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第8呟「奈々(うそ)に守られてたくせに」

 中野響がこの後バイトだという事で別れ、喧嘩して以来音信不通だった菜緒にあれから初めて連絡を取った。

 すると、近くにいるという事で二つ返事で数分後には目の前にいた。

 十七時すぎともなれば外は暗く、冷え込みが増してくる頃だった。


「あの……この前はごめん」


「うちこそごめんね」


 後腐れなくごめんの一言で和解ができた。緊張が一気に解け、心のわだかまりが一つ解消した。


「奈々の事で何か分かったの?」


 美羽はそれに力強くも見え、重苦しくも見えるように頷く。


「圭介が亡くなる前日、奈々の幼馴染が亡くなったんだって」


 意外にも驚いた様子はなかったが、構う事なく話を進める。


「とても仲が良かったんだって。でも、その子は圭介と喧嘩した直後に電車に轢かれちゃったんだって。それでそのまま……」


「……うん」


「それでさ、奈々が圭介にめちゃくちゃ怒ったんだって。そりゃあそうだよね……あたしが奈々の立場でも怒るよ。……それでさ、あたし、思ったんだよ」


 緊張で反射的に唾を飲み込む。これから言う事は、慎重にならなければならないからだ。


「怒った奈々がさ、圭介の事を追い詰めて、それで圭介自殺しちゃったんじゃないか、って……」


 自然と視線は落ちた。自分が何を言っているのかを自覚していないわけではないからだ。うんともすんとも言わなくなった菜緒をうかがうようにして視線を上げると、目が合った。

 厳しく熱い瞳だった。一言で表すと『批難』という言葉があまりにもぴったりな感情を湛えていた。


「奈々がそんな事するはずがない。そんな事っ、親友気取るくらいならわかるでしょッ!?」


 言っている内に菜緒の双眸から涙がこぼれ落ちた。


「あたしだって信じたくないよ、奈々が圭介を自殺に追いやったなんて! でも……でもそうにしか思えなくない……?」


「圭介君自身罪悪感で自殺したって可能性の方が自然でしょ? そんなの、奈々を悪者したいだけにしか思えない」


 確かにそうだ。それなのにわざわざ奈々を殺人犯呼ばわりしたのだ。批判されて当たり前だ。けれど、美羽には忘れられない事があった。


「奈々ならやりかねないじゃん! だって圭介が死んだ時奈々は笑ったんだよ!?」


 相手のテンションに対し更に上をいく勢いを被せヒートアップした結果、美羽のその言葉で一旦収まる。二人共肩で息をしながら、いつの間にか立ち上がっていた事に気づいきどちらからともなく腰を下ろした。


 店員が慌てている姿も見え、菜緒は居た堪れなくなったのか窓の外を見た。もしくは、美羽から顔を逸らしたかっただけかもしれない。

 外の暗さで窓ガラスが鏡の役割果たしていて、菜緒の表情はしっかりと確認できた。

 目の前にいるというのに、ガラス越しに目が合う。


「……美羽、本当何もわかってないよ」


 蔑むような、憂いに満ちた声を投げかけられ、そこまで言うのなら何を知っているのかと聞き返す。


「中三の頃……奈々は一人で全てを抱えてた」


 始まりは、そんな抽象的な言葉だった。


「あの時、より近くにいたのは他クラスだったうちじゃなくて、奈々と同じクラスの美羽だった。なのに、なんでうちが当時の奈々の事を美羽よりも知っていると思う?」


 何故。見当もつかない。

「そう、わかるわけがないでしょうね」と言いたげに一瞥をくれ、そのまま自分の手元に視線をやった。


「その時奈々が抱えていたものの一つに、あんたの事も含まれていたからだよ」


「あたしの事?」


 まさか自分がこういう形で矢面に立たされるとは思ってもみなく、晴天の霹靂とはまさにこの事だと体験する。

 悩みの種になるような事をした覚えなんてない。


「わかんないよ。何それ、初耳だし……」


「当たり前でしょ。あの優しい奈々の事だよ。穏便に済ませようと影で努力してたんだよ」


 涙ながらにそう訴えかけられる。何の事か分からずただただ疑問符の洪水に揉まれた。


「なに……なんの事よ。あたしがどうして奈々を困らせてたの? 奈々はあたしの何で悩んでたの?」


 白々しいとでも言いたげに侮蔑をのせた視線だ。菜緒の虫けらでも見るような目で、真実を語る。


「――――あんたが、圭介君と浮気してたのを知ってたからだよ」


 横っ面を引っ叩かれたような威力が、その言葉にはあった。


「直人君と付き合ってたくせに、圭介君に彼女がいるってわかってたくせに、その彼女が奈々の幼馴染だって事も知ってたくせに、あんたは……美羽は、圭介君に手を出したんだよね?」


 引きつった半笑いの顔が真っ直ぐとこちらを向いている。その目を知っている。それは、自分より下の人間に向ける目だ。


「知らないとでも思った? 直人君とも素知らぬ顔して一年記念日迎えたんだろうね! ねぇ、そうなんでしょ?」


 責めるようにまくし立ててくる彼女に何も言い出せなかった。菜緒は更に追い詰めてくる。


「美羽こそそうやって悲しむ人がいるのを分かっててそんな事してたんでしょ? すごいよね! 人を不幸にする事を愉しんでするような奴が何!? 圭介君の彼女さんに相談されててでも! 美羽の事も傷つけたくなくて奈々はッ!!」


 叫び泣きながら悔しそうに顔を歪めた。


「…………奈々は……悩んでたんだよ……」


 急に勢いをしぼめ、震えた声になる。

 正義を体現したかのような彼女が、間違った行為に対して注意するかを躊躇うなど、そんな姿想像がつかなかった。


「奈々自身は美羽に嫌われるのが怖いって表現したけど、美羽を傷つける可能性があったから圭介君との事を言えなかったんだよ。でも幼馴染の方も悩んでたから、首が回らなくなってやっとうちに相談してきたんだよ。でもその日の夜、圭介の彼女さん、亡くなったんだ」


「その日の夜に……」


「遅かった、私のせいだ、って。圭介君と彼女が喧嘩した理由、圭介君の浮気が理由だったから。それで電車に轢かれたから……。自分の保身なんか考えてたせいで取り返しのつかない事になってしまったって……」


 体が震えた。

 圭介が死んだ理由も、渚が死んだ理由も、奈々のせいなんかではなく、自分のせいだった。

 それを自覚し、大きな衝撃を食らう。


 ――ああ、こんな事なら、


「何も知らなければ良かったって思ったんでしょ」


 菜緒に思考を読まれていた。驚きに顔を強張らせてしまう。


「奈々(うそ)に守られてたくせに、今まで知らん顔して悲劇のヒロインぶってたくせに、いよいよ親友を悪役にして死を弄んで……本当最低だよ、あんた」


「そんな……」


 こんな事になるなんて思ってもいなかった。自分の軽率な行動で、まさか人を殺す事になるなんて思ってもみなかった。

 奈々と仲良くしていた圭介を奪う事で、優越感に浸るための道具にしただけだというのに、まさかこんな事になっていたなんて。知る由もなかった。


「被害者面すんなよ。何が『そんなぁ』だ。知らぬが仏って本当にこの事だよね」


 菜緒が今口にした言葉は、


「え、今なんて……?」


 山田ハナのアカウントが呟いていたものだ。

 まさか、まさか目の前にいる彼女が――


「山田ハナ、なの……?」

明日は2〜3回の投稿予定です。

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