魔王様とツッコミ
「ケケ、コロス、コロス」
「オトコ、コロス、オンナ、オカス…ケケケ」
ゴブリン達はカタコトで喋りながら下卑た笑みを浮かべてにじり寄る。
これは獲物の恐怖を煽り、焦らせるのが目的である…が、一匹のゴブリンがある事に気が付く。
『おい、あの女の手の刻印、『戦競神の戒め』だぞ!』
『けっ、魔界から逃げた臆病者の半魔か、ヒヒヒ…虐めがいがありそうだ』
『身なりは良いみたいだな、大方、魔人様の娘が呪いを受けて逃げ出したって所だろ、人間の奴隷でも連れてな!』
「え?、なんだコイツら、急に変な言語で流暢に…」
何やら急によく分からない言語で喋りだすゴブリンに困惑するエリック。
「『魔族共通語』だな、魔族は種族ごとの言語と、他種族にも伝わる共通語でしゃべるのが一般的だ、共通語がないと上級魔族が下級魔族に命令できないし、取引もままならないからな」
「人語もカタコトでも喋れるのは人界に住むゴブリンならではですけどね…ゴブリンは弱そうな相手は言葉で脅して戦意を削ごうとするのです、気にしてはいけません」
「は、はい!」
そう、『ゴブリン語』を用いないのはリヨンを脅そうとしているからだ。
『戦競神の戒め』、それは魔界に生まれ戦争の放棄を訴えた者に突然に刻みこまれる謎の刻印。
この刻印は魔力を攻撃へと変換するのを妨害する効果があり、これを刻まれた物は攻撃魔法、そして自身に対しての魔力による強化などが使用出来なくなってしまう。
抵抗できずいきなり受ける呪い、その効果も強く上級魔族でも攻撃魔法の行使がほぼ不可能になる事から、これは戦い競い合うことで高みを目指す事を教義とした『戦競神シュラハト』の呪いだと言われている。
この呪いを受けた者は魔界ではほぼ死ぬこととなる。
攻撃を封じられ弱体化した上に神に逆らった愚か者として戦競神の信者から執拗に狙われるからだ。
戦競神は別名『戦狂神』と呼ばれるほどに信者が好戦的だ、何せ教義からして戦争を推奨している。
戦争が手段ではなく目的となってる戦争狂、そんな連中に枷が付いた状態で狙われるのだ
ゴブリン達はリヨンがそんな環境から人界に逃げてきた女だと思い込んだ。
事実、この刻印を受けた者は人界に逃げようとするのが普通だからだ…
リヨンが人界の勉強しに冒険者になる事を周囲が止めなかったのもここに理由がある。
「いけませんね、少年…今、ゴブリン達は姫様に意識が向いていた、ツッコミどころでしたよ」
「あ…は、はい!、すいませんでした!」
「まぁ、確かにスキだらけだったな…ツッコミどころって言うのはアレだが」
ゴブリンの言語の変化に気を取られ、ツッコミどころを見逃した…
素直なエリックは、反省を心に刻みつつ、動揺を沈めることに努める…
「ケキャァ、シネェ!」
「シネ、シネェ!!」
そんなこちらのやりとりなど気にせず、ゴブリン達は攻撃を開始した。
(来た、でも良く見ればバラバラだ…これならっ!)
「てぇい!」
「ギェ!?」
ゴブリン達は一斉に攻めてきたが、その動きは連携して囲みに来たりするものではなかった。
ただ真っ直ぐ向かってくるだけなら、先頭の者と1対1で立ち会える、そしてそれならばエリックの方が強い、一合の打ち合いだけで浅いが負傷させる事に成功した。
「オノレ、カコメ、カコメ!」
「カコンデ、コロセ」
「ヤッテクレタナ!」
「ニゲバ、ナイゾ!」
「あるよっ!」
そしてエリックの方が足が速い、バラバラに攻めてきた後に慌てて囲もうとしても間に合わない。
そうこうしてる内にまた一匹…
「てぇいっ!」
「ギャアアッ!」
今度は傷が深い、囲い込みに失敗をした所を側面から攻撃…スキを突けたからだ。
「そうか、これが…これがツッコミどころなのですね!」
「開眼しましたね、少年!」
「す、素直すぎるぞ少年!」
エリックは素直すぎる少年だった、教えを素直に受け止めそして身につけてしまった…新たな戦闘技能ツッコミを!
『やばい、この小僧結構強い』
『お、女だ女を襲え!』
『よし、貴様は人質だ臆病者めっ!!』
ゴブリン達はエリックの予想外の強さに怯え、リヨンを人質にしようとした…
ゴブリン達の当初の見込み通りならそれは可能だったかもしれないが、これは最低の悪手である。
『ぎょぇっ!?』
『ぼ、防御魔法!?、無詠唱でだとっ!?』
『戦競神の戒め』があるからと言ってリヨンは弱いわけではない。
ちゃんと会話を聞いていればこの二人がアドバイスを送っていた事、即ち上級者である事に気が付けただろうが…ゴブリン達は刻印を見ただけでリヨンを侮りすぎていた。
『お前たちの相手は私ではない、あの少年だぞ?』
『ご、ゴブリン語を喋った!?』
『な、なんかヤバイぞ、この女!』
ゴブリン達はリヨンの異常さに気がつき、また意識をリヨンに向けてしまった。
そのツッコミどころを、スキルに開眼した少年が見逃すわけなかった!
「なんでやねん!」
「…ッ!!」
酷い掛け声と共に一体のゴブリンの首が飛んだ。
「おいこらペイロンっ!、どうするんだ!?、少年がなんかおかしな方向に成長したぞっ!?」
「ぐっ…見事です、私の想像以上ですよ少年…」
ペイロンは大笑いしそうなのをこらえながらも、満足気にそう返した。
本当にこの駄龍はロクなことをしないと、リヨンは頭痛と共に改めてそう思った。
「しょ、少年!、『なんでやねん』は精神だ、その掛け声はいらない!」
「あ、は、はい!」
「え~、いいじゃないですか、面白かったし…」
「あんな掛け声で戦うようになったら、PT組んだ時に困るだろ!」
リヨンは妥協をして掛け声だけでも直すことに務めた、真の魔王たるもの妥協も大事だ。
「シネェェッ!」
ゴブリン達はリヨンに困惑はしたが、それでも手を出す様子がないのなら、
まだどうにかなりそうなエリックにターゲットを変えた。
ペイロンを狙うのは生存本能が避けたのだろう、賢明な判断である。
(他にツッコミどころは…あ、あった!)
「その武器、雑だぁぁ!!」
「ゲェ!?」
エリックは武器屋の息子であった、難民になって店は潰れたがそれでも武器を見て育ったのだ。
そんなエリックから見るとゴブリン達の武器はひどい、木の棒に石を削って括りつけているだけだ、その括りつけ方も木の皮で縛っているだけ、これでは何度か使えば壊れてしまう粗悪品だ。
そんな武器の欠点、縛ってるだけの木の皮に剣を打ち込むだけで簡単に武器が破壊出来てしまう。
「その槍も柄がダメだ!」
「ヒィ!?」
石槍を持ったゴブリンだが、木の選び方からしてなっていない。
細すぎるし、加工しやすさで選んだのか…あまり丈夫ではない枯れ枝だ。
そんな物はあっさりと剣で折ってしまう。
「ちゃんと握れないナイフなんかで戦えるかっ!」
「ギャアアア」
石包丁を装備したゴブリンは持ち手が太すぎた。
こんなもので格上のエリックとまともに打ち合えるはずもなく、三合で切り捨てられた。
「ヒ、ヒィ!!?」
「戦闘では平常心!!」
仲間が二人死に、二人武器を破壊された状況でパニックに陥ったもう一人。
石斧を装備したゴブリンは何もできないままあっさりと切り捨てられた。
「ユルシテ、ユルシテ…」
『逃げろ、逃げるんだよ…あっ!』
「許す訳無いだろっ!!」
命乞いをしたゴブリンもあっさりと首をはねられる。
残されたゴブリンも慌てて逃げ出すが…
「僕の方が早いことを忘れたか!!」
「ギャアアアッ!!」
そう、機動力でも負けてるのだ…1体1になってしまった時点で逃げることもかなわない。
ツッコミを会得したエリックは瞬く間にゴブリン4体を屠ってしまった。
「あ、あれ?、実はツッコミって強くない?」
「見事です…見事ですよ少年…プフゥ!」
ペイロンの冗談から生まれた新たな戦闘スキル『ツッコミ』。
その意外な威力に困惑するリヨンと遂に笑いが堪えられなくなったペイロンであった。
ちょっとだけと思って書いたら完成しちゃったので今日はもう1話上げます。
だったら続けて書いたほうが良かったかもしれない。