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第6呟「これは、偶然が重なった不慮の事故だった」

 菜緒とも話した南町駅近くのカフェで、美羽は目的の人物を待っていた。待ち合わせの時刻、ちょうど十六時を回った頃、その人は現れた。

 高校制服に金髪というちぐはぐな出で立ちで、見回す事もなく真っ直ぐと向かってくる。


 高校は入試のため在校生は数日間休みのはずなのだが、彼は服に頓着しない性質なのか制型だった。

 彼が向かってくる途中に目が合い、指をさしながら話しかけてきた。


「美羽ちゃん?」


「はい」


「そっか。……よっこいせ」


 向かいの椅子へ粗暴な動作で座ると、寄ってきた店員にホットのココアを頼んだ。派手な風貌をして甘くまろやかな飲み物を注文する彼が、なんだか急に可愛く思えてしまう。

 百獣の王ライオンが喉を鳴らして甘えてきた時のような驚きがある。

 奈々も甘党だった事を思い出し、似ても似つかない彼に面影を見た。


「あの、今日は隣町まで来ていただいてありがとうございます」


「ははっ、ご足労願われましたとさ! 隣町っても駅一つ違うだけだから気にすんな」


 嫌な顔一つせず軽快にそう返してくれた。


「あたし、霜村美羽って言います。小中奈々と同じ学校で……」


「知ってる。奈々から話をよく聞いてたよ」


「奈々が? えっと、どういうご関係なんですか」


「敬語いいよ。タメなんだし」


 ニッと笑う彼へ困り気味で曖昧に頷くと、やっと質問の答えを言葉に変換すべく考える素振りを見せた。


「奈々とは幼稚園と小学校が同じだったんだよ。小学四年の時、奈々は隣町のここに引っ越して転校したけど、その後も家族ぐるみの付き合いがあったからちょくちょく会う仲だよ」


 今も生きている前提で話すように、間柄をそう語った。しかし、家族ぐるみの付き合いだったのなら、美羽の母へ連絡したように奈々の母、奈美は彼の家にも連絡しているはずだ。亡くなったのを知らないはずがない。

 あえて、懐古に浸りながらそう言葉を紡いだのだろう。


「で、聞きたい事って?」


 二人を包む空気が一気に冷たさと鋭さを帯びる。核心を突くその声色は決して柔らかいものではなかった。笑顔もどことなく強張っている。奈々の事でしか繋がらない関係だ。彼女関連の事で話がある事は察しているようだった。


「覚えているか分からないけど、去年の今頃、奈々と西町駅で会わなかった? あたし達のクラスメイトの通夜があった日なの」


 思い出すまでもなく覚えていると即答する。しかし、自ずと語る事はなかった。心の整理をするようにただただジッとテーブルの木目に瞳を貼りつかせ寡黙でいた。

 やっと口を開いた時、刹那の逡巡に言いよどんで一度空気を飲みこんだ。


「去年の三月……俺らの幼馴染の岸本(きしもと)(なぎさ)が電車に轢かれて死んだんだよ」


 俺()という事は、奈々にとっての幼馴染でもあると言外に示唆している。

 言葉を失った。奈々は、続けざまに友人を二人も亡くしていたのだ。

 でも彼女の口からそんな事は一言も聞かなかった。

 どうして言ってくれなかったの。そんな言葉を飲み込み、話を進めた。


「それってもしかして、すぐそこの踏切で?」


「そう、よくわかったな」


 これで繋がった。司の証言と響の証言が、ここで一つの線になった。


「幼馴染で仲良し三人組だったんだよ。奈々も酷く落ち込んでさ、亡くなった翌日から一週間に一回花をあげに行ってた」


 窓の外を眺めながら語る彼の声が湿っぽくなった。


「……奈々ってさ、普段サバサバしてる癖に、本当は痛いほどに情が深くて、静かに静かに感情的で、すっごいさ、見てらんなかったよ」


 彼女を思う彼の姿も悲しみに包まれていてものすごく痛々しい。優しい眼差しに混ざる悲哀ほど切ないものはなかった。

 かける言葉もなく、不謹慎ながらに何故亡くなったのかを聞き出そうと試みる。


「もしかして……自殺ですか?」


「いや、違う」


 彼は、険を孕んだ声音と怒気を孕んだ瞳でそう言い切った。どちらも、敵意のようで鋭利なものだった。

 それは、圭介が亡くなった後の奈々の目に似ていた。友人を亡くした後の奈々の瞳そっくりな目をしていた。

 これは、果たして友人の死を悼む気持ちだけで形成されたものなのだろうか。このトゲトゲしさは、他にも理由があるのではないかと思った。


「……これは、偶然が重なった不慮の事故だった」


 そう前置きをして、再び話し始める。


「渚が死んだのは、彼氏とのデート帰りだったんだ。でも彼氏と喧嘩して、直後に電車に轢かれたんだ。詳しい事は言えないけど、事故だったよ」


 口元を手で覆った。想像してしまい、とても恐ろしくなった。

 もしも自分の恋人が――直人が、目の前で電車に轢かれたら。そう思うとゾッとした。そんな光景を目にしたら、二度と立ち直れないだろうと思った。


「だけど次の日、渚の彼氏も亡くなったんだ」


「次の日……?」


「アンタと同じ学校だったろ」


 ――まさか。


 心当たりは一つしかない。そのまさかに呆気を取られていると、彼の唇の動きがスローモーションに見えた。


「内藤圭介」


 ――ナイトウケイスケ。ないとうけいすけ。ないとう、けいすけ……。それはあたしの知っている、


「けい、すけ……?」


 ドキリとした。全ての事が停止する。音も一瞬失い、心から何かが抜け落ちる感覚と共に後頭部を殴打されたような衝撃に固まってしまう。

 呆然としていると、響から声がかかる。


「おい、大丈夫か?」


「あ、う、うん……。奈々はこの事、知ってた?」


「渚が運ばれた病院で、俺と奈々は喧嘩してこうなったんだって圭介君から聞いたんだ。奈々と渚、すっげー仲良かったから……。本当、十二年一緒にいて、奈々があんなに怒ってたところを初めて見たよ」


 ――奈々が、怒った?


「あいつ、マイナスな感情はあんま表に出さないじゃん。でも、あん時だけは違った。」


 ――圭介が死んだ時、奈々は笑った。という事は、圭介が死んで嬉しかったの?


 分からない事だらけだ。謎を解決する毎に新たな謎にぶち当たる。


 もしかして、幼馴染を殺したに等しい圭介に奈々は殺意を抱いたのだろうか。

 奈々が、この件で圭介を責め、自殺に追いやったのだろうか。


「彼女ならやりかねない」


 ポロリと口からそんな言葉が出た。自分でも驚くが、これが自然と抱いた嘘偽りのない感想なのだろう。


 圭介の命日に浮かべた奈々の笑顔を思い出すと、背筋が凍った。

 もしかすると、奈々はとんでもない化け物なのではないだろうか。

 人を死に至らしめた、悪魔なのかもしれない。


 そんな恐ろしい事に直面していると、ツイッターの通知音が聞こえてきた。

 驚きに肩を揺らす美羽が、恐る恐るスマホを手に取る。山田ハナの呟きを知らせるものだった。

 震える指で、それをタップする。


 @山田ハナ

 [知らぬが仏って言葉は、きっといろんな人のためにあるんだよ]


 そんな意味深な内容に、様々な事を勘繰ってしまう。この状況を山田ハナに見られているのではないかと憶測してしまう。

 奈々に関する新たな情報に辿り着き、そして得られた答えは決して良いものではなかった。

 まさに今の美羽の状況を語っているように思え、より一層身震いした。


 店内を見回すが、山田ハナらしい人はいない。窓から外を見渡すが、人通りすら少ない。

 では目の前にいる中野響だろうかと思ったが、彼にそんな素振りなんてなかった。


 得体の知れない恐怖が、実在しないはずの亡霊が、迫ってきているような気がした。

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