表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なないろにひかる  作者: 如月元
10/10

エピローグ

季節は巡り、また夏がやって来た。暖かい日差しの中、僕は浜辺に座っている。そう、最初に奈穂とデートし、最後も奈穂とデートに来た、あの静岡の下田の海に。

ただぼんやりと、打ち付ける波をもう何時間見ているだろう。もう、どうせ長くはない。これ以上何かをする気にもなれず、ここで野たれ死ぬのも良いかと思っていた。

奈穂が死んでから、僕の見える景色はモノクロームだ。もちろん、実際にはカラーで見えているのだが、直近の記憶を思い返してみても色が付いていない。今見えている景色も、何かしらのフィルターがかけられているかのように、極めて色が薄いのだ。最後に奈穂の笑顔と一緒に記憶したこの海と空は、薄暗くともあんなに煌いていたのに。

結局、僕の人生は何だったのだろう。人にはない特別な能力も、僕を幸せにしてくれたわけではなかった。何度も思ったことだが、逆にこの能力の故に僕は不幸にさせられたとも言える。淡い希望を見せられては、それを絶望に変えられることばかりだった。結局、大切な人を肝心な時に守ることが、いつもできなかった。それに、この能力を最初から持っていなければ滝崎を殺すこともなかったし、罪悪感との戦いだったとも言えるこの人生とは別の人生を歩めたかもしれない。

そんなことをただ延々と考えていたのだが、ふと気がつくとすぐ近くでパラパラと紙がめくれる音が聞こえてきた。今まで気付かなかったのだが、それほど物思いにふけっていたからなのか、それとも風が出てきたからなのか……。

音の聞こえてくる方に目をやると、ゴシップ記事だらけのよくある週刊誌が、風に吹かれてパラパラとページがめくれていた。僕がここに来た時、こんな近くに週刊誌が落ちていただろうか? 全く記憶にない。週刊誌が飛んでくる程の風が吹いていた記憶もない。僕は空を見上げ、「奈穂なの?」と呟いた。もちろん返事などあるはずもない。

ここ一年ほど、世の中の様々な情報から完全に隔離されて生きてきた。テレビも新聞も、何も見ていなかった。どんなニュースも、僕にとって不要な情報だと思っていたからだ。

だからその落ちている週刊誌にも全く興味が湧かなかったのだが、最後までページがめくれ終わり表紙が出た時、そのタイトルに僕は興味を惹かれた。そのタイトルは、《特集 ガンが突然治った! 衝撃の告白集》というものだった。

もしかして僕と奈穂が病院で、幾人かをリプレイスして治癒したことが、今頃になって調べられているのではないかと思い、その週刊誌を拾い上げた。

発行日付を見ると、まだ一ヶ月前に発行されたばかりのものだということがわかった。ただ、その記事を読んでみると、僕が思っていたのとは違い、自然食品療法や漢方、心霊治療など、本当っぽいものから明らかに胡散臭いものまで、様々な方法でガンが完全治癒したと言っている人の経験談が、Sさん、Kさんといった風に、いかにも疑わしく取り上げられているだけだった。

僕は自分の心配が取り越し苦労で済んで良かったと思う安堵感と、くだらない記事を見せられたというがっかり感を両方感じながら、またその雑誌を捨てようと思ったのだが、なんとなくおもむろに次のページをめくってみた。

そこには、《日本人また快挙! 新田穂花さん パリの有名絵画展ル・サロンで金賞受賞!》と書かれていた。その記事に載っていた新田穂花さんの写真を見て、どこかで見たことのある顔だと思った。そうだ、それはあの穂花ちゃんだったのだ。

穂花ちゃんをリプレイスして癌を完治させてからもう十三年程の月日が流れている。当時十一歳だった彼女も、もう二十四歳になっていた。でも、面影は残っており、僕はそれがあの穂花ちゃんだとわかった。彼女はフランスの有名美術大学に進学し、現在もパリ在住と書かれていた。

金賞を受賞した作品は、女性がたくさんのひまわりを抱きかかえるように持っている絵だった。僕にはその女性が、どことなく奈穂が微笑んだ時の顔に見えた。

奈穂が可能性を感じ、助けてあげたいと心から願った少女が、その才能を開花させ世界の舞台で活躍している。奈穂が生きていたなら、これほど嬉しいニュースはなかったであろうと思う。きっと、飛び上がって喜んだことだろう。

それで僕は思い出した。そうだった。奈穂はいつも命に対して前向きだった。穂花ちゃんの他にリプレイスで完治させた患者さんたちも、死ねない、死にたくないという強い願いの持ち主ばかりだった。今考えると、命に対していつも前向きな奈穂と、その人たちの生きたいという願いが共鳴して、数々の奇跡は生み出されたのではないだろうか。

奈穂は死に面しても、短い時間を精一杯幸せに生きようとしていたし、僕にもたくさんの人をリプレイスで助けてあげてほしいと言った。僕自身が使えない、要らないと否定し続け、奈穂を救うこともできなかったこの能力を、実は誰よりも、そう、当の僕よりも奈穂は信じ、評価していたのだ。僕の命と人生に対する後ろ向きな姿勢とは、なんと異なる人生を彼女は歩んだのだろう。

そう考えると、僕が絶望感に打ちひしがれ、今、もう全てを捨てて死んだとして、奈穂に会ったとしたら、奈穂はなんと言うだろうか? そんな僕を受け入れるだろうか? 自ら命を放棄し、自分の能力を無駄にした僕を。

この週刊誌がここに落ちていたことは果たして偶然なのだろうか? 僕はもう一度空を見上げ、「奈穂なの?」と問いかけた。もちろん返事はない。でも、あなたは生きて! と、奈穂に話しかけられたような気がした。

僕はそこまで強い人間じゃない。人殺しの、役立たずの能力しか持たない最低の人間だ。奈穂の願いを叶えてあげることさえできない、ダメ人間なのだ。

僕は自分の中の奈穂の願いの声を否定した。


右を見ても左を見ても、この海岸はどこまでも続いているように見える。前を見るとどこまでも続く海。上を見るとどこまでも続く空。

僕の周りには人気はなく、まるで世界中に僕一人しか存在していないかのような錯覚を覚えた。

またしばらく海をぼんやり見ていたのだが、ちらりと海岸線に目をやると、はるか遠くから何かがゆっくり近づいて来るのが見えた。人ではないようだ。多分、四足歩行の動物だろう。さらに近づき、それは犬であることがわかった。毛の長い、顔がおじいさんのような犬だ。近づいてくると、薄汚れて痩せた犬であることが見て取れた。よたよたと、全く元気もなく、ゆっくりと歩いてくる。

その犬がいよいよ僕の前まで来て、僕を通り過ぎて行くのかと思っていたが、何故か直角に向きを変え、僕の一メートル程前にちょこんと座りこんだ。そして、ヘッヘッヘッと苦しそうに大きな口を開けて息をしている。

僕は直ぐに熊五郎を思い出した。そう、お婆ちゃんの家で飼われていた犬だ。お婆ちゃんが死んで、悟おじさんが引き取って行ったと聞いていたが、その後どうなったのだろう? もちろん経過した年数を考えれば、もう生きている訳はない。

そういえば、久志お兄ちゃんは元気なんだろうか? お母さんが死んで以来、僕はどの親戚にも会っていない。いったい僕はどこまで薄情な奴なんだろう。

そんな風に、熊五郎や疎遠になっている親戚のことを色々思い出したことにより、過去の記憶もまた僕の中に呼び起こされた。

この能力が父からのプレゼントのように感じたあの頃。この能力を善用するために、もっと詳しく知りたいと願ったこと。それは自分の存在と、この能力を持ち合わせて生まれてきたことに対する意義を見出そうとしていたのだろう。そうだった、僕は皆を助けるヒーローのようになりたいと思っていたのだ。僕の中で、奈穂の思いと、僕の過去の思いが繋がったような気がした。

辺りを見回しても人はおらず、この犬は首輪もしていないので飼い犬ではないのだろう。僕は犬に向かって、「奈穂なの?」と話しかけた。

もう三回も同じ問いを繰り返している自分が、とても滑稽に思えた。もちろん犬は何も答えず、相変わらずヘッヘッヘッと大きな口を開けて苦しそうに息をしているだけだ。ただ、僕は熊五郎の時と同じく、この犬が僕の苦悩を引き受けてやると言っているように感じた。また自分に都合よく考えているだけなのかもしれないが。

この犬はおそらく老犬だろう。そしてこんなに汚れて痩せているので、野良犬として長く生きてきたのだろう。ただ、疲れてもう生きる意欲をなくしているようにも見える。そんなに多くの犬を観察してきたわけではないが、犬でも生きる意欲をなくすと、人間と同じで目が死んでいる状態になる。この犬はまさにそうなっていた。おそらく僕の目も相当死んでいるはずで、人のことは言えないのだが。

僕は、「お前も生きる希望をなくしたか」と話しかけた。当然のことながら、その問いにも犬は返事をしなかったが、僕はこの犬がどうしても偶然にここを通りかかったとは思えなかった。

もしかすると、僕は奈穂の、「生きて、苦しんでいる皆を助けて」という願いを果たさなければいけないのかもしれない。そうしないと、死んではいけないと言われているように感じた。

そう、僕はまたしても子供時代のことを思い出した。お母さんとお父さんは、たった三年半という短い結婚生活しか送らなかった。でも、お母さんはその短い間で経験した幸福だった時の記憶を糧にして、辛いこともたくさん乗り越えて生きてきた。僕はお母さんが言った、「優馬。人はね、一生のうちで幸福な時がほんの一瞬で短くても、それを大切に記憶して、いつも鮮明に保っていれば、その思い出を原動力に生き続けて行くことができるのよ。だから悲しくなったら、幸せだった時のことを思い起こすのよ。もちろん、寂しい時も辛い時もあるわ。お父さんがいてくれたらなって思うことは、何度もあった。でも、それを乗り越えられると思えるぐらい、短くても、お父さんと過ごした日々は私にとって宝物なの」という言葉を思い出した。

であれば、僕の中に生きている奈穂は僕に生き続けろと訴えかけてきて当然なのかもしれない。奈穂と過ごした幸せな時を糧に、自分の使命を果たすために生き続けろと。


この犬は老犬だし弱っている。長いこと野良犬をしていたのなら、病気になっている可能性も高いだろう。リプレイスしたところで、成功する確率は極めて低いと思われる。

それでも、僕は何故かそれを試さないといけないと思った。

相変わらず、その犬は僕の前にいて動こうとしない。僕はもう一度その犬に話しかけた。

「お前、命を僕にくれるのか? 僕に生きろというのか?」

犬は一度立ち上がり、僕の手の届くところまで来るとまた座った。


僕はその犬の額に左手のひらを押し当てた。

最後まで読んでくださった方に感謝いたします。

ありがとうございました。


どなたか、ダメ出ししていただきたいです。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ