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戦う理由

 聞きようによっては怒鳴り込まれているような気すらするその声に、ユマは一瞬出ていいものか躊躇った。


 ビスタニアに滞在する許可は王から出た。

しかし、あとあと面倒になりそうなのでやはり捕らえる命が下されたのではないか。

あの許可でさえ、はじめから油断させて逃げ場をなくすように仕向けた罠ではないか。

冷静に考えればそんなことはないのだが、他所者である自分の立場など強風が吹く中で外に置かれた蝋燭のように危ういものであるとユマは思っている。


「先程少女が出て行ったのは確認しておりますが…どうします?」

「ヘンリエッテだな。このまま扉をぶち破ってもよいが家にいない可能性もあるな」


 外ではなにやら物騒な話になってきている。

こんな朝からあれほど威圧的な口調で話すのなど、捜査令状を携えて犯人の家に訪れた警察くらいしか藤宮悠真は知らない。この世界ならばその役目は衛兵か。

どちらにせよ、彼にとって良い話ではなさそうだ。


 ただ、ここで居留守を使ったとしてもいずれは発見される。

下手に逃げて自分から不信感を煽り、この家に戻れなくなる愚策だけは避けたかった。

協力の意を示せば最悪の場合でも命までは取られたりしないだろう。


 扉を蹴破られる前に、一度深呼吸をして息を整えユマは木製の扉を開ける。


「はい、どちら様で…」


 目の前にいたのは、鋭い眼光でこちらを見据える女性だった。

短槍を地面に突き立て、石突の部分に両手を置いて微動だにせず直立している。

今の季節が冬ならば、氷の彫像と見間違えたかもしれない。

目が合った今も正面から真っ直ぐ揺らぎのない視線を送ってくるのが少し怖い。


「貴方が昨日この国へ来たユマ殿ですか。話に聞いた通りの容姿ですね」

「ど、どうも」


 白金(ホワイト)の長い髪に切れ長の瞳。

肌は雪のように白く、指も細くしなやかで、ただ立っているだけでも透明感を覚える。

現代の感覚で判断しても間違いなく美人である。

美人ではあるのだが、その顔には残念ながら感情というものが一切見られない。

あまりに無愛想で、もはやクールビューティーを通り越して鉄面皮の域である。


「いきなりのご訪問、失礼致します。私はビスタニア獣牙騎士団で団長を務めております、クロエと申します。この度はユマ殿に折り入って話があり馳せ参じた次第です」


 そう名乗った女性は、自己紹介と目的を言うや否やパチンと指を鳴らした。

すると合図に反応して後ろについてきていた二人の衛兵(ガード)が左右に回り込み、それぞれが片方ずつユマの腕をガッチリと組むと、そのまま元いた場所に戻る。


「え、ちょっと…ええ?」


 話があると言いつついきなり行動を制限するのはどうかと思う。

思うが、今の自分の立場からやはり抵抗はしない方が良いと考えてあえて従ってみせた。

同時に、衛兵(ガード)らの実に無駄のない規律の取れた動きにも感心した。

この上官によってだろうか、よほど鍛えられていると見受けられる。


「これから我々はかの憎き地竜めを討伐に向かいます。ぜひご助力願います」

「え?」


 何か聞いたことのある名前を口にしたなと思ったら、あとは返事をする暇も与えられなかった。

銀色の蛾人は衛兵(ガード)に抱えられたまま、引きずるようにいずこかへと連れ去られて行った。

いや。いずこかへ、という表現は正しくない。

地竜の名を出した以上、向かう先はひとつしかないのをユマは知っていた。

その地竜バグアドによって奪われたビスタニアの王城、アンバータスクである。


「…」


 幌の付いた荷馬車に乗せられて街道に出てからどれくらい時間が経っただろうか。

森の中を彷徨ってここへ辿り着いたことを考えると土の道は快適そのものだが、その行き着く先が(ドラゴン)との戦闘だと思うと気持ちは決して良くはなかった。


 ジオミラージュにおいても竜族といえば他とは格の違う強さを誇る。

アップデート前には黒く輝く鱗を持つ巨大な竜がラスボスとしてその地に君臨し、冒険者に牙を剥いた。

ユマ自身、何度も死んでは再アタックを繰り返してようやく撃破した存在だ。


 もっとも、度重なるアップデートによるインフレに巻き込まれてしまい、今では中ボスと呼ばれるまでに落ちぶれてしまったが。


 荷車にはユマの他にクロエと兵士が一人同乗したが、街を出てからしばらくは誰も口を開こうとしなかったのでそれも場の空気を重くしている要因だった。

どこで話を切り出そうか逡巡している雰囲気も感じるので迷っているのかもしれない。

傷口を抉るようであまり乗り気ではないが、自分の命にも関わってくる問題であるのでユマはあえて訊くことにする。


「失礼ですが…奪われた城を取り戻したいって気持ちはわかりますけど、戦力的にはどうなんです?」


 昨日の話では、ベオルークの父親をはじめ相当の犠牲が出たと聞いた。

王であるゼルフルフですら大怪我を負うくらいであるから、彼が戦闘に出る必要があるほど追い詰められた状況だったのは想像に難くない。

これまで表情を崩さなかったクロエの顔に険しさがぐっと増したことからもそれが伺える。


「…極めて厳しいと言わざるを得ません。しかし、我々には時間がないのです」

「どういうことです?」


 地竜バグアドとともに侵攻してきたゴブリン、オーガの軍勢は数にして約6000。 

対して、王城アンバータスクに常駐する兵は獣人と人間で構成した約15000だったという。

敵の最前線が小鬼と呼称される存在のゴブリンであったことと、2倍を超える戦力差にはじめはビスタニア軍優勢で事は進んだ。

大鬼と呼ばれる大柄で屈強なオーガを相手にしてさえも、獣人の力と人間の魔術の連携でさしたる被害は受けずに済んだ。

初日、二日目と押し気味であった上に、領内からの増援も次々と到着して彼らは勝利を確信した。

事実、ゴブリンらも三日目の朝には完全に戦意を喪失して敗走を始めている。

むしろ量も質も劣る中、よくそれまで留まったと言っていいくらいだ。


 だが、圧倒的な勝ち戦に誰もその違和感に気付かなかった。

どちらかといえば野生に近い、本能で行動する小鬼(ゴブリン)らがなぜそこまで踏ん張ったのか。

答えはその日、太陽が最も高く昇った頃に彼らは身をもって知った。


「バグアドの襲来に我々はまったく歯が立たなかったのです」


 それは、地竜(アースドラゴン)の名に相応しく地面を割り砕いて突然現れた。

王城アンバータスクから距離にしてわずか1km、全長40mにも及ぶ巨体からすればすでに城に到達しているようなものである。


「敗走した敵兵を追って城を離れていた我が兵たちは驚きました。追撃をやめて地竜を討つべく取って返しましたが、全力で戻る獣人と人間とでは速さが違います」


 いかに一人一人が優れた力を持っていようと、魔法の支援がないままろくな隊列も組まずに巨大な竜に挑めば結果は歴然だ。

獣人たちは岩を貼り付けたような形のバグアドの鱗に攻撃を弾き返され、吐き出す炎で焼かれた。

ようやく追いついた人間たちもその巨大な爪で引き裂かれ、長い尾に潰され、生きたまま喰われた。

配下の者が戻るまで持ち堪えようと、城に残した戦力を率いてゼルフルフも竜に挑んだが結果はあの通りだ。


「地竜の残忍さを思い知るのはそれからでした」


 クロエの横に控える兵士も一層顔を歪める。

ゼルフルフは自らの牙と力が通じないと悟ると、すぐさま全軍をこの森の名もない街へ撤退すえうよう指示を出したが、すると追撃の代わりに大地を揺るがすような、怒号にも似た声が響いたそうだ。


「一月だ!あと一月の間に貴様らの城を取り戻しにこい!それが成されぬ場合は今度こそ獣の王国は我が手によって根絶やしになると思え!」


 この声を聞いた者は皆、心臓に刃が食い込んでくる感じがしたと声を揃える。

土地を捨てて逃げることもできない、やらなければ絶対に殺されると思うほどの強大な威圧感を孕んだ叫びだった。

そしてその後、散り散りになった兵がそれぞれの手段で合流するのだが、彼らは不幸にも捕らえられた者たちの最期を語った。


「あいつら、あの子鬼(ゴブリン)ども…地竜の命でもう十日も何も食わされてなかったんだ。合図があるまで退くことも許されなかったらしい。俺と一緒にいて逃げ遅れた奴は…」


 文字通り貪り食われた。


 竜族やオーガと違い、ゴブリンは人の肉を好んで食さない。

趣味の悪い嗜好でいたぶり殺すことはあっても、死体はまとめて放置するのだ。

それが我先にと逃げ遅れた獲物に群がり、粗悪な剣の刃を突きたて、肉を引き裂いて口へ運ぶ。


 同胞を殺され、自らの命が危うかった怒りや恨みもあっただろう。

立場が逆転し、敗走する敵を追いかけるのになんの躊躇いもなかった。

反撃されて一匹、二匹が殺されようとすぐに三匹目、四匹目が飛びかかる。

まとまって逃げる余裕もなかったビスタニア兵は、個々の実力では圧倒的に勝っておきながら数の暴力に押し潰されていった。


「アンバータスクを取り戻すには最低三つ、できれば四つの村を取り戻して今ある兵力を集中させておかないといけないと考えますが、今日はそのために出兵する予定だったのです」

「そこへ森から見た事もない俺が現れて入れてくれと頼んだと…」


 それは怪しまれて当然であった。

身体検査も行わずによく入れる気になったものだと、今更ながらベオルークに感謝の念が湧き上がる。


「お父上の無念を晴らすと気が立って眠れないベオルークが門番を買って出たんですが、それが幸いでしたね」


 まるでユマの心を読んだかのようなクロエの発言だった。本当にそう思う。


「彼は獣の因子が特殊な現れ方をしていて、体力は人間とまったく変わりない代わりに人の感情や強さが匂いでわかるのです。野生の勘と言い換えても良いですが」


 なるほど、とユマは心の中で納得する。

それで得体の知れない旅の者にあの厚遇だったのかと。

この身体がジオミラージュで育てた蛾人(モスマン)と同等の性能を有しているならば、上手く取り込んで戦力にしない手はない。


「はは、最初から言ってくれればこんなに悩むことはなかったのにな…」


 元々この世界で身寄りはないのである。

自分を受け入れてくれるのであればそれだけで喜んで力を貸したのだ。

だが、実情を知ったことでユマの肩の荷が一気に下りたような気がした。

自分とて隠し事をしていた身である。今更そこをどうこう言うつもりもない。


そして、まずは自らの帰る場所を守るためにやらなければいけないことを決めた。


「クロエさん、だったら改めてこちらからもお願いしたい。この戦いで俺の力が必要だと思ったなら、そのときは本当の意味で仲間に迎え入れてほしい」


 心の中に立ち込めていた、迷いという名の暗雲はもはや晴れた。

生き残るために、居場所を得るために、そして新たな仲間となる者たちのために。

今自分がすべきことはたったひとつだ。


「さあ、ドラゴン退治といきますか!」

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