ、ごめん、ごめん…今の話なかったことで!」
「少年は何も聞かなかった、いいね」
「あっ、ハイ!」
そんな話をしていると顔を真っ赤にしたエルフの女冒険者が涙目になりながらサシャに訴えかけてきた。
乙女の秘密を知ってしまっても知らんぷりしてあげるのが優しさである。
羞恥にプルプル震えながら訴えるエルフの女性を見ながらエリックはそう思った。
「そ、そう言えばコルト君に人界の料理を食べさせようって話はどうしますか!?」
ちょっと気まずい雰囲気にエリックは話題を逸らすべく、コルトの方を向きながら話を切り出す。
『わわっ!?』
言葉が分からないので大人しくしてたコルトは急に視線が集まったんで怯えてリヨンの足元に隠れる。
『ああ、この子が例のコボルトね…人を害するつもりがないなら怯えなくていいわ、私はサシャ、この赤猫亭の店長よ』
『あ、は、始めまして、宜しくお願いします…コボルト語上手ですね』
サシャはそんなコルトに優しく微笑みながら、流暢なコボルト語で自己紹介をする。
『ええ、家の店にはコボルトの従業員も多いのよ、彼等の教育の為にコボルト語だけはリヨンから教わったのよ』
『えっと?、店と言う大きな建物では同族も働いてるのですか?』
『ええ、みんな働き者で助かるわ、お料理も大好きみたいだしね』
『お料理…りょ、料理は僕も好きです…』
『そう、じゃあ今日は食べていきなさい、興味があったら明日の仕込みの見学してもいいわよ』
『あ、ありがとうございます!』
(お、頼む前に動いてくれたか…料理が絡むと流石に察しが早いな)
いろいろ超人的であるサシャも本業は料理人である。
美食街道の調理担当だった彼女が編み出したレシピ、調理法は人界の東側を中心に料理界に革命をもたらした。
ここ10年で飲食店も10倍以上に増え、飲食街という概念も生まれた。
今までは料理人の料理など貴族しか口にしなかった物が大衆も口にするようになり、食材を扱う市場も大いに活性化された。
そんなサシャが冒険者を引退し、冒険者の宿で料理を振舞うようになれば大勢の客が押し寄せるのも無理はない。
王侯貴族から庶民まで来店するので、2階は貴族用、1階は庶民用に分けた大きな店を建てたのだが、それでも常に満席、予約待ち。
ここ『赤猫亭』冒険者の宿であると同時にグラムヘルムで一番の料理店でもあるのだ。
「さぁ、出来たわよ!、店の余り物だけどジャンジャン食べてね!」
(ああ、美味しい…すごく美味しい…)
賄いレベルとは言え、この冒険者の宿に登録してる冒険者はサシャの料理に予約なしであり付ける。
その有り難さに、そして前に食べた魔界飯だった所為か、美味に思わず涙が零れそうになるエリック。
余り物のポトフ、余った野菜と手羽先で作った簡単な料理だが…
煮込まれて甘味が増したキャベツ、タマネギ、ニンジンは凄く柔らかいのに煮崩れもしておらず、噛む時とホロホロと口の中で溶けるように解れて、その心地よい感触と旨みで口の中を満たす。
メインの手羽先は簡単に骨が取れるほどしっかり煮込まれ手羽先の食べにくさを感じさせない。
それなのに肉の歯応えも残っている、全ての具材の加熱具合が完璧なのだ。
そして完璧なのはそれだけではない、肉の臭みも野菜の青臭さも全くない、下処理も完璧だ。
全ての具材の純粋の旨みだけがスープに溶け込み混じりあった極上の美味は、それが染み込んだ具材の味をさらに高めている。
ここにジャガイモもあったら最高だったが残念ながらない。
余らなかったのではなく、人界にジャガイモそのものが存在しないのだ。
しかし、そもそもジャガイモの存在も知らないエリックには関係ない話だった。
『あ…ああ…こ、これが人界の……』
そして実際に涙が止まらず零してしまったのはコルトであった。
今までやってた『こうすると食べやすい』と言う調理の完成形、究極の形がここにはある。
そして、それだけではない…味付け、下処理などのコルトがまだ存在すら知らない技術の結晶…
ゴブリン達に殴られても辞めれなかった調理への拘りの完全なる回答に出会えた気がした。
そして初めて知った『食べやすい』ではない『美味しい』という感動…それは誕生にも近かった。
この日、この味からコルトの新しい人生が始まったと言っても過言ではないのだ。
『どうだ、凄いだろう人界の料理は…』
『はい、凄いです、感動しました!…って…』
そんなコルトに語りかけるリヨン、そして温かく見守るサシャとペイロンだったが…
『めっちゃ食べてるー!?』
そう、前述の通り強者には多くのカロリーが必要なのだ
サシャもペイロンも軽く10人前は食べているが、リヨンはもっとすごい。
その佇まいは流石は魔王の娘と言える程に優雅なのだが、食べる量もスピードも尋常じゃない。
何せ腕が何本もあるように見える、空の器が瞬く間に積まれていく、給仕してる店員も大慌てだ。
だが、別にサシャやペイロンと比べてリヨンが更に格上だと言うわけではない。
この差は単にリヨンが生来からの食いしん坊なだけであると言うのと…
「ごめん、私も久しぶりの人界飯だったんで…」
幸福を知った後に地獄で暮らしていた物の飢えである。
「こ、これは確かに奢ったら破産してしまいます…」
50皿目を積み上げたリヨンに、若干引き気味のエリックはまたも自身の無謀さを思い知らされた。
強者ほどカロリーが必要、これを細かく突き詰めちゃうと空想科学の世界に突入しちゃうので…
まぁ、そういう傾向がある、あとエルフは肉が好きと言うぐらいの感覚でお願いします。