魔王様と騎士の国
「なるほど、確かに条件に該当するな」
本音を言えば速攻で飛び付きたい好条件、まさに喉から手が出るほど欲しい人材であった。
だがすぐには結論は出せない、気になる事があるのだ。
見逃せない案件ゆえに冷静に確実に勧めていかなければならない。
横目でサシャの事も確認する…案の定だ、予想通り無表情で異常な程に気配が薄くなっている。
感情を殺そうとしてる時、サシャはいつもこんな状態になるのだ。
冒険者になる前のサシャは同じような経緯で半魔の妹を失っている、現役時代のサシャだったらとっくに手を出してその子の救出に動いていただろう。
それが出来ないのは冒険者の宿の女将という立場があるからだ、直ぐに無償で助けてしまってはこの少年が育たない。
おそらくだが、表では少年に仕事を与え少年の予定通りに資金稼ぎをさせつつ、裏では少女の安全を確保しつつ、最悪の事態になりそうだったら自分で動こう…そう考えてたに違いない。
「なんかごめん」
「ん、いいのよ…エリックの判断も間違ってない、リヨンに引き取って貰うのが一番手っ取り早い救出手段なのは間違いないしね」
「その子の安全の確保は?」
「安否は確認してる、ただ農奴は領主の保有物だからギルドの方で預かって確保するとかまでは出来ないわね、精々殺されないように監視する者を村の中に忍び込ませておくぐらいしか出来てないわ」
「ええっ!?、そんな事をやってもらってたんですか!?」
少年が驚くのも無理はないが、この案件をサシャが見捨てる方がありえない。
むしろ、これでもサシャとしては抑えてる方だ、本音じゃ神父をぶん殴りに行きたいだろう。
(やばいなこれ、私の予測が当たってたらサシャが更に怒るかも知れない…)
この地上最強の乙女の事をよく知るリヨンは戦慄する。
運が悪いと領地が更地にクラスチェンジしてしまうかもしれない、でもその予測が当たってるか調べるのに自分で動くことは出来ずサシャに頼るしかない、何故なら――
「ふむ、では姫様にその子の事は任せて、少年よ今すぐコボルトを救出しに行きましょう!」
「ええっ!?、もう夜ですよ!?、夜の森は危険です」
「大丈夫です、私のブレスで物理的に明るくしてみせますよ」
「全然大丈夫じゃないぞ、この駄龍!」
そう、こっちの案件…ゴブリン退治なんて簡単な案件を無駄に大袈裟にするこのアホを抑えないといけないからだ。
ペイロンはコボキチの他にゴブリン嫌いと言う病気も患っている、正確にはドラゴンという種にゴブリンが嫌われてるだけだが、その二重苦によってコイツに大暴れされるのも問題なのだ。
「そっちの出発は朝、それに私も同行する…それとゴブリン退治は新米に経験を積ませるのに役立つ依頼だ、私達みたいのが直接手を下すべき仕事じゃない」
常識としてランクの高い冒険者はゴブリン退治などしない。
実入りが悪いと言うのもあるが、それ以上に新人の仕事を奪ってしまうと後進が育たたないから、マナーとして簡単すぎる仕事は引き受けないと言う暗黙の了解があるのだ。
ペイロン?、冒険者以前の問題として最強種の頂点たる古龍なんだから、少しは常識を弁えてもらいたい。
最も、彼の場合ちゃんと常識を知った上でそれをかき乱すのを楽しむタイプだから余計にタチが悪いが。
「で、話を戻すが…少年、その子が生まれた年は豊作だったらしいが、その生まれた場所と君の出身地は同じ土地なのか?」
「え?…あ、いえ、違います…僕の故郷はごく最近に拓かれた領地です、彼女も僕も同じ元入植者の難民です、本当の意味での故郷は棄てられたので、もうありません。」
元入植者の難民、これが嘗てこのグラムヘルムが抱えていた難民問題の原因。
原因といっても悪いのは彼らではなく、彼らを魔界へ次々と入植させた当時の有力貴族達なのだが…
魔界と一言で言ってもその大半は空白地である、何故なら生産性のない魔族は巨大な国家を支える事が出来ない、なので広大な魔界に点々と魔王が収める魔都と呼ばれる集落がある状態なのだ。
嘗て人族は魔界を地獄のような土地だと信じていたが、蓋を開けてみれば拍子抜け。
人界より強力な魔物が生息してはいるものの、魔族なんてそんなに居ない。
稀に集団から離れて暮らすはぐれが居るだけで、人界と変わらない土地が広大に広がってるだけだった。
それは当然の事である、何故なら魔界も人界も同じ世界、同じ地上にあるのだ、国境を超えた瞬間に急激に環境が変化するなんて事はない。
グラムヘルムに至っては魔界と地続きである、それ故に軍備を重視した軍事国家で、通称『騎士の国』と呼ばれている。
そんな軍が中心の国家ゆえに、国庫は常にカツカツだ。
最前線で人界を守る盾とも言える国家なので周辺国は援助してくれるが貧乏なのには変わりがない。
そんな中、魔界って意外と大した事がないという事実が判明した。
それでも当初のグラムヘルムの王は慎重に入植を進めていった。
グラムヘルムが人界の盾ならば、魔界の最前線には魔界の盾となる存在がある事を知っていたからだ。
しかし、そんな王が病に伏せた。
息子も若い内に病死でこの世を去ってしまっていて、残された世継ぎは幼い孫の王太子。
幼い王太子を傀儡にして国の実権を握ろうと、貴族達の権力争いが始まった。
軍事国家において一番の功績とは軍功であり、貧乏だったグラムヘルムも土地を得れば収入も増える。
貴族達は功績と資金を得るために競うように魔界への進軍と入植を進めていった。
病に伏せていた王にこの流れを止める事は叶わず、王の忠告も貴族達は「王は病で弱気になっておられるのだ」と軽く受け流した。
盾の存在を知っている一部の貴族も魔界への進軍が想像以上に簡単なものであったため、それを甘く見ていた。
そして、遂に魔界の盾たる魔都、金色の魔王ライオスが率いるレオンハルト領の領域に足を踏み入れてしまったのだ。
貴族達の命令で無秩序に進軍したグラムヘルムの前線は広がりすぎていて、魔族の反攻を止める事は出来なかった。
敗戦を重ね前線は後退を繰り返す、そして入植して増やした開拓地を次々と棄てていく。
当然、開拓地に住んでいた入植者は土地を失い、難民となって本国へ押し寄せる。
魔界への入植はもともと貧乏だったグラムヘルムに大量の難民を抱えさせるという結果に終わったのだ。
「やはりそうか…」
リヨンは複雑な顔をした、この一軒に関わり過ぎてるからだ。
ライオスはリヨンの父であり、レオンハルト領はリヨンの祖国であり、リヨンが治める村も元々はそれによって棄てられた村なのである。
それどころか王や一部の貴族に盾の存在を話し、「今の人族ではまだ父に勝つ事はできない」と忠告したのもリヨンなのだ。
当時、魔界の調査を行っていた将軍に『魔族に襲われてた半魔の少女』と勘違いされ、救助という名の拉致によって初めて人界に訪れ、人間の社会を知ったのだ。
なお、王と一部の貴族しか知らなかったのは、うっかりミスで魔族の姫君を攫ったから戦争になりましたなんて間抜けな事態を防ぐ為にリヨンを介して示談を行ったのだが、そんな理由とは言え魔族との戦いを回避した事を知られるのは騎士の国の沽券に関わるから、その事実は隠されたからだ。
拉致され、忠告は無視され、祖国は侵略されたのでどう見てもリヨンは被害者なのだが
それでも自分が関わった事態で餓死者が出続ける事を放置するのは、真の魔王として許されない。
だからこそ研究の末に『レオンハルト式即席開墾法』を開発したのだ。
「えっと、なんで分かったのですか?」
「ん?、ああ…『レオンハルト式即席開墾法』の発案者だからな、その後の経過を観察する為にも、それによって新しく生まれた領の生産量は把握している、近年続けて不作が続いてる領は一つだけで他は全て順調だった…なぜその領だけ不作なのか気になっていたから色々調べていたのだが、グラムヘルム全体でも不作続きの土地はその領だけだったんだ」
「あ、それで特定出来たのですね」
「うむ、とは言っても離れた土地から気になる情報を聞いてただけだから、それ以上の事は推測できても確証はないがな」
「それ以上の事?」
「ああ、それで気になる事があるのだが、その例の神父の教会はどんな建物だ?」
「えっと、白くて立派な建物で、都会の教会と比べても遜色はありません…光の神を祀っていて、教皇庁の印もあるし由緒正しいのかな?」
「うげ…」
「うげって、何か問題でもあるのですか?」
「あ、いやまだ確証はないから…えっと、領主の家はどんな感じだ?」
「領主様の家ですか?、そりゃ立派な屋敷ですよ」
「どれくらい?」
「え~と、都会に住む貴族様のお屋敷と変わらないぐらいですかね?」
(うわぁ…これは予測が当たってるわ…)
もう一度サシャを横目で見る、あ、向こうもこっちを見てる…
やばい笑ってる、ダメな方の笑顔だ!、目が笑ってない笑顔だ!
「へぇ…やっぱり教皇派のクソどもなのね、で、リヨン、何が分かったのかしら?」
「あー、えっと、そのだな?『レオンハルト式即席開墾法』は国庫がカツカツのグラムヘルムでもなんとか農地を拓いて難民を食わせる為に開発した開墾法だが、それでも予算はギリギリの筈だから、立派な建物なんて立てる余裕はないはずなんだ」
「え?、じゃあそのお金は何処から?」
「教会は教皇庁からかも知れんが、領主のは横領だろうな…あの開墾法はしばらくの間は補強工事を続けないといけないから、本国からその援助資金が届いてるはずだ」
「え、でも…その資金って横領したら不味いんじゃ…」
「だから不作続きなのだろう?」
「えええっ!?」
「ふーん、となると領主とその神父も繋がってそうね、不作になるのはわかってた筈だから、その不満の対策として…相変わらず胸糞悪い事をする連中だわ」
ああ、サシャが怒ってる…そりゃそうだ、そりゃそうだなんだが…
「残念ながら、推測ではもっと胸糞が悪い」
「え?」
「いくらがめつい領主でも工事を不備のままにはしておけないだろう?、これ以上不作が続いたら税収だってなくなるからな…だから補強工事の資金はきっと教会が出す、そういう予定なのだろう」
「え、でもそれって教会にメリットがないような…」
「あるさ、不作と言う危機を神父が神の奇跡でそれを解決する…そんな演出が出来ればさぞかし信者が増えるだろう?、きっとその子はその演出の為の悪の象徴として用意されていたじゃないか?」
「そんな、それじゃあの子は最初から殺される予定だった?」
「推測ではな、そしてこの推測が合ってた場合、実際に少女を売り渡すつもりなんてなかったんだろう、少年との口約束の為に領主が教会に売り渡す大事な生贄を他所に売るわけないからな」
「それじゃなんで領主様はそんな事を…」
「少年の存在が煩わしかったんだろう、演出を完璧にするにはその子に全ての憎しみを集めなければならない、だからその子を庇う少年の言葉が僅かでも村民の心を動かしてしまうのを嫌がったんじゃないか?」
その言葉に少年はハッとした表情を浮かべ、血が出るほどに強く拳を握りこんだ。
「……資金を稼ぐ手段として、冒険者ギルドに紹介状を書いてくれたのは領主様でした…」
「やっぱりか…」
「そうね、やっぱり関係者皆殺ししかないかしら?」
「そんな物騒なやっぱりじゃないよ!」
「サシャさんがクズどもを皆殺しにして、私がゴブリンどもを根絶やしにすれば全てが解決する、まさにWinWinの関係だと思われます。」
「WinWinってそういう関係じゃねぇ!、と言うか無関係な分野でどっちも虐殺してるだけじゃないか!」
嗚呼、やっぱりブチ切れた、そしてそれを面白がって煽るなこのクソ駄龍!
でも、そんなアホな煽りで少しだけ冷静さがもどったのか、こちらを見て訪ねてきた。
「じゃあどうするのよ?」
「そんなの、推測を確証にする為に証拠を集めてそれで横領を暴いてやればいいさ、教皇庁の評判もダダ下がりだし、それが一番効果的に奴らにダメージを与えられるぞ、末端を潰したぐらいじゃ意味はない」
「なるほどね、確かに…」
教会の不道徳を暴いてやる事こそ奴らが一番嫌がる展開、それを理由になんとかサシャを落ち着かせられたようだ。
「少しは落ち着いたようだな、じゃあそっちの調査は任せる、私はとりあえず少年と一緒にゴブリン退治を完遂させてくるよ」
「OK、分かったわ」
「え、今更ゴブリン退治とか言われても…」
「こらこら、冒険者たるもの依頼の放棄はいかんぞ、それにゴブリンは放置すると非常に厄介だ」
「あいつらの繁殖力はゴキブリ以上ですからね」
「それにだ、こういう事はサシャが一番向いてるんだ」
「え?…あ、あれ?、サシャさんがいつの間にか居ない!?」
「魔法でもない単純な気配遮断で、いきなり目の前で消えたように見えますからね、恐ろしい斥候術ですよ」
「あれで現役時代のジョブが料理人だったとか酷い詐欺だよな、まぁご覧の通り、冷静になったサシャには何の心配もないから、私達は明日のゴブリン退治に備えて眠るとしよう」
「美食街道の人達って一体…」
ゴブリンよりも、領主よりも、何よりも恐ろしかったサシャの怒りを鎮めたリヨンは安心して明日に備えて眠りに就いた。
なんか説明が多くなってしまいました、読みづらかったらごめんなさい。