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村長は魔王様!  作者: マカロニ男爵
11/36

魔王様とお金

「ではアンリちゃんの無事を祝って、かんぱぁい!」

「「「かんぱーい!」」」

「………」

「ぅお…」


 サシャの音頭で乾杯をし宴が始まった…のだが

 主役であるアンリが完全にフリーズしている。

 エリックもなんだか引き気味である。


「ご、豪華すぎません?」

「え?、まぁ…ちょっと気張りすぎちゃったかな?」

「うむ、確かに私から見ても豪勢だな…ささ、アンリ殿、遠慮せずに!」

「そ、そんな恐れおおいっ!」


 王族のパトリシアから見ても豪勢だと言う料理を前にアンリはガッチガチに緊張していた。

 農奴の…ついさっきまで迫害されてた身分の少女には刺激が強すぎた。


「なぁ、サシャ…あんまり食べてなかった者にいきなり食べさせるには重かったんじゃないか?」

「あ、そっか…ちょっと待っててね、消化のいいやつを持ってくるから!」

「いやいや、そこじゃないです!、そこも重要かもしれませんが、そうじゃなくって!」

「うん?、他に何か問題でも?」

「…これって、『サシャ・ソース』ですよね?」


 サシャ・ソース、その名の通りサシャが生み出した調味料である。

 その美味と万能性、そして貴重性から王侯貴族や富豪の間でいま話題の超高級品。

 存在だけは庶民でも知っている、何時かビックになった時は買ってみたいと思う逸品の一つ。


 高価な理由は香辛料、貴重な香辛料と多種多様な野菜に果物を煮込み、ビネガーを加えて作られる。

 私達の世界ではリーペリン・ソース、日本では単にソースと呼ばれる調味料だ。


「そうよ?、私の料理だものサシャ・ソースが出てきておかしくないでしょ?」

「そうです、『トンカツ』にはサシャ・ソースが一番です」

「へ?、ペイロン殿、これは『豚カツ』ではないのか?」

「トールが『トンカツ』って呼ぶのよね、カツはパン粉を塗して揚げた料理の事で、豚をカツにしたんだから『豚カツ』じゃないと変なのに…」

「そ、そうだな」


 リヨンはトールから日本語を学び、豚と言う漢字をトンとも読める事から『トンカツ』なのだと推測出来るが、説明が大変なんで口を閉ざす。


 日本語は複雑すぎる、複数の文字を使い分け、漢字とやらは複数の読み方がある。

 多くの言語を習得したリヨンですらその複雑さに色々混乱した代物だ。

 これをこの世界の者に説明して納得してもらうのは難しい。


「いやいや、そうじゃなくって僕達には高級過ぎるんですよ!」

「そ、そうですよ、こ、香辛料!、私なんかが食べたらバチが当たって死んじゃいます、5秒ぐらいで!」

「そんな遠慮することないのに」

「で、でも…」


 住む世界がちがう、そう考えてた人達が食す料理に完全に怖気づくアンリ。

 サシャは張り切りすぎた、死んだ妹と同じ境遇の子を助けられた嬉しさにテンションが上がり過ぎたのだろう。


「アンリ…これは命令だ、食べよ」

「え?、魔王様?」

「アンリ、お前はこれから私と共に我が領を豊かにせねばならない」

「はい」

「ならばこの味をしかと覚えよ、美味を知らぬ者に美味なる作物が作れるか?」

「そ、それは…」


 出来る…と言えなかった。

 このレベルの高品質の逸品を保証できる舌など自分にはない、農奴にそんな舌があるわけない。

 辛酸の味ばかりをよく知る(じんせい)では豊かさの旨味は分からないのだ。


「アンリ、お前は幸福を知る義務がある、幸福が解らぬ者が他人を幸せに出来るはずがない」

「故に命令だ、食べよ」

「は、はい」

「…僕も!」


 命令という言葉で遠慮という枷を外されたアンリは恐る恐るトンカツにフォークを伸ばす。

 それを見ていたエリックは少しでも緊張を解そうと一緒に食べ始めた。


「…美味しい!」

「これは流石です、パンを衣にするとこんなに食感が凄いんですね、小麦粉を溶いたものとは全然違う」

「うん、豚肉も柔らかくて肉の臭みがしない、捕まえたウサギを焼いたのとは全然違うよ!」

「そしてやっぱり凄いのがこのソースですね、ソースの味が加わると『トンカツ』が何倍にも美味しくなる!」

「調味料なんてお塩しか知らなかったけど、酸っぱさが味をサッパリにしてるのかな?、香辛料の辛さと香りって加わるとお肉の味がハッキリする?…うーん、ちょっと違うかな?」

「お肉の癖や臭みが取れるのと、辛さは肉の味を際立たせる効果があるのよ」

「な、なるほど、流石サシャさん…凄いです」


 美味しさに感動しつつも、ちゃんと命令通り味を理解しようとするアンリ。

 頑張って分析しようとするが、知ってる味が少なくて難しいようだ。


 エリックも一度食べてしまえばどんどん食が進む、先程までの緊張は何処へやら

 主役が食べ始めてくれたので一同も安心して宴で盛り上がることができる様になった。



 リヨン達が宴で盛り上がっているの同時刻の別の場所

 人界東部の最大国家であるアストリア帝国に属する交易都市ルフスの酒場で自棄酒に走る神官が一人。


「おのれ美食街道(グルメロード)の悪魔どもめ…」


 面白くない、全く面白くない。


 難航するグラムヘルムの宣教にようやく足がかりとなる土地を作れそうだと思っていたら、またも奴らに邪魔をされた。


 まったくもって目障りな連中だ、我々の邪魔ばかりしてくる。


 東の猿どもは貧しかった、故に我らに縋って信心を持っていたのに奴等によって堕落させられた。


 奴等は貧しい村々に農業技術を与え生産性を上げた。

 新しい食材を見つけ、新しい料理を作り、それによって市場を繁盛させた。


 その結果、東の猿どもは傲慢になり、我らの言うことに従わなくなってきた。


「嗚呼、嘆かわしい…」


 ワインを煽りながら腹立たしい連中を心の中で罵倒する。


 傲慢の象徴!、人類史上最大の暗君にて独裁者たる皇帝も許されない!


 東部三ヵ国同盟とやらの盟主になり、結託して我らが誇る神聖なる遠征軍を追い返しやがった!

 東の連中が『亜人』と呼ぶ化け物どもを退治してやったのに、虐殺などと侮辱しおった!


 更にはエルフやドワーフなど二等人族を我ら人間と平等だと宣う『市民平等法』たる悪法!

 あろう事か悪魔の子たる半魔にまで市民権を与える暴挙!、直ちに廃案させなければならない!


「クソ…」


 近くの席で小汚い二等人族(ドワーフ)が『カルパティオ』をこれ見よがしに食べている。


 生魚などを食べるとは野蛮人め!


 嘗て東の猿共が貿易を行っていた種族に海に棲むマーメイドとか言う半身魚の化物がいた。

 生魚など食べる野蛮人など悪魔に決まってると教えてやり、我等の遠征軍が追い払ってやったのに…


 いつの間にか東の猿共までも魚を生で食べ始めた、これも美食街道(グルメロード)の奴らの仕業だ!


 しかもマーメーイドとか言う化物どもが「あれだけ嫌ってた魚の生食を試してくれるなんて、私達を理解しようとしてくれた」などとほざき始め、猿共と和解しまた貿易が再開された。


 この『カルパティオ』は友好の証だと!?、化物に媚を売る愚かな猿どもめ!

 私の前でわざと『カルパティオ』を食べるとは嫌味ったらしい!


 この空になってるミルもそうだ、香辛料がないのならこれも引っ込めろ!

 猿共が南方の秘境に住む猫耳族とか言う化物との貿易で得てる香辛料。


 それを我らが遠征軍が取り返した、そう取り返したのだ!

 この世界の全ての恵みは神によって我ら人間に与えられたもの。

 それを掠め取っていた化物から取り返しただけなのだ!


 確かに栽培には失敗したが化物に奪われるよりずっとマシだ。

 それなのに金に汚い商人どもは我らを糾弾した、化物と結託して金を得ていた意地汚い者たちめが。


 我らは正しい行いをした、それなのにこの国の皇帝は我らを迫害する。

 許されざる行為、神の裁きが下るだろう。


「…聖戦の時は近い、不心得者共が目にもの見せてくれる…」


 深酒で朦朧としながら神父はそう呟いた。



「ふふ~ん、クッキー、クッキー♪」

「ま、まだ食べるのですか魔王様」


 宴も終えて、リヨンとアンリは同じ寝室を借りて止まることにした。

 部屋に入るとリヨンは嬉しそうにクッキーが入っている袋を二つ取り出した。


「うむ、アンリにも食べて貰いたいのだがまだ入るか?」

「え、えっと…で、でもお菓子って高級品ですし」

「アンリ?」

「あ、はい、すいません、まだ入りいます!」

「よろしい、ではこの二つを食べ比べてみてくれ」


 お菓子とは貴族様達が食べる物だからと思わず恐縮してしまいました。

 同じ事で二度も怒られるのはいけない事です。

 まだこういう事には慣れないから遠慮がちに二つ食べてですがみます。


 一つ目

「甘くて美味しいです…うん、こんなに甘いのは食べたことがない…これがお菓子なのですね」


 二つ目

「!?、全然違う!、甘さは控えめなのですが、その分色んな味が分かります…小麦の香ばしさや牛乳のまろやかさ、甘さに塗りつぶされていない…こっちのほうが美味しく感じます」


「そうか、でも二つ目のほうが安物だ」

「ええっ!?、ご、ごめんなさい!、私には高級品が分からないみたいです」

「いや、私も二つ目の方が美味しいと思う」

「え?」

「一つ目の方は貴族御用達のお店で買ったクッキーで、二つ目の方がサシャが焼いたけどイマイチ売れなかったクッキーだ」

「サシャさんが作ったのに、美味しかったのに売れなかったんですか?」

「貴族は見栄っ張りだからな、高級品の砂糖を一杯使ってない菓子など安物だと馬鹿にするのさ」

「み、見栄の為に不味い方を買っちゃうんですか?」

「それだけメンツを重んじるとも言えるな」


 砂糖を一杯使ってないと貴族はお菓子を買ってくれない、砂糖の量がお菓子の格を表しているのだ。


「さて、そんな高級な砂糖だが、どうやって作る?」

「え?、えっと…確かサトウキビから絞って作るのですよね?」

「うむ、だがサトウキビは人界では気候が合わないのか育たない、サトウキビを生産してたのはウサ耳族って言う獣人タイプの亜人だったんだが、戦争で仲違いをしてしまってな」

「だから、砂糖が高いのですね…」


 砂糖は前から高かったが遠征軍がやらかしたせいで余計に値が高騰してしまった。

 希少すぎてこのクッキーを買うのにも随分苦労した…


「ところがだな、この作物知っているか?」

「えーと、ビートの一種ですよね?」

「そうだな、根っこの部分かじってみろ」

「え?、は、はい」


 ビートは葉を食用にすることもあるが、基本的には家畜の飼料にしたりする野菜だ

 ちょっと齧るのに戸惑うが、齧ってみると。


「――甘い!?」


 想像以上に甘い、そして…


「…ど、泥臭い」

「うむ、食用には向かんな」

「はい、家畜の飼料ですから…」

「だけどこれ、ここだけの話なんだけど煮込んだ汁から砂糖が取れるんだ」

「ええ!?」


 驚愕の事実である、まさか家畜用の作物から高級品が取れるとは。


 ビートの一種、こちらの世界では『甜菜』と呼ばれる作物。

 世界規模で言えばサトウキビの方が砂糖生産量が多いが、サトウキビと違い寒冷地帯でも育つ。

 今でもヨーロッパでは砂糖の主原料、日本でも国内で作られる75%の砂糖は『甜菜』からだ。


「こっち来たばかりで家畜用だと知らずに煮込んだりしてた時にたまたま発見した」

「魔王様、当時はどう言う食生活を…」

「魔界飯が身に付いてた所為で、泥臭くささがあっても甘くて美味しいと感じたんでよく食べてた」

「魔界の食事って…」

「そして料理失敗をリカバリーしようとしていろいろやった結果、なんか違う成功をした」

「魔王様…料理できないんですね」


 魔王の娘であっても家畜の餌が美味しく感じてしまうと言う驚異の魔界クオリティ。

 そんな世間知らずのメシマズ行動で大発見を見つけた。


「どうして今まで発表してこなかったんですか?」

「野望のためだ、これを真似されちゃうと初期資金を作るための策が一つ減る」

「な、なるほど!…え?、一つという事は他にも?」

「うむ、私の村にはないが、もっと南方に香辛料もあるんだよ魔界って」

「香辛料も!?」

「実のところ、魔族がそれを活かせないだけで魔界は資源の宝庫なのだ」

「活かせない?」

「香辛料はそのまま食えないだろ?、だから魔族にとっては価値を見いだせない」

「た、確かにそのまま食べたら大変です」

「だから昔からずっと色々企んでいた、アンリ、お前が来てくれたからやっと色々始められるよ」

「はい、魔王様、魔王様の役に立てるのなら私は幸せです」


 人界と魔界を渡り歩いたリヨンは考える。

 人族との和解にはこちらが利を示さなければならない、交易する価値を見せなければならないと。


 何故なら人族が最も信じる『神』は光の神であっても、最も信じている『物』は違う。


 それは金だ。


 汚い話に聞こえるかも知れないがそれは違う、汚いのは金の為に悪事を働く人間だ。

 金、貨幣制度そのものは信頼関係の結晶なのだ。


 あの金属片に万能の価値を与えてるのは信頼だ、信頼されない貨幣など只のガラクタである。


 必死に働いて貨幣を得るのは、その貨幣が自分の生活を支えてくれると信じているから。

 商売で物と貨幣を交換できるのは、貨幣の価値を信じているから、信じられなきゃ交換できない。

 労働者も生産者も商人も…全ての人間が貨幣の価値を信じる事によって貨幣経済は機能する。


 貨幣制度、ここまで信じ込まれている宗教はどこにも存在しない。


 人族と魔族の戦争が神によってもたらされたものならば、人が神以上に信頼するお金様に縋らなければないない。


 貨幣を巡る交渉の輪の中に魔族が加わり信頼を勝ち取る、それがリヨンが考える人魔和睦の第一歩なのだ。

これでようやく本編に入れます…無駄に長かった。

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