魔王様と魔界飯
「か、勝った!」
「うむ、見事だ…だが油断するなよ少年、難しいのはこれからだ?」
「え?」
昨日倒したのと合わせて6体撃破、残るは4体となったのにこれからが?…と思ったが直ぐに思い出した。
『ゴブリンはすべて駆除すること』と依頼書には書かれているのだ。
「こ、これからは逃がさないように倒さなくてはいけない?」
「ああ、五体で挑んで傷も負わせられなかったんだ、ゴブリンだって逃げる事を考えるさ」
「そ、そんなどうすれば!?」
「逃げる事は考える…が、この5体は上手く全滅されたからな、こちらとの戦力差が知れ渡る前に狩らねばならない」
「そ、それじゃあ急がないと!」
そう言って、エリックは森の奥へと急ごうとする。
「やれやれ、ちゃんとまだ周囲に潜んでなかった事を確認しないとダメだぞ?」
「え?…あ、そうか、知られるのを阻止するためですね」
「まぁ、居ませんでしたけどね…快勝した後はそうやって気が緩むものです、お気を付けて。」
「はい…ごめんなさい」
やはり自分はまだまだだったと凹むエリック、気を引き締めなおしてから森の奥を目指す。
(冷静に、周りをよく見る、ツッコミどころ…ツッコミ…)
(うーん、少し入れ込み過ぎだな少年…さて?)
黙々と森の奥へと歩むと、ガサリッと茂みが動く。
その方向を良く見ればゴブリンの頭がチラリとだけ覗いていた。
(居た、見えた!、ツッコミどころ!)
それを見た瞬間、少年は跳ねるようにその茂みに駆けつけて
「見えてるぞっ!」
「ギャアッ」
ゴブリンの頭を見事にかち割ったが…
「あちゃ~…」
「やってしまいましたね。」
「へ?…あ、ああっ!!?」
すぐ近くの茂みからガサガサ音を鳴らして、何かが逃げ去ろうとしている。
(4体居た!?、そうだ、単独行動は取らないだろうってリヨンさんが言っていた!、なのに僕は一体だけだと思い込んで…)
「くそっ、逃がすかぁ」
「ヒィィッ!」
なんとか一体に追いつき、逃げる背を斬りつけて一体倒すが…
「しまった、二体に逃げられた…」
その頃には残り二体は影も形も消えていた。
「うかつだったな少年、今のは焦りすぎだ、冷静ってのは難しいものだろう?」
「は、はい…ごめんなさい、せっかく指導して頂いたのに…」
「失敗の苦さも経験だ、これからも精進しろよ」
「はい…」
シュンと凹むエリックの頭をポンと撫でてやるリヨン。
失敗の苦味も成長には欠かせない。
少年の性格ならあまり心配はないが、上手く行き過ぎて天狗になったりするよりかは良かったかもしれない。
落ち込む後輩を見ながらそんなことを考えていた。
なお、リヨンのほうが背が低いので頭に手を届かせるために背伸びしてプルプル震えてるのが不格好だが、それを気にするものはここには…
「プフゥ、姫様、身長が全然足りてませんよ」
「うるさい、笑うな、この状況でそれを言うな!」
居ました、駄龍です。
ペイロンはゴブリンっぽいグチャグチャでグロい何かを二つほど抱えながら茂みから出てきた。
「あ、あれ!?、それって!」
「少年は失敗しましたが、私はゴブリンを見逃すつもりはないですし…それに、前の戦いは見事でした、大変面白かったので、この二体はサービスです」
「あ、ありがとうございます…で、でもあのタイミングで間に合ったんですか?」
「余裕ですよ、これでも古龍ですから、ですが、まぁ、こういうゴリ押しはもっと強くなってからですし、正直、上手い戦い方とは言えませんからね」
「は、はい…」
逃がしてしまった二体を仕留めたペイロン、竜の姿には戻ってないようだが一体何をやったらここまで死体が損壊するのか…エリックは理解が及ばないレベルの世界を少し垣間見た気がした。
「よろしい、では反省会です」
「はい」
「少年のさっきのツッコミは駄目です、ボケとの呼吸が合わせられてません」
「呼吸がですか?」
「その前に漫才に例えるのをやめようよ」
「姫様のわがままは隅に置いておいて、良いですか少年、ツッコミと言うのはボケと呼吸を合わせることが大事なのです。」
「今の発言、そんなにわがままだったか!?」
リヨンの正論も受け付けずに指導を続けるペイロン。
エリックも変だとは思ってるが最初にこの例えで覚えてしまったので、そのまま聞こうとする。
「前の戦いではゴブリン五体が激しく攻め込み、ボケを矢継ぎ早に連発してきましたので、こちらもその呼吸に合わせ矢継ぎ早にツッコミました、これは呼吸が合っています」
「え、えっと…はい?」
前の戦い方は上手くいったから合ってると言うのは分かるけど…でも具体的にどういうことなんだろう?
エリックはそう首をかしげ、リヨンは分かりにくいと頭を抱える。
「ですが、今の戦いではゴブリンは潜みながら静かに動いていたのに、少年は待たずに即座に攻めてしまいました」
「はい、焦りすぎました…」
確かにあのままでも直ぐには攻撃して来なかっただろう、近づくまで待った方が逃がす可能性が低かったかもしれない。
「頭を見せたゴブリンのボケは確かにツッコミどころでしたが、まだ相手に動きがないのですからもう少し様子見るべきだったでしょう…ボケ役は一体だけではないと知っていたのですから」
「はい、リヨンは「団体行動してる」と言い、前のゴブリンも5体で出ましたから」
少し待てばその事を思い出す余裕も生まれたかもしれない。
そうかツッコミに気が行き過ぎて相手を、状況をよく見れてなかったのか!
ペイロンの漫才理論に順応しつつあるエリックは、こんなアドバイスでもその事に気が付けた。
「その通り、即ち少年は相手がボケを出し切る前にツッコミを入れてしまったのです」
「あの場面はあえてボケに乗り、気が付かない振りをして更なるボケを引き出さなければならなかったのですよ!」
「さ、更なるボケですか!?」
「そう、あのままこっちもボケに乗ってればゴブリン達は4体で攻撃しようと集まったでしょう…バレてるとも気がつかずに、そこを一網打尽です…そのタイミングでツッコミを入れられるとゴブリン達もパニックになってロクに力も出せなかったはずです!」
「な、なるほど!」
「これが戦闘スキルの『ツッコミ』の応用!、さらなる上級スキル『ノリツッコミ』です!」
「だからねぇよ!、そんな戦闘スキル!!」
それは単なる誘い込み、それをツッコミとボケという言葉で説明しただけだった。
「まぁ、アホ理論は置いておいて…反省もしたのならゴブリンの耳を切り取ってからコボルトを探そう」
「え?耳をですか?」
「体の一部を持ち帰って討伐の証にしますからね、私のもちゃんと耳は残してますよ」
「耳しか残ってないとも言えるがな…ゴブリン相手にえげつない真似を…」
「これでも一応は手加減したんですよ?」
「こんな場所で全力出されてたまるか、騎士団が大隊単位で駆けつけるぞ!」
ゴブリンの耳を刈り取りながそんな他愛のないトークを交えつつ作業を終えた一行。
暫く森を探索するとゴブリン達の住処らしきホロ穴が発見される。
そしてそこから、なにか生臭いような異常な臭気をエリック少年は感じた。
「うげっ、なんですかこの匂い!?」
「ん…これは、どうやら食事の用意をしてるみたいですね」
「少年が嗅ぎなれないのは仕方がない、魔界の飯は臭いんだ…むしろこれは穏やかな方だぞ」
「こ、これが魔界の料理!?」
「魔界には調理法は焼くか煮るしかない、味付けと言う概念も存在しないし、肉は血抜きをしなければ、野菜の灰汁抜きもしない、それで居て毒ではないものはなんでも一緒にぶち込んで煮込むからこうなる」
「それでこんな匂いが…」
「更に魔族の胃は頑丈だからな、人間基準で腐っててもある程度なら大丈夫なのだ」
「ひえぇぇ…り、リヨンさんもそう言うの食べてるんですか!?」
少年の質問にリヨンの動きが固まる。
今まで見たことがないほど弱った顔、泣き出しそうな表情を浮かべながらリヨンは言った…
「……人界の料理の味を知ってしまったから、正直ツライです」
「聞いてごめんなさい…」
幸せを知らぬ不幸よりも、幸福を知った後に叩き落とされる地獄の方が辛いのだ。
40年ぶりに食べた故郷の食事は正直言って吐きそうだった、こんなの食い物じゃないとすら思った。
そんな話をしている時に、一体のコボルトがホロ穴から恐る恐る顔を出す。
『ご、ゴブリン様達じゃない?、え、えっとどちら様ですか?』
「あ、分からない…えっと、共通魔族語でしたっけ?」
「そうだな、大丈夫、通訳なら任せろ、私が喋れないのは日本語を除く異世界の言語だけだ」
「日本語!?、異世界って!?、ええ!?」
「まぁ、諸事情で姫様は異世界の言語すら習得なさってるので…」
「一体どんな諸事情が…」
文化を学ぶにはまず言語からと、リヨンは誇張なしに全ての魔族語と人界語を習得している。
その経験をいかして嘗ての仲間から異世界の言語すら習得してしまっていて、これは中々重宝した。
自分達以外に絶対通じない言語は情報を漏らさずにやり取りする事に役立つからだ。
『我はリヨン・レオンハルト、魔都:ハルト村の魔王だ』
『ええっ!?、ま、魔王様!?、人間の冒険者だと思ってました!?、す、すいません!』
すぐに跪こうとするコボルトを片手で制し、リヨンは続ける。
『良い、ここには人間の冒険者の少年の仲間として訪れ、ゴブリン達もこの少年が退治した』
『そ、そうですか…』
『コボルトであるお前は人族に害を為さぬと誓えば人の社会で生きられるだろう、若しくは我が元に来るのも良い、我が魔都は労働者が不足している…それに奴隷制度もないからな、市民階級でお前を迎えよう』
『ぼ、僕が市民階級!?、ほ、本当ですか!?』
最弱の魔族であるコボルトは魔界では基本的に奴隷である。
一部の魔人などに寵愛を受けたコボルトのみが奴隷から抜け出せる…その様なチャンスの訪れに
そのコボルトは驚きを隠せない様子だった。
『ところで、お前は人間社会で働いた経験はあるか?』
『ないです、申し訳ございません』
『いや、気にするな…ただ、場合によっては技能を学んで貰う為に人間社会で修行を積んで貰うかもしれん』
『べ、勉強は好きです、き、きっと身につけて見せます…ところで魔王さま…』
『なんだ?』
『この、さっきからやたらと触ってくるこの人はなんなんでしょうか?』
『ごめん…ただの変態だ…って何やっとるんだ、この駄龍!!』
『居た、蹴らないでください!、コボルトに当たったらどうするんですか!』
『だったら、其処をどけ!、真面目に話してるのに音もなく這いよりおってからに!』
『ああ、モフモフが!、待ちに待ったモフモフがぁ~!!』
『こ、この人達って、一体…』
真面目に進めようと思ってもやっぱり3分と持たない一行に怯えるコボルト。
そんな中、一人言葉が分からないエリック少年は鍋を覗いていた…
怖いもの見たさである、リヨンから話を聞いて逆に気になってしまうのだ…どれだけ不味いのかと。
『あ、あの食べますか?』
お腹が空いてるのだと勘違いしたコボルトは気をきかせてエリックに尋ねる。
『あ、少年には共通魔族語が通じない、通訳してやるからまってろ』
「少年、コボルトが食べるかって聞いてるぞ?」
「え!?、あい、いや…少し気になっただけでして…」
「後学の為に食べて見るのもありだぞ、見た所腐った物は入ってなさそうだ…」
そう言って、リヨンはひとすくい、鍋の中身を口に入れる。
「ふむ…やっぱりか」
「大丈夫そうですか?」
「ああ、大丈夫だ…腹は壊さん」
味については保証をしてくれなかった、でも好奇心には勝てなかったエリックもそれをスプーンですくう。
全体的に灰色、ところどころ血の色なのかどす黒い赤が転々としており、野菜は煮込みすぎてこのドブのような煮汁の色に染まっている…
(ヤバイ、これ…本当に人間がだべても大丈夫なのか!?)
「ええいっ!」
意を決して食べてみた。
「◎▼※∀⊂†ぷぇ%G〒ッッッ!!?」
そしてリヨンですら聞いたことのない言語の叫び声を上げながら、それでも失礼だと思って飲み込んだ。
(臭い、不味い!、臭い、なんかえぐい、ちょっと硬い、ときどきグチュグチュ!?)
口と喉に広がる不快感に苛まれながら少年は転がった、生まれて初めての悶絶である。
「少年、この料理…魔界飯としてはかなり出来がいい方だぞ」
「ええ、こ、これで!?」
「正しい煮込み時間かは怪しいが、一応食材を入れる順番を変えて多少はマシな歯ごたえになってるし、魔界のスープはもっとエグみが強いんだ、色ももっとグレーだし、もっとドロドロして飲み込みにくいのが一般的だな」
「魔界では…料理で忍耐力でも鍛えてるのですか?」
「単に美味しい食べ物を知らないだけなんだ、逆に人間の料理の味を知ってしまった結果、人間を襲う事に必死になってしまう魔族も居るしな」
「そうなってしまうのも納得の味でした…」
涙目になりながらも魔界の文化を知ったエリック。
一方でその様子を見ていたコボルトも凹んでいる。
『僕の料理ダメだったんでしょうか?、が、頑張ったのに…』
『確かに努力の後はあるな…料理好きなのか?』
『…はい、こうすると食べやすくなるって色々試すのは好きです、ゴブリン達にはノロマって怒られましたが』
『食べたすくなる』、これが魔界の料理の美味しさの基準である。
味うんぬんではない、飲み込めるかどうか…そういう基準になるほど魔界では食糧は少ない。
不味い食べ物でも、臭い食べ物でも、食べなければ生きていけない。
血抜きをしないのも、血からでも栄養を取ろうとするため捨てるという発想が生まれないからだ。
『食べやすくする』努力はあっても、『美味しくする』という行為を覚える余裕がないのだ。
『スープの色からして…灰汁…煮込むときに出る泡みたいなやつを取り除いたな?』
『は、はい…アレがない方が食べやすい気がして…』
そんな環境でも灰汁抜きという行為にたどり着いたコボルトか…
『人界の料理ってな凄いだ…それを食べれば少年がどうしてああなったか分かるだろうな』
『人界の料理ですか?』
『うむ、お前の進路はそれを食べてから決めるとしよう、ところでお前の名はなんだ?』
『あ、はい、コルトと申します』
『ならばコルトよ付いてこい、人界の食事を食わせてやろう』
『は、はい!』
そして気に入ったらサシャに鍛えさせてみるか、料理人は欲しかったのだ、切実に!
いや、魔界飯はもうコリゴリだって個人的な理由じゃないよ、人族の文化を取り入れる為だよ!
……本当だよ!
魔界飯を実際に作ってみてここまで不味くなるかは不明です、試したことないですごめんなさい。