表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜記伝~その竜たちは晦夜(かいや)に吼えて~  作者: Win-CL
竜記伝―羨空のシエルと震天動地の流星竜《リンドヴルム》―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/63

第10話 これまでと、これからと

「イグナっ!?」


 突然現れたイグナに、目を丸くするシエル。目の前で起きている事をもっとよく確認しようと、彼女はゴーグルを外し涙を拭う。


「――なんで……」


 この夜空の中で輝きを放ちながら飛んできた彼は――ほんの一瞬で飛空艇の元まで辿りつき、シエルを落下から救っていた。


 どうしてここに。この空に。

 あれだけ飛ぶことを嫌がっていた筈なのに。

 いつものように格納庫で丸まって、待っているばかりだと思っていたのに。


 戸惑うシエルの視界に、痛々しいほどにボロボロになった翼が入る。


「――っ! これ、いったいどうしたの!?」

「……生まれつき、身体が丈夫な方じゃないのさ。他の竜とは違って、僕は飛ぶだけでも翼が傷んでしまう」


 全身が傷だらけになっているわけではないが、それはシエルが初めて出会った時よりも酷い状態で。なのに飛空艇分の重さが増した状態でも、力強く羽ばたき変わらずイグナを浮かせ続けている。

 

「……早くこっちに乗り移りなよ。ほら、しっかり掴まってて」


 崩壊しかけている飛空艇から抜け出し、イグナの腕を伝って背中へと上るシエル。その背中の上の方に――輪っかのような持ち手がせり出していた。


「これって……」


 近づき確認してみると、なぜだか豪華な装飾があしらわれている。 それは既視感などではなく、シエルが実際によく知っているものだった。


 ――銀の指輪。


 ファリネへ行ったシエルが、イグナにお土産として買ってきた指輪である。それがまるで、イグナの身体の一部であるかの如く同化していた。


「……普通じゃないんだ、僕は」


 いろいろなものを身体に取り込むことができる。生物は取り込めないし、結局は異物でしかないから身体に負担がかかるけど――


 そう言って、イグナは自嘲するように笑う。


「……ごめん。無理、させてるよね」

「…………喋ってると舌噛むよ」


 背中にシエルを乗せて、手には飛空艇の残骸を掴んで。イグナは再び、赤黒くなった空を駆け抜ける。行きの時よりも遥かに速度は落ちているものの――翼は耐えきれないのか、ますます朽ちていく。


 少しでも抵抗を減らそうと、身を低くするシエル。


 ぴったりと触れているその背中から感じるのは、心臓の脈動。何年も一緒に過ごす間、イグナの身体を枕に寝たことも何度もあった。それは――普段と変わりはない、いつものイグナであることを証明していた。






 イグナは少し乱暴に格納庫の前へと降り立ち、シエルを下ろす。そのころにはイグナの輝きは収まっており、元の深緑色の身体に戻っていた。


「街の人の避難も、もう終わってるようだね。……それじゃあ、ちょっと借りるよ」


 そう言うイグナの視線は――未だ砲撃音の鳴り止まぬ鉄銹都市(ナヴァラン)の方へと向いている。


「…………? どういう――っ!?」


 シエルが理由を問うよりも先に、答えが目の前で現れる。


 イグナの持っていた、飛空艇の翼が取り込まれ――鱗を押し退け、その背中に生え始めたのである。


 再び輝き始めるイグナの身体。最初は小さく抑え気味だったそれは、次第に直視が出来ない程に眩くなる。それが無理やり引き出したように見えたシエルは、不安を覚える。


「できるだけ離れてて。……最悪、格納庫の中にいればいい。――すぐに終わらせるから」

「ちょっと待ってよ!? イグナぁ!!」


 シエルの制止も聞かず、イグナは真っ直ぐに飛びあがる。数時間前の立ち位置が、まるっきり逆となっていた。






「全く学習してないな……僕は」


 大地を勢いよく蹴り、高高度まで上昇したイグナはポツリと呟く。


 この光景はイグナにとって二度目。数十年前、このナヴァランという街ができる遥か昔。力を制御できず、この地に降り立ってしまった時のように。地形が変わってしまうほどに、深い傷跡を与えてしまった時のように。


 そしてそれを、もう一度再現するために。今、イグナはここにいる。


「――――」


 大きく息を吸い、一直線に大地へと墜ちていくイグナ。


 分厚い雲を抜け、上空を飛んでいた竜たちを蹴散らし――そして、着地点であるナヴァランの工業区へと勢いよく降り立った。あまりの衝撃に大地はひび割れ、辺り一帯を衝撃波が襲う。そびえ立っていた煙突だけでなく、建物が次々に倒壊していく。


 当然、翼は耐えられる筈もなく。あと一度、飛べるかどうかというところ。


「何もかも、全部飲み込んでやる――!」


 しかし、どうでもいいと言わんばかりに――

 イグナは空へと咆えたのだった。






「オオオオオオオオオォォォォォ!」

「――っ!」


 遠くから聞こえた、何もかもをを押し退けて響く、耳をつんざくような咆哮。落雷が起こった時のように、空気が震えているのが分かる。シエルがこれまでに聞いたことのない――イグナの、‟竜”としての咆哮だった。


「行かないと……!」


『できるだけ離れていて欲しい』とイグナは言っていたものの、大人しく従っているわけにはいかないと――格納庫へ帰されたシエルは、既に走り出していた。

 

 ボロボロになった身体も、あの咆哮も。シエルにはあれが決別を暗示しているような気がしてならない。当然のように格納庫の片隅を占領していた居候の竜は『戻って来る』とも何も言わずに行ってしまった。


「あれも嫌、これも嫌って言ってたけどさ――」


 あの時は友達だと言ったけれど、それは違う。


 小さなことからずっと傍にいて。

 なんだかんだで、助けてくれていた。


 走りながらも、声を張り上げるシエル。体力の限界が近づこうとも、その足は鈍ることなく。何度つまずいて転びそうになっても、必死に体勢を持ち直しながら。彼女は戦火の中心へと戻って行く。


「イグナがいなくなるのが一番嫌なんだよ……!?」


 シエルにとって、イグナは既に――大切な家族の一員なのだから。






 シエルがイグナの降り立った場所へ辿りつくと、辺りは火の海となっていた。既に上空を飛んでいた竜たちは一頭もいない。あれだけ響いていた砲撃音も、既に止んでいた。


 高く積まれた瓦礫の中で、赤く照らされる巨大な影。

 ――異形の竜。


「…………」


 身動きはしておらず、所々がボロボロになりながらも。その竜は辺りの瓦礫や鉄くずをひたすらに吸収し続けている。それにも関わらず、その翼は不自然なまでにボロボロで小さいままだった。


 その色、その形、その大きさ――シエルにとっては、思い当たるものなど一つしかない。その翼は間違いなく、彼女自身の手で作り上げた小型飛空艇のものだった


「イグナ――!」


 至る所から砲門が突き出し、全身が瓦礫や金属に覆われ。身体の大きさは、倍近くにまで膨れ上がっている。シエルは原型を失いつつあるイグナに一瞬怯むものの――一歩、また一歩と踏み出した。


 その視線は真っ直ぐとイグナを見据えて。

 吹き荒れる熱風にも構うことなく。


「…………」


 いくらシエルが近づいても、何の反応を見せない。その目に光が宿っているかすらも定かでは無く。まるで屍のようなイグナのその首に――シエルは抱きつくように手を回す。


「ねぇ……私のこと、わかる?」


 指一本の太さが人の首ほどあるイグナである。そんな彼の首はまるで大樹のように太く、シエルの腕に収まるはずもない。必然的に、全身を押し付けるような形になっていたのだが――イグナの身体は自身のエネルギーによるものか、辺りの炎によるものか、高熱となっていた。


 もともと熱に強いシエルだったが、衣服の方がだんだんと耐えられなくなり――チリチリと繊維の焦げる音が上がり始める。


 それでも構わず、シエルが離れずにいると。それまで身動きのなかったイグナの身体が数秒もぶるりと震える。ひたすらに首へとしがみついていたシエルの耳に、とても小さいイグナの声が届いた。


「……大丈夫、ちょっと疲れただけ。分かるよ、シエル」

「よかった――!」


 顔までもが形を代え、面影が消えかけているものの――その眼だけは変わらずに、暖かさが込められた眼差しが残っている。これで一緒に帰れると、シエルが胸を撫で下ろした矢先だった。


「もうすぐ、騒ぎが収まったことに気が付いた兵士たちもやってくる。……このままだと、シエルにも疑いがかけられてしまう」


「……え?」


 イグナの言葉を上手く理解できず、呆けた声を出すシエル。その表情は安堵に包まれた笑顔から、徐々に不安に染まったものに変わっていく。


「……どうするつもりなの? 何処かに行くなんて言わないよね……? ねぇ!?」


「――ごめん」


 追い縋るシエルに謝りながら、イグナは羽ばたき始める。それが最後の力を振り絞っていることは、シエルにも読み取れた。これがイグナにとって、最後の飛行になるかもしれないことも。


「ボクも――シエルには空を飛んで欲しいと思ってる。ここで夢を潰えさせたくはないんだ。大丈夫、諦めなければきっとできるさ」

「夢よりも大切なものだってあるんだよ!? お願いだから――」


 ふるふると首を振りながら、イグナは飛翔する。シエルの必死の懇願も振り払って。


「……何よりも大切な、“僕の夢”を諦めて欲しくないんだ」


 シエルの飛空艇の翼を背中に生やしたまま――丘の向こう側へと、再び流星のように消えていったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ