魔王様と治安
「でな、田んぼって言うのはな…」
「ふむふむ、なるほどです…」
ハルト村にあるコルトの店『赤犬亭』。
この店は魔界で唯一の冒険者ギルド支部であり冒険者の宿でもある…もちろん非公式であるが。
そして魔界の食材探しにハルト村に行こうとしたトールはグレハムからハルト村のギルドマスターの座を押し付けられ、この支部のギルドマスターに就任した。
就任当初、ハルト村の魔界麦栽培を見て「あれ?田んぼじゃねーの?」と疑問を持ったトールは、現在アンリに水田を試験的に始めて貰う相談をしていた。
「トールさん、ギルドマスターの仕事は良いんですか?」
「マスターの仕事って言ってもな~、登録されてる冒険者も居ないし、本部から来た情報を元に取引場所を指定するだけで暇なんだよ」
「だったら警備隊の訓練でも見てくれんか?、家の村も交易が始まったからそろそろ市場を作らねばならん、そうなってくると治安に影響が出ることは避けられん」
「警備隊か、昔取ったなんちゃらって奴だな、良いぜ、ここでタダ飯を食ってるのも悪いからな」
相席していたリヨンの提案をあっさりと引き受けるトール。
(そう言えば生前は機動隊だったのに治安維持とかに全然関わってなかったなぁ~)
などと今までの人生を振り返る、兎に角、飯をどうにしかしようと考えてばかりの人生だった…
我ながら流石にどうかとちょっとだけ思う。
(うん、これを気に真面目に生きよう…)
生前の安定を求めて公務員になった時の気持ちを少しだけ思い出したトール。
なお、生前も任務に危険が伴う機動隊に配備された上に、麻薬販売組織の凶弾によって殉職してたので全然安定はしていなかった。
「いらっしゃいませー、あ、チェリーさんこんばんは」
「コルト君こんばんは、リヨン様居るかな?」
「あちらの席です、相席になさいますか?」
「うん、相談したい事があるからお願い…あのー、リヨン様、少々聞きたいことが…」
「うむ、どうした?」
夕暮れの夕飯時、来店したチェリーはリヨンの元へ相談を持ちかける。
手にはリヨンが書いたこの辺り周辺の地図、チェリーに交易相手を選ぶのに使えと渡した物である。
「この地図で何件か新しく交易相手は見つかったのですが、どうしても流通ルートがここの…×印の部分に当たっちゃうんですよね」
「げっ、アイツ等の集落か…迂回は不可能か?」
「ちょっと…馬車が通れるほど頑丈な橋でも立てないと難しいです」
「ぐぬぬ、流石にそんな予算と人手はないな」
この地図にはこの周辺に住む種族の集落が記されていて、○△×の三段階の評価がなされている。
○は友好的で交易に向いてる集落
△は交渉次第では可能かも知れない集落
×は関わらないほうがいい集落
この地図を見るにこの村のかなり近い森の中に×印…即ち関わってはいけない集落があるのだ。
そして、其処と交易が可能となった集落との交易ルートが当たってしまうと言う事態が発生してしまった。
「か、かなり近いところですよね、ここ…大丈夫なのですか?」
「うーん…まぁ、こいつらは関わりたくないだけで襲撃とかはして来ないとは思うが…」
「え?、襲撃してこないんですか?、では何故関わってはいけないのですか?」
「えーーと…それはだな……」
リヨンは悩む、こいつらをどう表現していいかと…
あまり思い出したくない集団なので、しかめっ面になりながらもとりあえずの結論をだした。
「凄く面倒臭い奴らなんだ、宗教がとても、凄く」
「宗教的な問題ですか、それは確かにちょっと…苦手です」
「まぁ、リヨンもアンリちゃんも宗教関連と相性は悪そうだもんなぁ~」
「うわぁ、何かめんどそう…なんて名前の神様を信仰してるんですか?」
「…一応、光の神ルクスだな」
「めっちゃ人界の神様じゃないですか!?」
「人界から異端とされて追放された連中が集まってるんだが…魔族からも面倒臭がられて放置されているんだ」
「魔族でも敵対よりも放置を選ぶほど面倒臭いってどんだけだよ!?」
「会えばわかる、二度と会いたくないがな…」
この問題はとりあえず襲撃されて積荷を奪われる事はなさそうだという事で、とりあえずの保留となった。
しかし、交易によってこの村の存在が向こうに知られてしまうのは避けられない、面倒な事にならなければ良いがと思いもしたのだが…
その翌朝…
「きゃーーー!!、へ、変態!、変態よぉぉ!!」
「違う、我らは変態ではない、真に光の神を信奉する神の信徒なり!」
不安は即効で的中したのか早朝からチェリーの悲鳴が木霊する。
村に訪れた一団は変態、正に変態の集団だった。
全裸、全裸である、全裸の裸族達は申し訳程度に股間を光の神の聖印によって隠している。
これでは『聖印』ではなく『性in』だ、如何わしいモノが中に詰まってる、神への冒涜としか思えない。
「むぅ、異教の者への礼儀の為に聖印を股間に付ける正装で訪れたというのに…」
「それを変態となじるとは異教徒め、もっと言ってください!」
「異教徒の『変態』とは我らを賢者へと導く聖句なりと、我らの開祖ウラー様も仰っていた!」
「もっと、蔑んだ目でお願いします!」
「宗教の名を借りた変態だこの人たち!!」
見た目と中身が一致する聖職者、いや性職者の言動に呆れるチェリー。
その目が気に入ったのか、聖印が少し上に持ち上がった気がする…光の神ルクスも涙目ものである。
「否、我等こそ真に光の神の教えを理解する者なり」
「ルクス様は仰った、偽りは悪であり、虚飾は堕落への始まりだと」
「即ち、服を着る事は己の真の姿を隠す偽りにして虚飾なりと!」
「人よ魔族よ亜人達よ、全て平等に服を脱ぎ捨てよ、己を解き放つのだ!」
「ささ、娘よ、お主も神の教えに従って脱ぐがいい、脱いだら凄い所を見せるが良い!」
「ぜっっったいにイヤです!!!」
チェリーは昨夜のリヨンの言葉を完全に理解した。
確かに関わりたくない、面倒臭い事この上ないし視界にも入れたくない、正直。
むしろコレを思い出せてしまった事を謝罪したいぐらいの心境だった。
「うーむ、神の教えを理解出来ないとは困った娘だ…」
「思考が悪魔に支配されているのだ!」
「ここは聖水にて洗礼を与えるしかあるまい」
「そうだな…」
と、一同、おもむろに聖印のあたりをごそごそと探り出して液体の入った瓶を取り出した。
「ええ!?、そこにどうやって収納してたの!?……そんなに小さいの?」
「だ、黙れ小娘、それを言うな、それだけは言うな!」
「神の聖水をくらえ!」
「きゃ…え?……きゃあああああああっ!!?」
変態どもが聖水という謎の液体を浴びせられたチェリー。
すると服が濡れた場所から徐々に透けていくのが分かり思わず悲鳴を上げる。
透けるはずがない厚手の服なのに、濡れた場所が透過して見える様になってしまうのだ。
「ふははははっ、見たかこれが神の聖水なり!、真の姿を暴き出す真実の力なり!」
「さあさあ、隠れてないでもっと真の姿を見せてみよ!」
「こ、こっちに来ないで、変態!」
「大丈夫か!?、一体何が…って、アイツ等もう湧いて出やがったか!!?」
悲鳴を聞きつけて駆けつけたリヨンを含む村民達。
何故か服が透けているチェリーと変態どもを目にするとリヨンは本気で嫌そうな表情を浮かべた。
「むむっ、貴様はリヨン・レオンハルト!」
「失伝となっていた織物を蘇らせ、魔族の服装を厚手にし堕落させた魔女か!」
「ここは魔女が治める村だったのか、しかし我らには聖水がある!」
「真実の姿を晒し、神の教えを知るが良い魔女よ!」
駆けつけたリヨン達にも聖水が投下される。
なおターゲットは女性達だけだった辺り、こいつらの本音がダダ漏れだったが…
ガキン、ガシャン、パリン
呆気なく、無詠唱の防壁魔法によって防がれた。
「ちょ、おま!、そこは空気読めよ!」
「そうだぞ、ここはサービスで喰らわないと盛り上がんだろ!、神もそう言っている!」
「魔王様!、ここはあえて受けるべきです!、この村の為にも!」
「魔王様!、ブック読んで!、ガチだとシラけますよ!」
「アホ言うな!、とと、チェリー大丈夫か?、いま【解呪】をかけるから…」
「は、はい…(あれ?、カインさんとアベルさんが向こう側に行ってない?)」
アホどもの戯言は無視してリヨンはチェリーに【解呪】をかける。
チェリーの体が淡い光に包まれる…が、変化がない。
「なっ!?、【解呪】が効かない!?、魔法じゃないのかこれ!?」
(しめた、スキあり!!)
「うわっ、貴様ら!?」
「かかったな馬鹿な魔女め、聖水は我等が調合した染み込んだものを透過する薬品なり」
「我等は神聖魔法が何故か使えんからな、触媒としての聖水ではないのだ!」
「神聖魔法が使えんのは信心が足りんからだろ!…あ、きゃあっ!」
この効果は神聖魔法によるものだと思い込んでいたリヨンは解呪が効かない事に動揺してスキを作ってしまった。
それでも敵に殺気や魔力があれば不意打ちに反応も出来たが…
魔力もないただの薬品で殺意もない100%純粋なる不純の動機による一撃だったので反応が遅れてしまった。
野暮ったい厚手のローブが徐々に透けていき、美しい女性の身体が浮かび上がってくる様に思わず悲鳴が漏れる。
普段の魔王として振舞ってる(つもり)の物ではない、少女としての悲鳴が…
「あわわわわ、ま、魔王様、み、皆さん見ちゃダメです、ダメですってば!」
「くそ、魔王様がピンチだ、俺達は見る事しか出来ない!」
「なんて事だ、ですが魔王様安心してください、俺達が見守っています!!」
「だから見ちゃダメですってばー!!」
アンリは必死に隠そうとしてくれるが、体が小さすぎてその役割を果たせない。
魔王様がピンチだは、村の中に居る変態達も話を聞いちゃくれないはで、慌てふためくアンリ。
「【解呪】でダメだったら、えっと、えっと!?」
「ふははは、いい格好だな魔女よ!」
「おい、服が分厚いから押さえ込んでも隙間出来てるぞ」
「マジで!?、覗き込めば見えんじゃね!?」
「や、やめろーっ!?」
慌ててるのはリヨンも同じ、普段から肌を晒してないから露出による羞恥心に慣れていない。
リヨンが本気で対処すれば蹴散らすのは容易いが、この期に及んで『大怪我はさせたくない』という甘さと、なれない羞恥心に状況への対処が取れないでいた。
「貴方達…何やってるのかしら?」
「ぐぼはぁっ!?」
「め、メリッサさ…ぐぼぉっ!!」
「ぬお!?、前途ある若者が地面にめり込んだ!?」
突如としてカインとアベルが地面に沈む、物理的に。
しかも、何故か地面に叩きつけられた訳ではないのに地面にめり込むほどの謎の力が働いている…
「ちょ、骨が折れる!、メリッサさん流石にこれは洒落にっ!!」
「あだだだだ、か、体が重い!?、潰れる!?」
「貴方達は其処で潰れて反省してなさい…で、そっちの変態どもも覚悟は良いかしら?」
「【重過ぎる愛】!?…流石にそれはやり過ぎなんじゃ?」
「リヨン様、寛大なのも結構ですが…甘すぎると魔王としての威厳を損ないますよ?」
【重過ぎる愛】はラミアの変異種であるメリッサが持つ祝福。
能力は触れた対象の質量を増大させる呪いを付与するシンプルな能力だが、それ故に使い勝手は良い。
戦闘においても触れただけで相手の速度を奪えるのでかなり有用だ。
この能力故にメリッサは中位魔族であるラミアの身でありながらも、レオンハルト領では『八旗将』と呼ばれる幹部の地位にいた事もある程の実力者であった。
「お、おのれぇ!、かくなる上はぁ!」
「せめて魔女のあんな所やこんな所を記憶に焼き付けるのみ!!」
「追い込まれた時の行動がソレ!?」
「や、やめてください、ダメですよそんなの!」
「邪魔だこのガキィ!!」
「きゃあ!?」
追い込まれても安定の変態ぶりを見せた宣教師達だったが、それを阻止しようとしたアンリを殴ってしまう。
その瞬間、遠巻きに慌てふためいていただけのコボルト警備隊が一斉に抜刀した。
メリッサの魔族特有の赤い瞳も鋭さを増し、先程の説教とは違う明確な『殺意』が浮かび上がった。
「…あれ?、なんかマズかった?」
「そ、そりゃお前…子供をなぐ…ちゃ?」
村中の殺意を一斉に浴びた変態共は流石に怯んだが、地獄の蓋はまだ開いたばかり…
バシャン
水が落ちる音と共に放たれた殺気は、村の者達の殺気すらをも飲み込んだ…
水音の先に居るのは子を傷つけられ『甘さ』を捨て去った魔王。
村の者達でさえ初めて見る本気で怒ったリヨンの姿が其処にはあった。
「跪け」
「え?」
「あ、あれなんかヤバ…ぎゃあああああああああっ!!!?」
「ひぃぃ、あ、穴が!、足に穴がぁぁ!!」
『あ、これギャグで済む範囲を超えちゃったか?』と後悔し始めた変態どもだったが時すでに遅し。
魔法で作り出した水で聖水を洗い落としても尚残る透過効果でうっすらと美しい身体のラインを見せるが、そんな色気すら完全に打ち消す冷酷な殺意。
リヨンらしくない魔王の貫禄を込めた一言と同時に変態どものふくらはぎに穴が穿たれる。
足を貫かれた傷口は灼かれ出血は少ないがその分激痛が酷く、変態どもは膝をつき踞った…
「め、メリッサさん、魔王様マジ切れっすけど、大丈夫っすか?」
「え、えっと、私も初めて見たんだけど、リヨン様のあんな姿…」
「あ、あいつら流石に死んだな…」
寛大な魔王であるリヨンは多少失礼な事をしたってプンプンするだけである。
故に村人達はおろか側近であるメリッサも知らない激怒プンプン丸を超えてしまったリヨンの姿…
チェリーに聖水を投げて1OUT、村人の前で恥をかかされて2OUT、そしてアンリを傷つけられて30OUT。
仏の顔も三度までと言うが、3OUTどころかゲームセットに達したらリヨンだってマジで怒る。
(さっきの攻撃魔法よね?、出力は低いとはいえ恐ろしい程に収束させて貫通力を上げてる【火弾】…戦競神の戒めがあるのに!?)
単純な魔力の出力で戒めを凌駕する事は可能ではあるが、それは魔族の中でもトップクラスの実力者でなければ不可能だ。
メリッサが知る限り…人界へ行く前のリヨンにその実力はなかったし、向こうで魔力が上がったにしても成長が急すぎる、通常ではありえない事態だった。
「あわわわわわ、お、お許しを…」
「た、太陽が眩しかったから!、女体が眩しかったから!」
「黙れ」
「ひぐぅ!?」
命乞いもするも頭を思いっきり踏みつけられる、どうやらボケても通じないほどにお怒りのようだ。
頭をグリっと足で捻じつけながら、寒気がするほど低い声で魔王は告げる。
「貴様等は我が領に我が義娘に害をなした…」
「ひぃぃ、ご、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「すいません、ロリも大切に愛でます!」
「元より神の信徒の言など宛にはせぬ…悔恨は残さん、この世から失せるがよい」
(((あ、オワタ)))
ここに居る全ての者達の心が一致した…と思われた瞬間、待ったがかかる。
「コボルト警備隊!、何をやっている!?現行犯だろ、犯人を確保しろ!!」
「え?ええっ!?、今ですか!?」
「そうだ、何をまごついていた!、遅れたから被害が拡大しただろ、ビビってないで動け!」
「は、はいぃ!!?」
警備隊の指導を今日から始めたばかりのトールの怒声が響く。
怒られたコボルト達は慌てて変態どもに飛び掛り、押さえつける。
もはや抵抗する心も折られていた変態どもはあっさり確保される、問題のリヨンは…
「…え?、ちょ、ちょっとお前達!?」
突然の事態、空気の読まないトールとコボルト達の行動によって魔王モードが解除されていた。
「あのなリヨン、駄目だろ、警備隊を作ったのなら犯罪者は基本的に警備隊に任せなきゃ」
「と、トール?」
「それに現行犯とは言えその場での処刑は越権だ、変態だろうが馬鹿だろうが、逮捕起訴してから法によって裁かれるべきだ…この村は法治国家にするんだろう?」
「あ、ああ…そうだな、すまなかったトール」
「頭に血が上る理由は分かる…が、お前は王なんだから其処は自重しろ」
そこへトールに正論をぶつけられる。
この世界ではあまり常識的ではない話ではあるが…王であっても法を重んじるのは法治国家の理想でありリヨンもそれを目指すところだ。
「コボルト警備隊!、もっとヒドイのはお前達だ!、お前達がまごまごしてるから被害は広がったし、アンリちゃんが怪我をしたんだぞ!」
「ぼ、僕達の所為でアンリ様が!?」
「そうだ、それが治安を預かるという事だ、治安が乱れればこの村に住む全ての人に危害が及ぶ」
「は、はい、ごめんなさい!」
「最弱種族などと言う甘えは捨てろ!!」
「ええっ!?、最弱は甘え?」
「そうだ甘えだ!、弱さなんか理由になるか!、力が弱いからって市民を見殺しにするのかお前達は!」
「そ、そんなことはありません!」
「ならば明日からはビシバシ鍛えて行くぞ、その弱気な根性を叩き直してやる!」
「はい、よろしくお願いします!!」
トールは元機動隊員、殉職するほど危険な任務当てられる程度には正義感が強く体育会系である。
そんな彼からすれば今回の警備隊の無様な姿は到底許されないものであり、激怒プンプン丸になるのも致し方がない。
コボルト達もトールの叱責で自分たちに不甲斐なさに気がつき猛省をする、警備隊という職に対する認識と覚悟をこの日初めて知ったのだ。
「それとな、お前たち…」
「はい、なんでしょうか?」
「アンリちゃんもいいけど、一応リヨンもお前達の王だからもっと早く怒れよな?」
「あ…」
「おい、それは言うな悲しくなるから…」
一応は忠誠されているはずだが、アンリほどには心配されてない魔王様であった。
どうしよう、変態ばかりが増えていく。