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村長は魔王様!  作者: マカロニ男爵
30/36

魔王様と恐怖

 少し時間は遡る…あの劣竜(レサードラゴン)がまだ強気だった頃の村の様子は…


「すげぇなここ、こんな美味い物初めて食ったぜ」

「ひっく、酒ってのも良いもんだ~」


 初めて食べる美味い飯と旨い酒をすっかり堪能した魔族の客達…

 しかし、素直に楽しんでいる者などこの中の半数も居ないであろう。


(ケケケ、ここはすげー宝の山だぜ!、アントヒルの目を盗んでどうやって略奪してやるか…)

(ここの魔王は弱そうだもんな、戒め持ちだし、ちょっと脅せば言う事を聞きそうだな)

(弱そうだが、中々いい女じゃねぇか…脅したついでに楽しませてもらってもいいかもなぁ)


 この場では犯罪に及んでなくても、魔族のモラルとは大体はこんなものである。


 そして、彼らの中ではリヨンは『弱くて可愛らしいカモ』と言う認識なのだ。


 基本的に『戦競神の戒め』は上位魔族の血を引いてるものの気が弱い平和主義者などが受けるもので、そう言った手合いは性格が災いして戦闘も大して強くないのが普通である。


 だが、世の中は常に普通が通じる世界だとは限らない事を彼らはまだ知らない。


「おい、大変だ!、何者かがこの村に攻めてきたらしいぞ!」

「あん!?、誰だ抜け駆けしたアホは!」

「アントヒルに喧嘩売る馬鹿なんかこの辺に居たのか!?」


 そんな中、やっとこさ襲撃の報せが村の方にも届く。

 これからどうやって搾取しようか考えてた連中は先を越されたと思い慌て出す。

 アントヒルが怖くて尻込みしてる間に美味しいところを持って行かれたら大変なのだ。


「それが、ここの村長が倒しちまったらしいぞ」

「はぁ?、戒め持ちのカワイコちゃんに負けるとかどんな間抜けだよ!?」

「おもしれぇ、その間抜けのツラを拝みに行こうぜ!」


 だが、その心配は杞憂で終わった。

 どこの間抜けだか知らないが、あんな弱い魔王(と思い込んでいるもの)に負けるとは笑い種。


 一体どんな間抜けだかひと目見ようと、野次馬たちは襲撃者が来たという現場に向かう、向かってしまったのだ…


「いぎぎゃああああぁぁ、た、助けてくれぇ!!!!」

「「「「ど、ど、ど…ドラゴーーン!!?」」」」


 間抜けのツラを拝みに行こうと向かった方角から劣竜(レッサードラゴン)が飛んできた。


 そのツラは確かに間抜けだったかもしれない、鼻血と鼻水を吹き出しながら泣き喚く姿は無様だったかもしれない。


 それがゴブリンとかだったら笑えたかもしれないが、そんな表情を浮かべてまで何かから逃げ出そうとしていたのが最強種(ドラゴン)だと全然笑えない、笑い事ではない。


「ぐあっ!?」

「うおっ!?、なんだ!?、結界!?、障壁!?」

「広域結界魔法だと!?、この広さでなんて強度だ…」


 野次馬たちの目の前で劣竜(レッサードラゴン)は見えない壁にぶつかり弾き返された。

 竜すら通さない障壁をこんな広範囲に貼られていると言う事態に驚きを隠せない野次馬たち…其処に。


「知らなかったのか?『真の魔王』からは逃げられない…」

「ひぃぎゃあああああああああああっ!!?」


 何時の間にか劣竜(レッサードラゴン)の背中に乗り翼を掴んでいるリヨンが現れた。

 その姿を見た劣竜(レッサードラゴン)は半狂乱に陥り、無様にも恐怖の悲鳴を上げた。


「逃げようとした罰だ、この翼も貰うぞ」


 リヨンがそう宣言すると「キュイィィィン」と騒音を立てながら魔力の光輪を形成して、その光輪を翼の付け根に当てる。


「いぎぃっ!?、いだいっ!、いだぁああぁがあぁぁっ!!!」


 それだけで劣竜(レッサードラゴン)は苦痛でのたうち回り、その翼は光輪によって血飛沫を上げながら切り取られてしまう。


「メリッサ、逃げられないように【重過ぎる愛】(ヘヴィ・ラヴァー)をかけておいてくれ」

「はーい、村長さん」

「うがぁ!?、お、重い!?、つ、潰れる!?」

「うん?…おっと」


 リヨンはメリッサにそう告げると、劣竜(レッサードラゴン)は急に地面にめり込み動けなくなってしまう。


 そしてリヨンは野次馬たちに気が付いて、そちらへと歩み寄って来た。


 先程の翼切断の返り血がかかって顔の半分を赤で滴らせながらも、お客様相手だからニッコリと笑って近づいていく…接客の基本は笑顔だ!


「「「ひぃ!?」」」


 でも、身嗜みも接客の基本だから忘れてはいけない。

 こんな状況で帰り血塗れの笑顔で近づかれても怖いだけだ、なまじ可愛いから余計に闇を感じる。


「すまぬな、狼藉者の所為で心配をかけたようだがこの通り無事に鎮圧した」

「は、はい!、大丈夫なようですね!?」

「(う~ん、なんか態度が硬いな…祭りに水を差されてしまったか?)…皆が楽しんでいたところにつまらぬ騒ぎを起こしてしまい申し訳ない、今からあの狼藉者に罰を与えるから許してほしい」

「は、はいっ!(ば、罰!?、あの竜は罰を恐れて逃げてたのか!?)」

「も、問題ございません!(やべぇよ、この魔王なんかやべぇよ!!)」


 リヨンは折角のお祭りに水を差されて白けてしまったのかと心配したが、この野次馬たちはそれどころではない。


 何せちょっと前まで、こんな事をやっている魔王を脅すとか、或いは犯そうとか考えていたのだ。


 しかし、それを行った者…実際に害をなした者の結果はあの無様だ。


 それも最強種である竜が、まだ小龍レッサーの様だが…それでも自分達より強大な存在である竜が完全に怯え切っているのだ。


 もし、自分達如きがこの魔王に害をなしていたら?…そう考えると冷や汗が止まらない。


「おーい、リヨン、解体始めるぞ~」

(((か、解体!?))))

「ちょっと待って、今お客さんが…とと、すまぬな、後で詫びの一品を出すから待っててくれ」

「は、はい…(か、解体って何!?、生きたままバラすの!?)」

「あ、謝らなくて大丈夫でございまするですますぅ!?(なにそれ!?、こえーよ、この魔王こえーよ!)」


 物騒な言葉に怯える野次馬たちを尻目にリヨンは劣竜(レッサードラゴン)の元へと戻っていった。

 そして、あの恐ろしい激痛を与えるらしい光輪でおもむろに尻尾を切り始める。


「ぐぎゃあああああああぁぁぁっ!!!!」

「こらこら、これぐらい我慢しろ、男の子だろ?」

「いや、男でも痛いだろそれ…」

「私も弱い頃は良く腕とか足とか千切れてたぞ?、この程度なんだ!」

「いくら回復魔法があるからってリヨンは無茶しすぎなんだよ、普通はそこまで苦痛に強くないから」

「そんなもんなのかなぁ?」


 阿鼻叫喚の悲鳴を上げる劣竜(レッサードラゴン)の横で駄弁るリヨンとトール。


 距離があって悲鳴以外の会話の内容までは伝わらないが、気楽な様子であんな恐ろしい事を行っている魔王の姿を見て野次馬達は戦々恐々だった。


「しかし凄い痛がるな…痛がりさんなのかな?」

「なぁ、リヨン…その光輪ってさ、音からしてチェーンソーみたいに細かい刃を連続でぶつけて切る魔法か?」

「うむ、チェーンソーは分からんがそう言う魔法だぞ?」

「それじゃあ痛いの当たり前だよ、言うなれば高速のやすり掛けで削り切ってる様なもんじゃん」

「おお!、なるほど!」

「な、なるほどじゃねえぇぇっ!!」

「まぁ、これは罰も目的だから一本ぐらいはこのままいくか」

「そんな酷い、死ぬほど痛いんです、止めてください、助け…助けてっ!!」

「私が罰を甘くすると、シグマ達のメンツにも関わるし…場合によっては制裁を重くされてお前死ぬぞ?」

「ひぃ!?」

「なんで多少の地獄は我慢しろ、ほら天井のシミでも数えてたら終わるさ」

「それ、男のセリフだからな?」

「その前に天井がねえぇぇぇっ!!」


 掟を破った者に対して甘い制裁では、龍の巣側のシグマ達が許さないだろう。

 彼らが納得する程度に重い罰を与えなければ、不足分を処断と言う形で埋め合わせるかもしれない…


 竜族は身内の不始末に対してはかなり厳しいのだ、自分達の力が強すぎてちょっとの悪さでも影響を与えすぎるからだろう。


 必要以上の苦痛を与えてたのはリヨンのうっかりだったが、それぐらいの痛みを与えないと逆にこいつが殺されかねないので、ちょうどいいとそのまま切断を続ける。


 だが、そんな間抜けなやり取りも聞こえず、事情も知らない野次馬達には、劣竜(レッサードラゴン)が命乞いするも軽い調子で返され拷問が継続された…そんな様子にしか見えない。


「や、やべぇ…さ、逆らったらああなるのかっ!?」

「い、命乞いすら意に介さずか、容赦ねぇ…」

「な、なんであんな残虐な魔王に『戦競神の戒め』が!?」


 それからも野次馬達は地獄の光景を眺めていた…


 切り取ったと思ったら回復魔法をかけてまた切り始める…一本で終わらせないと言う恐ろしい光景。


「ま、まだやるのか!?」

「し、尻尾とは言え簡単に治したぞ!?」

「な、なんて魔力だ…しかも、こんな恐ろしい使い方をするとは…」


 二本目からはトールが剣ですっぱりと一刀両断する。


「りゅ、竜の尾を一刀でだと!?」

「に、人間なのか本当にっ!?」

「やべぇ…部下もヤバいじゃねぇか…」


 切った尾をコボルトのコルトがミスリル製の包丁一本で捌いていく。


 コルトは『赤猫亭』の修業時代にトールが狩ってきた様々な魔獣を捌いてた為、こういう事態には慣れているし、包丁もそう言う獲物用に作られた逸品なので、竜の硬い皮でも切り裂く事が出来る。


 だが、そんな事情もミスリルと言う金属も知らない野次馬達は…


「こ、コボルトが竜の皮膚を切り裂くだと!?」

「ど、どうなってやがるんだ!?」

「そ、そう言えばここのコボルトは普通より強いって聞いた事があるぞ…」

「やべぇ、この村やべぇよ…」


 確かにコボルト警備隊は其処らのコボルトよりずっと強いが、彼らが今想像してる程には強くない。

 だが、もう彼らはこの村をカモだなんて考えられない…そんな甘い気持ちは恐怖の二文字で塗りつぶされていた。


「よし、これで10本目だ」

「ご苦労様です…少し甘い気もしますが、今回はリヨン殿に免じてこの者の命だけは見逃してやりましょう」

「最後までその光輪でやっても良かったと思いますがね、では我々はこれで…」

「うむ、さらばだ」


 罰を見届けた成竜(グレータードラゴン)のシグマとベルダはリヨンに一礼をしてから姿を戻す。

 そしてぐったりと伸びてる劣竜(レッサードラゴン)を鷲掴みにして飛び去って行った…


 しかし、話が聞こえない野次馬達にとっては、この光景も…


「ぐ、成竜(グレータードラゴン)!?、奴らが何で!?」

「あ、頭下げてたぞ…もしかして助命を乞いに来てたのか?」

成竜(グレータードラゴン)が助命嘆願して、ギリギリ命だけはって事か…」


 竜族の性格や事情を知らない彼らにはそう見えた、あの魔王は竜すらも下手に出るヤバい存在なのだと。


「さて、解体も終わったしコルトはこれを調理してくれ」

「わかりました!」

「しかし、竜の肉って赤身なんだな、ワニみたいな感じだと思っていたんだが…」

「うむ、豚よりも赤いな…鹿や牛に近いか?」

「我々の肉は生の味ですと、ワニ肉を鳥よりも豚や牛に近づけた様な味がしますね」


 惨劇の後、恐怖の魔王とその仲間たちは竜の尻尾を興味深げに眺めながら調理を始めだした。


「え、ま、まさか食うのか!?」

「まて、あの量ってまさか……」

「お、おい、こっちに来るぞ!」


 最後まで怯えながらも見届けてしまった野次馬達に、あの恐ろしい魔王が歩み寄ってくる。


 野次馬達は思わず一歩下がりながらもその場からは逃げなかった、逃げたら逆に恐ろしい目にあわされそうだし、あの哀れな劣竜(レッサードラゴン)も逃げる事は叶わなかったからだ。


「いやはや、狼藉者が失礼をした、詫びに奴の肉を料理して出すから待っていてくれ」

「「「や、やっぱりー!!?」」」


 野次馬達は思った『これはみせしめだ!』、自分達に逆らった者はこうなると言う見せしめだと…

 従うなら歓待するが歯向かうならば容赦なしない…こうなるぞ?と言うメッセージにしか思えなかった。


 実際の所、リヨンは祭りに水を差してしまった詫びぐらいの意味にしか考えていないのだが…リヨンの感覚は魔界の常識からは大分ズレているので仕方がない。


 別に人族の常識を持ち合わせていると言うわけでもないが。


 そして祭りの最後にドラゴンステーキが皆に振る舞われた。


「うむ、やっぱりステーキにしたのだな」

「初めての肉ですし、先ずは肉の味がよく分かるステーキが良いと思って」

「こ、これがドラゴンステーキ…(ごくり)」


 リヨン達は未知の食材にワクワクしながらそのステーキにナイフを入れる。

 あの強靭な竜の肉の割に柔らかい、肉だけならばナイフですっと切れる…


「うん、うまい!、これは馬や牛に近いかな?」

「魔王ちゃん、俺らを見ながらその例え止めてくれないか?」

「リヨン嬢、私達は食わないでくださいね?」

「悪い、悪い!、そんなつもりじゃなかった!」


 リヨンが肉の味の例えを出した時、つい(ミノタウロス)(ケンタウロス)の冒険者コンビに目が行ってしまったが、流石のリヨンも人間の形をしたものは食べない、食べると変な病気になる事も知っているから食べない。


「赤身肉だけど血の臭みはあまりないな、血抜きとかも出来てないのに」

「我々の血は万能薬の材料になるぐらいですから、結構飲み込みやすい味なのかもしれませんね」

「僅かに鉄臭かったですけど、ニンニクと香辛料で臭みは消せました」


 ドラゴンステーキは結構美味しかった、ダントツに旨いと言うほどの肉ではないが意外にも癖が少なく、シビエとしては食べ易い範疇であろう。


 ドラゴンの血肉は様々な薬剤の原料になるし、滋養強壮とかも凄そうだ…が。


「うーん、お客さんの反応は良くないなぁ」


 振る舞わられた客達の反応は静かだ、シーンと静まり返っている。


「美味しいと思うんだけどなぁ、ダメだったか?」

「そうですね、美味しいですのに我々の肉は」

「同族のペイロンさんも美味しそうに食べてるのになぁ~」


 と、疑問に思うのは三人の非常識人だけである…


「なぁ、メリッサの姐さん、客達がビビるのは当たり前だと思うんだが」

「そりゃそうよねぇ…今朝まで舐めなれてた村長さんがいきなり竜を倒しちゃったんだから…」

「しかも、あの残酷な手段で肉を手に入れて、それを食わせるなど…これは『脅し』か『みせしめ』だと思うのが一般的だな」

「まぁ村長さんは逸般人だからそう言うつもりじゃないでしょうけど…良いんじゃない?、魔族相手に舐めめられるよりかは」


 その言葉通り、先程まで悪い事を企んでいた連中程怯え切っている。

 予想外に食べやすい肉とは言え、とてもじゃないが味が分からないし、飲み込むにも勇気がいる、恐るべきメッセージ。


「う~ん、もう少し祭りを盛り上げたかったな…あ、この肉は冷めても美味しいぞ」


 そんな魔族達の想いにも気が付かずにハムハムとドラゴンステーキを頬張るリヨン。


 その無邪気さが逆に怖い事など思いもせず、珍しい肉の味を存分に堪能する『真の魔王』様は知らぬ内にその畏怖をもってこの辺り周辺の敵対者を平伏させたのであった。

これでドラゴンステーキが劇的に旨過ぎる味だったらペイロンの尻尾も危なかったかもしれない。

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