魔王様と勇者?
「最早これまでか…」
アテムト男爵はがっくり肩を落としていた。
何時の間にかは分からないが、自分の悪事の証拠を揃えたられた上に王家まで出てきている。
こうなってしまっては言い逃れも無駄だろうと、諦めかけたその時…
「諦めるな!」
「なっ!?」
「諦めるなよ、人間!、どうしてそこでやめるんだ!?、そこで!、もう少しあがいてみせろよ!、ダメダメダメ諦めたら!、周りの人に斬らせて証拠隠滅しようと思えよ!、お約束を待ってた私の事を考えてみろって!、あとちょっとでいいんだから!」
「ちょ、ええっ!?、む、無茶言うでない!」
馬車の中から馬鹿が出てきて無茶を言い始めた。
「あのなぁ、トールが話してた『ミト・コーモン叙事詩』じゃないんだから…」
「暴れ足りないって気持ちはわかるけど、パトリシア様が来た時点でその展開はないわよ?」
当然である、王族に剣なんて向けたらそれこそ即死罪を食らう。
水戸黄門展開が成り立つのは、あれがお忍びの旅だからだ。
今回の件は黄門様が印籠どころか将軍家の紋が入った牛車で悪代官の所にやって来たようなもの。
しかも、事前に正式な部下を派遣させた上でだ。
これでは「光圀公がこのような所にいるはずはない、ものども、であえっ!、であえっ!」って言っちゃう系の悪代官だって即座に観念するしかない。
「そ、そんな!、じゃあ姫様が「サシャさん、パティさん懲らしめてやりなさい」って言う展開はないのですか!?」
「なんでコーモン卿の立ち位置が私なんだよ、そこはパティだろ!」
「インローポーチの代わりに私が古龍に戻って兵達を平伏させる計画は!?」
「いや、この馬車自体がインローポーチみたいなもんだろ…と言うかそんな後始末が大変なこと考えるなっ!」
そんなアホな事を考えながら馬車の中で出待ちしていたペイロンはバッサリと切り捨てられる。
唐突に現れて訳のわからぬ事を喚、古龍を自称する青年に一同ポカーンとしてる中…
「……えっと、私は謎の公女仮面って事にしてやり直してもいいか?」
「無理です」
「ですよねー」
パトリシアも無茶な事を言い出して、部下の正騎士にバッサリと返される。
武闘派な公女様も暴れたりなかった御様子なようだ。
「さて、アホは置いておいて帰るとするか」
「そうね、そろそろ祝勝会の準備をしないと…」
「そうだな撤収しよう、みんな馬車に乗り込んでくれ」
そうして馬車に乗り込む、リヨン、エリック、ペイロン、アンリ、パトリシア
…そしてパトリシアの馬のルドルフ!
「え?…ええっ!?」
「うん、気持ちは分かるよアンリちゃん、でもこの人達相手には常識は忘れたほうがいい」
「だ、だってこれじゃ馬車じゃなくて人車じゃないですか!」
「サシャさんを人類の枠に当てはめていいか疑問ですので…ここは『サ車』で」
「失礼なこと言わないでくれる?、私は普通の女の子よ!」
「普通って…なんでしたっけ?」
「そもそも、もう24歳…人間だと女の子と言うにはキツイ歳なんじゃ…」
「あ゛?」
「ごめんなさい」
怒るサシャのあまりの迫力に即座に謝るリヨン。
例え普通の女の子と言う名の神話生物であろうとも、女性に歳の話は禁句である。
不老のリヨンにはその辺りの機微が足りなかったようだ。
「はい、到着~」
「す、すごい…ほ、本当に一時間でグラムヘルム本国についちゃいました…」
「ご苦労だったなサシャ殿…さて、ルドルフはこの馬車を戻しておいてくれ、あと飼葉は厩舎の横に置いてあるから終わったら食べてくれ」
パトリシアの命令にルドルフは一度頷いた後、自分で馬具と馬車を連結し引っ張って帰っていった。
「相変わらず賢い馬だな」
「ああ、ルドルフは名馬だからな!」
「それで済ませていいレベルの知能じゃなかったような…」
「気にしたら負けよ、さて…ただいまー!」
そんなルドルフを余所に赤猫亭に帰還した一同にコルトが駆け寄ってきて…いきなり土下座した。
『魔王様、あんなものを食べさせてしまい申し訳ございませんでしたァ!!』
『えっ!?、いや、あれ私が勝手に食べただけだし!』
「エリック、ゴメン…」
「一日で人語を覚えた!?」
あの後コルトはずっと厨房で仕込み作業を見学しながら色々と同族の先輩に教えてもらっていた。
料理好きのコルトは人界の料理の世界に夢中になり、今までの料理がいかにダメだったのかを思い知った。
そんなダメなものを食べさせせた、実際には勝手に食べられただけだが…
それでもそんな事は許されない、許してはいけない。
何故なら自分は料理の道を歩もうと決心したから、料理人が不味い料理を作るなど許されないのだ。
その覚悟故に先輩に人語の謝罪を教えてもらい、エリックにも謝罪したのだ。
『そして…サシャさん、いえ先生!、どうか僕に、僕に料理を教えてください!』
『ええ、良いわよ…じゃあ、早速だけどこれから祝勝会の料理にかかるから付いて来なさい』
『は、はい!』
『頑張るのだぞコルト、お前が頑張らないと私はあの不味い魔界飯を食い続かなければならない…』
『はい、何時の日か魔王様に出せる料理を作れるようになってみせます』
『なるはやでお願いしまします…切実なので…』
『は、はい…可能な限り…』
魔界に帰ってから食事がマズイというのは思いのほか苦痛なのだと思い知った。
今なら「この世界の飯はマズイ」と言って常に新しい食材を、料理を求め続けてきたトールの気持ちもわかる気がする。
それに――
(必要なのだ料理人は…)
思い知ったが故に料理の力を理解した。
魔族だって味覚がないわけではない、ただ、料理を知らない、知る余裕がないだけなのだ。
自分の考えを魔族にも理解して貰うのに料理はきっと大きな力になる。
三大欲求であり生命活動の根源である食の力は魔族にだって有効だ、胃袋を掴めば勢力を増せるかもしれない。
「え、えっと…魔王様、今のは?」
「ああ、コボルトのコルトだ…コボルト語だったから聞き取れなかっただろうが、害はない」
「コルトさん」
「私の部下で君の仲間だ、まぁサシャの下でしばらく修行をするから村で一緒になるのは先だがな」
「仲間…」
今まで疎まれ続けてきたアンリには仲間という言葉がジーンとくる。
仲良くやれそうだなと安心して見守るエリックだったが…安心したことによって疑問が沸いてくる。
「あのリヨンさん…助けてもらってこんな事を聞くのは恐縮なのですが、サシャさんって何者なんですか?」
「え?」
「リヨンさんが凄いのは理解できます、半魔は歳を経るほど強いですから…300歳を超えるリヨンさんが凄いのは分かりますが…サシャさんは人間なのに、一体どうやってあの若さであれほどの力を?」
「あー、その事か」
「消えたように見える隠形術と言い…何か裏で特殊な訓練でも受けてたりとか?」
「いやいや、訓練とかでは無理だぞエリック殿、そもそもサシャ殿がどうやって証拠を集めたと思う?」
「あ、そう言えば異常に早かったですね…いくら移動速度早くても、情報集めはそんなに短縮できないでしょうし」
「嗅ぎ分けたんだ」
「ああ、長年の勘とか凄い洞察力で嗅ぎ分けたんですね」
その答えに首を横に振るリヨンとパトリシア。
「サシャさんは文字通り嗅ぎ分けたんですよ、悪意の匂い、悪党の匂いを嗅覚で」
「え?、それは血生臭いとか、死臭がするとか?」
「いや、サシャにとって害になるもの、サシャが害だと思うもの…それが初めて知ったものであっても判るんだ、匂いで…」
「はい!?」
「今回の一件は迫害によって半魔の妹を亡くしたサシャ殿にとって正に『害だと思うもの』だからな、正確に嗅ぎ分けたのだろう」
「な、何ですか、そのチート嗅覚!」
「…その手の理不尽な能力…もしかして祝福でしょうか?」
「お、察しがいいなアンリ、正解だ」
祝福、それは神に選ばれし勇者に与えられし超常的な能力。
人の世が魔王の暴虐によって滅亡しかけた時に勇者は神より祝福を授かり魔王を討つ。
人界ではそう信じられているのだ。
「じゃ、じゃあサシャさんは勇者様!?」
「いや、少し違う」
「え?、それはどういう事なのでしょうか?」
「ん~」
エリックやアンリにどう説明しようか悩むリヨン。
説明するには目を背けていた話題にも触れないといけないからだ。
「ちょっと聞くけど、お前達って未だに私の事を『魔王っぽくない』って思ってないか?」
「え、えっと…そ、それは~」
「まままま魔王様は魔王様です、はい」
「うん、知ってた…だがな」
優しいエリックとアンリは口に出さないがその態度で直ぐに分かる。
分かっていたけど、そう思われていた事にやっぱりショボーンとしてしまうリヨンだったが、頑張って説明を続ける。
「お前たちの思う『魔王』と言うのは文明を破壊し人族を滅亡させようとするとかそう言う恐ろしい奴だろ?」
「は、はい」
「そんな魔王は現在の魔界にいない、歴史上では幾度か現れているが魔界ではそれを『魔王』とは呼ばない、魔界で魔王って言ったら魔都の主の事を指すからな」
「え?、えっと、じゃあどう呼ぶんですか?」
「『勇者』だ」
「「ええー!?」」
魔王なのに勇者、なんだか小説のタイトルにもなりそうな状態に驚きの声を上げる人族側の二人
でも、これは別に変な事でもないのだ。
「お前達が思う『魔王』は、人族の文明が栄えて逆に魔族が危機に陥ってる時に現れるからな」
「あ、なるほど、魔族の方から見たらその状況を逆転させる『魔王』は『勇者』となる訳ですね」
「魔族の場合、人界にも勇者が居ると知ってるからそれぞれを『闇の勇者』、『光の勇者』と呼ぶ」
「となると…」
人が魔王だと認識してた存在も勇者であり、世界を逆転させる力を持つものならば…
「ああ、『魔王』こと『闇の勇者』も当然祝福持ちだ…そして勇者と言われる存在以外にも祝福らしきものを持っている存在はいる」
「祝福…らしきもの?」
「ああ、『勇者』の祝福に比べると遥かに弱いが…怒りや憎しみで人間が変異した『鬼』、気が遠くなるほど長い修練の果てにたどり着く境地とされている『聖者』や『仙人』、魔族だったら『進化種』とか『変異種』と呼ばれる強力な個体、この辺りも特殊な能力を得ている事がある。」
「では、サシャさんは…」
「上手く分類できないが…鬼になりそうだった事はある」
鬼、それは憎しみの果てに悪魔に魂を売り渡し理性なき化け物になった存在。
確かに言われてみれば鬼には特殊な妖力を持っていると言われ、非常に危険な存在だ…
「サシャには鬼になるだけの理由があった、だがその鬼になる理由だった妹の最後の言葉で鬼にはならなかった」
「最後の言葉?」
「『お姉ちゃん、私の分も生きて、私がなれなかった普通の女の子みたいに生きて幸せになって』だったかな?…その言葉でサシャは復讐には踏み切れなかった、復讐の鬼になるのは『普通の女の子』でも『幸せ』でもない、妹の最後の願いを踏み躙る結果になってしまうからな」
「でも、それじゃ祝福は得られないのでは?」
「鬼の怒りに匹敵するほど強く力を望んだから祝福を得たのかもしれない」
「え?」
「ああ、鬼以外にも祝福を獲れる例も上げたろ?、別に憎しみだけが祝福を得る手段じゃない…きっと強い感情で願いを果たす為に力を望む…これが祝福を得る切っ掛けになるんじゃないか?」
仙人ならばより強い自分を願い力、を望んだ果てに
聖者ならばより神へ近づきたいと願い、力を望んだ果てに
進化種や変異種も魔族は常に力を望んでいるのだから、そういった個体が現れる事もあるだろう。
「えっと、じゃあサシャさんは『普通の女の子みたいに生きて幸せになる』と言う願い為に力を望んだ?」
「ああ、だから特殊すぎて分類できない、と言うかエラーなのだ…願いと結果が食い違ってる」
「どうしてそんな事に?」
「妹が死んだ後も村人から疎まれていたサシャは村の者達に足を折られて森に捨てられた、その時に死にたくない一心で、このままでは死ねないと生きる力を望んだのだ」
そう、幸せになる為に生き抜く力を望んだ結果がアレなのだ。
姿が消えたと思うほどの気配遮断は害意から身を隠すため。
特殊な嗅覚は自分を害するものを察知し生きながらえるため。
異常に速い脚は害意から逃げ出すため。
どれも生存能力を元にした祝福なのだ。
そして異常に足が速くなった結果、それに耐えうる肉体もついでに得てしまった。
力を与える方向にはサービスが良くても、減らす方のサービスはないらしい。
どうやら祝福とは力と能力を与える以外の融通は効かないシステムのようだ。
「サシャさんの願いが叶うことは一生無いでしょうけどね」
「それを言ってやるな、可哀想だろう!」
「普通に拘らなければ幸せになれそうなんですけどね…」
しかしそんな簡単に拘りを捨てられる程度の気持ちでは祝福は得られない。
勇者などの超越者と同じく祝福を得た分類上なにかよく分からない生物であるサシャが『普通』になれる日が果たして来るのだろうか?
一同は哀れみの視線を厨房の向こうへと向けた。
なんでサシャが何でこんなチートなのかと言う設定の紹介回となってしまいました。
でも、一番重要なのは料理の重要性の説明だったり、魔王様の目的てきにも。




