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竜記伝~その竜たちは晦夜(かいや)に吼えて~  作者: Win-CL
竜記伝-終末世界の偶像竜《ツィルニトラ》-

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第4話 歪月-ユガムツキ-

「フラルまで……? なんなんだよ今日は……!」


 扇子で口元を隠しながらニヤニヤと笑うフラルに、イグナは苦虫を噛み潰したような表情をする。キビィと遭遇してしまったのはエルミセルへと近づいた自分が悪いとして、彼女まで目の前に現れたというのは厄日以外の何物でもなかった。


「みっともなくギャーギャー騒いでたみたいじゃないの。遠くからでも、よぉく聞こえたわよ」


 イグナたちと同様に、エルミセルで起きた事件を聞いて向かっていたフラルたちだったが、(イグナ)の咆哮に呼ばれるようにして、こうしてテリオ達の前に現れたのである。


「クルーデぇぇぇぇぇぇ!」

(うるさ)いわね、私たちは敵じゃないわよ。気が散るから少し静かにしてなさい」


「――っ!?」

「……なんなんだ、こいつは」


 瞬く間に赤金でできた猿轡(さるぐつわ)を嵌められるテリオ。目の前で無様に転がされているのが、かつての自分の親友であることにも気づかず。クルーデは憐れみの目をテリオへ向けていた。


「それにしても、貴方の中身も見づらいったらありゃあしないのよねぇ。……キビィったら余計なことをしてくれるわ」


 転がしたテリオから見えたのは、ここ最近のものであろうキビィの姿。そして断片的に見えたクルーデとの戦いの記憶。キビィとの再会を境にして――それより過去の出来事には黒い靄がかかっているように不鮮明となっていた。


「ここで貴方と出逢えて良かったわ。本当のキビィ(・・・・・・)の宿主さん(・・・・・)?」


「イグナの知り合いということは――この綺麗な人も?」

「あらあらあら、これまた面白い子がいるじゃない」


 事態がうまく飲み込めず、イグナに添い寄るようにして立つシエル。そんな彼女を見つけたフラルは、微笑みながら声をかける。


「…………?」


 ナヴァランへ入る前に見た小型飛空艇のことを指しているのだとしても、その時に当の飛空艇に乗り込み飛んでいたシエルには、まったく身に覚えのないことで。間違いなく初対面の彼女が、さも自分のことを知っていることに疑問を覚えるのも仕方がないことだった。


「まだその趣味の悪い能力を使ってるのかよ」

「別に悪用しているわけじゃないのだからいいでしょうに」


 ――不愉快そうなイグナをあしらうように。彼女は大したことではないと気軽な口調で言う。そうして、まるでパズルのピースをはめ込むように、フラルは出逢った者たちの記憶を繋いでいく。


「……どういうこと? イグナ」

「人の頭の中を覗けるんだよ、こいつ」


 シエルが慌てて頭を押さえるけれど、フラルの能力に対しては全くの無意味で。そもそも必要な情報は初対面の際に読み取られていた。


 フラウに流れ込んできたシエルの記憶――イグナとの出会いから始まり、父親との別れ、一人で飛空艇を製作し続け、大量の竜に襲われる街と、その中で覚醒するイグナ。――そして、フラウが投資した結果に繋がった、現在の彼女らの姿。


「あれから、ちゃんと空を飛べたらしいわね。まさか飛空艇じゃなくてこの子に乗って、とは思いもしなかったけど」

「あの……私の事を知っているんですか?」


 “あれから”という過去の自分を知っていたかのような発言に、恐る恐るフラルへ尋ねるシエル。そんな彼女を眺めながら、フラルは短く『えぇ』と答える。


「私からの投資を有効利用してくれたようで。その翼を一目見ただけで貴女の持っている技術の高さが窺えるわ」

「……! じゃあ貴方が……」


 ナヴァランに立ち寄った気まぐれな大富豪。工房を通して金銭的援助をしてくれた、いわばシエルたちの恩人である。


「その翼も私のお金でできてるってことよ。感謝してほしいわねぇ、イグナ?」


「……フン。何を企んでるんだか」

「嫌ね。これに関しては全くの偶然よ」


『どうなんだかね……』と疑り深いイグナを前に、『好きにしなさいな』と返すフラル。それまでのやりとりを見ても、彼女の方が(くらい)が上であることを示していた。


「…………」

「こっちもやっと静かになったかしら?」


 転がされながらも猿轡(さるぐつわ)越しに唸っていたテリオも、今となっては諦めたのか、一言も発さず、身動きもせず。そろそろ良いだろうと、フラルは身体を縛る糸はそのままで猿轡だけを回収する。


「こいつ……俺の名前を呼んでいなかったか……」

「無理に思い出さない方がいいわ。頭痛が酷くなっているんでしょう」


 年を経て、表情に出さないようになってはいるものの、フラルの前ではそんなことに意味はなく。彼女はクルーデに釘を刺すと、今度は転がしていたテリオの方へと向かう。


「――おい、早く離してくれ。キビィが――」

「貴方も変な人ねぇ。自分が彼女にとって食欲を満たすために用意されたと知っていて、それでも懐いているだなんて」


 まるで馬鹿にするような物言いに、テリオも苛立つ。クルーデを追う旅へと出て、その結果引くことも進むこともできなくなった自分を、彼女が再び外へと連れだしたのだ。そんな彼女に対して情が湧かないわけがなかった。


「たとえそうだとしても、追わない理由にはならない!」

「少し落ち着きなさいな。あと――」


 続く言葉がクルーデの耳に入らないよう、そっと耳元で囁く。


「急いでいるならクルーデに余計なことを言わないようにね。ここでまた動けなくなっても面倒だから」

「どういうことだ……?」


「……彼ね、昔の記憶がないのよ。無理に思い出そうとすると拒否反応が出て、下手をすると倒れるわ」

「――――!」


 記憶喪失と聞いてテリオが驚くのも無理もないこと。数百年生きてきたフラルでさえ驚いたのだ。そしてそれをわざわざ彼に教えたのは、無駄な時間を取りたくなかっただけではない。


「こんな状況じゃなければ、ゆっくり語り合わせてあげてもよかったのにね……」


 過去にクルーデの中で“見た”孤児院での記憶――そこで感じた彼への信頼の感情があったからこそ。時と場所さえ間違えなければ、クルーデにも必ず良い影響を与える筈だと確信したからだった。


「……クルーデは俺が村に連れて帰る」

「それには承諾しかねるけど――まずは、さっさと目の前の問題を片付けないとね」






「ロクァースという名前に心当たりがあるかしら?」


 キビィを連れていったロクァースを追い、エルミセルの街へと辿りついた一行。道中でこの大陸であった話をあらかた聞き終えたフラルは、テリオ達に問いかけたのだが――


「…………」


「どこかで聞いたような気がするんだけど……イグナは知ってる?」

「なんで僕がそんなことを覚えていないといけないのさ……」


 黙ったままのテリオに、首を傾げる一人と一頭。『……貴方たち、何しに来たのかしら』とため息を吐くフラル。


「……エルミセルに収容されていた革命家の名前よ」


 革命家としての咎を受け、無期限の禁錮刑を科された男。フラルの読んでいた情報紙には、そ記されていて。載っていた眉唾ものの記事を丸々信じたわけではないものの――シエルらの話を聞く限りでは、靄竜をけしかけた黒幕だと確信したのだった。


「……ロクァース……」


 白いローブを纏っていた以上、エルミセルの魔法使いであって。己が研鑚のみを考えているような、そんなエルミセルでも‟手が負えない”とされた人物。そもそも何をしたのかすらもはっきりしておらず、魔法使いとしての実力は、敵としての脅威は如何程かとフラルが考えていたところで。


「おい……あれはどうなってるんだ」


 空を見上げ、クルーデが天を指差す。それにつられるようにして、ふとその場にいた全員がその方を見る。そこにあったのは――


 ――月。満月。


 毎日、夜になると当然のようにそこに浮かび上がり、当然のように輝いて世界を照らしていた月が。


 今まさに、その真円を崩し始めていた。


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