魔王様と食糧確保
「うむ、これは我が自ら人界へと赴かねばならぬ事態のようだな…」
魔王リヨン・レオンハルトは玉座から立ち上がり、近くに控えていた配下に命令を下す。
「『移動要塞カイザーバロン』を用意せよ!」
「わ、わかりました!」
配下のコボルトが慌てて準備を始めたのを横目に見て、魔王は門へと向かう
「あ、あれ?、クソ、硬い、立て付けがズレてる!!?」
「あ、魔王様、無理にやっちゃダメです、壊れます!!」
「あ、す、すまん!、え、えっとここがズレてるのか、うんしょ、うんしょ…」
苦戦すること3分、ガラガラガラと音を立てて廃屋と読んでも差し支えのないボロ小屋の引き戸がようやく開いた。
「あら、村長さんお出かけかしら?」
「うむ、このままでは冬を越える食料が足りないから、人界に買いに行こうと思ってな…って、魔王だから、村長じゃないから!」
「でも、ここ村よね?」
「…はい」
たまたま通りかかったラミアの村民の言うとおり、ここは村…正確には廃村なのである。
魔王の妾、しかも人間との間の子であったリヨンは、父の死後、領地としてこの僻地にある棄てられた廃村と何故か玉座のみを遺産として与えられた。
因みに遺産の玉座は先代魔王の物なので立派である、そうボロ小屋にさえ置かれてなければ威厳を感じられるほどに。
「おお!、リヨンの嬢ちゃん人界に行くのかい、じゃあ酒を買ってきてくれ、酒!」
「ええっ!?、この前ワインを二樽も買ったはずであろう!?、まさかもう飲んだのか!?」
「いやー、面目ない、人界の酒があんなに旨いとは思わず、二日で…」
「一日一樽!?」
そんな会話を聞きつけたドワーフのおっさんが酒の要求の為に話しかけて来た。
齢300を越えるリヨンだが、お酒にはそんな強いわけではないのでドワーフの飲酒量は驚愕に値する。
「う、うぐ…人界で冒険者やってた頃の蓄えがあるとは言え、そのペースで飲まれたら…」
「すまんのう、この村に来て初めて酒という物を飲んだのじゃが、すっかりハマってしまっての~」
「ま、魔界育ちでもドワーフはドワーフなのか…」
「人界の同胞達も酒が好きなのか?、そうじゃろう、そうじゃろう…あれは素晴らしい…」
魔族の領地である魔界に住む、人間、エルフ、ドワーフなどの人族は過去の戦争で魔族達に奴隷とされた者達であり、今も普通は奴隷として暮らしている為、酒など飲む機会はまず無い。
そもそも、魔族達は基本的に狩猟採取と略奪によって生活を支えてる為、酒を飲める時は酒を持った人間から奪った時ぐらいである、そんな貴重品を飲める奴隷などそうは居ないのだ。
だが、リヨンはそんな魔界に人族の文化と技術を持ち込む気なので、『人族の文化にはこう言う良い物があるのだぞ』と村の皆に色々と分け与えていた、序でに奴隷身分…と言うより奴隷制度自体を廃止した。
将来的には人族との和睦による終戦を目指すリヨンにとって人族を虐げるのは避けるべき行為であり
目標達成の為には領地の大規模な発展が不可欠、手先が器用なドワーフ達も単純な労働力ではなく技術者として活躍してもらわないと困るからだ。
「こ、これから更にドワーフを増えるとなると酒造施設を作らねばならぬな…」
「うむ、それは最優先事項じゃな」
「最優先は食糧確保だから!…食糧…」
自分で吐いた『食糧確保』という言葉で思い出して、草が生い茂る荒地へと振り向いた。
手入れせずに放置された庭のような場所、それが魔界の畑だ。
嘗ては農業技術を持っていた人族も魔界で世代を重ねる毎にその技術を忘れて行き、今では『地面にとりあえず種を埋めるだけ』それが魔界の農業の平均的な水準となってしまっているのである。
「治水工事とかじゃなくって、もっと根本的な事から勉強しなおさなくちゃ…いや、もうこっちに来てくれる農民を探したほうが早いか?」
リヨンは人間社会の勉強の為に人界で40年程暮らし、そこで統治者としての農学は学んだが…
人間社会では農民がクワで畑を耕すのは常識であり、その常識の元で作られた学問を学んでも魔界では通用しなかった。
人族と魔族では技術格差がありすぎて、その知識をいきなり導入する事は不可能だったのだ。
「姫様、何を項垂れているのです?、テント持ってきましたよ、さぁ、早く人界へ向かいましょう」
「ペ、ペイロン、それはテントじゃなくて『移動要塞カイザーバロン』だって言ってるじゃないか!」
「どう見てもオンボロのテントじゃないですか…」
「でも、移動できるし!、防御魔法を貼れば要塞並みの防御力も…」
「移動ではなく持ち運べるだけです、それと要塞並みなのはテントじゃなくて姫様のシールド魔法ですよね?」
「そうとも言う」
「そうとしか言いません」
ぼろいテントを担いだ青年の辛辣なツッコミを受けながらも立ち上がるリヨンはふと首を傾げる。
「行きましょうって、お前もついて来るのか?」
「はい、村人全員の冬の食料となると荷物の運搬も大変でしょう?」
「ロバでも買って運ばせようと思ってたのだが…って、お前ドラゴン形態で行く気か!?」
「いえいえ、流石に元の姿で移動するのは道中だけですよ、人の街に古龍が現れたら大惨事ですし」
「街の付近でも大惨事だと思うが…」
「飛び去っていく分には大丈夫ですよ、騒ぎにはなるでしょうけど」
「それ大丈夫じゃないんじゃ…」
「大丈夫ですよ、私も月に1回そうやって人界に遊びに行ってますし」
「毎月厳戒態勢をしかなきゃいけない騎士団や冒険ギルドの身にもなってあげて!?」
ペイロンは先代魔王の親友にして愛騎だった古龍である。
先代魔王以外を主人として認めていないため、王亡き後に領土を巡って争い合う兄達には与せず、リヨンの事も『魔王』でも『村長』でもなく『姫様』と呼ぶ。
元々気まぐれであった彼だが、主人亡き後は更にフリーダムになり自由奔放に生きている為、この様な奇行でリヨンの頭を悩ませるのだ。
「最近はあのでっかいドラゴンまた来たよって扱いだから大丈夫ですよ」
「お前…どれだけ人界に通っているのだ?」
「『月刊コボルト生活』の創刊号が出てからですから…かれこれ3年ぐらいですかね?」
「何その雑誌!?」
「ほら、ここ最近人界で働くコボルトが増えて、人間達の間でもコボルト愛好家が増えたようでして…愛好家に向けてそう言う雑誌も出るようになったのです、いや人類は素晴らしい」
「なんでそんな人界のニッチな雑誌まで把握してるのだ、このコボキチめ…」
コボルトはこの世界において最弱の魔族であり、ゴブリンよりも非力な存在であるが手先が器用だ。
そして臆病だが、生真面目で穏やかな気性であり戦闘よりも雑務を得意としている為、人間社会に溶け込み暮らしてるものも居る。
100年ぐらい前から徐々に人間社会もコボルトの存在を受け入れるようになり、彼らの気性は魔界よりも人界で暮らす方が向いているのか、年々その数は増加傾向にある。
近年では下手な人間よりも真面目に働くモフモフで愛らしいコボルトを積極的に雇う者も多く、宗教上の理由などでコボルトの居住を禁じている地域以外ではコボルトの姿を見るのは普通となった。
「ああ、もういいや…人界に赴こう、色んな問題抱えてるけど道中考えよう…」
「姫様、妙案がございます、コボルトを雇いましょう」
「村長、妙案があるわ、化粧品も買ってきてね」
「嬢ちゃん、妙案があるぞ、酒を20樽買ってくるのじゃ」
「お願いだから、廃村状態から抜け出せる方法を考えようよ!?……あ、いや、待てよ?」
図々しい村民達の声にツッコミを入れかけた所で気が付く。
「う~ん、人界の農民に来て貰うのは難しいが、農業が出来るコボルトなら来てくれるかも知れない?」
「ハッハッハ、妙案でしたでしょう?」
「いや、お前、明らかにコボルト増やしたかっただけだろ!、それに、やっぱり結構難題だぞ?、人界で安定した生活を手に入れたコボルトに頼んでも断られるだろうし…」
「ならば、人界で情報を集めましょう、そう三日ぐらい!、あと三日経てば今月の『月刊コボルト生活』も発売されますし!」
「『月刊コボルト生活』にそんな情報載ってないだろ!、読んだことないけど!」
「ハッハッハ、大丈夫ですよ姫様、さぁ新しいコボルトを迎えに行きましょう、ついでに冬の食料を買いましょう」
「いや、コボルトの方がついでなのだが…まぁ良い、行くぞ!」
(要は農業が出来て人界に居場所がない存在…そういった人材を見つけられれば良いんだ、確かサシャはパーティー解散後に冒険者の酒場の経営を始めてたはず、とりあえずそこで情報を集めてみるか)
先行き不安ながらも、嘗ての仲間を頼りに魔王リヨンは人界へと向かうのであった。
初投稿の拙い作品を読んでくださってありがとうございます。