魔王様と新人指導
「あくまでも戦うのは少年で、我々はアドバイスをするだけだ」
翌朝、出発前に確認をしておく。
これはエリックの仕事であって、その経験を積むのを邪魔してはいけない。
「分かってますよ、少年を洗の…教育して立派なゴブリン殺しに育てればいいのでしょう?」
「い、いま、洗脳って言おうとした!?」
「大丈夫、おかしな事をしたら止めるから…」
やや不穏な発言がありつつも出発をした一行だが、ゴブリンが出没する森の前でエリックは申し訳なさそうに質問をする。
「あ、あの~、リヨンさん、リヨンさんは、その、えっと…魔王で、しかも魔族と人族との争いを止めたい立場なんですよね?」
「うむ、そうだ」
「い、良いんですか?、僕がゴブリンを退治する手伝いをしてしまって、これだって小規模ですけど人族と魔族の争いですよ?」
エリックの言葉にリヨンは少し思案をする。
この質問に対する解答は初めから持っているが、エリックは自分の事を少し勘違いしてるようだと感じたからだ。
「少年、私は別に博愛主義者でも平和主義者でもないぞ?」
「え?」
「私は単純にこの人族と魔族の戦争において魔族が不利である事、そしてなんの利もない戦争だから辞めたいだけだ、平和主義ではない…何故ならこれを行うことによって新たな戦争の火種が生まれることは自覚してるからな」
「新たな戦争?」
「ああ、新しい時代の流れに乗るものと乗らぬもの…大きな変革には必ず戦争が伴う、旧体制の破壊を無傷で行われるなどまず有り得ないからな」
「た、確かにそうですね…」
少年は納得したようだが、おそらくはまだ理解が足りないであろう。
もう既に時代がそう動きつつあることを、すでに人族の間では二つに分かれ始め溝が深まりつつある。
件の神父があんな真似をしてまで信者を獲得しようとしたのも、その権勢争いの一旦だという事を…
「そして博愛主義者でもない、真の魔王たるもの犯罪者を放置はしない然るべき裁きを下す」
「は、犯罪者!?、で、でも魔界の立場から見れば…」
「魔族だってゴブリン退治は普通に行うぞ?」
「ええっ!?」
「いや、人族だって山賊は討伐するだろう?、ゴブリンのやってる事は山賊と大差ないぞ」
「いえ、姫様…山賊はまだ盗んだり殺したりするだけですが、ゴブリンどもは数に任せて資源を食いつぶし生態系まで破壊します、なにせ雑食で大概の物を消化できる上に繁殖力も凄いですから」
「じゃ、じゃあ魔族の方々も迷惑してると…」
「竜族も迷惑してます」
「それでも滅びないのがゴブリンの恐ろしさだよな…弱いが非常に厄介な奴らだ」
そうゴブリンの真の恐ろしさは種としての生存能力である。
ゴブリンは雄しかおらず、そしてある程度サイズが合うならば哺乳類全てと繁殖が可能という恐ろしい性質を持っている、例え一体だけになろうと適当な動物と繁殖することが可能なのだ。
その上寿命が短い分成長速度も早く3年もあれば成体となる為、繁殖を行うサイクルも短い。
そんな連中が雑食で草も木の根も小動物も食い荒らして行くため、生態系を下層部から破壊していってしまう。
餌が少なくなった大型の獣もゴブリンを襲ったりするが、臆病なゴブリンは動物よりも知恵はある、そんな状態になったらさっさと別の場所に移住してしまうのだ。
後に残されるのは根が食われて枯れた木々と飢え死にした獣達の荒野、ゴブリンの繁殖による被害は魔族も竜族も見逃せるものではないのだ。
「だからゴブリン退治は大事な仕事なのだ」
「そうです、根絶やしするぐらいが丁度いいのです」
「わ、わかりました!」
エリックはこの日初めて、ゴブリン退治の依頼書には必ず『一匹残らず駆除すること』と書いてある理由を知ったのだ。
「さて、現地に着く前にレクチャーをしておこう、確か少年はゴブリン3体に襲われて逃げ延びたのだったな」
「は、はい、なんとか一体は倒したのですけどその時点で傷を深くて…ヤバイと思って命からがら逃げました…」
「なるほど、じゃあ普通に勝てそうだな」
「え!?」
依頼ではゴブリンは10体ぐらいいるとされている、それなのに3匹相手にその体たらくだったのだ。
だが、リヨンは勝てそうだと言った、それも普通にと、そんなに難しくないかのように。
「そ、それは各個撃破していけばという事ですか?」
「それが出来れば楽だが、ゴブリンだって馬鹿じゃない、自分たちを狙うものの存在を知れば単独行動は控えるだろう」
「えっと、それじゃどうやって?」
「冷静に立ち合えば勝てる」
「そ、それだけ?」
「それだけ…が、なかなか難しいのだ、戦場で平常心を保つのは慣れ…そして自信がいるからな」
「慣れと、自信?」
それじゃ無理だとエリックは思った、慣れなんて直ぐには身につかないし、自信なんて逃げ帰ったばかりなのに持てるわけがない。
「慣れはともかく、自信は持っていいぞ」
「え?」
「3対1で一体倒せた、これは少年が1体のゴブリンよりも確実に強い事を証明している、そして逃げ切れた、これは少年がゴブリンよりも速く走れることを証明している」
「で、でも相手は10体です」
「10体同時は厳しいだろう、だが少年の方が足が早いのだ囲まれないように走り、一体ずつ相手をしていけばいい…なにせ機動力と戦闘力で優っているのだからな」
「あ…」
「どうだ?、出来そうな気がしてきただろう?」
「た、確かに…が、頑張れば…」
「駄目だった時は私やペイロンが居るのだから、まずは恐れずに挑んでみよ」
「はい!」
(よし、少しは自信が持てたようだな…)
初心者でも大抵の場合はゴブリンよりは強い、それでも危険な理由は初陣の緊張で実力の半分も出せないからだ。
そんな初陣で3体相手でも善戦できた少年なら、実力さえ出せれば数体のゴブリンぐらい問題はない。
立ち回り次第では10体相手でも勝てるのだ…平常心と言うのは戦闘においてそれだけ重要なのだ。
「では、私からもレクチャーを」
「え?、いや、嫌な予感しかしないから辞めろ!」
「ハッハッハ、ご心配なく!、私は普段から人間形態をとってるのは人間の戦い方に興味を持ってるからです、弱い肉体であれだけ戦える、弱者の強さというのは竜族にとって得難いものですから」
「で、ではペイロンさんもお願いします!」
「…ホントに大丈夫かなぁ?」
どうせロクな事を話さんだろうこの駄龍、と不安げなリヨンをよそにペイロンの指導が始まった。
「姫様の話の続きですが、冷静さ、平常心を手に入れたのならば他の強さも得れます」
「他の強さ?」
「相手をよく見れる、姫様の指導は『自分を知る事』に重点を置きました、これは少年が冷静さを持てるように自分というものを把握することで自分を見失うことを防ぐ意味もありました」
(おおっ、意外とまともな事を言ってる!?)
そうリヨンが感心したが、大事なことを忘れていた。
ペイロンは常識を知った上でそれをかき乱して遊ぶタイプ、即ち「上げて落とす」のが大好物なのだ。
「戦闘において常に正しい行動をし続ける、そんな事を出来る者はおりません…相手をよく見る事でその穴が見えてきます」
「なるほど…」
(うんうん、真面目な事もちゃんと出来てるじゃないか!)
「穴、即ちそれは…『ツッコミどころ』です!」
「「はいぃ!?」」
案の定、話がおかしな方向に飛んでいった。
「相手が馬鹿な行動をとりツッコミどころが生まれたら『なんでやねん!』と即座にツッコミを入れるのです!」
「ええええええ!?」
「いや、確かに相手のミスを突くのは正しいが、その掛け声はいらんから!」
「『なんでやねん!』掛け声ではなく心意気です、この戦闘技能の精神みたいなものです」
「せ、戦闘技能?」
「そう、ツッコミは戦闘技能なのです!」
「ねーよっ!!」
「その反射速度、見事なツッコミです姫様…少年もこれを手本にしてみてください」
「は、はい…」
「いや、そこは「いいえ」でもいいのだぞ?」
弱気なエリックははいとしか言えなかった、一応、仮にも古龍が相手だし、言ってることは兎も角、相手のミスを即座に突くと言うのは間違ってはないからだ。
「む、見ろ…足跡だそろそろ近いぞ」
「…はい」
リヨンの言葉にエリックはショートソードを握りこむ。
(冷静に…冷静に…僕はゴブリンより強い、ゴブリンより足が速い…)
教えられた事を心の中で繰り返し呟き、平常心を得ようとする。
その時、突如茂みの中から小さな影が複数飛び出してきた。
(来た、……大丈夫!、攻撃して来たのは一体だけ!)
「えやっ!」
ガキン、とエリックはゴブリンの石斧を弾き返した。
(数は…5体!?、…いや10体よりマシ、よく見れば…いけるかも!)
「こいっ!」
エリックは真正面からゴブリン達を見据え戦闘態勢をとった。
「ほぉ…これはなかなか」
「うむ、素直な子だ、吸収も早い」
後ろで見物してる二人もエリックの堂々としとした態度に嬉しそうにうなづいた。
今回も短めですがここまでです、個人的には短めの方が読んでて疲れない気がするのでこれぐらいの長さが好きなのです、読み応えがないって人も多いかもしれませんね。